02 本の虫だった小学生時代
03 見えないヒエラルキー
04 1週間の冒険
05 私はレズビアン?
==================(後編)========================
06 予想外のシナリオ
07 突発的なカミングアウト
08 男性との恋愛
09 1万円のニコン
10 無限のグレーゾーン
01末っ子長女
やんちゃな3人の兄
4人兄弟の末っ子として生まれた。
上には兄が3人。それぞれ9歳、8歳、2歳ずつ離れている。
物心がついたころ、長男と次男はすでに小学生。
毎日、学校から帰って来るなり、すぐ遊びに出かけてしまう兄たち。
「サザエさんのカツオくんみたいな感じ。『ただいま!』って帰ってきて、ランドセルを放り投げて『いってきます!』って出て行っちゃうんです」
家族全員がそろうのは、夕飯の時間になってから。
それまでは、祖父母の部屋で、兄たちが買った漫画を読んで過ごすことが多かった。
兄弟の中で、一番うらやましいと思っていたのは2歳上の兄。
「おじいちゃんが、2歳上の兄をすごく可愛がってたんです」
「子どもの頃から『1人だけひいきされてるな』って思って見てました」
正反対の両親
両親にとっては待望の娘だったらしい。
子どもの頃は、赤色やピンク色の可愛らしい服を着せられることが多かった。
「私としては、兄のお下がりが着たかったんですけど・・・・・・。スカートを穿きたくないから、冬になると『寒いから嫌だ』って抵抗してました」
「でも、春夏はその言い訳が通じないんです」
「嫌々ながらスカートを穿いてましたね」
男の子3人を育てただけあり、母はエネルギッシュな人だ。
家にずっといるのが性に合わず、私が小さい頃から仕事をしていた。
母と対称的に、父は物静かなタイプ。
父にとって、唯一の娘は「目に入れても痛くない」存在だったのかもしれない。
あまり怒られたことはなく、休みの日はよく遊んでくれた。
「大人になって、一人暮らしを始めてからも、父からはよく電話がかかってきます」
「昨年末は、実家に帰る予定がなかったんですけど・・・・・・」
「父から電話で『夏以来帰ってきてないじゃん』って泣かれたので、帰ることにしました(笑)」
02本の虫だった小学生時代
仲良し4人組
小学校に入ると、近所の同級生と遊ぶことが多くなった。
「近所に、女の子の同級生が3人いたんです。
だから3人は、小学校に入学したときから仲が良かったんですよ」
子どもの頃は、人と話すのが苦手だった。
知らない子が1人でもいると、緊張して何も話せなくなってしまう。
しかし、3人とは、毎日顔を会わせるうちに自然と打ち解けることができた。
一緒に登校し、帰りも3人の中の誰かと一緒に帰る。
「3人のうち1人とは、特に仲が良かったんです」
「休みの日はその子の家に遊びに行ったり、泊まりに行ったりしてました」
「クラスはバラバラだったけど、小学校6年生までずっと仲良しでしたね」
国語の教科書
3人と遊んだこと以外、小学生の頃の記憶はぼんやりしている。
運動は嫌いで、足も遅い。勉強も好きではなかった。
「算数、理科、社会、どれも苦手でした。得意だったのは国語だけ」
「国語の教科書が好きで、学校でも家でも暇さえあれば読んでましたね」
「本の虫って感じでした(笑)」
子ども向けの小説もよく読んでいた。
特にお気に入りだったのは、宮沢賢治の『注文の多い料理店』。
「いま振り返ると、あんなに小難しい小説を、よく読んでたなと思います」
03見えないヒエラルキー
頂点の兄と最下層の自分
町には小学校が2つあり、中学校は1つだけ。
学年の半分以上が、新しい顔ぶれだった。
「中学では、目に見えないヒエラルキーが存在していました」
「頭の良さや運動神経、顔の良さ・・・・・・」
「小学校時代に仲の良かった3人は、みんな勉強ができたんです」
「だから、ヒエラルキーで上にいっちゃったんですよね」
勉強も運動もできず、何も取り柄のない自分は、一番格下の存在。
