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自分はFTMのゲイ。好きなものには徹底的に夢中になる。それが楽しい【後編】

自分はFTMのゲイ。好きなものには徹底的に夢中になる。それが楽しい【前編】はこちら

2021/02/24/Wed
Photo : Tomoki Suzuki Text : Shintaro Makino
中谷 真臣 / Masaomi Nakatani

1989年、大阪府生まれ。さばさばとした性格の母親に育てられる。趣味嗜好は男子に近いと子どもの頃から気がついていた。現在も戦隊ヒーロー、ダイレンジャーの大ファン。小学6年から始めた空手は師範代だ。22歳で診断を受けたが、離れて暮らす母にはまだ話していない。

USERS LOVED LOVE IT! 1
INDEX
01 女の子ちゃうから、いいやん!
02 遊び相手はいつも男の子
03 空手を修得、ほかの子を圧倒
04 初恋の人は理科の先生
05 からかってきた男子をローキックで瞬殺
==================(後編)========================
06 叶わなかった大学進学
07 介護とカラオケの日々
08 性同一性障害と診断され、ホルモン治療を開始
09 セクシュアリティはFTMのゲイ
10 熱中できる趣味がいっぱい

06叶わなかった大学進学

化学の成績がグンと伸びた

高校は府立の普通科に進学した。
入学式の日だけスカート。あとはズボンをはいて過ごすことになる。

その高校は3年生から自分の好きな科目を選べる、総合選択制を採用していた。

「その制度が珍しかったんで・・・・・・。入試は5倍を超える難関でした」

もともと、嫌いな授業はまったく受けつけないが、夢中になると人一倍、集中力を高める才能があった。

「宇宙科学、生物学、化学、数学は成績が伸びましたね。特に化学は大好きでした」

最初は化学式が理解できなかったが、あるとき閃いて解き方をマスターすると、クラスメイトに教えるほどになる。

教えてあげた子ができるようになると、先生が「あんた、教え方上手やな。私より上やで」と驚いた。

「成績が上がるにしたがって、理系の大学に行きたい、と思うようになりました」

目標にしたのは、大阪市立大理工学部だった。しかし、母に相談すると、にべもなく却下されてしまう。

「ライバルが多い。それに、いったい、誰がセンター試験代を払うんですか、といわれました」

関西大でもいい、というと「私立やん、高い!」と否定された。

「びっくりしたのは、『私、結婚するし』といわれたことでした」

まさに寝耳に水。そんな話はまったく聞いていなかった。

「結婚するん? じゃあ、大学は無理やな、と諦めました」

もし、進学していたら、違う人生になっていたかも・・・・・・。そう思うことはある。

否定されたあの夢この夢

大学に行けないことになり、高校卒業後の目標は障がい者養護学校の先生になった。

「実は、自分も何か障がいを持っているんじゃないか、という疑問があって、中学の頃から考えていた夢でした」

小学校の頃、最初に抱いた夢は医者だ。

「幼稚園のときに読んだブラックジャックに憧れて・・・・・・」

しかし、その夢は、母親から現実的なお金の話をされて断念する。

「次の夢はお笑い芸人でした。人間って、笑っているときは嫌なことを忘れられるじゃないですか。人を笑わせる仕事っていいなあ、と思ったんです」

自分なりにネタを考えて、吉本新喜劇の台本のようなものを作った。

「お笑い好きの友だちが読んでくれて、面白い、とほめてもらうとうれしかったですね」

ところが、これも母の反対にあう。

「芸人で食べていけるのは、ほんの一握り。吉本なんか、絶対に入れんわ、といわれ、確かにそうやな、と納得して諦めました」

07介護とカラオケの日々

おばあちゃんと二人きり

高校を卒業するとすぐに、働くことすらできない状況が待っていた。

「母親が再婚して滋賀県にいってしまったんです。残ったのは、ぼくとパーキンソン病を発症したおばあちゃんだけでした」

施設への入所が決まるまでは、自宅で介護をしなければならない。その役割が自分ひとりの肩にのしかかった。

「認知症も入ってきて、放っておけない状態でした。買い物にいって、食事を用意して、洗濯をして、主婦みたいな生活でした」

結局、施設が見つかるまでの4年間、おばあちゃんの介護を担うことになってしまった。

生活には余裕があった

しかし、その生活も悪いことばかりではなかった。

「母親は3人きょうだいなんですけど、一人5万円ずつ生活費を送ってくれたんです」

