INTERVIEW
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自分で自分を受け入れてあげよう。そこから新しい世界が広がる。【前編】

10代の青春時代、同性が好きだという本心を常に押し殺しながら過ごしていたという中津圭博さん。ゲイである自身のセクシュアリティを受け入れるまでに相当な時間を要したそうだが、過去を振り返る様子からは、ネガティブなオーラは一切感じられない。「たくさんの出会いに支えられたからこそ、今の自分がある」。そう溌剌と語る中津さんは、いったいどんな半生を歩んできたのだろうか。

2017/11/09/Thu
Photo : Mayumi Suzuki  Text : Mana Kono
中津 圭博 / Yoshihiro Nakatsu

1985年、香川県生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科を卒業後、大手証券会社に就職。2年間の勤務を経て、ベンチャーのさわかみ投信株式会社に転職する。仕事の傍ら、LGBTユースのためのNPO団体「ピアフレンズ」のスタッフとして、イベントやセミナー開催にも携わる。

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INDEX
01 自分はみんなと何かが違う
02 「女っぽい」と言われ続けて
03 同性を好きになるのは変なんだ
04 感情がついに爆発
05 カミングアウトがきっかけに
==================(後編)========================
06 どうせ叶わない恋だから
07 ゲイを偽らず、人生を楽しみたい
08 母との確執、そして和解
09 LGBTが認知されるために
10 人との関わりが何より大切

