02 心を開けば一直線
03 学生時代は部活と恋愛
04 出会いと別れ、そして上京
05 ひたすら働いて
==================(後編)========================
06 運命の出会い
07 セクシュアリティという障壁
08 今までとは違う
09 ふたりで描いた未来は
10 最後はどれだけ好きか
06運命の出会い
女の子? 男の子?
働いていた10人弱の小規模介護施設に、後輩として入職したのが、現在のパートナーだ。
「事前情報では、女の子が入るって聞いてたのに、あれ間違った? って思いました。でも初出勤でちょうど車から降りて歩いてきた時に、歩き方とか後ろ姿とか、男の子かな?って」
中世的な子が入ってきたな、と思った。
「彼は冷たいわけじゃないけど、あまり自分から話してこない人でした。場の空気がシーンとなるのが嫌だから、どっちかというと私から話しかけてたような気がしますね」
「で、ぶっきらぼうだから何を考えてるかわからない。すごいむすくれてたんです(笑)。あまりいい印象はなかったです」
彼との仲が深まったのは、仕事仲間として連絡先を交換してから。
「Facebookの招待みたいのが送られてきたんですよ。でも自分はやってないから『間違って届いたよ』って、返信したら電話がかかってきて」
「それから一緒に買い物に行ったり、飲みに行ったりとかしだして」
LGBTやトランスジェンダーについての知識は、ドラマである程度知っていた。
「高校時代、学校にレズビアンがいたくらいで、FTMと出会ったのは初めてでした」
「ドラマ? 金八かな?? で知ってて、“あぁ、そういう子なんだなー” って」
実際には、ただボーイッシュな女の子なのかなとも思ったけれど、直接本人に聞くこともなかった。
「性同一性障害があるのは知ってたけど、そこどまり。彼と付き合うようになってから、色々調べて知りました」
人としてただ惹かれて
体調が悪いと電話をすれば、彼は真冬でも遠くから駆けつけて、寝るまで一緒にいてくれた。
「その時には、たぶんもう好きだったんですよね」
初めから恋愛感情だったわけではないけれど、気付いたころには恋に落ちていた。
「一緒にいて安心するし、本当に優しいんです。常に心配してくれる。今でもそうなんです」
「もう、そこですね。自分のことより、私のことを気にかけてくれてたんで」
しかし、彼と付き合いたいと思っていても、なかなか告白をしてくれない。
白黒ハッキリつけたくなって、とうとう問い詰めた。
「好きな感じはすごい出してくるんですよ、電話とかメールとか。『かわいい』とか言ってくれたし。今は言わないけど(笑)」
「すごい褒めてもくれて、だけど全然『付き合おう』とか言ってこないから、どう思ってんの? っていう感じで追い詰めました」
「その後、少し時間が経ってから告白されました。『ちょっと考える』って言われた気がするな。私からプッシュしたのは確かです。だって、彼が言ってこないから(苦笑)」
彼への強い想いだけで、恐怖なく突き進めた。そうして晴れて、私たちは付き合うことになる。
「彼が入職してから半年くらいです。待ちましたねー(笑)」
彼は、今までの相手とは全然違った。
“重い” と思っていた自分の愛を、何事でもないように、まるごと受け止めてくれた。
「結構、私に合わせてくれるんですよね、休みとかは必ず自分の用事より、こっちに合わせてくれて、ずっと会ってた記憶です」
「最初は、年下と付き合うっていうのが自分的にないと思ってたんですけど、初めから年下っぽくはなかったです」
当時、職場にはまだ隠していた。
07セクシュアリティという障壁
セクシュアリティは気にしない
男性としか付き合ってこなかった自分は、ずっとストレートだと思っていた。
自分のことはよくわからなかったし、自分のセクシュアリティについて深く考えたことも、女の子に恋をしたこともなかった。
