02 理解できなかった “普通”
03 誰とでも仲良くなれる変わり者
04 不可解な恋愛が引き起こした別れ
05 恋愛がわからない自分へのもどかしさ
==================(後編)========================
06 “アセクシュアル” というワード
07 生き方を見つめ直す期間
08 過去の経験を生かすための活動
09 自分だからできること、言えること
10 明確な将来と不確かな未来
06“アセクシュアル” というワード
思い知らされた世間とのズレ
高校2年の時、アルバイトを始めた。
職場のメンバーとご飯を食べに行った時、話の流れから自然と「恋愛感情がない」と話していた。
先輩から「恋愛感情がないってかわいそう」「恋愛しないのって楽しくないよね」と言われた。
言われた瞬間は「そうなんだ」と聞いていただけで、特に疑問や不安を抱くことはなかった。
「先輩は『いつか恋人ができるよ』ってポジティブな気持ちで言ってくれて、悪気は感じなかったので、その時は何気ない会話に過ぎませんでした」
「ただ、よくよく考えた時に『あれ? 恋愛がない人生って楽しくないんだ・・・・・・」って衝撃を受けたんです」
たった1人から「かわいそう」と言われただけだったが、その場にいたほとんどの人が当然のように恋愛の話をしていた。
自分以外の全員が恋愛そのものに共感している環境を前にすると、全員から「かわいそう」と言われたように感じた。
「世間の一般的な意見と自分の考えが、違っていることに気づいたんです」
「それでも『いつか自分にも好きな人ができる』という予感はありませんでした」
「自分は人間として欠落しているという、ネガティブな方向に気持ちが行ってしまったんです」
世間とズレていることが怖くなった。
自分が所属できる場所
恐怖心を払拭するため、インターネットで恋愛できない理由を検索した。
ヒットするサイトは、「元カレとの別れが原因で恋愛できない・・・・・・」といったものばかりだった。
「書かれているようなトラウマ的な感情じゃないっていう気持ちでしたね」
検索結果の7~8ページ目まで進んでいくと、「アセクシュアル・ノンセクシュアル掲示板」という文字を見つけた。
なんとなくその掲示板を見に行くと、「恋愛って要素がなくても楽しい」という書き込みがあった。
「その書き込みを読んで、すごく自分と近いなって感じたんです」
「恋愛感情を抱かない人を “アセクシュアル” と呼ぶって知った時に、所属できる場所を見つけた気がして、ものすごくホッとしました」
実感のないカミングアウト
アセクシュアルという言葉を知ってから、両親に「恋愛感情っていうもの自体が自分にはない」と伝えた。
両親の反応は薄かった。
「伝えたところで、理解してもらうことは難しいんですよね」
ゲイやレズビアンであれば恋愛対象、トランスジェンダーであればトイレの問題など、少なからず周囲に影響する部分がある。
しかしアセクシュアルは、カミングアウトされた相手が直接影響を受けることはほとんどない。
「相手の人はどういう反応をすればいいか、わからないと思うんです」
「ただ、自分は隠していると、ウソをついているみたいでイヤだったんです」
家族で食卓を囲んでいる時、結婚の話題が出た。
ストレートの姉が「私は結婚するつもりないから」と言った。
「姉は弟のことまで考えていなかったかもしれないけど、そのひと言ですごくラクになりました」
セクシュアリティに関係なく、自分の意志を持っていいと言われた気がした。
07生き方を見つめ直す期間
心と体に対する不安
高校生の頃、ホルモンの関係で体毛が薄く、声変わりも遅かった。
分泌される女性ホルモンが多かったのか、体のラインがやや女性的に変化していった。
「高2の時にプールの授業があったので、体育の先生に体のことを相談したんです」
「先生には、突き放されたことを覚えています」
体の変化についても話したが、「特別な措置をとった例がないから、対応はできない」と言われてしまった。
バイト先の先輩の言葉をきっかけに、アセクシュアルであることに恐怖を感じた時期と、先生に突き放された時期が重なった。
「心に対する不安と体に対する違和感が一緒に襲ってきて、自分の中で収拾がつかなくなってしまいました」
「自分のような人がいた時に、対応できる体制を整えておいてほしかった、って悔しさみたいな感情もありました」
