02 わんぱくな女の子
03 「おまえ、レズビアンじゃないよな?」
04 自分は何者なのだろう
05 生きていてもしょうがない
==================(後編)========================
06 青空にはためくレインボーフラッグ
07 覚悟のカミングアウト
08 そのとき、家族は
09 一生、鉄板職人として生きていく
10 ”弱者” から脱するために
01えっ、生えてこないの!?
立ちションがしたい
幼い頃から、女の子だという自覚がなかった。
だから、ほかの男の子たちがするように ”立ちション” がしたかった。
「でも、全然うまくいかなくて。お母ちゃんには『あんた、何やってるの』と叱られてましたけど、いつか自分にもチンチンが生えてきて、立ちションができるようになると思っていたんです」
6歳くらいの時だっただろうか。今日こそはと立ちションにトライしていたら、母親は「生えてこないよ」と言った。
「え、なんで? どうして? ……って、わけがわかりませんでした」
小学校に上がる前まで、父親の仕事の都合でマレーシアで暮らしていた。
現地の幼稚園に通っていたが、今になって思えば、園の先生たちは子どもたちを男女の別なく同じように扱ってくれていたのだろう。
自分の性別を、あらためて意識する機会がなかった。
「僕にとっては性別以前に、もっと差し迫った問題があったからかな。当時、僕は当然ながら日本語しかしゃべれないし、聞き取ることもできなかったので、幼稚園の先生や子どもたちが何を話しているのかわからない。そんな中を生き抜くのに必死だったんです(笑)」
じゃあ、女の子でいきます
小学校入学のタイミングで、日本へ。
それまでと違い、日本には性別に関するいろいろな決まり事があった。
「ランドセルを買いに行った時、黒がほしかったんですが、母親に『あなたは赤よ』と言われたんです。なんで? と聞くと『女の子でしょ』と。上履きも、女の子は赤、男の子は青と決まっていました」
「でも、僕は赤がいやだったし、何よりも好きな色を履きたかったので緑にしましたけど(笑)」
そんな調子で、周りから「あなたは女の子なのだから」と教えられたことによって、ようやく自らの性を自認したという。
「ああそうなのか、じゃあとりあえず女の子でいきます、という感じ。自分が女であることに納得していたわけではなかったような気がします」
だから、髪の毛はずっとショートで、服装はいつもショートパンツかズボンだった。
02わんぱくな女の子
気持ちとしては、男の子
公立小学校の場合、たいてい地域の幼稚園あるいは保育園出身の子どもたちが揃って入学する。
けれど、マレーシア出身のため、顔見知りの生徒が誰ひとりいない。
入学当初はしゃべる相手もいないから口数が少なく、おとなしかった。
「それでも、だんだん慣れてきて、休み時間にみんなで遊ぶようになったらもう大丈夫。男の子も女の子も関係なく、みんなでわらわらと遊んでいました」
「そのうち、サッカーとかバスケをやるようになると『田附がいると、勝てる』なんて言われて、男の子のチームに入ってやってました」
外からみれば、「おてんばな女の子」。
でも、本人の気持ちとしては、あくまでも「わんぱくな男の子」だった。
正義感の強いガキ大将
わんぱくでやんちゃではあったが、イジメっ子ではなかった。
成績表の、担任からのコメント欄には「正義感が強い」と書かれていたという。
「たとえば、誰かが転校してくると、転校生だというだけでいじめる子って、いますよね。それが許せない。だから、みんなに声をかけて、クラス全員でそいつのことをとっちめる作戦を立てたりしてました(笑)」
大人が理不尽なことをすると、相手が教師であろうがおかまいなく抗議した。
「なんだよおめえ! みたいな感じで激しくつっかかっていったから、先生も手を焼いていたんじゃないでしょうか。姉が二人いるのですが、すぐ上の姉は5歳年上で、僕が1年の時に彼女は6年生。両方知ってる先生には『おまえは、おねえちゃんとは全く違うな』ってよく言われてました」
