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Wマイノリティだって、ただ存在しているだけでいい【後編】

Wマイノリティだって、ただ存在しているだけでいい【前編】はこちら

2018/10/16/Tue
Photo : Tomoki Suzuki Text : Yuko Suzuki
近藤 里夏 / Rina Kondo

1995年、東京都生まれ。父、母との3人家族。発達障害でXジェンダーという、いわゆるダブルマイノリティ。軽いものの、解離性障害の症状もある。幼い頃から音楽や絵、読書に親しみ、とくにエレクトーンの稽古は長く続けていた。大人になった今、そのことがプラスに働くような予感がしている。現在、発達障害の就労移行支援に通う準備中。

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INDEX
01 男の子になりたい
02 「発達障害」と診断されて
03 小学校よりも過酷な日々
04 Xジェンダーなのかも?
05 男として好きなのか、女として好きなのか
==================(後編)========================
06 カミングアウト
07 自分の中にある同性愛嫌悪の正体
08 一社会人として生きていくために
09 輝きたい、輝けるかな、輝けるかも
10 クエスチョニングでいいかもしれない

06カミングアウト

3年前、インターネット上で表明

自分の恋愛の対象は男なのか、女なのかわからない。

でも、自らのセクシュアリティがXジェンダーであることは、はっきりしている。

そこで、カミングアウト・フォト・プロジェクト『OUT IN JAPAN』に参加することにした。

いや、正確には、カミングアウトするためにそのプロジェクトに参加したわけではない。

「動機としては、プロのカメラマンに写真を撮ってもらえる、楽しそう、というのが正直なところです」

同じXジェンダーで、聴覚に障害を持つ女性と仲良くなり、「おもしろそうだから、行ってみない?」と誘うと、「行く!」とのレスポンス。

2人とも、あまり深く考えず、”ノリ” で撮影場所に向かった。

素敵な写真を撮ってもらったが、不安も残った。

「高校生の頃、先生や友だち何人かにカミングアウトしたことがあって、その時は受け入れてもらったけど・・・・・・」

顔を出し、本名も公表していて、誰かに何か言われないか。
変な手紙か何かがきたら、どうしよう。

幸いなことに、それは杞憂に終わった。

写真は、プロジェクトのウェブサイト上でだけでなく、自分のフェイスブック上でも公開。

事実上、公けに向けたカミングアウトとなった。

「フェイスブックは親戚や友だち、高校の先生も見ていて、『いいね』してくれたけれど、内容に触れてきた人はいませんでした」

心配していた反応は、今のところどこからもない。

「それでも不安はあります。何かあってもおかしくない、とは思っています」

親に打ち明けるのは、めんどくさい

両親には、カミングアウトをしていない。

「セクシュアルマイノリティ関連のイベントに行きたいと言った時、父親には『縁を切る』と言われたくらいですからね」

「同性愛をネタにしてるテレビ番組を見ると大体、差別用語を平気で口にして、周囲の笑いを取るような一面がある人なので、もうしょうがないのかなと諦めています」

父親は同性愛を嫌悪しているだけでなく、娘である自分には幼い頃からずっと「女性らしさ」を求める人だった。

「母親に、同性愛について意見を求めたら『ホルモンバランスが崩れているから、そうなるんじゃない?』って、見当違いな答えが返ってきましたし」

「Xジェンダーだと話して理解してもらえるはずはなく、怒られるだけでしょう」

「理解してほしいとは思わないけど、せめて否定的なことは言わないでほしい」

でも、親は何を言うかわからない。それが心配からくるものでも、聞きたくない。

だから今のところ、両親にはカミングアウトをするつもりはない。

07自分の中にある同性愛嫌悪の正体

性指向を検証してみると

相変わらず、自分が男と女、どちらのことが好きなのかわからない。

本だけでなく、SNS上でのLGBT当事者たちの発言やテレビドラマなどで、自分は何に興味を引かれ、どういうものに反応するのか検証してみた。

「たとえばテレビで、同性愛者を扱った、いわゆるシモネタ的なシーンがありますよね。それを見た時、自分はどう感じるか、とか」

「同性愛を嫌う人は、そういうシーンを見るとだいたい笑いますよね。『気持ち悪い』とか言いながら、バカにしたような感じで」

「そういう反応を知って、自分はもう同性愛のシーンを見たくない、と思いました」

ただ、それは自分が同性愛者を気持ち悪いと思ったり、バカにしているからではない。

「バカにされているの同性愛者を見るのがイヤという、同族嫌悪の意識があるような気がしています」

ということは、自分は男性を同性愛的な目線で見ているのだろうか? 