そんなふうに感じ、学校では大人しく過ごしていた。
自分とは対照的に、2歳上の兄は、学校の中で目立つ存在だった。
1年生から3年生まで、ほとんどの人が兄のことを知っている。
ヒエラルキーでいえば、頂点に君臨する存在。
「妹としては、なんであいつがてっぺんなんだろうって、納得がいかない」
「羨ましさから、兄の言動を真似したこともありましたけど」
恋バナより少年ジャンプ
兄に彼女ができても不思議なだけ。
恋愛そのものには全く興味がわかなかった。
「女の子が恋バナで騒いでいても、何が楽しいのかわからなくて」
「漫画の話をしてるほうが楽しかったですね」
兄たちが買っていた少年ジャンプが自分に回ってくるのは、たいてい週末。
ボロボロになったジャンプが待ち通しかった。
学校では毎日、仲のいい友だちと、漫画の話で盛り上がっていた。
「中学校では、仲のいい友だちが2人いました」
「1人は勉強がそこそこでき、面倒見が良くて明るい子」
「もう1人は、幼稚園から友だちだった子」
「放課後や休みの日も、その3人で遊ぶことが多かったですね」
「みんなジャンプが好きだったから、ずっとその話をしてました」
ソフトボール部
運動は相変わらず嫌いだったが、中学校ではソフトボール部に入部する。
母親から「運動部のほうが、記録に残るからいいよ」と勧められたからだ。
「母も運動部がいいって言ってたし、やっと学生生活を楽しめると思って入部しました」
しかし、いざ練習が始まると、早速後悔することになった。
運動ができないのに、なぜこの部活を選んだんだろう・・・・・・。
ハードな練習について行けず、何かにつけては部活を休んでいた。
そんな自分と対照的に、2歳上の兄は、部活でレギュラーに選ばれ活躍していた。
家で兄と比べられることはなかったが、学校では露骨に兄と比べる先生もいた。
「ことあるごとに『何でお前はそんなにできないんだ』って言われてました」
04 1週間の冒険
ブリーチ剤
中2の夏休み、三男が買ってきたブリーチ剤が部屋に転がっていた。
未使用のそれを持ち出し、友だちと一緒に初めて髪を染めてみた。
派手な金髪に帽子をかぶり、そのままソフト部の練習へ。
「学校に着くなり、部活の仲間がワーッと集まってきました」
「びっくりした顔で『お前、それやべーよ』って」
金髪にすることによって、注目を集めたかったのかもしれない。
予想を上回るリアクションを得られ、自分の中の何かが満たされるのを感じた。
「やってやったぜ、という気持ちでしたね(笑)。学校の誰より先に染めてやったぜ、みたいな」
部活の仲間は真面目な子ばかりだったため、やめさせなきゃいけないと思ったらしい。
「その頭で職員室行きなよ」と言われた。
「何で行かなきゃいけないの?」と抵抗したが、「私も一緒に行くから」と押し切られる。
帽子をかぶったまま職員室に行くと、先生から「帽子を取れ」と怒られ、金髪を見せると、すぐさま親に連絡された。
「親からも『なんでそんなことしたの?』って聞かれましたね」
「ヤンキーに憧れてたとか、そういうわけじゃなかったんです」
ちょっとした好奇心と、みんなの気を引きたいという思いだけだった。
夏休み明けの呼び出し
自分が中2になる頃、兄3人は高校生や専門学校生になっていた。
髪の色もファッションも自由。
兄たちが許されているのに、なぜ私は許されないんだろうと不満だった。
「金髪を続けたのは1週間くらい。すぐに黒く染め直したけど、私にとっては大冒険でした」
夏休みが明けると、学年主任の先生から呼び出しを受ける。
生徒指導室で向かい合うと「お前に何で友だちができないか教えてやるよ」と言われた。
「だらしねぇからだ」と言われ、「兄貴は何をやらせても完璧なのに」とため息をつかれた。
セーラー服の着方も注意された。
「着るのが面倒くさいし、デザインも嫌いでしたね。だから、ちょっと崩して着てたんです」
校則を守っていないのは、自分だけではなかった。