01自分はみんなと何かが違う

田舎では珍しかった母子家庭

物心ついた頃には、両親は離婚していた。

「離婚後も年に1回は父に会う機会があったので、親同士の関係が悪かったわけではないんですけどね」

母の実家で、祖父母に面倒を見てもらった幼少期。

「母はいつも夜遅くまで仕事をしていたので、実家とは別に部屋を借りて暮らしていたんです」

「おじいちゃんおばあちゃんにはすごくかわいがってもらったから、父がいなくても寂しいとはあまり思いませんでした」

だけど、「みんなにはお父さんとお母さんがいるのに、自分にはどうしてお母さんしかいないんだろう?」と、幼ながら不思議に感じていたのは覚えている。

地元は香川の田舎だったから、周囲にシングルマザーの家庭も少なかったのだ。

その上、母は若くして自分を産んだこともあってか、あまり他のママ友とつるむようなタイプでもなかった。

だから、地元ではどちらかといえば浮いている家庭だったと思う。

「それでも母は負けん気が強いというか、まわりから何を言われてもあまり気にしていないようでした」

そんな母の性格が、自分の生育にも大きな影響を及ぼしていたのだろう。

「小学校に上がるまでは、自分のセクシュアリティに違和感を抱いたことはなかったんです」

「でも、どこか自分は特別というか、不思議なところがあるんじゃないかって、ぼんやり思ってはいたんですよね」

男の子への興味

小さい頃は、よく「落ち着きのない子」だと言われていた。

「だけど、活発っていうわけでもなくて、ちょっと変わっていたんですよね」

「小学校に入ると、みんなから『仕草がオカマっぽい』と言われて、からわれるようになって・・・・・・」

仲のいい友だちも、男子より女子の方が多かったからだと思う。

「田舎で生徒の人数も少なかったし、上の学年のお姉さんたちにもかわいがってもらっていました」

女友だちが多かったので、その中に「特に好きだな」と感じる特別な女の子もいた。

「今思えばそれは恋愛感情ではなくて、単純に話しやすいから好きだったって感じでした」

だが、小学校高学年になった頃、突如同性に性的関心を抱くようになる。

「全然かっこよくもないし、むしろ土臭いようなタイプの男子がいたんですけど、なぜだか彼に対して性的な興味を持つようになったんです」

「好き」というよりは、あくまでも「性的関心」だった。

「でも、その時はまだ子どもだったから、自分でも変なのかどうなのかよくわかっていなくて」

「とりあえずしばらく様子を見ようかな、って軽く考えていました」

将来結婚する相手も、当たり前に女性だと思っていた。

「ただ、おじさんたちが女性の下ネタトークをしている時に、『気持ち悪いな』と感じたりはしてたんです」

「そうやって周囲に対して何か思うことはあっても、まだ自分にはベクトルが向いてなかったんですよね」

田舎に住んでいて、都会と比べてセクシュアリティの多様性に触れる機会もほとんどなかった。

「だから、もしかしたら当時閉塞感を抱いてたのかもしれないですけど、それに気づいてすらいなかったんだと思います」

「情報があまりにないから、自覚もできなかったんです」

02「女っぽい」と言われ続けて

ピアノが友だち

母のすすめで5歳頃から始めたピアノは、大学生になるまで続けていた。

「母子家庭だけど、ほかにもそろばんや英語教室にも通わせてもらいました」

ピアノは、そこまでうまかったわけではない。

「でも、“ピアノが友だち” って感覚でした」

「学校に友だちがあまりいなかったから、ピアノに打ち込むことで助けられていた部分が大きかったと思います」

自分でも音色を奏でられるという喜び。
達成感だって得られる。

「とにかくピアノが大好きでした」

ほかにも、地元が日本での少林寺拳法の発祥地だったこともあって、少林寺拳法の道場にも何年か通っていた。

「正直あんまり面白くはなかったんですけどね(笑)」

「でも、年上の先輩にケンカをふっかけられた時、少林寺拳法の型が役に立ったんです」

「先輩から自分の身を守れたので、習っていてよかったなとその時はじめて思いました」

からかいに対する反発

生徒数が少なかった小学校とは打って変わって、中学はマンモス校に入学。

「一気に環境が変わったので、一度人間関係もリセットしようと思ったんです」

「でも、小学校の時にからかってきた子たちも同じ中学に進学していたので、徐々にまた『女っぽい』っていじられるようになっていきました」

球技が苦手だった。

体育のドッジボールでも、ボールが当たるとつい「キャッ」と声を出してしまった。

「『男のくせにおかしい』ってからかわれたりもしたんですけど、私も私で負けん気が強かったんですよね(笑)」

冷やかされる度に傷ついていたものの、表向きは「全然気にしていない」という素振りで涼しい顔をしていたのだ。

それではおちょくり甲斐がないためか、からかいがエスカレートしていじめに発展することはなかった。

「成績は中の上程度だったので、『勉強で勝てばいい』と自分に言い聞かせていました」

03同性を好きになるのは変なんだ

男の子への恋心

中学生になってからは、性的指向にも大きな変化が現れはじめた。

「その頃になって急に、男の子を『好き』だと思うようになっていったんです」

学校でも、意中の男子ばかり目で追いかけてしまう。

その反面、そうやって同性を好きになる自分はきっとおかしいんだろうと自覚もしていた。

「だから、カミングアウトはしない方がいいと思ってました」

「その代わり、ほかの方法で好きな人に近づこうって思ったんです」

「好きな先輩が入っていたから、自分も生徒会に入ったりしました(笑)」

好きな人のそばにいる時は、天にも昇るような気持ちだった。

「だけど、誰にも言えないモヤモヤや、今後自分はどうなってしまうんだろうっていう不安感に苛まれたりもしました」

そうした不安を打ち消すように、部活や生徒会活動にのめり込んだ。

「生徒会に所属することで、自分は周囲と違って特別な存在なんだと、思い込もうともしたんです」

悩んで考えたところで、どうせ仕方がないと思っていたから。

抑圧からくるストレス

男の子が好きだけど、その思いにはフタをする。

自分を抑圧することが、無意識のうちに負担になっていたのだろう。

「何か気にくわないことがあったら、すぐに反発するようになってしまったんです」