毎月15万円の送金に、おばあちゃんの年金を足すと、けっこう余裕があった。

「おばあちゃんが寝た後は、中学のときの友だちと夜遊びをして回るようになりました」

友だちが居酒屋のバイトを終える時間に落ち合い、カラオケではしゃいだ。

「8時間ぶっ続けでカラオケにいたこともありました。その後、ガストでご飯を食べて、またカラオケにいったり・・・・・・」

昼は介護、夜はカラオケ、という生活も割り切ってしまえば悪くなかった。

「おばあちゃんの入る施設が決まって、22歳のときに、ようやく働き始めました」

職場は障がい者支援施設。入所者は、重度の自閉症や知的障害がある人たちだった。

「資格はありませんでしたが、人手が足りないというので、すぐに採用されました」

08性同一性障害と診断され、ホルモン治療を開始

好きになる相手は男

FTMという言葉を知ったのは、小学生のときだった。

「金八先生を見て、そういう子もいるんやな、と思っていました」

高校を卒業して学校の制服が必要なくなると、男ものの服ばかりを着るようになった。

「男みたいに扱われることもありましたね」

男なの? 女なの? とふざけて聞かれることもあった。

「そんなときは、分からへん! と答えてました。実際に、どっちなんだか分からなくなっていました」

FTMなのか? 多分、そうやと思う。それでいいんちゃう?
そう自問自答することもあった。

「当時FTMといい切れなかったのは、好きになる相手が男だけだったことです」

16歳のときに、初めて男性と交際する。

「バイクや戦隊モノの話で盛り上がって、楽しかったです。こういう話ができるのは、やっぱり男だけですよね」

趣味の共通点が多く、つき合う相手は、やはり男だと確信した。

想定内のGID診断

22歳のとき、病院にいってカウンセリングを受けることにした。

「自分でお金を稼げるようになったら、そうしようと決めていました。そろそろはっきりさせようぜ、という気持ちでした」

カウンセリングを経て3カ月後、ドキドキしながら結果を聞きにいくと、「診断が出ました。性同一性障害です」といわれる。

「へー、そうなのか、と思いました。想定内でした」

先生から、「診断が下りたら、普通はホルモン注射を始めるんですけど、どうしますか?」と聞かれた。

「じゃあ、そうします、とその場で答えました」

こういう手順になってます、こういうルールになってます、といわれると、素直に従うことができる。

「母親やほかの人に相談するつもりは、まったくありませんでした」

実は、未だに母親にはホルモン治療を受けていることを話していない。

「あんた、声が低いな、といわれたことはありますが、気がついてないみたいですよ。ややこしいから、ずっと黙っとこうかと思ってます(笑)」

実際、髭を剃ると、以前とそれほど見た目は変わらない。

「つき合っている人がいつも男だから、それがカモフラージュになっているのかもしれませんね」

09セクシュアリティはFTMのゲイ

FTMでパートナーは男性

男として生きていくにあたり、通称名を使うことにした。

「大好きだったロットングラフティーというバンドのギター、KAZUOMIさんから一文字もらい、もともとの名前の一文字と組み合わせて真臣にしました」

ロットングラフティーは、京都出身のミクスチャー・ロックバンドだ。

「黒いスーツに赤いネクタイで演奏するスタイルが、めちゃカッコよかったんです。一時期は全国ツアーの半分くらい、追いかけてました」

男性との出会いも繰り返した。

「自分を同性と見てくれる人が条件です」

セクシュアリティはFTMのゲイを名乗った。

「FTMなのに女とつき合わないのはおかしい、という人もいますけど、他人のいうことは、全然、気になりません」

「カノジョいるの?」と聞かれ、面倒なときは、勝手に男と女を入れ替えて「いるよ」と答えている。

子どもを生むのが役割

2年半前につき合った人とは、真剣に将来を考えた。

「15歳年上のパンセクシュアルの人で、1年ほど東京で同棲していました。自分なりに覚悟を決めて上京したんですが・・・・・・」

いつも体調が悪く、仕事をする気力もわかなかった。

「友だちがいないのもキツかったですね。結局、大阪に帰りたくなって別れてしまいました」

今のパートナーとは1年ほどのつき合いになる。

「SNSで知り合いました。映画や展覧会に一緒に出かけたり、食事をしたりしてます」

彼も大阪に住んでいるが、一緒に暮らそうという話は、今のところ出ていない。

「彼は自分の子どもがほしいといっているんです。ホルモンやめたら生めるよって話しています」

