02 遊び相手はいつも男の子
03 空手を修得、ほかの子を圧倒
04 初恋の人は理科の先生
05 からかってきた男子をローキックで瞬殺
==================(後編)========================
06 叶わなかった大学進学
07 介護とカラオケの日々
08 性同一性障害と診断され、ホルモン治療を開始
09 セクシュアリティはFTMのゲイ
10 熱中できる趣味がいっぱい
01女の子ちゃうから、いいやん!
ビデオ映像のように鮮明に蘇る
身長190センチの大男が2歳の自分を肩に抱え上げ、もう一方の手で小柄な女性の首を掴んでいる。男がいう「この子の親権は渡さんぞ!」。
「高いところから見る景色はむちゃくちゃ怖かったです」
ビデオ映像のように鮮明に蘇る現実のシーン。そこにいる男女は、実の父親と母親だった。
2019年に発達障害と診断された。昔のことをよく覚えているのは、アスペルガーの特徴と言われている。
「普段は引き出しに入っている記憶が、引っ張り出すと次々と蘇ってきます」
30年前のシーンはこう続く。
父親と阪神電車に乗って兵庫県に移動、旅館に滞在した。4日後、夜泣きが激しい自分を持て余した父親は、「育てられへん」と娘を母親の元に戻した。
「旅館の部屋の鍵がオレンジ色で、302号室と書いてあったことも覚えています」
両親は離婚。父親は、週に1回だけ娘に会うことを許された。
「5歳まで会っていましたけど、父のところに借金取りが来るのが怖くて、会うのをやめました。それ以来、26年間、一度も会っていません」
母親は看護師の仕事をしながら一人娘である自分を育ててくれた。
「家には、母の妹、母親方のおばあちゃん、それにおばあちゃんの彼氏という男性が一緒に暮らしていました」
5人家族だったが、大人と一緒にいるのが好きではない子どもだった。
「自分が子どもだということが恥ずかしかったんです。きょうだいがほしいという気持ちもありました」
机の下に潜り込んでゲームをしたり、好きなビデオばかりを繰り返し観たりして、一人で過ごすことが多かった。
スパルタ幼稚園で鍛えられる
3歳から5歳まで、社会福祉法人が経営する幼稚園に通った。父親に似て体が大きく、みんなより頭ひとつ抜きん出ていた。
「毎週、月曜日の朝に正座して、般若心経を聞くんです」
算数、国語、英語、ことわざカルタなどの時間もあった。教育にとても熱心な幼稚園だった。
「近くのグランドやヨットハーバーの堤防を、みんなで走らされたりもしました」
3年間の鍛錬で心身ともに鍛えられた。
「今、思い出しても、めちゃくちゃ厳しかったですね」
幼稚園では、一人だけ友だちと違うことがあった。
「朝、送ってきたお母さんと別れるときに、みんな、泣くんですよ。寂しいっていって。でも、ぼくは一度も泣いたことがありませんでした」
それは母親に対する執着がなかったからだ、と自己分析している。
「基本的に、人に興味がないんですよ。親や先生やクラスの子が自分のことをどう思っていようと、全然、気にしませんでしたね」
坊主頭にしたら、速く走れる!?
