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パンセクシュアルという私の生き方【前編】

フリフリのドレスがよく似合う女の子。男子に興味がないわけではなかったが、胸を焦がした初恋の人は、ボーイッシュな女の子だった。双子のように仲のいい恋人同士。中学校で出会ったふたりの関係は、6年半も続いた。精神的自立を求めて、彼女との別れを決意。今は、エンターテインメントの世界で独自の表現力を磨いている。

2019/02/10/Sun
Photo : Ikuko Ishida Text : Shintaro Makino
坪井 真子 / Mako Tsuboi

1997年、埼玉県生まれ。幼稚園の頃にバレエと出会い、その後、ミュージカルやダンス、ドラム演奏に親しむ。男か女かは、その人の本質を入れる器に過ぎない、との持論に行き着き、パンセクシュアルを自認。現在、大学にてメディアデザインを学んでいる。

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INDEX
01 距離が遠かった父親との関係
02 ミュージカルが大好き
03 ファッショはどんなものでも試してみたい
04 受け入れてもらった告白
05 お互いにXジェンダーだったのかな
==================(後編)========================
06 彼女はいつもそばにいてくれた
07 パンセクシュアルだよね?
08 目標はステージで表現をする仕事
09 自由な国、ニュージーランドへ
10 自分の体験を語りたい

