02 女の子に間違われて
03 化学実験って面白い
04 親切を受け入れられない自分
05 ボランティア活動のきっかけ
==================(後編)========================
06 好きだった彼女
07 満を持してジャグリングサークルへ
08 LGBTQって性自認と性的指向は別なんだ!
09 キャリアに “傷” をつけたい
10 人生の節目は、自分で創る
06好きだった彼女
かわいい男子が好きと言われて
高校2年生のとき、同学年の女子から告白されて、お付き合いすることになった。
「知り合ってからお互いに気になっていて、2か月後に告白されました」
私は、相手のふわふわした雰囲気や、おいしそうに食べるところが好きだった。
「相手は、容姿や雰囲気がかわいい男の子が好きだって言ってました。私もかわいい男子だと認めてもらえたんだと思います(笑)」
「絵を描くこともお互いに好きだったので、絵を見せ合ったりもしてましたね」
高校生活では、私と彼女を含む4人グループで過ごすことが多くなった。
「恋人らしくない」関係が続いて・・・
相手の女の子とは一緒にデートもした。手をつないだり、キスをしたりしたこともある。
「でも、一般的な男女のカップルのように、私が女の子をリードしなきゃ、みたいなことは考えてなくて」
キスをすることはあっても、私は性行為をしたいとは思わなかった。
「普通のカップルとは違うかもしれないけど、それでいいよねってお互いに言ってました」
でも、それぞれ違う大学に進学すると関係性がだんだんと変わっていく。
「大学が違うから一緒に過ごす時間が減ってしまって・・・・・・。彼女は希望校に進学できなかったので、ネガティブな気持ちを抱えてたこともあったと思います」
やがて、彼女は自分の通う大学内で知り合った、一人暮らしの男子と一緒に過ごすようになった。
つまるところ、浮気だ。
「私が性行為を求めなかったのが、彼女は不満だったみたいで・・・・・・」
彼女の浮気をきっかけとして、大学2年生のときにお別れした。
07満を持してジャグリングサークルへ
専門は天然物化学
パートナーとの別れはあったが、大学生活は楽しかった。
「理系の大学だったこともあって、学生の9割は男子でしたけど、みんな落ち着いた雰囲気の人だったので、居心地は悪くなかったです」
「2年生になってからは、同じ授業をとってるってことがきっかけになって、よく一緒に行動する友だちもできました」
学生の本分である学業にも勤しんだ。
「好きな分野を研究できるのは楽しかったですね!」
大学では、「天然物化学」という分野を研究する。自然界のなかにおける化学物質を研究する学問だ。
「たとえば、コーヒー豆にはカフェインが含まれてますけど、それってコーヒーの木のなかでカフェインという化学物質を合成して作ってるわけですよね。どうやってコーヒーの木などの特定の植物がカフェインを作ってるのか? といった仕組みを研究してました」