幼稚園の頃から男の子のような格好をしていた。
「母親が仕事で忙しいので、洋服を買ってくれるのは、いつもおばあちゃんでした」
おばあちゃんは、ほしいというものを何もいわずに買ってくれた。
「よくオーバーオールを着ていましたね。夏はTシャツに短パンでした」
母親はそんな娘を見て、「少しは女の子らしくしなさい」と小言をいうことがあった。
「そんなときは、女の子ちゃうからいいやん、と答えていました」
「幼稚園の年長さんに、サッカーが上手で足の速い男の子がいて、その子に憧れたんです。真似して坊主頭にしたら、速く走れるんじゃないかと・・・・・・」
ショートだった髪の毛を坊主にしたい、と訴えた。
「そのときだけは、母親から『それだけはやめて』と頭を下げられました(笑)」
02遊び相手はいつも男の子
リカちゃん人形を振り回す
遊ぶ相手は男の子ばかりだった。
「友だちが誘いに来るんですよ。キャッチボールやサッカーをすることが多かったですね」
一人でいたいときは、「ちょっと、そういう気分、ちゃうねん」と、あっさり断った。
「一度だけ、同じマンションの女の子と遊んだことがあったんですよ」
リカちゃん人形を目の前に並べられたが、どうしたらいいか分からず、人形を掴んで振り回していたら、「何すんのよ!」と怒られる。
「つまらないから帰るわ、といって家に帰っちゃいました(笑)。女の子の遊びをしたのは、それっきりですね」
逆に心を惹かれたのは、戦隊モノのキャラクターだった。
「特別に好きだったのがダイレンジャーと仮面ライダー。今も好きで、グッズなんかにけっこうお金をかけています(笑)」
ウマがあった男の子
小学校は1クラス21人で2クラスだけという、こじんまりした学校だった。
男の子たちに声をかけて、みんなで鬼ごっこをするのも楽しみだった。
「10人くらい集まってマンションの中をドタバタ走り回るんですよ。迷惑な話なんですよね」
仲のいい男の子との友情は、小学校5年生まで続いた。
「隣のクラスの男の子とめちゃくちゃ仲よくなって、土曜と日曜は朝から晩まで一緒に遊んでました」
ウマがあうというのか、キャッチボールなど、ふたりだけで過ごす時間も長かった。
「まぶたは二重で、まつげが長くて、色白で。まあ、男前の部類だったと思います。でも、ずっと友だちの関係で、その子を好きになることはありませんでしたね」
彼を好きだという女の子から仲介を頼まれたことがある。
「知らんし! 関係ないわ! って断りましたよ(笑)」
03空手を修得、ほかの子を圧倒
興味がない授業は無視
学校の授業は、興味がある科目とない科目で気持ちの入り方がガラッと違う。
「興味がなかったのは、国語、現代社会、道徳なんかですね。全然、ダメでした」
授業中は、椅子の前の脚を浮かせ、後ろの2本でバランスを取る “舟漕ぎ” という姿勢で過ごした。
「授業なんか聞かずに、ずっとユラユラ揺れてました(笑)。後ろの席が邪魔でできないときは、貧乏ゆすりでした」
あまりに貧乏ゆすりが激しいため、机がガタガタ揺れて、「字が書けない!」と隣の席の女の子に怒鳴られたこともあった。
「好きだったのは算数と化学でしたね。答えがひとつのものがいいんです」
体育と美術は三重丸をもらった。それ以外は二重丸。授業を聞いてなくても、なんとなくできた。
「難しい漢字を覚えるのも得意でした。画像として記憶しちゃうんです」
小学校3年生で、麒麟、薔薇など、画数の多い漢字をすらすらと書くことができた。
「その代わり、ひらがなが苦手でした。『を』とか『ち』が角張ってしまって、うまく書けないんです。なんや、コレ、アラビア語かって(笑)」
空手では敵なし
小学校5年生のとき、空手を習い始める。
「きっかけは、大好きだったダイレンジャーでした」
ダイレンジャーは中国拳法を使うヒーロー戦士。その真似がしたかった。
「でも、近くに中国拳法を教えてくれるところはなかったんです。それで、通えるところにあった空手道場にたずねたら、ヌンチャクも教えてくれるというので、そこに決めました」
本当は、ダイレンジャーに出てくる九節鞭(くせつべん)という武器を習いたかったが、さすがにそれは無理だった。
「防具をつけて試技をする、少林流という流派でした。稽古は黙祷から始まって、礼をとても大切にしていました。今でも続けていて、師範代を持ってます」
週に1度の稽古に集中し、みるみる上達する。
「体が大きくて、小学校6年のときには165センチあったんですよ。大会に出てくるほかの子は150センチくらいですからね。体格だけでも圧倒していました」
体格と技術を生かし、中学生のときには近畿大会で3連覇を果たした。
04初恋の人は理科の先生