妊娠、出産となれば、世間からはその期間、女性として見られることになるが、好きな人のためなら我慢できると思う。

「それが役割なんだと思います」

5人生んだFTM

出産についての考えは、知り合いのFTMの影響もある。

「その人は、54歳のオーストラリアの人なんですが、子どもがほしかったんで治療を一時、中断して、5人の子どもを生んだんです」

その後、再び治療を再開し、性別適合手術も終えて、今は男性として生きている。

「彼がいうには、妊娠したら母性が出てきたらしいです。人間の体って、うまい具合にできているんですね」

今は子どもをほしいとは思っていないが、妊娠すれば、母親としての愛情が芽生えることだろう。

「パートナーの子孫を残してあげたいという気持ちもありますね。彼には、ほしかったらいってね、って伝えてあります」

10熱中できる趣味がいっぱい

最初の職場に戻った

8回の転職を繰り返し、今は以前に勤めていた障がい者支援施設に出戻りしている。

「事情を分かってくれているから楽です。名札も通称名を使うことを認めてくれています」

「悩みは、もっとお金がほしいことくらいかな(笑)。そのほかは、だいたいうまくいってます」

小さい頃から好きだったダイレンジャーは、いまだに大ファンだ。

「4歳のときに買ってもらった本は、今でもよく開いています。悪役の名前も全部、いえますよ」

ダイレンジャーのテンマレンジャーを演じていた俳優さんが東京で特撮バーを開いている。

「東京へ来たときは、よく立ち寄るんです」

8耐を観戦したい

鈴鹿8時間耐久ロードレースのドキュメンタリーを観て以来、8耐の大ファンになった。

「チーム・シンスケの『風よ、鈴鹿へ』『風スローダウン』を観て、感動しました」

昔つき合った人は、8耐に出場経験のあるレーサーだった。

「レース中の臨場感のある話をしてもらうのが大好きでした」

今は、知り合いのバイクの後ろに乗って、ツーリングにいくのが楽しみだ。

「自分でも免許を取りたいですね。それで鈴鹿サーキットにレースを見にいくのが夢です。バイクが好きになったのは、仮面ライダーの影響かな(笑)」

もうひとつの趣味がゲームだ。

「全国から何十万人も参加しているゲームで、今、8000位なんです。目標は1位です(笑)」

ゲームのキャラクターの誕生日にはレアカードが発売される。

「推しの数字が8なんで、8万円課金することも。けっこうお金がかかる趣味なんです」

ゲームの友だちは九州や四国、千葉、東京に広がった。

「イベントTシャツを着て、ペンライトを持って、カラオケに集まります。盛り上がりますよ(笑)」

憧れの人の体型を目指す

現在、ダイエットに取り組んでいる。

「当時飲んでいた薬のせいで126キロまで体重が増えちゃったんです。それを食事制限で78キロまで落としました」

朝はコーンフレークと牛乳、青汁。夜は豆乳やスムージー。それに片道10キロのロードバイク通勤を実践すると、わずか半年でみるみる体重が減った。

「きっかけは、久しぶりにYouTubeで土門廣さんを見たことです」

土門廣さんは、「ブルースワット」や「仮面ライダーZO」に出演した俳優だ。

「カッコええなあ、と思って。憧れの人に近づきたいと思ってダイエットを決意しました」

インナーマッスルを鍛える腹筋も続けている。

「洋服が合わなくなって、4Lの服は全部捨てて、買い直しました」

コロナで数カ月会えなかった友人と待ち合わせをすると、すぐ隣にいるのに「どこにいんの?」と、電話がかかってきた。

「隣にいるで、といったら、びっくりして振り返ってました。体型が変わったんで、分からなかったんです。目標は一番、痩せていた頃の60キロ台です」

病気を乗り越えて仕事も順調。パートナーとの関係も良好だ。趣味をエンジョイして、体型も憧れの人に近づいている。

「悩みを意識したことはないですね。好きなことを大切にして生きています」

自分の生き方を見つければ、自然と考え方も前向きになる。
それが自分に合っている。

あとがき
初めての取材に「培った営業能力でお話しできて良かったです!」と、明かるいメールが届いた。自分のことを決してディスカウントしない。[したい][したくない]を率直に語る真臣さんの話には、シンプルで大切な気づきが詰まっていた。真似したい■好きなことを大切にする、は意外と難しい。なんて思うから、自分の好きが分からなくなる。まずは、簡単な選択や場面でも好きを意識してみよう。飲みものでも、コンビニのお菓子でも。香り、手触りでも。(編集部)

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