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ゲイだから病気だから、と殻に閉じこもっていた自分に言いたい。「ひとりじゃねーぞ」【後編】

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2023/08/12/Sat
Photo : Miho Eguchi Text : Kei Yoshida
稲垣 晃平 / Kohei Inagaki

1991年、埼玉県生まれ。中学生の頃に自分がゲイであると気づいたが、家族にも友だちにも誰にも相談できず、20歳になってようやく親戚のひとりにカミングアウトする。2014年から交際し始めたパートナーの男性と、2016年に結婚式を挙げ、2017年にパートナーシップ公正証書を作成。2018年、さいたま市パートナーシップ宣誓制度創設の請願者となって採択されるまで尽力し、2020年4月に制度設立から宣誓第1号となる。

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INDEX
01 まるで母親が4人いるみたいな
02 動静脈奇形のため長くは生きられない
03 もしかしたらゲイかも
04 カミングアウト前に「あんた男が好きなんじゃない?」
05 介護職は天職かもしれない
==================(後編)========================
06 みんなのおかげで人生が変わった
07 生涯のパートナーと出会って
08 さいたま市にパートナーシップ制度を
09 1日も早く同性婚を!
10 悩んでいる当事者に手を差し伸べたい

06みんなのおかげで人生が変わった

親友であることに変わりはない

家族にも職場の同僚にも、カミングアウトは果たした。
しかし、なかなか伝えられなかった相手がひとりだけいる。

「ずっと合唱団で一緒だった同級生です」

「昔からすごく気が合って、いまもよく酒を飲んだりするんですが、そいつにだけずっと言えなかったんです。カミングアウトして、大切な親友を失ってしまうんじゃないかって思うと怖くて」

親友は自身の家庭の事情までも打ち明けてくれていた。

対して自分は、周りには伝えている自分自身のことを、その親友にだけ伝えられていない。

後ろめたい気持ちが日々募っていった。

「今日こそ言おうと決心して、一緒にいるときに『話があるんだ』って言ったんですが、そこから泣いてしまって、30分くらい黙り続けてしまって・・・・・・」

「で、ようやく『実はさ、俺ね、ゲイなんだよね』って初めて親友に言ったんです。そしたら『ふーん、で?』って(笑)』

「そのあとに、『お前がゲイであっても、親友であることに変わりはないし、それで離れていくやつだったら、それまでの関係だろ』って言ってくれて・・・・・・本当にうれしかったです」

仕事が自信につながった

「いま、自分のことを素直に周りに話せているのは、そいつのそのひと言があったからだと思ってます」

かつて病気のせいで30歳まで生きられないと診断されたこともあった。

だったら30歳までに死んでしまえばいい、自分なんか生きてる価値なんてない、と思っていた時期もある。

そんな自分が、天職ともいえる仕事に出会え、信頼できる仲間に囲まれ、いまを生きることができている。

「いろんなタイミングが重なって、みんなと出会えたおかげで、一気に人生が変わったって感じ。一番は、仕事が自信につながったってことかな」

「俺なんかなにもできないって本気で思ってたのに・・・・・・」

人生が変わったきっかけのひとつには、パートナーとの出会いもある。
縁あって付き合うことになり、出会った翌年には同棲を始めた。

「実家に連れていったら、母も『しっかりしてる子ねぇ』って感心して、パートナーとの関係を喜んでくれてました」

これからも共に生きていきたいと心から思った。

しかし、そのためにはいくつものハードルがあった。

07生涯のパートナーと出会って

仲間たちに “結婚” という希望を

2014年から交際をスタートしたパートナーのことは、群馬県に住む母方の祖母にも仲のいい男友だちとして紹介していた。

しかし、共に生きていこうと決めたなら、男友だちではなく実は生涯のパートナーなのだと、祖母にも伝えたかった。

「日本ではまだ同性同士で結婚はできないし、同棲していたさいたま市には当時、パートナーシップ制度もなかったけど、結婚式は挙げたいって気持ちがあったんです」

「やっぱり、みんなに俺たちふたりを家族として受け入れてほしいって思いがあって。あと、LGBT当事者の仲間たちに “結婚” っていう希望を与えられたらいいなぁ、とも思いました」

最近流行りの・・・

そして2016年10月に結婚式を挙げることに決めた。

「結婚式を挙げるなら、ちゃんと祖母にも言わなきゃと思って、ふたりで祖母の家へ行ったんです」

「祖母は群馬で生まれて、婿養子をもらって、ずっとその場所で暮らしてきた人なので、なんというか堅物なのかなって思ってたんです。だから、カミングアウトしても理解してもらえるか、正直不安でした」