思いを伝えて終わりにした
初恋は小学校6年生のときだった。
「人に興味がなかったから、初恋も遅かったんでしょうね」
好きになった相手は、臨時で赴任してきた28歳の理科の先生だった。
「ミスターチルドレンの桜井さんにそっくりな人で、もう、完全に一目惚れでした(笑)」
母の妹がミスチルのファンで、家でよくミュージックビデオを観ていた。自然と自分もミスチルのファンになっていく。
「1年間、好意を持ち続けて。卒業式の後にメールで自分の気持ちを伝えて終わりにしました」
「好きでした」とメールすると、先生から「ありがとう」という返信が届いた。
卒業してしまえば、もう会う機会はない。どうしようもない気持ちを整理するには、伝えて終わりにするしかなかった。
「吹っ切れたような、解放されたような気持ちでしたね。それから会うことは一度もありませんが、年賀状のやり取りは今も続いてます」
あっけらかんとした性教育
初潮が来たのも6年生のときだった。
「母親から生理について聞いてたので、ああ、来たのか、くらいな感じでした。驚きも嫌悪感もなかったですね」
看護師だった母は、自分が3年生の頃、体の仕組みについてくわしく教えてくれた。
「生理自体は嫌でしたけど、ルールどおりに起こることですから、すんなり受け入れられたんだと思います」
母は、どうしたら子どもができるかについても教えてくれた。
「精子と卵子があってな、それがくっつくと受精卵になるねん、っていう具合でした」
それは、どうやって出会うの? と聞くと、「セックスや」と答えた。
「それでも分からないというと、男と女が裸で抱き合うんや、と医学書を持ってきて絵を描いて説明してくれました(笑)」
希望しない妊娠をしないように教育してくれたのだろう。
05からかってきた男子をローキックで瞬殺
脱線する授業に耐えられない
それまでは男の子のような格好をしていたが、中学に入ると女子の制服を着なければならない。
「特に反抗する気にはなりませんでした。制服って決められたものでしょ。あなたはこれですよ、っていわれれば、それに従うことは苦にならないんです」
体が大きかったため、部活からの勧誘が多かった。
「バスケ、バレーボール、それから陸上部からも誘われましたね」
しかし、部活を始めると、空手の練習と日程が重なることになる。空手を優先したい気持ちが強かった。
「それと、集団で行動するのが大嫌いなんですよ。だから、しんどいのは嫌って、全部断りました」
授業では、先生の話が脱線することに耐えられなかった。
「なんとか集中して聞いているのに、脱線されると何が何だか分からなくなっちゃうんです」
脱線したおかしい話に、みんながワッと盛り上がると、もどかしさが怒りに変わり感情が抑えられなくなった。
「持っていたシャープペンを、ベキってへし折っちゃうんですよ。月に5本くらいシャープペンを折っていましたね(笑)」
それ以来、話が脱線する授業のときは、最初から保健室に避難することにした。
「保健室の先生には何も相談しませんでしたけど、多分、いろいろと気がついていたと思います」
その頃、女子としては並外れた握力、背筋力を備えていた。
先生を驚かせた。
背筋力測定器の鎖を引きちぎって、男子用の測定器で再度測ったこともある。
一目置かれる存在
中学1年のときに住んでいたマンションが取り壊されることになり、隣の区に引っ越すことになった。新しい中学に転校して、1週間が経ったときのことだ。
「休み時間にマンガを読んでいたら、あいつ、何もんや? ってコソコソいう声が聞こえたんです」
無視していると、一人の男子が近づいてきて、「お前、女子なん? 男子なん? それとも、宇宙人なん?」とからんできた。
「それでも無視していると、『お前の親も宇宙人か』っていわれたんです。それで、プッツンと切れて・・・・・・」
その男子の胸ぐらを掴むと廊下に引き摺り出し、すかさずローキックを一発、見舞った。近畿大会3連覇のキックだ。耐えられるはずがない。
「その場に崩れ落ちて、蹲ったまま、ごめんなさい、ごめんなさいって泣いて謝ってました」
「喧嘩が始まったぞ」と、集まったギャラリーもハッと息を飲む瞬殺劇だった。
「翌日、男の子たちが集まってきて、腕相撲で勝負しよう、といってきたんです」
勝負を受けて立ち、男子全員を一蹴、すっかり一目置かれる存在になった。
<<<後編 2021/02/24/Wed>>>
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08 性同一性障害と診断され、ホルモン治療を開始
09 セクシュアリティはFTMのゲイ
10 熱中できる趣味がいっぱい