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レズビアンであることを受け入れられたのは、母が無条件に受容してくれたから。【後編】

レズビアンであることを受け入れられたのは、母が無条件に受容してくれたから。【前編】はこちら

2019/02/03/Sun
Photo : Taku Katayama Text : Ryosuke Aritake
大友 香果子 / Kagumiko Otomo

1976年、千葉県生まれ。3歳の頃に東京に引っ越し、母の仕事の関係で、小学生時代に2回の転校を経験。高校卒業後、専門学校に進み、保育士資格を取得。保育園や学童保育で働いた後、もともと興味のあったアクセサリー制作を学べる専門学校に入学。現在は、女性のパートナーとともに、虹色のアクセサリー制作・販売を行う。

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INDEX
01 “寂しさ” とは縁遠かった4人家族
02 本来の自分と人から見えている自分
03 苦しみから逃れるための手段
04 校則も通知表もない高校
05 恋愛感情が湧いてこない自分
==================(後編)========================
06 納得のいく結論と新たな悩み
07 自ら選んできた社会人としての道
08 レズビアンなんだという自覚
09 正反対の2人に起きた危機
10 大切にしていきたい今の暮らし

06納得のいく結論と新たな悩み

Aセクシュアルという概念

20代前半の頃、男性に恋愛感情を抱かない自分に対して、疑問を感じていた。

自分のことを知るきっかけはないかと、当てもなくネットサーフィンした。

「何て検索したか覚えていないんですが、 “Aセクシュアル” がヒットしたんです」

Aセクシュアル(アセクシュアル)とは、他者に対して恋愛感情や性的欲求を抱かないこと。

「見た瞬間に、自分はこれなんじゃないか、って思っちゃったんです」

「そして、こういうことだったのか、ってホッとしたんですよね」

自分がおかしいのではなく、恋愛感情を抱かないという概念があることを知れたから。

しかし同時に、この先どうしたものだろうか、と新たな悩みも生じた。

ネット上には、Aセクシュアルに関する情報はごくわずかしか載っていない。

「もっといろんなことが知りたくて、女性向けのワークショップイベントに行くようになりました」

初めてのカミングアウト

母とは、思春期の頃から20代前半まで、うまく話せなかった。

「仲が悪いわけではなくて、うっすらとした壁を隔てているような感じでしたね」

「遠慮し合っているというか、深いことを相談することはなかったです」

20代半ばに祖母が亡くなった時、互いに思っていることを話す機会ができた。

「それ以来、何でも話せるようになって、関係が修復できました」

「同じタイミングでAセクシュアルを知ったので、自然な流れで母にも話したんです」

Aセクシュアルという言葉を説明し、「結婚とかいろんなことはないと思う」と告げる。

母から「あなたが言っていることはわかったけど、私は違うと思うよ」と返された。

「もともと母は、私の考えや言い分を、ちゃんと聞いてくれる人でした」

「だからこそ、その時はわかってもらえないことに、ちょっと納得いかなかったです」

自分とは結び付かない存在

Aセクシュアルの存在を知ったばかりの頃、LGBTという言葉は知らなかった。

「渋谷に住んでいたので、レインボーパレードの前身のイベントは、見たことがあったんです」

「だから、レズビアンとかゲイって言葉も、知ってはいたんですよね。でも、どこか遠いところの話だと思ってました」

自分と直接結びつく話だとは思わない。

ましてや、自分がレズビアンかもしれない、という考えはまったく抱かなかった。

「今ほど情報が多くなかったし、LGBTって言葉も一般的ではなかった気がします」