もちろん、すぐに目に見える成果が表れるような、簡単な分野ではない。
「大学、大学院での研究でなにか発見できたらラッキー、という世界でした」
ジャグリングを楽しむ
授業以外での楽しみは、ジャグリングサークルの活動だった。
「小学校5年生のときにテレビで大道芸人を見て、そこで興味をもちました」
テレビ番組をきっかけに、小学生のときにはまずは手近なところでお手玉を始め、3つなら回せるようになった。
「高校の児童文化部でも、子どもたちにお手玉を披露してました」
大学生になってようやく本格的にジャグリングを始めた。
「得意な種目はデビルスティックですね。細長い棒を両手に持って、さらに別の棒を叩いてどんどん高く上げていく技です」
デビルスティックに限らず、広く浅く、いろんな種目にチャレンジした。
ボランティア活動にもつながるジャグリングの経験
近所の児童館や小学校、商店街から依頼を受け、サークルの練習で培ったジャグリングの技術を披露した。
さらに、サークルのいちメンバーとしてではなく、個人でも依頼を受けるようになる。
「クルーズ船内でお客さんに披露するジャグリング公演をこなしたこともあります」
夏休みなどの長期休暇やゴールデンウィークといった連休期間には、新潟発北海道行の船によく乗船し、磨き上げた技を披露した。
08 LGBTQって性自認と性的指向は別なんだ!
ネットサーフィンで、性自認と性的指向をたまたま知る
“LGBTQ” との出会いは、大学院在籍中の24歳のときだった。
大学院で研究室に配属され、研究が生活の中心となっていたころのこと。
「なかなか思うように結果が出なくて心が折れて、2週間くらい研究室に足が向かなくなってしまって・・・・・・」
家でネットサーフィンをしていて、たまたまトランスジェンダーの情報にたどり着いた。
LGBTQについて調べていくうちに、自分にとって重要な情報を見つけた。
「性自認と性的指向は別物。トランスジェンダー女性(MTF)が男性を好きになるとは限らない、と知ったことは自分にとって大きかったです」
自分はトランスジェンダー女性で、惹かれる相手は女性。
それを踏まえると、今までモヤモヤしていた自分への疑問が腑に落ちた。
「トランスジェンダー女性のレズビアンという人が世の中にいる。自分もそのなかの一人なんじゃないかって思うようになりました」
現在、性自認はトランスジェンダー女性。性的・恋愛指向は、あえて表現するならばノンセクシュアルだと自覚している。
「特に恋愛指向はそこまで深く考えたことはないんです」
「他者に対する性的欲求が完全にゼロかって聞かれたら、そうは言い切れない。相手を好きになるってのも、その気持ちが恋愛なのか友情なのかはっきりしなくて・・・・・・」
高校から大学までお付き合いした女の子のことは、たしかに好きだった。
でも、判然としなくても自分のなかでは受け入れられているので、そのままでいいと思っている。
LGBTQコミュニティで自信と生きがいを
LGBTQの世界を自分で実際に体験しようと、東京レインボープライドのボランティアに応募した。
「2015年に、パレード誘導員として参加しました」
ボランティア説明会で、LGBTQ当事者たちのコミュニティに接した。
「いろんな人たちがいるんだと実感できて。実際にお話しすることで、自分はこれでいいんだ! って自信をつけることができました」
今では、さまざまなボランティア活動に従事することが生きがいのひとつとなっている。
知らないことは理解できない?
大学院卒業時、何人かにカミングアウトした。そのうちの一人が母親だ。
「東京で研究成果を展示するときに母親が上京したので、そのときに『LGBTって知ってる?』って聞きました」
「知ってる」と答えた母親に、「私、そのなかのトランスジェンダーなんだよね」と伝えた。
「言う前はすごく緊張してたんですけど、母親は『そうなの』ってあっさり受け止めてくれて、ちょっと拍子抜けしちゃいました(笑)」
ただ、母親がLGBTQに詳しいかというと、そうでもないとは思う。
「母親に『じゃあ、男の人のことを好きになっちゃうの?』と聞かれたときは、ちょっと引っかかりましたね」
理解の仕方には気になるところもあったが、否定されなかったのは有り難かった。
09キャリアに “傷” をつけたい
トランスジェンダーであることを受け入れてもらえず
大学院在籍中に始めた就職活動は、ひとまず男子学生として始めた。
1社から内定を得たあと、内定先にトランスジェンダー女性であることを伝えた。
「人格否定されたり、内定を取り消されたりはしなかったんですけど、前例がないから期待には応えられないと言われてしまって・・・・・・」