01距離が遠かった父親との関係

お父さんは昭和くさい人

埼玉県春日部市に生まれ育った。
両親と5つ違いの兄の4人家族。

「お父さんは、昭和くさい人(笑)。子どものころから、あまりお父さんとはしゃべらなかったですね」

「伝えたいことがあると、お母さん経由で話してもらっていました」

父親の言うことは絶対、という堅苦しい環境だった。

「不安定なところもあって・・・・・・。手は出されませんでしたけど、ものを壊したりすることはあって、母親がなだめていました」

父親は機械系のエンジニア。仕事一筋、という堅いイメージの人だった。

「でも、フットワークが軽いところもあって、トライアスロンにチェレンジしたりしていました」

相談相手は、やはり母親だった。

「お母さんは、お父さんに比べると、ちょっと柔軟なほう(笑)。明るく振る舞うタイプです」

両親はワーキングホリデーでニュージーランドに行き、現地で知り合った人の家にしばらく住んでいたこともある。

「私も中学に上がるまでは、毎年、両親と一緒にニュージーランドに行っていました」

父はニュージーランドでもトライアスロンに挑戦。家族にとっては親しみのある国だった。

「両親は、そうですね・・・・・・、比較的、仲がいいほうだと思います(笑)」

甘やかしてくれたお兄ちゃん

「お兄ちゃんとは、喧嘩をしたこともありませんでした。子どもの頃から仲が良かったですね」

ふたりで出かけることも、よくあった。

「私が中学生のときは、一緒にショッピングモールに買い物に行ったりしました。年も少し離れているので、完全に甘やかしてもらった感じでした」

兄は独身、実家に住みながらIT関係の会社に通っている。
今でも、映画に行ったりライブに行ったり、いい関係は続いている。

「でも、最近、誘ってくれないから、彼女ができたのかもしれませんね(笑)」

02ミュージカルが大好き

完全にプリンセス

「小学生の頃は完全にプリンセスが好きでしたね。着るものもフリフリが好きで」

バレエ、ピアノに加え、英語の塾、学習塾と、習い事をたくさんした。

1週間のうち5日は習い事。忙しい小学生だった。

「やりなさい、と言われたことは一度もないですね。自分がやりたいからやる、という感じでした」

「習い事の中で一番、好きなのは、バレエでしたね。幼稚園の友だちのお母さんがバレエ教室の先生だったんです」

「私はよく覚えていないのですが、お母さんに『始めてみる?』と薦められて始めたみたいです。3歳のときでした」

同じ先生にミュージカルやタップダンス、ジャズダンスを習った。踊ることの楽しさを教えてくれた。

「とにかく踊るのが好きだったので、いろいろなダンスに挑戦しました。特にミュージカルは大好きでした」

小学生でドラム演奏も始める

「小さな教室でしたけど、発声練習、歌の練習、演劇のエチュードを一生懸命、頑張りました。発表会もあって一生懸命に台本を覚えました」

その豊かな経験が、その後の人生の糧となる。

ところが、小学4年生のときに先生が引っ越してしまって、ダンスは中断。

「そのあとも何かやりたいな、と思って、ドラムを始めました」

「興味がある」と言うと、母親がいつも応援してくれた。

ドレスも勇者も、どっちも好き

「洋服は、女の子らしいかわいいドレスが好きでしたね」

「七五三でドレスを着せてもらったんですけど、脱ぎたくなくて洗面所で大泣きをしたのを覚えています(笑)」

その一方で、トミカ、プラレール、働くクルマなど、男の子っぽいものにも興味を持った。

「いつも、お兄ちゃんのおもちゃを借りて遊んでいました」

「あるとき、好きなおもちゃがいつの間にか捨てられてしまって、とても悲しかったことがありました」

ミュージカルの発表会では、赤頭巾ちゃんで主役を演じた。

「かわいい衣装を着て、ヤッター! という感じでした」

男らしい役にも挑戦した。

「別の機会に、勇者の役もやりました。それも楽しかった。どっちも好きでしたね」

小学校高学年のとき、友だちを集めて、ダンスチームを結成。
とにかく、歌やダンスが好きな女の子だった。

03ファッショはどんなものでも試してみたい

歌って踊る美術部

中学のときは美術部に入った。
でも、ただ大人しく絵を描いていたわけではない。

「厳しくない部活だったんですよ。だから、美術部なのに『ミュージカル、やらない?』って、友だちを誘ってダンスの練習をしていました」

文化祭では、歌って踊る新しい美術部を披露。
中学までは自分が率先してリーダーになったり、代表者になる存在だった。

「一応、大道具に背景を描いて、美術部らしいところも出しましたけどね」

美術部の友だちとは今でもつき合っている。

「球技やスポーツもやればでしゃばるタイプでしたね。あまりうまくはありませんでしたけど(笑)」

両親も演劇が好きで、劇団四季などの公演に連れていってくれた。
ミュージカル映画もよく観た。好きな作品もたくさんある。

「一番感激したのは、『アニー』でしたね。小さい子が大きな舞台で、迫力のある声を出していて。すごいな、と思いました」

いろいろな経験を積むうちにステージに対する興味は大きく膨らむ。

「舞台に立つことも馴れていきました。むしろプライベートで話すほうが緊張しますね。今も、演じているほうが楽しいです」

ファッションは何でもチャレンジ

小学校のときからオシャレには興味があった。

「子どもの頃は、女の子だからコレ、男の子だからコレ、って決められますよね。でも、それは違うんじゃない? と小さい頃から思っていました」

男ものも女ものも、いいなと思えば着たくなった。

「かわいい、ボーイッシュ、大人っぽい、かっこいい・・・・・・。小学校の頃から、どんなテイストのものでも好きでした」

今でもその嗜好は変わらない。エスニック、ロリータ、パンク。何でも着る。

「自分をひとつの枠に当てはめたくないんです。ダメだとしても、試してから諦めたい」

だから、洋服や靴、アクセサリーはたくさん持っている。