むしろ、生徒手帳に書かれている着方は、誰もしていない。
ほとんどの子が、スカートの裾を短くしていた。
「成績が良ければ怒られないっていうのが、納得いきませんでした」
「反抗心ばかりが募っていきましたね」
パソコン部で一人遊び
ソフトボール部は中2の秋に辞めた。代わりに入ったのは、パソコン部。
学年の中でも、とりわけ大人しい子ばかりが集まっている部活だった。
「まだネットが当たり前じゃなかった時代でした」
「放課後はパソコン室に行って、ひたすらソリティアをやってましたね(笑)」
「部員同士で話すわけでもなく、ずっと1人で遊んでました」
中3になり、高校受験の時期を迎えても、特に行きたい高校はなかった。
先生に「ここの高校どう?」と勧められたのは、地元の農業系の高校。
兄3人が通っていた高校だった。
「農業系の高校なら、それほど勉強しなくてもいいかもしれないと思いました」
「勉強がすごく嫌いだったんです」
「推薦入試でその高校を受けて、面接を受けただけで合格しました」
05私はレズビアン?
クラス全員のメールアドレス
高校は共学だったが、生活科学科という専門クラスは女子だけ。
高校デビューとまではいかないが、この春から新しい自分に変わろうと決心していた。
何としても、ヒエラルキーの最底辺から抜け出したかったからだ。
「入学初日から、クラスの子にめっちゃ話しかけました」
「どこの中学校? って話しかけて、クラス全員と携帯のアドレスを交換しましたね」
「皆も自分のアドレスを知ってる。これはいいぞ! って思いました」
クラスの仲間は、中学時代につまずいた子が多かった。
いじめられていた人もいれば、やんちゃをしていた人もいる。
自分のように、ヒエラルキーの最底辺にいて、モヤモヤを抱えていた人も。
「問題児の集まりといってもいいかもしれません」
「だからこそ、高校からは変わりたいと思って、みんな明るく接してくれたのかもしれませんね」
男だったら良かったのに
中学とは打って変わって、高校は居心地が良かった。
校則は一応あったが、化粧をしても、スカートを短くしても怒られない。
授業に出たくないときは、サボることもあった。
「高校には、兄たちのことを知っている先生がたくさんいました」
「校内を歩いていると、いろいろな先生に声をかけられましたね」
「『笠倉の妹か! お兄ちゃん元気か?』って(笑)」
夏休みになると、早速髪を染めた。
中2の夏のように、誰かに注目してほしいという欲求からではない。
「兄が染めてるから、自分も染めよう」という程度の軽いノリだった。
「兄たちは、私の中で “先を歩く人” なんですよね」
「その行動をたどっていけば、自分も人気者になれるのかなって」
コンプレックスもなく、颯爽と生きている兄たちが羨ましかった。
自分が手に入れたいと思っているものを、兄たちは確実に得ている。
「男になりたいって思ったこともありました」
「周りの友だちから『真貴は、男だったら良かったのにね』って、けっこう言われてたんです」
「体に違和感があるというよりは、男のほうが楽だなっていう感じかな」
レズビアンと知られないように
中学生の頃、友だちと恋愛の話になったときは、クラスで人気のある男子の名前を答えていた。
恋愛感情というものが、よくわからなかった。
それが、初めて同じクラスの女の子を好きになった。
高1のときだ。
しかし、誰かに恋心を打ち明けることはなかった。
「みんなから、よく恋愛相談を受けてました」
「こうしてみたらいいんじゃない?」とアドバイスはするものの、自分の相談をすることはなかった。
「真貴は?」と聞かれると、「そんなに興味ないな」と曖昧に答えてはぐらかした。
女の子が好きということを、口にしてはいけない。
そう思い、固く口を閉ざした。
<<<後編 2019/04/23/Tue>>>
INDEX
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