姉はおとなしく、それゆえクラスでいじめられたこともあったようだ。
「姉をいじめていた子の妹が僕と同じ学年だったので、かたきを討つつもりでその子をいじめたことがあるんです」
「そのことを姉に伝えると、『最近、いじめが激しくなったのはそのせいね』って(笑)。その子にも姉にも、申し訳ないことをしました」
とにかく、間違ったことがきらいで弱い者いじめが許せない、昔ながらのガキ大将タイプの女の子だった。
03「おまえ、レズビアンじゃないよな?」
女の子=異性?を意識し始める
小学校時代もずっとショートパンツかズボンで通していたが、中学校に進むと制服が決められていて、仕方なくスカートをはくように。
異性に、性的な興味を持ち始めたのはその頃からだという。
意識をしてしまう「異性」とは、女の子のこと。
「中学2年の時、初めて彼女ができたんです。大好きだったからいつも一緒。学校から手をつないで帰ったり、途中で公園に寄っていちゃいちゃしたり」
「僕としては悪いことだとは思ってなかったから公然とやっていたわけですが、親たちに目撃され、危うくPTAで問題になるところだったそうです」
ある日、担任の教師に「おまえ、レズビアンじゃないよな?」と聞かれた。
「彼女と仲よくしていると騒がれるのが面倒で、少し前からダミーの彼氏をつくっていたんです。だから先生には『そんなわけないじゃん。彼氏いるし』と答えたのですが、その時、レズビアンというのは、いけないものなんだ、って思いました」
ちなみに、ダミーの彼氏は、自分がダミーだということに気づいておらず、自分の ”彼女” が本当は女の子とつきあっていることも、もちろん知らなかった。
「私、やっぱり男の子のことが好き」
ところで、彼女は最初から、田附さんのことを ”恋人” として受け入れてくれたのだろうか。
「彼女としては、友達の延長線上だったんじゃないかな。ほら、思春期の女の子特有の感覚で、ちょっとかっこよく見える同性に憧れたりするじゃないですか」
「僕がかっこよかったかどうかはわかりませんけど(笑)、まあ、そんな感じで ”つきあってる風” になって」
ある時、彼女が「亮ちゃんには彼氏がいるから、どうせ私のことなんて、ふるんでしょ」と言った。
「いやいや、あなたが本命ですから、って。そしてすぐに、ダミーの彼氏を切りました。ひどいですよねえ。ところがその直後、彼女は『私、やっぱり男の子のことが好き』と言って、去って行きました」
彼女にとっては、あくまでも ”恋愛ごっこ” だったのかもしれない。
しかし、「好き」という気持ちに嘘はなく、だからこそダミーの彼氏にやきもちを焼いたのだろう。
田附さんの気持ちが、本当に自分だけに向いていることがわかった瞬間、はっと、夢から覚めたのかもしれない。
04自分は何者なのだろう
レズビアンも、ピンとこなかった
高校は共学校に進んだが、相変わらず好きになるのは女の子ばかりだった。
「その頃も、依然として自分が女性であるという認識を持てないでいたので、女の子を好きになってもレズビアンだとは思えなかった。でも、周りが言うように自分が女性なら、やっぱりレズビアンなんだろうか」
「でも、なんかちょっと感覚が違うんですよね」
この気持ちは何なんだろう。自分はいったい、何者なんだろう。
そんな思いが、頭の中をぐるぐる回っていた。
そうこうする間も女の子のことを好きになっていたが、もしそれがレズビアンということなら、この恋心は止めなくちゃいけない。
「だって、先生や大人たちが『レズビアンはいけない』と言っていたから。子どもの頃から理不尽なことがあると大人たちにも恐れずに楯突いていましたけど、基本的には大人の言うことは正しいと思っていたんです」
だから、高校時代は誰にも告白しなかった。
「僕、すごい恋愛体質なんですけど(笑)、好きなバスケットボールに打ち込むことで、女の子に目がいかないようにしていました」
”鶴本直” は、他人事