「パレードを見ても、他人事な感じでしたね」

07自ら選んできた社会人としての道

早く社会に出るための選択

話は、高校生時代に戻る。

当時は、将来何をしたらいいか、迷っていた。

「家が経済的に豊かじゃなかったので、早めに手に職をつけようとは思っていたんです」

「だから、大学に進むって選択肢はなくて、何かしらの資格を取るのがいいかなって」

都立の専門学校は、年間の学費が6万円程度で済むことを知る。

そこで保育士の資格を取ることに決めた。

「子どもは嫌いじゃないんですけど、取り立てて好きってわけでもなかったです」

「高校生の時に児童館のボランティアをしていたから、子どもと接する職業が一番身近だと思った記憶があります」

進学に関しては、母も祖母も口を出さず、保育士になるという意見を尊重してくれた。

好きな仕事と新たな可能性

専門学校を卒業し、保育園に就職。

「もともと人と接する仕事は好きだったので、楽しかったですよ」

「ただ、子どもよりも、親の対応の方が大変なことを知りました(苦笑)」

時に「なんで私の子ばっかりないがしろにされるんだ!」と怒鳴り込んでくる親がいた。

「キレちゃってる親御さんに対応するのは、怖かったですね」

ある程度保育士としての経験を積んだ頃、専門学校時代の友だちに誘われて、転職した。

新しい職場は、障がいを持つ子どもが通う学童保育。

「5~6年は、保育や福祉の現場にいました」

「20代半ばに入って、ふと小さい頃から好きだったものに携わりたいと思ったんです」

保育士の仕事を辞め、アクセサリー制作を学べる専門学校に通い直した。

「小さい頃からモノを作ることが好きだったし、アクセサリーにも興味があったんです」

「自宅の近くに専門学校があることも知っていたんで、通ってみようかなって」

働きながら貯めたお金と奨学金を使い、新たな道に進み始める。

原因不明の不調

「3年間のコースだったんですけど、通っている途中で体調を崩してしまったんです」

体調不良の原因は、精神的なものだった。

発症のきっかけは、明確ではない。

「祖母が亡くなった時に、小さい頃を振り返ったことが影響しているかもしれないです」

「でも、細かいことはわからなくて、いろんなことが積み重なった結果なのかな・・・・・・」

専門学校の授業にも出られなくなり、中退することになった。

「学校自体は、すごく楽しかったんですけどね」

「ジュエリー業界への就職は、叶わなかったです」

夢は途中でついえてしまった。

それでも病院に通い、調子を整えられたのは、今のパートナーが隣で支えてくれていたから。

「その頃には、彼女とつき合い始めていました」

「すごく調子が悪い時にも、ずっと一緒にいてくれたので、感謝してます」

08レズビアンなんだという自覚

親切な女友だち

現在のパートナーとの出会いは、女性限定のワークショップ。

自分のセクシュアリティについて知るために、出向いたイベントだ。

「セクシュアリティを区切ったものではなかったですが、レズビアンの人が多かったです」

「私は、他の人といろんな話がしたくて、参加した感じですね」

「出会いは求めていなかったけど、友だちができればいいかな、くらいの気持ちでした」

「私と彼女は、互いに1人でそこに来ていて、知り合ったんです」

彼女は、レズビアンであることを明かして、参加していた。

そのイベントには、参加者の誰かが次回のオーガナイザーを務めるというルールがあった。

何度か参加した時に、彼女と2人でオーガナイザーを務めることに。

「後から聞いたんですけど、彼女は『かぐみこちゃんがオーガナイザーをやるなら、私もやる』って立候補したらしいです」

「でも、私は彼女が向けてくれていた好意に、全然気づいてなかった(笑)」

「彼女はLGBT映画祭やパレードによく誘ってくれたんですけど、すごい親切な友だちができた、って思ってました(笑)」

初めて抱いた “好き”

