02 それぞれ自立しつつも仲のいい家族
03 小学生の少女が抱いた夢
04 中学時代にのめり込んだ漫画の世界
05 人より少しだけ早く知った社会
==================(後編)========================
06 漫画以上に好きになれたもの
07 うまく表現できなかった “恋愛感情”
08 “アセクシュアル” は問題解決の言葉
09 伝えるべき人と伝えなくてもいいこと
10 「同じような人がいるよ」って伝えたい
06漫画以上に好きになれたもの
夢を目指すための学び舎
ある日、両親が「近くの美術大学に漫画学科ができたらしいよ」と、教えてくれた。
「距離も近かったし、『じゃあ、そこにします』って、進路を決めました(笑)」
「漫画家という夢に対して、両親も協力的でしたね」
大学では一般教養の座学がありつつ、デッサンやストーリーの構成を学ぶ授業もあった。
「1年間で漫画を1本仕上げる」という講座もあり、漫画に関する総合的な力を養っていく。
「ひと学年80人くらいいて、漫画家志望だけでなく、編集者になりたい人もいました。プロの漫画家の先生が所属していて、それぞれのゼミもあったんです」
漫画家を目指すには、絶好の環境だったと思う。しかし、結果として、自分は漫画家にならなかった。
「入ったサークルで、漫画を描くよりも面白いものを見つけてしまったんです」
可能性しかないゲーム
大学では、TRPG(テーブルトークロールプレイングゲーム)のサークルに入った。
TRPGとは、参加者同士で会話しながら進行していくアナログタイプのロールプレイングゲームのこと。
「中学生の時にTRPGのルールや設定が書かれた本を読んだことがあって、興味はあったんです」
「大学に入ったら、そのサークルがあったので、試しに入ってみようかなって」
初めて体験したTRPGは、想像をはるかに超える面白さだった。
「漫画を描くことよりも、TRPGに傾倒しちゃったんです」
「進行役がお話を作り、プレイヤーは自分で作ったキャラクターを動かすんですが、どう動かすかでお話が変わっていくので、無限の可能性を感じました」
作者が完成させた物語を一方的に提供する漫画とは、違う面白みを感じたのだ。
「私はお話を作る進行役も好きだし、お話を進めるプレイヤーも好きで、TRPGにハマってからは、サークル室に入り浸ってましたね」
サークルの合宿には必ず参加し、長期休暇に入ったら数日連続でTRPGに没頭することもあった。
「ゲームばっかりやってたので、いつも課題がギリギリでした(苦笑)」
07うまく表現できなかった “恋愛感情”
対話するゲームの難しさ
TRPGは、人との対話で形成されていくゲーム。
顔を合わせて進めるゲームだからこそ、プレイヤー間でのトラブルは多少存在する。
「TRPGの面白さは、生身の人だから出てくる言葉とか考え方にあると思ってます」
「人によってストーリーの見方が全然違うから、思いもよらない展開につながるところが魅力です」
「ただ、リアルに言葉を交わすので、考えや意識の食い違いが起こることがあります」
互いの考えを尊重しつつ、意思疎通を図りやすい人との関係を築くことが大事だと考えている。
そんな自分にも、なんとなく腑に落ちない考え方ややり取りがある。
演じられない “恋人関係”
「ゲームを始めるに当たって、進行役から『あなたはこういう役です』って、最初にお話に沿った役をもらうこともあるんですが、その時に『あなたとあなたは恋愛関係です』とか『このキャラクターと交際しています』と、指定されることもあります」
恋愛感情を指定されたゲームでは、どことなく “やりにくさ” を感じた。
「対応はできるんですけど、他の役割より身が入らない、って感覚があったんです」
片思いという設定であれば、「あの子と両想いになる」というタスクに向かって頑張ればいい。
しかし、相思相愛の場合、何のタスクを目標に演じればいいのかがわからない。
「恋愛関係のプレイヤー同士のやり取りって、恋人感を期待されるんですよね」
「愛情表現を求められるんですけど、私にとっては恋人同士のロールプレイがすごく難しいんです」
そもそも愛し合っている前提なのだから、わざわざ愛情表現をする意味も理解できない。