しかし、OUT IN JAPANの撮影時、私みたいな人は “パンセクシュアル” なのだと知る。
「彼のことが好きだから、あまり考えなかった。内面を好きだから、セクシュアリティの名前とか、そんな深くまで考えなかったです」
「不安はなかったですね。一緒にいられればいいって思っていました」
しかし、のちに彼がホルモン治療を始めた時は、FTM特有の身体の変化を目の当たりにして純粋に心配した。
「ホルモン注射をし始めた時、パンパンにむくんじゃって本当に大丈夫かなって。顔も吹き出物がすごい出たし、このまま続けていって・・・・・・」
大切な人の身体が気がかりだった。
幸せな同棲と結婚への不安
付き合って間もなく、ルームシェアという名の同棲をすることになる。
一緒に住んでから、結婚への想いは強くなっていった。
籍が一緒なら、いざという時も第三者としてではなく、身内として彼に寄り添える。ふたりの老後を考えるようになったというのも理由のひとつだ。
しかし、その道のりは平坦だったわけではない。
「付き合う中で、結婚できるのかなー、っていう不安はちょっとありましたね」
「どっちかっていうと、私の方が結婚願望を強く持ってたと思うので、伝えてました。『早くできないの』みたいな。たぶん、彼は困ってたと思います(笑)」
「『まだ身体を変えてないのに、今できないでしょ』って」
「そうだよね、って感じで終わりました。あとは、彼の両親のこともあったんで」
ルームシェアをしている友だちとしての関係は知っていた彼の両親だが、付き合っていることは黙っていた。
「たまたまばれてしまったんですけど、後で正式に報告しに行っても、拒否反応を示されましたね」
「彼の親にとっては、だまされた気持ちだったんだと思います。でも、挨拶してもすごい拒絶されて、それで私もうショック受けちゃって」
「交際をやめた方がいいのかな・・・・・・っていうのも、過ぎりました」
しかしその一方で、彼への信頼もあった。
この人だったら、この状況をどうにかしてくれるんじゃないかと、期待する気持ちも拭えなかったのだ。
悩みを打ち明けた時の彼は、思った以上に頼りがいがあった。
やっぱりこの人は、信じていい人だ。
「もうちょっと待ってて、もう少し頑張るから、説得するから」
彼の心強い対応に、私も腹を括った。
「自分の中で、投げやりでもないけど、できなかったらできなかったでいいや、っていう思いもありました」
結婚にとらわれず、一緒にいられればそれでいい。
08今までとは違う
変わらない家族の愛
自分の家族は、すぐに私たちの付き合いを受け入れてくれた。
それは、救いだったかもしれない。
「うちの母には、付き合った当初から彼のことを話してたんですよ。ふたりの姉にも上京する時に言いました」
「姉たちは知ってました。たぶん母からも聞いてたし、彼にも会ってたし。たぶんそう子なんだろうな、って感じ取ってたみたいです」
手術の後で結婚すると報告した時も、深く突っ込まれることはなかった。そのスタンスは今も変わらない。
信じて任せてくれることが、私の心を少し軽くした。
「今でも、うちの母と姉は『美穂がいいならいいんじゃない』っていう感じなので」
今度はひとりじゃない
彼と一緒に千葉県へ転職することになった。
前は好きになれなかった関東に再び行くことになる。しかし、彼が一緒ならもう怖くはなかった。
彼が以前勤めていた病院で、一緒に働き始める。
ふたりで過ごす日々の中、記憶が塗り替わっていくたび、今度の幸せは本物だと思えた。
「とりあえず一緒にいたかったんです」
「彼と一緒だったら大丈夫かなって。たぶん重い愛ですよね(笑)」
千葉での同棲生活は、私たちの絆をより強くした。年下だけど頼れる彼に甘えられる関係性が嬉しい。
「私、甘えちゃうんですよね、今までの付き合いでは、甘えることなんてなかったんです」
