02 やりたいことと流される自分
03 ソフトボール漬けの日々
04 目指しはじめた “かっこいい自分”
05 女の子と女の子の交際
==================(後編)========================
06 見えはじめた「自分らしく進みたい道」
07 さらけ出せるようになった気持ち
08 腑に落ちたFTMというセクシュアリティ
09 性格にマッチした介護の仕事
10 これから進んでいく道
01愛情と自由を与えてくれた家族
朝練につき合ってくれた父
共働きの両親、兄、姉に囲まれ、神奈川県川崎市で生まれ育った。
「お父さんは厳格な父親ではなく、『生きたいように生きろ』って言ってくれる人です」
「怒られた記憶はほとんどなくて、いつもやさしいお父さんでした」
中学生の頃、ソフトボール部に入っていた自分の朝練に、父は毎日のようにつき合ってくれた。
週末は試合を応援するため、いつも会場まで来てくれた。
「自分が末っ子ということもあって、お父さんからは一番愛されていた自覚があります(笑)」
「年子のお姉ちゃんは、『美佳ばっかりかわいがられてる』って、怒ってましたね(苦笑)」
忙しく働いていた母
看護師をしていた母は、いつも忙しそうにしていたイメージがある。
「子どもが生まれてから夜勤はやってなかったみたいですけど、働きながら看護学校の先生もやっていて、忙しそうでしたね」
「ソフトボールの試合は見に来てくれたけど、話す機会は少なかったように思います」
母からはよく「将来どうするの?」「先のことも考えな」と、言われていた。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも中学受験して、頭のいい学校に進むなか、自分だけがアホだったので、心配だったのかもしれません(苦笑)」
ただ、勉強を強制されるようなことはなく、「やりたいことをやりな」と母は言ってくれた。
「お姉ちゃんは小さい頃から『看護師になりたい』って言ってたけど、自分は看護師になる将来を考えたことはなかったです」
「お母さんを尊敬してるし、大切な仕事だと思うけど、当時は女性がやる仕事のイメージが強かったし、ナース服は着たくないな・・・・・・って」
男の子っぽい遊び
年子の姉と一緒に遊んだ記憶は、ほとんどない。
「仲が悪かったわけではなくて、好みが違ったんですよね」
「お姉ちゃんは女の子らしいものが好きだったけど、自分は男の子っぽいものが好きだったから、やりたい遊びが重ならないというか」
おもちゃも洋服も取り合いにならないため、ケンカをすることもなかった。
一方で、5歳上の兄とは、いつも一緒に遊んでいた。
「お兄ちゃんが戦いごっことかチャンバラに誘ってくれたので、ついていってました」
「カラーボールで野球したり、ゲームしたり、お兄ちゃんと一緒にいる時間が長かったと思います」
02やりたいことと流される自分
女の子のファッション
幼い頃から、男の子向けのおもちゃやファッションが好きだった。
しかし、当時の自分は女の子向けの服を着て、髪も長く伸ばしていた。
「両親に、女の子らしいものを着せたい、という意向があったんだと思います」
「子どもの頃はファッションに関心がなかったので、親に言われるがままに着てましたね」
「小学生までは、髪も長かったです。特に反抗することもなく、別にいっか、って感覚でした」
外見は女の子らしい女の子だったが、片手にはウルトラマンの人形を持っていた。
「今になって親に当時の話を聞くと、『昔から男の子向けのものが好きだったけど、自由にさせてたよ』って、言ってました」
3月生まれの自分は、同級生と比べると体が小さかった。
「保育園に通ってる頃は、周りの子にかわいがってもらってた記憶があります」
「友だちの後ろをついていって、『おままごとやろう』って言われたら、一緒にやるみたいな」
「おままごとがやりたかったわけではないけど、その時も、別にいっか、って思ってました」
意欲が湧いたスポーツ
小学校に上がると、同級生にサッカーが上手な女の子がいた。
「その子は日本代表に選ばれるくらい上手だったし、周りを巻き込むのも得意なタイプだったんです」
クラスの男の子も女の子も巻き込んで、みんなで一緒にサッカーをしていた。
「当時は『サッカー=男の子のスポーツ』というイメージがあったけど、その子がいたから、男女関係なく一緒に遊べたんだと思います」