「で、実は、こいつと俺、付き合ってて、これから結婚式を挙げようと思ってるんだって言ったら、ひと言めに『まぁ、最近流行りの?』って(笑)。祖母は、新聞やニュースをいつもチェックしてたんですよ」

「そして、ふた言めに『お仏壇に置いてある帳面を持って来てちょうだい』って言ったんです。なんだろうって思いながら帳面を開いたら、自分の子どもたち・・・・・・つまり俺の親たちの名前と、そのパートナーの名前、結婚記念日とかが書いてあったんです」

「それで『あなたたちは結婚記念日というのはないだろうから、その結婚式の日を書きなさい。そしたら、おばあちゃんね、ふたりの幸せを祈念させていただくよ』って言われました」

「・・・・・・うれしかったですね(笑)」

それからは祖母を含め、家族でパートナーとともに旅行することもあった。

「両家のみんながオープンって感じで。結婚式は、本当にいい式でした!結婚式のことを思い出したら、いつでも泣けます(笑)」

「うちの両親もパートナーの両親と仲良いし、コロナの前までは正月は両家集まって新年会をしてました」

大きな大きなファミリーは、現在もことあるごとに集まっている。

08さいたま市にパートナーシップ制度を

公正証書を作成したけれど

家族や友だちに祝福され、結婚式を挙げたのが2016年10月。

その後、当時はさいたま市にパートナーシップ制度がなかったため、2017年6月にパートナーシップ公正証書を作成した。

ふたりがカップルだと証明するためのもの。

異性カップルであれば、婚姻届を提出すれば済むところ、費用をかけて公正証書を作成する必要があったのだ。

「自分たちは、病気になったときや将来のことを考えて、十数万かけて公正証書を用意したけど、同性カップルの全員がそれをできるか、っていったらできないと思うんです。お金もかかるし・・・・・・」

「せめてパートナーシップ制度があれば、心情的にも金銭的にもラクに、すこしは安心して暮らせると思いました」

そんなときSNSを見ていると、埼玉県内でパートナーシップ制度の導入を目指しているグループを発見し、どんな活動をしているんだろうと気になってメッセージを送ってみた。

「そしたら、その代表だった加藤岳さんと会うことになって。話を聞きに行ってみたら、気がつけば自分がさいたま市のパートナーシップ導入に向けての請願者になっちゃってました(笑)」

「いや、大変でしたよ。加藤さんからは『大したことじゃないよ』って聞いていたのに・・・・・・どこがっ! って感じでしたね(苦笑)」

パートナーシップ宣誓制度に向けて

各会派の議員にパートナーシップ制度の重要性を説明し、さいたま市での導入を検討してもらうための請願者。

何度も何度も市議会に足を運んだ。

仕事の夜勤明けに、寝ないで赴くこともあった。

「そのなかで、差別的なことを言われたりもしました。『男同士のセックスってどうやるの?』とか『LGBTの人たちってうちの党には反対でしょ?』とか」

体力的につらかっただけでなく、そういった差別発言を穏やかに受け流すことなどが大きな心理的負担となった。

「でも、助けてくださった議員もいて、なんとか続けることができました」

2020年4月、さいたま市パートナーシップ宣誓制度が開始。
宣誓第1号となった。

「まさか請願者をやるなんて思ってなかったですよ。ちょっと前まではLGBTって言葉すら知らなかった自分が(苦笑)」

「でも、いろんな人の話を聞いていくうちに、この制度は絶対にあったほうがいいと思ったし、たくさんのことを学ばせていただきました」

「貴重な経験をさせてもらったと思ってます。まぁ、加藤さんにはまんまと騙されましたけどね(笑)」

09 1日も早く同性婚を!

自分がやるしかない

パートナーシップの請願者としての活動中にはSNSで誹謗中傷もあった。

「すごい泣きました、つらかったです。苦しかったですよ、めちゃめちゃ」

「『気持ち悪い』とか・・・・・・。なにか悪いことをしたわけでもないのに、なんでここまで言われるんだろうって。後ろから刺されたり、なにかされるんじゃないかって怖さもありました。すごい怖かったです」