「でも、彼はちょっと危なっかしいところもあって、守らないとって」
職場のことや仕事の悩みを話せば、ただ聞くだけじゃなく意見を言ってくれる。
彼に打ち明けると、別の考えもあるんだと新たな視点を得ることができた。
本質的な部分では似ていても、アプローチは自分と180度違う。
それがありがたかった。
「考え方が結構プラス思考な彼に、私がマイナスなことを言っても、前向きな捉え方で返してくれるんです」
「自分も元気になるし、そういう考えもあるんだなって気持ちが晴れます」
ちょっとしたことで喧嘩になったりもするが、自分が自分らしくいられる相手は彼だ。
「たまに、結構きつい言い方で当たっちゃったりして(笑)。彼には『そういう言い方なくね?』みたいに言われます」
「共働きだから、家事をもうちょっとやってよ、とか。私も怒りっぽく話しちゃうし、モヤモヤを溜めてから噴火させちゃうところがあるんです」
昔は、「なんでもっと早く言わないんだよ!」みたいな返答もあったが、最近は彼の方が丸くなって、自分から謝ってくれる。
彼が自分の元を離れないという信頼が、私を自由に振る舞わせてくれるのだ。
09ふたりで描いた未来は
仲間たちとの出会い
地元の青森では、LGBTやトランスジェンダーの知り合いはほとんどいなかった。隠している人も多いのだろう。
関東に出てきて、彼を通して沢山の仲間と出会うことができた。
「こんなにいるんだ、ってすごい安心もしたし楽しいですね。こっちに来て、同じ境遇の奥さんや彼女さんにも、自分の悩みとかを話したりできるので」
子どものこと、老後のこと
周りには、子どものことを良く聞かれる。
「将来、私たちもやっぱり、子どものことをどうするかって話し合ったんですけど、どっちも最初からいらないっていうか・・・・・・」
「それについては、付き合いだしたころから2人で話してて、ペットを飼おうって」
「自分たちと血のつながった子どもなら欲しいけど、精子提供とかだったらいらないかな、っていう意見でした」
ふたりで出した結論だ。
彼となら、ふたりだけでも幸せな未来を思い描ける。
「あとは、まあこれからの老後のことはやっぱり考えちゃいますね」
「子孫がいるわけじゃないんで、貯蓄とかをしっかりしないと大変です(笑)」
10最後はどれだけ好きか
想いが解決してくれること
セクシュアルマイノリティの恋愛や結婚。
本人は全く気にしていなくても、家族や周りの反応は様々だ。それによってくじけそうになる時もある。
同じ悩みを抱える人がいたら、伝えたい。
「彼の両親のこともそうなんですけど、やっぱりすぐには無理でも、年月が経てば分かち合えるものがあるのかな、って。自分たちの経験から強く思いました」
「今すぐはだめだけどちょっと待ってみて・・・・・・。それでもよかったらそのまま突き進む」
「ふたりの間柄や親との関係も育んでいければ、たぶん願いがかなうかなって思います」
時間をかけることも大切だと言える。
それでも愛は揺らがない
今は、笑いながら振り返ることができるが、もうこれ以上待っていられないと思った時があった。
やっぱり別れた方がいいんじゃないかと思った時もあった。
彼と大喧嘩したこともあれば、衝突もした。
でも、大好きなことは変わらず、別れたくなかった。それは彼も同じ想い。
嬉しかった。
「引き止めてもくれましたしね。私のことを、自分から突き放すとか別れるとかが絶対ない人でした」
「最初は全然気づかなかったんですけど、私がすごい怒っていても彼から別れたい、なんて言ってくることはなかったなって」
それは最近、思い返して気づいたことだ。
“普通” と言われるような恋愛や結婚よりも、困難かもしれない。けれど、乗り越えた障壁は、ふたりの愛の証明になった。
「結婚もしちゃったし、幸せ過ぎて怖いです(笑)。年上だから歳いってきたら、くそばばあって言ってくるのかな(笑)」