プールの授業に出たくなかったこともあり、2年の途中で高校は退学してしまった。
親には本当の理由が言えず、「精神的に辛くなった」とだけ伝えた。
他者の人生に見つけた光
高校を辞めてからの1年間は、とことん悩み続けた。
アルバイトやボランティアを行いながら、高等学校卒業程度認定試験のために勉強した。
一方でアセクシュアルについて調べていたが、なかなか情報は見つからなかった。
その中で辿り着いたのが、LGBTの人たちが綴るブログ。
「モデルの西原さつきさんとか、いろんな方のブログを読むようになったんです」
「いろいろなセクシュアリティの方が生きて、生活している現実を知って、自分も大丈夫かもしれないって思えたんです」
「勇気をもらって、改めて世の中に踏み出してみようかなって吹っ切れました」
「ネットを通じて情報を得られたことは、すごく大きな意味があったと思います」
「自分みたいな生活、人生も楽しいかもしれない」と、感じられるようになっていった。
悩んだ1年間は、人生のターニングポイントともいえる貴重な期間となった。
08過去の経験を生かすための活動
興味のあることを同時に進める意味
現在は通信制の大学に通いながら、インターンシップ、アルバイト、ボランティア活動、仲間との動画制作を並行して続けている。
興味のあることに次々と乗り出していたら、今の状況ができあがっていた。
「昔から、複数のことを同時に進めるのが好きでしたね。高校の時も部活をしながら、アルバイトを2~3個かけもちしていました」
「同じことを続けていると飽きちゃうし、環境や人を変えると視野も広がっていくと思うんです」
1つのコミュニティにだけ属していると価値観が偏り、その考えがすべてだと思い込んでしまいかねない。
しかし、別のコミュニティに行くと、その価値観が非常識だと捉えられる場合もある。
「さまざまな場所でいろいろな要素に触れることで、自分の考え方も柔軟になっていくんじゃないかなって」
じっくり話すことの大切さ
過去に役員を務めていたNPO法人では、セクシュアルマイノリティが集まるオフ会を開くことも多かった。
「もともと人と接することが好きなので、初対面の人と話せる機会を楽しんでいました」
「個々の経験談や悩みを聞いて、共感し合う場面にいられることが幸せだなって思いますね」
「すごくいい形で、人とコミュニケーションを取れる場でしたね」
参加者はもちろん、NPOのスタッフとのコミュニケーションも大切にした。現在、動画配信を行っている仲間との間でも同じだ。
「役員でもボランティアの方でも仲間でも、話すことが大事だと思います」
「うまくいっていなさそうだなって感じたら、話しかけてモヤモヤを吐き出してもらうんです」
「モヤモヤの原因がわからないと、解決すべき部分も見つけられませんから」
とことん話し相手になり、相手の悩みを聞き出すようになったのは、自分自身が思いや意見を発信できるようになったから。
幼少期から思春期にかけて、ずっとセクシュアリティの悩みは人に言えないと思っていた。
しかし、最近は家族や友だちに相談できるようになった。
「アセクシュアルで悩んでいた時期は、誰にも言えなかったです」
「人に言えずに1人で苦しむと、漠然とした不安がどんどん膨れ上がっていくんですよね」
「その怖さをよく知っているから、周りの人にはそういう状態になってほしくないんです」
「とはいっても自分から言い出せないだろうから、話しやすい機会や環境を作るところからしていかないとなって」
誰もが積極的に話せる場や時間を設けなければ、自分自身の過去も生かせない。
悩んでいる人が苦しむ姿を見るのは辛いから、自分に話して発散してほしい。
09自分だからできること、言えること
マイノリティを知ってもらう術
NPOや仲間と作った動画を通じてLGBTの情報を発信する中で、課題が見つかった。
今は、LGBTについてカジュアルに知れる環境が少ない。
「自分がアセクシュアルの話をする時に意識しているのが、ちょっと笑いを挟むことなんです」
「いきなり『アセクシュアルはこう証明されていて』って話したところで、誰も聞かないじゃないですか」
「例えばラブソングの対象をドーナッツに置き換える話をすると、『そんな感覚なんだ』って興味を持ってくれる人が多いんです」
一度関心を引きつけることができれば、深い話も聞いてもらいやすくなる。
理解するに至らなかったとしても、アセクシュアルというワードが聞いた人の中に残れば、その人の意識は変わっていくはずだ。