内定を得られた企業がその1社だけで、もともと男子学生として就職活動をしていたこともあり、研究職の男子社員として、仕方なくそこに就職することにした。
「男性社員として働くのが苦痛っていうほどではなかったですけど、やりがいは感じられなかったですね。ここで一生働くわけじゃないんだし、って割り切ってました」
2年3か月勤めたあとに、転職先を決めないままその会社を退職する。
違う分野にチャレンジ
1社目は、化粧品メーカーの製品開発職で、学生時代に研究したことをそのまま生かせる職種だった。
でも、次の会社も前職と同じように「大企業の研究職」にするつもりはなかった。
「セクシュアリティを隠して、自分にウソをつき続けるのは嫌だなと思ったんです」
化学分野の研究職という職種にも疑問を持っていた。
「自分の得意なことを活かせる仕事ではあったんですけど、そのなかに留まっていて本当にいいのか? って」
そう考えた背景には、大学時代に経験した、学業以外の活動があった。
「大学時代、研究一本でつらかったときがあったんですけど、ボランティア活動を始めることで世界の広さを知ることができたんです」
新しい世界を知ることは、“閉じた世界” で鬱屈していた自分を救うことにもつながった。
次の会社は、今まで自分が携わっていた専門分野から離れたところに行きたい。
「一見するとエリートに見られがちなキャリアに “傷” をつけたかったんです」
2社目は、女子学生のキャリア支援を行う小さなNPO法人に転職した。
そこでは、自分で好きな格好をするようになった。名前も通称名を使えた。
「自分の身体にはそんなに違和感はないんですけど、相手や周りにどう接してもらえるかのほうが自分にとっては大事だなと思っていて」
「メイクや服装に気を遣うのは、最初はちょっと面倒だったんですけど、今は女性らしい格好をしている方が心地いいなと感じてます」
現在は、世界的な化粧品メーカーであるLUSH(ラッシュジャパン合同会社)の商品製造工場で、通称名で働いている。LGBTQ支援にも積極的な企業のため、居心地はいい。
10人生の節目は、自分で創る
セルフウェディングのきっかけ
今年2024年7月、自分一人の結婚式「セルフウェディング」を行う予定だ。
「結婚しない選択も、結婚することと同じように尊重されていいはず、っていう気持ちで挙げることにしました」
セルフウェディングを挙げるきっかけは2つある。
1つは、大学院生のときに参加した「大学生の修学旅行」。高校生の修学旅行での苦い思い出があるからこそ参加したイベントだ。
「ミクロネシアにある無人島を貸し切って、そこで参加者みんなで過ごしました」
「当時の自分より何歳も年下だった大学2年生が、こんなに大きなイベントを企画・実現したことに、大きな影響を受けました」
もう一つは、とあるFacebookの投稿。
「何年か前に『人間にはセレモニーが必要』という記事を読んだんです」
日々、普段通り生活していると、毎日が何気なく過ぎていく。
「でも、学校の入学や卒業、結婚式といったセレモニーや儀式は、それまでの日々を振り返り、周りに感謝の気持ちを伝えるきっかけになるんです」
でも一人で生活していると、自分でアクションを起こさない限り、そのようなセレモニーに出くわす機会は基本的にない。
「私が最後にセレモニーに参加したのは大学院卒業のとき。じゃあ、自分でセレモニーをやろうと決めました!」
だれもが気軽に・楽しい気持ちで参加できる結婚式に
セルフウェディング開催を決めたはいいが、今は手探りでイベント準備に追われているところだ。
「そもそも、私結婚式に参加したことがないんですよね(苦笑)」
もちろん、知人や友人から、結婚式に誘われたことはあった。
でも、現状の日本では異性カップルは結婚できるが、同性カップルなど結婚できない人たちがいる。そのことが不公平に思えて、以前は祝う気持ちになれなかったのだ。
結婚式とはどんなものなのか、と友人に尋ねると「乗り気ではなかったが、付き合いで仕方なく参加したことがある」と答えが返ってきた。
「私の結婚式は、いやいや参加する人がいるような場にはしたくないなと思ってます」
そもそも、従来の結婚式はシスジェンダー・ヘテロセクシュアルの男女カップルが、その規範のなかで挙げるものとされてきた。そのなかにLGBTQ当事者は参加しづらい環境だったと思う。
「だれでも参加しやすい、ユニバーサルデザインな結婚式にしたいですね」
結婚しないことを含むどんな選択も、いつか当たり前にみんなから祝福されるよう願って。