「一度、TRPGとは別のオンラインゲーム内で、ほかのプレイヤーのキャラクターと結婚式を挙げて、その後に相手から夫婦生活のロールプレイを求められたことがあったんです」
「でも、私はゲームの設定として結婚式をしただけで、その後の表現まで続ける気がなかったので、意見が食い違ってケンカみたいになったこともありました」
ほかのプレイヤーたちは、自然と恋人を演じているように見える。
「恋愛感情は、普通にみんなが理解できるものとして組み込まれているんだろうな、って感じましたね」
恋愛に対する2つのタイプ
自分が進行役を務める時は、恋愛関係を指定することはない。
「自分が理解できていないので、関係性を入れるとしても『大切な存在』って、ふわっとさせます」
プレイヤーが自由に捉えられるように、幅を持った設定を心がけている。
「前にSNSで、『河合さんの作るシナリオは恋愛感情の指定がないからラク』というコメントをもらったことがあります」
「その時に、自分と同じように感じる人もいるんだな、って思いました」
「恋愛感情を自然と受け入れる人と、やりにくさを覚える人、人は2パターンいるんだなって」
08 “アセクシュアル” は問題解決の言葉
1人しかいないはずの運命の人
TRPGを通じて、もう1つの壁にぶつかる。
「対話してお互いを知るゲームでもあるので、プレイヤー同士が何度も一緒に遊ぶうちに、親しい友人関係になったり、恋愛に発展することもあります」
「私も、ゲームで交流している相手からアプローチを受ける機会がありました」
しかし、「一緒にごはん行かない?」という誘いは、恋愛感情だと思っていなかった。
「漫画やアニメの影響が強かったので、人は人生で1人しか好きにならないんだろう、という漠然としたイメージがあったんです」
「自分に声をかけてくる人は運命の相手である可能性が限りなく低いから、恋愛ではないんだろうな、って勝手に思ってました」
だから、あくまで友だちとして、誘いを受けた。
何度も誘いを受けているうちに、「もっと考えた方がいいよ」と、誘ってくれた相手や友だちから忠告されるようになる。
「・・・・・・何を考えたらいいのか、わからなかったです」
最近になってようやく、それまでのアプローチが恋愛対象として見られていたからこその行為だったのだとわかってきた。
「いろんな誘いを受けたことで、人って複数の相手に恋愛感情を抱くことを理解しました」
「私も、この人と遊ぶと楽しいからまた遊びたいな、って感覚はいろんな人に対して抱きます」
「でも、特定の1人に対して、知人や友人とは違う感情を抱いたことはないんですよね」
もっといるはずのアセクシュアル
26歳の時、たまたまインターネットで “アセクシュアル” という言葉を知った。
「自分がアセクシュアルだとしたら、これまでの経験に説明がつく、と思いました」
「恋愛感情が理解できなくて悩んだことはないけど、解決策が見つかって良かった、って感覚でしたね」
恋愛感情を理解できない理由がわかったことで、誘いを受けた時の対処法も見つかったのだ。
「のらりくらりとかわすのではなく、『自分は恋愛感情が湧かない性質なので』って、説明できるようになったんです」
セクシュアルマイノリティに属することに、不安や戸惑いはなかった。
「みんな顔や性格が違って、まったく同じ人はいないから、恋愛感情を抱かないタイプがいてもおかしくないよね、って感覚でした」
「恋愛する人が大多数かもしれないけど、大多数=普通というわけでもないですよね」
少数派と括られることを気にしていないし、自分が特別であるという意識もない。
「私は、とても幸せだと思うんです。恋愛関係の人がいなくても、家族や会社、TRPGのグループといった居場所があるから」
大切にしたい場所がたくさんあるから、恋愛の要素がなくても気にならない。
「それに、アセクシュアルの人は割といるんじゃないかな、って勝手に思ってます」
一度、SNSに「恋愛感情がわからない人はもっといるのでは?」と投稿したところ、思ったより多くの人が反応してくれた。
「恋愛感情がないことを証明できないから言わないだけで、私と同じような人はもっといそうだな、って感じましたね」
09伝えるべき人と伝えなくてもいいこと
父のリアクション