「LGBTに関するワードを知るためには、気軽に情報を聞ける機会が必要だけど、今はそういう場所が少ないんですよね」
「『恋しない人がいるんだ』『同性婚って生き方があるんだ』とかって、ラフに知ってもらえるように、自ら発信している部分が大きいです」
「そこから興味を持って調べてくれたり、親近感を持ってくれたりしたら、それが一番いいと思うので」
その人のそのままを受け入れる
セクシュアルに限らず、誰もがマイノリティでありマジョリティである。
当事者意識を持たずにマイノリティという要素だけを見ている限り、誰かしらが生きづらい社会が続いてしまうと思う。
「自分はアセクシュアルだし、中性的な部分も多くて、すごく曖昧だと思うんですよ」
オフ会で知り合った仲間の中には、「私はMTFだと思っていたけど、女性とも違う気がする」と話す人もいる。
男性の体で女性的な恋を望む人がいれば、アセクシュアルでも結婚願望がある人もいる。
「自分はアセクシュアルって自認しているけど、アセクシュアルの典型というわけではないと思います」
「同じセクシュアリティでも違う部分はあるから、その人のそのままを受け入れられる状態がベストですよね」
「曖昧であることに恐れを抱くのではなくて、曖昧なままでいいと伝えていきたいです」
心がけるのは普通のコミュニケーション
相手がアセクシュアルであることを気遣い、恋愛の話を遠ざける必要はないと思っている。
「これは個人的な意見ですけど、『恋してる?』『好きな人いる?』って質問はしていいと思います」
「ほとんどの人は恋愛経験があるわけだから、それを禁止にしたら話しづらくなっちゃいますよね」
「ただ、『好きな人はいない』『特に考えてない』って答えが返ってきたら、それ以上は聞かない方がいいかもしれません」
「『そんなことないでしょう!』って深追いしようとするのは、やめた方がいいかな(苦笑)」
誰もが恋心を抱くのが当たり前・・・・・・というわけではないのだ。
10明確な将来と不確かな未来
これからも磨いていきたい “多面性”
大学を卒業したら、社会貢献活動に取り組みたいと考えている。
「今はセクシュアルマイノリティ関連の活動をしているけど、動物保護や人権の分野にも興味があるんです」
「複数のことを同時に進めるスタンスは変えたくないので、1カ所に定まることはないかな」
複数を並行させることで視野を広げていき、 “多面性” をさらに磨いていきたい。
現在のインターンシップ先は、非営利団体向けのプラットフォームを作っているため、NPOの副代表としての経験が役立っている。
複数の視点を持ち得ているからこそ、人と違った角度の意見を提供することができる。
「培ってきたスキルって、使う場所を限定する必要はないと思うんです」
「仕事でコミュニケーションスキルが身についたら、プライベートにも生かせますよね」
「経験で育んできた “多面性” を、今度も生かしていきたいなと思います」
まだ見ぬ未来への微かな不安
なるべく考えないようにしているが、ふと20~30年後の自分を想像することがある。
不安がないとは言い切れない。
「周りの友だちにパートナーができる未来が見えていくと、自分はこのまま1人になるのかなって」
「コミュニティに属している限り、1人っきりってことはないとしても、少しドキッとしますね」
アセクシュアルの人の中には「パートナーと呼べる相手はほしい」と話す人も多い。
「自分はパートナーって考えたことがないんですけど、特別な存在にいてほしいと思い始めるんですかね」
「恋人ではないけど、友だちや家族に近い存在。・・・・・・難しいんじゃないかなって思っています」
親からは「後々、恋人ができるかもしれないよね」と言われたことがある。
「その言葉を否定はできないんですよね」
「そもそも恋愛感情という概念自体が曖昧なので、今後も抱かないかどうかはわかりません」
「アセクシュアルは変わることはない」と定義されているが、絶対とは言い切れない。
そもそも恋愛感情そのものが証明しづらいものだ。証明する必要性もない。
セクシュアリティを定義するワードは、宿り木のようなイメージでいいと思っている。自分自身でしっくりくるなら、そのワードを使えばいい。
そんな不確定な部分も含めて、曖昧なままでいいと思っている。
家族や友だちに囲まれ、仕事や社会貢献活動に励みながら生きていけば、きっと自分だけの幸せをつかみとれる。