母親も寛容で、いろいろと試させてくれた。

「お母さんもフリーマーケットでたくさん買ってきていましたね」

もちろん、今もオシャレは大好き。

「自分でコーディネートを考えて出かけて、誰かがテーマとか、何か気がついてくれると『よっしゃ!』という感じです(笑)」

04受け入れてもらった告白

初恋の相手はボーイッシュな女の子

「小学校の頃は、自分が女の子だから、男の子を好きになるのが当たり前だと思っていました」

「あの子が好き、みたいな話はクラスで普通にしていましたね。でも、クラスの中でしか選べませんから(笑)、夢中になる男の子はいませんでした」

しかし、小学校高学年からネットを使い始めると、女性同士がキスをしている動画など「禁断」を垣間見るようになる。

それまで知らなかった世界だった。

「ああ、こういうのもアリなんだ、と思って、幅が広がった感じでした」

中学1年の秋に好きな女の子ができた。
別のクラスのユウナという子だった。

「『歌のうまい子がいるから、一緒にカラオケに行こう』と、友だちが誘ってくれたのが知り合うきっかけでした」

「ボーイッシュな子で、その頃から自分のことを『ぼく』と言っていました」

ちょっと変わった子だな、という印象。学年の中でも目立っていた。

「スカートを履きたくないって言っていましたね。今思うと、すでにFTMまではいかないけど、Xジェンダーだったのかな」

そのときは、「歌がうまいな」という程度だったが、次第に恋愛感情に変化していく。

「今思うと、あれが初恋だったんでしょうね」

告白があっさり成功

当時は兄が反抗期。母親も兄のことが心配でかまってくれない。だんだん家にいても居心地が悪くなった。

すると、ますますユウナのことが気になって仕方がない。

「だんだん思いが募って、『どうしよう・・・・・・』と思い詰めるまでになりました」

「3・11で地震が来たとき、教室にいたんですけど、最初に頭に浮かんだのがユウナの安否でした。私、彼女のことが本気で好きなんだ、と気がつきました」

ついに、告白をする決心をする。
でも、自信はまったくなかった。完全に無理だと思っていた。

「好きなんだ・・・・・・」
「そうなんだ・・・・・・」

相手のあっさりした反応に、「伝わってないのかな」と首を傾げた。

「『つき合いたい』って言う意味の好きなんだけどな」
「ああ、いいよ」
「あれ? いいの?」

「かわいいから、いいかなって思った」

デートをしたり、家に泊まったり

実は、そのとき家庭の問題を深刻に悩んでいた。

生きるのが辛い。学校にもいる場所がない。

「告白をしてダメだったら死んでしまおうか、とまで苦しんでいたんです」

「それがオッケーしてもらったので、もう少し生きようかな、と(笑)」

しかし、つき合いが最初からうまくいったわけではなかった。

「思いきって告白したけど、相手から何も言ってこないので自然消滅したのかな、と不安になりました」

「でも、1年くらい経って自分からアプローチをしたら、そんなことはなかった。すぐに仲良くなりました」

それからは、デートをしたり、家に泊まったり、交際が始まる。

「私は身長が低いんですけど、ユウナも同じくらい小さくて、一緒にいると双子みたいでした」

ふたりの関係はどんどん深まっていく。

それでも女の子とつき合っていることは人には言えない、という気持ちが心の底にあった。
知っているのは、仲のいい一部の友だちだけだった。

「完全にオープンにはできませんでした、なるべく隠しながらつきあっていましたね」

05お互いにXジェンダーだったのかな

嫉妬することもなかった

「ふたりでいるときは、どっちが男、どっちが女、ということもなかったですね・・・・・・、お互いにXジェンダーだったのかな」

同級生の中には、ふたりの関係を見て「気持ち悪い」と言う子もいた。

「友だちが『それ、誰? 殴りにいこう!!』って言ってくれたんです」

「ストレートの友だちに『殴りに行こう』なんて言ってもらえたおかげで、別に隠すことないんだ、って」

「間違ったことをしてるわけじゃないし、堂々としていいんだ、って思えるきっかけになりました」

つき合いが長くなり、周囲にもふたりの関係が知られていく。すると、自然に知れ渡るのはいいかな、と思えるようになった。

彼女の母親からも「本当に仲がいいのね。ユウナのどこが好きなの?」と聞かれる、いわば「公認の仲」になった。

「お互いに男の子を好きになることもなかったですね。だから嫉妬することもありませんでした」

一度、ユウナが男子に告白されたことがあった。

それを知ってどうするのか、聞いた。

「どうしてほしい?」
「そりゃ、断ってほしいけど・・・・・・」

「そう。分かった。じゃあ、そうする」

結婚式は自作自演?

「あそこに行こう、これ楽しそうって誘うのは、いつも私のほうでした」

ユウナは相変わらずボーイッシュだったが、デートを仕切る気はあまりないようだった。

「たまにはリードしてよ! って怒ったこともあります(笑)」

高校に進学すると、将来のことも話題になる。
日本でも同性の結婚が法制化されれば、正式なパートナーになることも夢ではなかった。

「結婚式はしたいね、って」

「私はウエディングドレスをどうしても着たい。それなら、ユウナはタキシードかなって」

高校生になっても、ダンスやミュージカルは大好きだった。

「結婚式をするなら、音楽や出しものの演出、会場の飾りつけなど、全部、自分でプロデュースしたいと思っていました」

友人からの祝辞では、一緒に踊ったり・・・・・・夢は広がった。


<<<後編 2019/02/12/Tue>>>
INDEX

06 彼女はいつもそばにいてくれた
07 パンセクシュアルだよね?
08 目標はステージで表現をする仕事
09 自由な国、ニュージーランドへ
10 自分の体験を語りたい

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