自分がゲイ的なセクシュアリティだからこそ、ネタとして男性同士がイチャイチャしているシーンに嫌悪感を覚えるのかもしれない。

1周回ってオネエに戻った?

ただ、ゲイであるなら、女性に恋愛感情は抱かないだろう。

「よくよく考えてみると、女性のことは男性の目線で見ていることに気づきました。FTMっぽい感じ、という認識です」

「これまでの考えをまとめると、自分のことを女性だと思うよりも『女性要素が強い男性』と思ったほうがしっくりきます」

とすると、テレビ的な表現で言えばオネエなのかもしれない。

中学時代、女の子っぽい格好は『オネエみたいでイヤ』とイヤがっていたのに、1周回って戻ってきた感じですね(笑)」

未だに化粧をするのはイヤだが、社会に出ると口紅、少なくてもリップを塗らなくてはいけない場面がある。

でもその時、「女性だから化粧をする」という感覚はない。

「服装にしても、女の子っぽいファッションは嫌いだけど、『女装する』というふうに考えるとスイッチが入るんです」

「ドラァグクイーンが、自分の好きな格好をする時の感覚に近いかもしれません」

08一社会人として生きていくために

「発達障害」と向き合う

セクシュアリティについて、はっきりした結論は出ていないものの、だいたいの輪郭はつかめてきた。

すると今度は、自分の中にあるもう一つの問題と向き合う必要が出てきた。

「コミュニケーションの問題、つまり発達障害のことです」

小学5年生で発達障害の傾向があると言われ、中学3年生で発達障害と診断された。

しかし、当時はそれがどういうことなのかよくわからなかった。

つい最近まで「大学に入って、卒業もできた。こんな私が発達障害なわけはない」と、思っていた。

「でも、就職活動で軒並み失敗して、これは発達障害が原因なのかも? と思い始めるようになったんです」

結局、介護業界に就職できたが、適応障害になり1ヶ月で退職。

次に、6ヶ月の契約で図書館司書になり、契約満了でやめた。

「やっぱり、周りの人とうまくコミュニケーションが取れない。仕事が続かないのはそのせいかもしれないと、発達障害であることを受け入れざるを得なくなりました」

ダブルマイノリティとしてやっていけるのか

発達障害であることを認めると、自分はダブルマイノリティだということになる。

最初は、そのどちらも受け入れて生きていく覚悟は自分にはないと思っていた。

「でも、どちらも自分なので受け入れるしかないんですよね」

セクシュアリティのことはセクシュアリティのこと、仕事のことは仕事のことと、分けて考えるしかない。

今、気になっている男性はいるがつきあってはいないので、まずは仕事だ。

発達障害者のための福祉手帳を取得し、最近、就労移行支援に通うための準備を始めた。

「手帳をもらったことで覚悟が決まったというか、発達障害は死んでも離れないものだから、うまくつきあっていくしかないと思うようになりました」

09輝きたい、輝けるかな、輝けるかも

どうやって自分を出していくか

現在、発達障害やさまざまなマイノリティの人たちを支援する講座に通っている。

「発達障害者が苦手な片付けを教えてもらったり、コミュニケーションの方法、つまり自分をどうやって出していけばいいのか、アウトプットの仕方を教えてもらったり」

解離性障害についても、当事者が主宰する講座に通いながら、障害を持っている自分とどうつきあっていけばいいのか、セルフケアの方法を学んでいるところだ。

「自分も、ほかの人のように輝きたい」

「コミュニケーションがうまく取れるようになれば、少しは輝けるかもしれない、と思うんです」

少しずつ自信がわいてきた

さまざまな講座を受けることで、いろいろな人と話をすることができる。

自分の世界が少しずつ広がってきているような感じだ。

「たとえば、曲を作ったり文章を書いたりということは、小さい頃から好きでした」

「でも、それはあくまでも趣味。誰かに聴かせたり見せたりするものではないと思っていたんです」

「そんななか、『それって、才能じゃない?』『趣味で終わらせたらもったいないよ』と言ってくださる人が現れて」

音に敏感だからこそ、音楽に親しむことができ、曲のアイデアもわいてくる。

それを考えると、自分にとって発達障害という病気は神様からの「ギフト」なのかもしれない。