ともにオーガナイザーを務めて仲が深まり、半年が経った頃。

「気づくと、彼女に対して、いままでに経験のない感情を抱いていました」

「彼女からおでかけの誘いがあると、うれしかったんですよね」

「これが “好き” という気持ちではないだろうか、って思ったんです」

2人で出かけた帰り、レズビアンバーに寄ったことがある。

そのタイミングで、今夜この気持ちを伝えなきゃいけない、と強く感じた。

「でも、自分から告白したことがないので、何を言ったらいいかわからないんですよ」

「『好きです』って言うのが恥ずかしくて、回りくどく伝えたら、彼女はわかってくれなかったです(苦笑)」

「30分くらいあーでもないこーでもないって話して、ようやく彼女が気持ちを汲んでくれました」

彼女から「OK」の返事をもらえた。

レズビアンであること

初めて恋心を抱いた相手は、女性だった。

「不思議と、嫌だとか困ったって感情は湧かなかったです」

「自分がレズビアンであることを受け入れられたのは、母が無条件に受容してくれたからかもしれないです」

彼女とつき合い始めてすぐに、母に報告した。

「お母さんの言っていた通り、Aセクシュアルじゃなかったけど、レズビアンだよ」と。

母は「良かったね」と、声をかけてくれた。

「多分『好きになれる人ができて、良かったね』って意味だったんだと思います」

「母は、その人の人生はその人が選択するべき、って考えの人なんです」

「だから、私の決断も、支持してくれたんですよね」

「姉妹みたいに何でも話せる相手だけど、人生を重ねてきた先輩として尊敬しています」

09正反対の2人に起きた危機

言葉で伝えるルール

「彼女はすごくフラットで軸をしっかり持っていて、何が起きても動じないんですよ」

「私は問題が起きるとオロオロしちゃうから、見習いたいです」

自分と違うからこそ、尊敬する部分も多い。

その分、2人にはあまり共通点がなかった。

「映画とか音楽の好みが、全然違うんです」

「性格も違うから、思ったことを言わないと、届かない部分が結構あったんですよ」

察するのではなく言葉にして伝えることが、2人のルールになった。

「口に出して伝えるって、すごく大事なことだと思いますね」

「ただ、すべてをむき出しのまま言えばいいかっていうと、そうでもなかったんです」

つき合って3年が経った頃、同棲を始めた。

生活をともにすると、相手のクセやこだわりが目につき始める。

「例えば、洗濯物の干し方。ブラジャーは片側のひもで吊るすか、両方かとか(笑)。細かいところが気になるんです」

「『そのやり方は変えてほしい』って素直に言っちゃうんですよ」

些細なことがきっかけで、言い合いが絶えなくなっていった。

「親しき仲にも礼儀あり」

「ケンカが続いちゃって、2人だけじゃどうしようもなくて、私の母に仲裁を頼みました」

「彼女も、私の母をすごく信頼してくれているので、ちょうどいいかなって」

3人での話し合いの場を設け、「ケンカばかりで困ってるけど、どうしたらいい?」と母に意見を求めた。

「お互い違う人間なんだから、思ってることを言い合えばいいってもんじゃないよ」

母は冷静に、2人の関係を分析してくれた。

「『あんたたちは遠慮がなさすぎる。親しき仲にも礼儀ありだよ』ってたしなめられました(苦笑)」

「2人で相談して、一度別々に暮らすことを決めて、私は実家に帰ったんです」

3カ月間の冷却期間を置いてから、今後の話をする約束をして。

諦めることの大切さ

3カ月間は、ほとんど連絡を取らなかった。

「その間に、私は彼女のことが好きなんだな、って改めて気がついたんです」

「このままお別れになってしまったら、嫌だなぁって」

パートナーも同じように思ってくれていたため、同棲生活を再開した。

「母に言われたこともあって、気持ちの伝え方はやわらかくなったと思います」

「ケンカがゼロにはならないけど、ちゃんと謝って、仲直りできるようになりましたね」

「自分の中で折り合いをつけて、妥協することも覚えました」

洗濯物の干し方も、干せれば何だっていいじゃん、と思えるようになった。

「諦めるって言うとネガティブな印象だけど、時には大事なんですよね」

相手の考えやこだわりを、無理やり変えることはできない。
そこでいら立つよりも、互いの妥協点を探す方が建設的だ。

「長い時間をともにして、いい意味で諦められる関係になってきたかな、と思います」

同棲を始めてから、10年ほどの時間が経過した。

10大切にしていきたい今の暮らし

2人で進める事業

現在はパートナーと、6色の虹をモチーフにしたアクセサリーの制作・販売事業を展開している。

「彼女が先に始めていて、私が後から加わったんです」

「アクセサリーの専門学校で勉強したこととは、全然違うことなんですけどね(笑)」

「でも、これはこれで楽しいなって」

それぞれにアクセサリーのデザインや制作を行い、販売業務も2人で行っている。

「性格が違うように、作風もまったく違うんですよ」

「だから、分担せずに、自分が作りたいものを作る形で進めてます」

「たまに『こっちのチェーンの方がいいよ』とか、口を出すことはありますよ(笑)」

「もし彼女に出会っていなかったら・・・・・・今何をしているか、想像できないですね」

今後は、さらに事業を拡大していきたい。

「6色の虹はLGBTの象徴ですが、意味合いを知らない人も多いんですよね」

「その意味を、できるだけ広めていきたいです」

最近はアクセサリーの販売だけでなく、ワークショップも行った。

物作りに触れ合う中で、6色の虹やセクシュアリティを表すカラーを知っていってほしい。

「何かを作るイベントって参加しやすいし、すごくいいチャンスだと思うんです」

「だから、その機会を増やしていくのもいいかな、って考えてます」

家族との丁寧な生活

「プライベートな目標は、生活をないがしろにしないことです」

仕事に追われていると、食事が手抜きになったり、散らかし放題になったりしてしまいがち。

その状況が続くと、心も荒んでくるような気がする。

「割とよくあることなので、できるだけ丁寧に暮らしたいですね」

「家が荒れ果てないように、定期的に友だちを呼ぶようにしてます(笑)。掃除しよう、って思えるし、楽しい時間も増えるじゃないですか」

パートナーと暮らす家には、3匹のネコも同居中。

特別なことを望んでいるわけではない。
愛する人に囲まれた穏やかな日常が、このまま続いていってほしい。

あとがき
かぐみこさんの話しは、大切な人と生活レッスンが一つのトピックだった。 「別居後、仲直りする努力ができるようになりました(笑)」。苦笑しながら振り返る場面は、喧嘩やすれ違いを繰り返して深まった、家族の絆の物語でもある■おいしい食事、会話、感謝が仲良しのカギ? もちろんその前提は[一緒に][互いに]だ。生活することに異性愛者との違いはない。パートナーがたまたま同じ性別だった。かぐみこさんが存分に教えてくれる。(編集部)

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