「周りの子たちも影響されて、活発に外で遊ぶクラスメイトが増えていった気がしますね」
「自分も運動が好きだったので、すごく楽しかったことを覚えてます」
小学校高学年になってから、ミニバスケットボールと水泳のクラブに入った。
「どっちも友だちがやってて、楽しそうだな、って思ったのがはじめたきっかけです」
気遣いのリーダーシップ
スポーツ万能だった自分は、ある程度目立つ存在だったように思う。そして、目立つこと自体は好きだった。
「クラスでの話し合いの時も、率先して意見を言ってましたね(笑)」
「ただ、目立ちたいという気持ちだけではなくて、もめたくないという思いもあったんです」
意見が対立したり、意見が出ずに停滞したりすることが苦手だった。
友だち同士でもめて雰囲気が悪くなるくらいなら、自分がリーダーシップを取り、場をまとめていけばいいと思った。
「グループ決めをする時とかも、自分から『こっちのグループに移るよ』って言って、調整してましたね」
03ソフトボール漬けの日々
立候補したキャッチャー
小学校を卒業し、地元の中学校に進んだ。
「両親は、私立に行かせたかったんだと思います。でも、自分の成績が伸びないから、『美佳はスポーツを頑張れ』って言われました(笑)」
入学前に開催された中学校部活体験会で、ソフトボール部の練習を体験する。
「お兄ちゃんが野球をやってたこともあって、キャッチボールはできたので、ソフトボールならできるかなって」
「その時に、監督さんから『ソフトボールの素質があるから来い』って言われて、うれしくなって入部しちゃいました(笑)」
入学後、すぐにソフトボール部に入り、3年間キャッチャーを務めた。
「部員が少なくて、キャッチャーをできる子がいなかったので、自分から『やります』って立候補しました。本当は、別のポジションがやりたかったんですけどね」
強豪校ではなかったが、スキルの高い先輩が多かったため、県大会に出ることもできた。
入部してくれた仲間
ソフトボール部に入って知ったのは、団体競技の楽しさ。
同じチームの仲間と一丸となって試合に臨み、勝ち進む喜びを実感した。
「同期は自分を含めて4人しかいなかったんですけど、自分以外の3人は勧誘して入ってもらったんです」
「そのうちの2人は小学校の同級生で、背も高いし足も速いし運動神経も良かったから、『絶対楽しいよ』って説得して、入ってもらいました」
「勧誘した経緯があるから、絶対ソフトボールを楽しんでもらわなきゃ、って責任みたいなものを感じてたんです」
せっかく入部してくれたのだから、一緒にいいところまで勝ち進みたい。その想いが、原動力になった。
「1人は家庭の事情で退部してしまったんですけど、2人は3年生で引退するまで一緒に活動してくれて、すごくうれしかったです」
その2人とは、今でも連絡を取り合う関係が続いている。
掲げた将来の夢
強豪校ではなかったため、練習は一般的なもの。
放課後1~2時間練習し、土日は試合。ほとんど休みはなかったが、そんな日々が楽しかった。
「その頃、『将来はソフトボール選手になりたい』って、言ってました」
「北京オリンピックでソフトボールの上野由岐子選手が活躍して、金メダルを取った瞬間を見て、自分もオリンピックに出たい、って思ったんです」
04目指しはじめた “かっこいい自分”
男の子からの好意
小学生の頃、クラスの男の子から好意を向けられたことがあった。
「その子がケータイを持つようになって、何度もアドレスを聞かれたんです」
「自分はケータイを持ってなかったから断ったんだけど、気持ち悪いな、と思ってしまって・・・・・・」
その男の子とは仲が良く、友だちとしては好きだった。
ただ、恋愛的な好意を向けられることが受け入れられず、興味も湧かなかった。
「そもそも恋愛のドキドキみたいなものもわかってなかったので、自分は男の子が好きじゃないんだ、とまでは思わなかったです」
女の子からの「かっこいい!」
中学生になり、長く伸ばしていた髪をバッサリ切った。
「耳が出るくらいの長さに切って、ワックスをつけて立ててました」
当時はEXILE ATSUSHIに憧れ、かっこいい髪型や服装をしたい、という思いが表に出るようになっていた。
「めちゃめちゃ時間をかけて髪型をバキバキに決めて、登校してましたね。今振り返ると、若いなぁ、って思います(笑)」
「でも、その頃は女の子から『かっこいい!』って言われて、快感になってたんです」
中学では、体育が男女混合だったため、授業中に男の子と勝負ができた。