セクシュアリティについても、悩みが生まれると、自分で何とか答えを見つけようと本やインターネットで調べ、「こうかもしれない」と思うととりあえず行動に移す。

「その探求力や行動力は、この先、何かにきっと活かせるんじゃないか、と言ってくださる人もいて、少し自信がわいてきている感じです」

10クエスチョニングでいいかもしれない

誰もが自分らしくあれる社会に

将来的には、今、自分が受けているような支援を「自分がする側」になりたいと思っている。

「これまで教えていただいたことを元に、もし自分に長所があるのだとしたらそれを活かしたいですね」

「発達障害や解離性障害の人たちが、どうやったら自分らしさを見つけられるか、ということを、サポートしていく仕事を自ら手がけたいんです」

セクシュアリティの問題に関しても、何かできることがあるかもしれない。

実は大学2年生、ちょうどポリアモリーを実践している時に、セクシュアルマイノリティと発達障害のWマイノリティを対象とした講演会で、ゲストスピーカーとして話をしたことがある。

「当時、Wマイノリティの当事者として本格的に活動を始めようかと思っていたのですが、その後、2人と別れて落ち込んでしまい、活動する気力を失ってしまったんです」

「でも、今なら何か始められるような気がします」

そう思えるようになった大きなきっかけは、自分と同世代のXジェンダーの女性のインタビュー記事を、『LGBTER』で目にしたことだ。

「Xジェンダー」という言葉自体は少しずつ知られてきたが、表に立って「自分はXジェンダーです」と言う人はあまり見当たらない。

とくに女性は少ないような気がする。

「そんな中、同性代の女性が表明して、自分の考えを語っていることに、まず衝撃を受けました」

「触発されて、自分も表に出てしゃべらなくちゃ! と思ったんです」

そしてすぐ、「自分も取材を受けたい」と、エントリーした。

自分が表に出て語ることで、Xジェンダーを含むLGBTへの理解がすぐに深まるわけではない。

「正直言って、社会に影響を与えたい、といった考えは私にはないんです」

「影響を与えられなくたって、ただそこに存在しているだけでいいじゃない、と思うんですよ」

ただ、セクシュアリティについても病気についても、悩みを抱えている人に「こんな人間もいるよ」「こんなふうに生きているよ」と知ってもらえるだけでいい。

マイノリティとされる人が、普通に暮らしていけていると知るだけでも、悩んでいる人にとっては大きな救いになるはずだ。

「愛してる」と言われたい、言ってみたい

最近、無性に恋愛がしたいと思う。

「高校大学とゴタゴタして、誰かとつきあうのが怖くなったこともありましたけど、今はまた、愛せる人を見つけたいし、誰かに愛されたい」

「まあ、目の前に男性が現れたら、自分はどの視点で好きになるのか、女性が現れたらどうなのか・・・・・・。わかりません(笑)」

Xジェンダーは、欧米では「クエスチョニング」や「クィア」と呼ばれることが多いが、自分もそのほうがしっくりくる。

自分は男なのか女なのか、相手を男として好きになるのか、女として好きになるのか。

「ゆらゆら揺れたままでいいのかもしれません。まとまりがついちゃったらもったいな、という気もするんです」

性自認が揺らいだことで大好きだった彼女と別れることになり、大きな苦しみを味わった。

「でも、それが今につながっている・・・・・・。と言うと話がきれいにまとまっちゃいますけど(笑)」

「自分のセクシュアリティを知るためには、あの苦しみが必要だったのかもしれないな、って思うんです」

あとがき
里夏さんからのメールは、いつも弾む感じが添えられていた。私たち取材スタッフへのお気づかいか・・・。そうでなければいいな■「漠然と男の子になりたいと思ってた」と話す。それは、強く訴えるでもなく、そんな人もいると知ってもらえたらと。ふいに出たフレーズも、どこか確かめながらだった■「まとまりがついちゃったらもったいないな」。里夏さんの印象的な言葉だ。カメラに向かって振る手は、今より少しだけ先を歩く “私” に、のびやかに伝わる。(編集部)

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