相手が目上の大人だろうと、納得がいかなければ正面から主義主張をぶつけていった。

「先生に反論する時もあったから、クラスではまあまあ目立っていたと思います」

「そうやってツンケンしていたら、周囲にもちょっと変わった子たちが集まるようになりました」

自分に好意を寄せてくれる女の子も、不思議ちゃん率が高かった。

「すごくモテていたわけではないんですけど、ちょっと独特な雰囲気の女子からバレンタインチョコを毎年もらったりしてました(笑)」

04感情がついに爆発

勉強で気を紛らわす

受験で入った高校では、特進クラスに進んだ。

「将来の進路をそこまで考えていたわけではないんですけど、なんとなく大学には行きたいなと思っていました」

特進クラスは勉強一色だったため、恋愛の悩みを紛らわせるにはうってつけの環境だった。

「ほかのクラスとは授業も別だったので、特進クラス以外の生徒と交流する機会もほとんどなかったんです」

クラスメイトとは仲が良かったが、恋に発展するようなこともなかった。

とはいえ、「いいな」と思う男子がいなかったわけではない。

勉強に集中するふりをして、恋愛にどっぷりハマらないように自制していた部分もあった。

「無理をしていてプライドも高かったから、まわりから見ればちょっと嫌なやつだったと思います」

当時は、そうする以外に方法がなかったのだ。

抑えきれない想い

「そんなことを言いつつも、勉強一色なんて自分には無理でした(笑)」

学校に願い出て部活動への参加を認めてもらい、中学同様に吹奏楽部に入部。

そのうち、はじめての彼女もできた。

「彼女のことは人間的に好きだったけど、やっぱり恋愛とは違うなとも感じていました」

それでも、「いつかはきっと女の子を好きになれるだろう」と期待を抱いていたのだ。

だが結局、手を繋いだりキスをすることも一度もないまま、彼女とは数ヶ月で破局してしまう。

「というのも、彼女と付き合っていた時に、ほかに好きな人ができてしまったんです」

もちろん、相手は男性。

「しかも、彼女もその男性も同じ部という・・・・・・」

彼への想いは徐々に膨らんでいったが、当然誰にも話せるわけがない。

ひとりで抱え込んでいるうちに、ストレスは大きくなっていく。

当時の精神状態は、すでに限界に近かった。

「常に気分が落ち着かなくて、もうどうしようもない状態だったんです。このままでは、もうダメだと思いました」

こうなってしまったら気持ちをぶつけるしかないと思い、彼を部室に呼び出して、告白を決意する。

「ふたりっきりになってから、話を切り出すまでには1時間くらいかかりましたね・・・・・・」

自分はゲイだとカミングアウトし、彼に好意を抱いていることも伝えた。

「同性愛者の存在を否定はしないが、自分は男とは付き合えない」

それが、彼からの答えだった。

ゲイだからといって拒絶されたわけではないし、今後も変わらず友だちとして付き合っていこうと言葉を交わした。

「きっとそういう結果になるだろうって、わかってはいたんですけど・・・・・・」

それでもやはり、やりきれない思いが残った。

「落ち込むというよりも、『どうして受け入れてくれないの?』って苛立ちが大きかったです」

「不思議ですよね」

「自分で自分のことすら受け入れられていないのに、人には受け入れてほしいって・・・・・・」

「すごい矛盾してるし、子どもだったと思います(苦笑)」

05カミングアウトがきっかけに

恩師へのカミングアウト

これまでずっと抑えていた本音。

それをはじめて好意を寄せていた相手に吐露したことで、せきを切ったように感情が湧き出て、止まらなくなってしまった。

「そのせいで、精神的に参ってしまうようにもなりました」

きっと、傍目にも異変を感じられるレベルだったのだろう。

ある日の放課後、所属していた吹奏楽部の顧問から呼び出され、不調の原因を問いただされた。

「私はずっと黙ってたんですけど、『お前が話すまで今日は帰さないから』って言われて・・・・・・」

当初、顧問にカミングアウトする気はさらさらなかった。

しかし、ずっと口を閉ざしたまま、気づけば4時間も過ぎていた。

「もう夜遅い時間になっていて、母親からも『こんな時間まで何やってるの!?』って電話が何度もかかってきていました(苦笑)」

結局根負けし、自身のセクシュアリティや同級生に告白して振られたことまで、洗いざらい話してしまった。

「いつか、同性を好きだって公然に言えるような、そんな社会になったらいいよな」。

顧問がかけてくれた言葉は、今でも忘れられない。

進路の決断

顧問の押しに負けて、半ば無理やりカミングアウトさせられたものの、結果そうなって良かったと思う。

「早い段階でカミングアウトするきっかけをもらえて、すごく感謝しています」

その後、当時付き合っていた彼女やクラスの男子たちにもカミングアウトの輪を広げていった。

自分の知らないところで話が広まってしまうのは嫌だったから、それなら先にこちらから言ってしまおうと思ったのだ。

「一人ひとりに話したんで、みんな『お、おう・・・・・・』って反応でしたけど(笑)、その前後で接し方が変わったりはしませんでした」

とはいえ、完全な理解を得たというよりは、表面的に受け入れられたような形だったと思う。

だから、ずっと抱いていたフラストレーションが解消されたわけではなかった。

それでも、誰かに話を聞いてもらううちに、自分の中で感情や状況の整理が進んでいったのは確かだ。

「自分はどうしたいのか、次に何をすればいいのか、かなり明確に見えてくるようになったんです」

同性愛の世界を、もっと知りたいと思った。

「そうはいっても、まだネットが身近ではなかったし、図書館で堂々とそういう本を読むのも気が引けたから、なかなか情報を得られなくてやきもきしていました」

それが、高校2年の終わり頃。

「ちょうど進路について考える時期だったので、これはもう地元から出るしかない!って思ったんです」


<<<後編 2017/11/19/Sat>>>
INDEX

06 どうせ叶わない恋だから
07 ゲイを偽らず、人生を楽しみたい
08 母との確執、そして和解
09 LGBTが認知されるために
10 人との関わりが何より大切

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