「柔道の時間には、ライバルの男の子と取っ組み合いになるくらい、負けたくない気持ちが強かったです」
「まだLGBTQって言葉の知名度も低かったし、自分自身がセクシュアリティを意識してなかったから、周りからは “ボーイッシュな女の子” って見られてたと思います」
ドキッとする感情
女友だちと話している時、不意に距離を詰め、体をくっつけてくる子がいた。
女の子同士のコミュニケーションでは、決して珍しくないことだろう。
「ただ、女の子が近づいてきた時に、ドキッとしたんです。この気持ちはなんだろう、って戸惑いました」
「この時にはじめて、自分の恋愛対象は女の子なのかもしれない、って考えがよぎりましたね」
そこからすぐに、女の子に対して恋心を寄せたわけではない。
気になる女の子はいたが、恋愛感情を抱くまでには至らなかった。
「中学生だと、周りの子たちも『つき合うって何すること?』って感じだったので、恋愛がよくわかなかったんです」
05女の子と女の子の交際
ソフトボールの強豪校
高校は、ソフトボール部が強い私立校に進んだ。
「中学校での経験が楽しくて、ソフトボールは絶対に続けよう、って思ってたんです」
「ソフトボール部のほとんどが特待生という学校で、自分の学年だけでも18人くらい、部全体で35~36人の部員がいました」
スキルの高い部員が揃っていたが、父との朝練の成果もあり、3年間レギュラーを務めることができた。
「部員をまとめる力はなかったんで、キャプテンはほかの子に任せて、いち部員として3年間在籍しました」
初恋と告白
高校生になると、恋愛の話題が増え、「つき合った」「デートした」という話も出てくる。「柳尾は気になる子いないの?」と、聞かれることもあった。
「昔から周りに合わせる性格だったので、そういう時も『この人が気になる』って、適当に男の子の名前を出して、ウソをついてました」
「全然好きじゃないけど、その子も含めて複数人で遊んだりして。ウソつくのって面倒だな、って感じましたね」
偽りの自分を演じながらも、密かにはじめての恋心を抱いた。相手は、ソフトボール部のキャプテンを務めていた同級生の女の子。
「高1の頃、その女の子が男の先輩とつき合ったって聞いて、ショックを受けたんです」
「その感情の意味を考えて、これが好きってことか、って気づきました」
高校2年生になり、その子と先輩が別れたというウワサを聞いた。
「当時の自分は妙に前向きで、別れたなら自分にもチャンスがあるぞ、って思ったんです(笑)」
「『好き』って言ったら引かれるかな、って不安もあったけど、彼女の言動的に自分に好意を持ってくれている気がしたので、メールで『好きだよ』って送りました」
彼女から、「私も」という言葉が返ってきた。
「めちゃくちゃうれしかったですね。それからは、毎日が楽しかったことを覚えてます」
彼女とつき合いはじめたことは、周囲には隠した。
「1人だけ相談できる友だちがいたんですけど、ほかの子には必死に隠してましたね」
「ただ、ソフトボールが忙しかったから、デートとかはあんまりできなかったです」
楽しくキラキラした日々は、半年ほどで終わりを迎える。
「彼女から『女の子同士のこういう関係はダメだよね』って言われて、終わっちゃったんです」
「・・・・・・そりゃそうだよね、って思いながらも、はじめての大失恋で相当こたえました」
「自分も男の人を好きにならないとダメかな、いっそ恋愛しないほうがいいかも、って悩みましたね」
流されてはじめたメイク
ソフトボール部を引退すると、同学年の女子部員たちは徐々にファッションやメイクを楽しむようになる。
「自分と同じようにボーイッシュだった子も、髪を伸ばしたり化粧をしたりしてました」
「その姿を見て、自分もしなきゃいけないのかな、ってメイクしたりスカートを短くしたり・・・・・・」
なんで女の子みたいなことをしてるんだろう、と思いつつも、周囲に流されている自分がいた。
「高校生活は楽しかったし、ソフトボール部もみんないい子で、悩みが深まるという感覚はなかったです」
「当時はまだ、男になりたい、とも考えてなかったですね」
<<<後編 2024/03/17/Sau>>>
INDEX
06 見えはじめた「自分らしく進みたい道」
07 さらけ出せるようになった気持ち
08 腑に落ちたFTMというセクシュアリティ
09 性格にマッチした介護の仕事
10 これから進んでいく道