そのことを知った母が、顔と名前がこれ以上広まらないためにも、メディアには出てほしくない、と心配するほどだった。

「でも、日本の制度になにも守られてないなかで、不安に思いながら生活している同性カップルが山ほどいるのは紛れもない事実なんです」

「顔と名前を出して活動するのは怖いけど、もうメディアに出ちゃったんだから、いいや、自分がやるしかない。そんな感じでした」

「自分たちみたいに悩んでる人を、ひとりでも減らしたい。そのためには社会を変えなくては。その一点です」

公正証書があったとしても、パートナーシップ宣誓書があったとしても、それでふたりの関係が完璧に守られるわけではない。

やはり同性婚でなければ

「1日も早く同性婚を法制化するべきですよ」

「好きな人と結婚するだけのこと。誰かに迷惑をかけるようなことじゃない。なのになんで認められないのか、意味がわかんない!」

「本当に、俺たちを早く結婚させてほしい。早く。ずっと生きていられるわけじゃないから。もう家も買っちゃってるし、頼むから早く」

結婚式の翌年にはマイホームを購入。
名義はパートナーになっている。

「もしもパートナーが亡くなってしまったらどうなるんだろう。家に住めなくなるかもしれない。でも俺は家族が守ってくれるかもしれないけど、そうじゃない人たちだっていっぱいいるだろうし・・・・・・」

「この前、俺がパートナーに『俺が先に死んだら、家のこととか、面倒かけなくて済むね』って言ったら、『バカ。俺たちは結婚するんでしょ? そのために国を動かすんでしょ?』って静かに言われました」

「絶対、結婚します!」

進まない法制化に苛立ちを覚えることもあるが、少しずつ理解が広まっていることも肌で感じている。

「職場の人たちにも『新聞見たよ』って言われます。『よくわかってなかったけど、パートナーシップと同性婚って違うのね。だから戦っているのね、応援してるからね』って言ってもらえました」

周りの人たちが、LGBTという言葉を覚えてくれた。ちゃんと、こうしてLGBTに関する課題に目を向けてくれるようになった。

「メディアに載るってことには意味がある。ありがたいなって、本当に思いますね」

10悩んでいる当事者に手を差し伸べたい

家事はやれる人がやる

パートナーとの生活は、ほかの共働きカップルとおそらく変わらない。

「家事はふたりともやります。やれる人がやる、みたいな」

「ご飯は早く帰ってきたほうがつくる。そうなると、自分のほうが夜勤明けとかで早く帰ってくることもあるので、自分がつくることが多いんですけど、基本的にふたりともつくります」

「きちんとしてるのはパートナーのほう。食べたらすぐに食器を洗って片付けたり。あとでいいじゃん、って思っちゃうんですけどね(笑)」

「一緒に暮らし始めた頃は、それがプレッシャーでしたけど、『はい、わかりました、片づけます』って、だんだん自分もやるようになりました(笑)」

休日は好きなミュージシャンのライブへ揃って出かける。
ときにはパートナーの母も一緒に。

「さいたまスーパーアリーナとか所沢航空記念公園とか。横浜の日産スタジアムとか、県外にも行きますよ」

「ライブに行かないときは、親友とか、地元の仲間とうちで飲み会やってます(笑)。酒は必須。うちにはワインセラーもありますよ。冷蔵庫も、ビールのために大きいのに買い替えたって言っても過言ではないです(笑)」

「明るく生きる」が目標

ライブも飲み会も楽しいが、もしもまとまった休みがとれたら、叶えたいと思っている計画がある。

「親と旅行に行きたいんです」

「父が倒れてしまって、手術とかしたんで。まだ元気なうちに、父と母を旅行に連れて行きたいと思ってます」

「旅行は好きなんですけど、なかなか行けなくて。俺たちの新婚旅行? どこ行ったか聞いてくださいよ。群馬! 群馬の祖母の家にふたりで行きました(笑)! まぁ、いつか九州とか、行ってみたいですね」

「あと目標としては、生きる! 明るく生きるってことですかね」

信頼できる友だちもなく、殻に閉じこもっていた自分には戻りたくない。

「もしも、そうやって悩んでる人がいたら、力になれる存在でありたいと思ってます。なにか、手を差し伸べられる人でいたいなって」

「なによりも伝えたいのは、殻に閉じこもらなくてもいいからって、みんないるからってこと。お前はひとりじゃねーぞ、仲間は絶対いるからって。な、10年前の俺! って感じです(笑)』

「殻に閉じこもっている当事者は絶対いて、そのせいで命を絶ってしまう人もたくさんいるから。『大丈夫だよ』って言ってあげたい」

殻から這い出て、陰から、陽の当たる場所で大切な人たちを見つけた。

「大丈夫、いまの俺くらいにはなれるぞって伝えたいですね」

あとがき
親しい人への軽口にも感謝があふれ、笑いを誘った。晃平さんの喜怒哀楽は魅力的。押し込めがちな怒りや哀しみもそのままに、言葉は強く、私たちの胸をグッとつかむ。メッセージの宛先がLGBTERの読者だけでなく、晃平さん自身だと知ったのは、取材終わりのほんの少し前■悲観的すぎるシナリオは過去の話。いま、生きているからできること。それは、縁を大切にすること。会いに行く、電話する、LINEする・・・後回しにせず、行動することなんだね。真似してみる!!(編集部)

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