自分は、アセクシュアルであることを自然と受け入れられた。
しかし、両親は違うのではないか、と感じた。
「両親から結婚や子育ての話を聞くことがあったので、娘もするものと想定しているだろうな、という思いがありました」
20代後半に入り、友だちとルームシェアすることを決める。
「この年齢でルームシェアしたら、両親は、結婚しないのだろうか、って不安に感じると思ったんです」
「先に自分の特性を話すことで、ルームシェアも納得してもらえるんじゃないかなって」
父と2人きりの時に、「私はアセクシュアルなんだ」と、説明した。
「父は『そうなの』って、ふわっとしたリアクションでしたね。理解してたか、ちょっとあやしいです(苦笑)」
「きっと恋愛をして結婚した父は、想像が及んでいない可能性もありますが、否定はされなかったです」
父には、「恐らく結婚はしないけど、ウエディングドレスの写真は撮りに行こうか」と、提案している。
「私も単純に着てみたいし、両親もウエディングドレス姿は見たいかなって」
公言する必要性
母には、これから伝える予定。
「母は結婚というより、子育てをいいものだと考えてるところがありそうです」
「子どもとしてはありがたいことですが、『できるかわからない』とは、伝えておきたいですね」
「父ほどすんなり受け入れてくれないかもしれないから、説得のための材料は用意しておきます(笑)」
家族や友だちに自身のセクシュアリティを打ち明けることに、抵抗はない。
「ためらいはないし、そもそも必要であれば話すというスタンスです」
「誰かに言い寄られそうになったら話すくらいで、広く説明する必要性はないと思ってます」
「言っても言わなくても、私の働き方やTRPGの取り組み方が変わるわけではないので」
これまでの人生で、友だちや同僚と恋愛の話をすることがほとんどなかった。
過去を振り返ると、その環境は自分にとってありがたいものだったと思う。
「どの環境でも漫画やアニメ、ゲームの話で楽しめたから、悩まないですんだのだと思います」
10 「同じような人がいるよ」って伝えたい
それぞれに違う “個性”
『LGBTER』に出ようと思ったのは、「アセクシュアルは少数派じゃないと思うよ」と、伝えたかったから。
「性的指向や性別って、人の顔みたいに千差万別だと思うんです」
「何が普通ってことはなくて、人によって違う個性があると捉えたら気にしないでいいのにな、って感じるんですよね」
「あと、同じような個性の人もいるよ、ってことも伝わったらいいなって」
自分が表に出ていくことで、誰かがホッとしてくれたらいい。
そして、他者との関わりは怖くないものだと伝えたい。
「もし、私がアセクシュアルだと知って離れていく人がいたら、性的または恋愛的な目で私を見ていた人ということです」
「そういう人の期待には応えられないので、離れていってしまうのは仕方ないと割り切ってます」
「それでも離れない人は、私の振る舞いや仕事ぶり、生み出した作品を評価してくれているんだろうな、って思うんです」
性的指向がどうであろうと、その人の性格や働き方は変わらない。
だから、そのままの自分でいればいいのだと思う。
「私はセクシュアリティに左右されないことを、この身で体現できてるのかな、って自信があります」
時に割り切ることも大切
「だからといって、人に嫌われてもいいわけではありません。嫌われたら、めちゃめちゃ気にしますよ(苦笑)」
きっと人に嫌われてしまうのは、無理して相手の期待に応えようとしてしまうからだと思う。
「相手が求めているものを読み取って、応えられないなら深入りしないようにしてます」
「それが、私の場合は恋愛。頑張っても恋愛できないので、割り切るしかないですよね」
「それに、自分でも変えようのないことで否定されるとしたら、意見が合わないということですから」
嫌われることと、割り切って距離を置くことは違う。
「相手の意見は変えられないから、合わなかったら離れるしかないんですよね」
「それに、無理して疲れるのってイヤじゃないですか」
「人に嫌われる必要はないけど、自分のできる範囲で居心地のいい環境を作ることも大切だと思うんです」
応えられる期待には、しっかりと応えていく。
そんな自分でいられたから、生きやすい環境に身を置けたのかもしれない。