高校時代は自分のパソコンも持っておらず、携帯電話にしてもスマートフォンではなかったので、LGBTに関する情報に触れる機会はまったくなかった。
「でも、テレビで ”鶴本直” が出てきたドラマ『3年B組金八先生』は、僕が中学の頃にオンエアされていたんですよ」
女優・上戸彩が演じた鶴本直は、戸籍上は女性だが性自認は男性という生徒。このドラマによって、性同一性障害というものを知った人、さらには「ひょっとして自分も?」と気づいた人も少なくないようだ。
「ところが僕の場合、直と自分がまったく結びつかなかった。態度が悪い根暗な子という印象で、なんだコイツ! とイライラしていただけです。黒い洋服ばかり着ていて、心に病を抱えているのかな? とも思ったり」
いずれにせよ、直と自分の性別がなぜか結びつかなかった。
「ただ、ドラマの中で直が『白と黒だけじゃなくて、グレーもあってもいい』というようなことを言って、まったくそのとおりだよな、と思ったことは覚えています」
「そこまで考えるなら、自分も直と同じかもしれないと気づきそうなものですけど(笑)」
中学から高校に進んでもまだ、「性同一性障害」という言葉さえ自分の中に入ってこなかったという。
05もう、生きていてもしょうがない
「自然妊娠がしたいから」とフラれ、絶望する
大学に入る頃になってインターネットが普及しはじめ、少しずつLGBTに関する情報を得ていった。
だが、自分が何者であるのか、明確な答えは依然として見つからない。
バスケットボールに、さらに打ち込んだ。
皮肉なことに、それがきっかけで大恋愛を経験することとなる。
自分が通う大学のバスケットボールチームではなく、大学の枠を超えていろいろな学生が集まるクラブチームに所属。
恋の相手は、そのチームの一員だった。
「彼女の外見も中身も、とにかく好きで好きで気持ちを抑えられない。5回も6回も告白してはフラれ、それでもあきらめられなかったんです」
彼女もだんだん真摯に向き合ってくれるようになった。
しかし結局、恋は叶わなかった。
「あなたのことは好きだけれど、やっぱり男性として見ることはできない。私は結婚したいし、自然妊娠がしたい……というのが彼女の答えでした」
「太っているから」とか「性格のここがちょっとイヤ」という理由なら、がんばって努力をすればなんとか、彼女好みに近づけるかもしれない。
しかし、性別が「女性」であるという事実は、自分にもどうにもできない。
「自分の存在自体を否定されたのだ、と受け止めました。じゃあ、生きていてもしょうがない。よし、死のう、と」
グランドキャニオンから飛び降りれば
どこで、どうやって死のう。
考えた。
電車に飛び込んだら多くの人に迷惑をかけるし、親にも金銭的に大きな負担をかけてしまう。
高いビルから飛び降りたら誰かを巻き添えにしてしまうかもしれないし、雪山に行ったら捜索隊が出て、みんなの税金を無駄遣いするからイヤだ。じゃあ、どうしよう。
「ある時、アメリカのグランドキャニオンに観光に来て、崖から足を踏み外して亡くなる人がいる、という話を小耳に挟みました。あそこは誰も捜索に行けないから、助からないし遺体も見つからないと。これだ! って」
「当時、父親がサンフランシスコに単身赴任していたので、そこを足がかりにしてラス・ベガス観光をし、金髪の女性を侍らせて『俺は女が好きだ〜!』と大声でカミングアウトしてからグランドキャニオンに飛び込む。完璧な計画だ、と思いました」
計画を遂行するにはまず、渡航資金をつくらねば。
それまで親に「女の子だからダメ」と止められていた居酒屋で、アルバイトを始めた。
「早くお金をつくりたくて、文字通り死ぬ気で働きました」
後々、このアルバイトが人生に大きな影響を与えることとなるのだが、当時はそんなことを知るよしもなかった。
<<<後編 2016/08/24/Wed>>>
INDEX
06 青空にはためくレインボーフラッグ
07 覚悟のカミングアウト
08 そのとき、家族は
09 一生、鉄板職人として生きていく
10 ”弱者” から脱するために