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「個人の尊重」って、誰もが重苦しさを感じずに生きられる社会にすること【後編】

「個人の尊重」って、誰もが重苦しさを感じずに生きられる社会にすること【前編】はこちら

2019/03/12/Tue
Photo : Rina Kawabata Text : Ryosuke Aritake
内田 和利 / Kazutoshi Uchida

1981年、神奈川県生まれ。横浜市で生まれ育ち、中学生の頃から同性に対して興味を持つようになる。同じ頃、弁護士という目標を抱き、専修大学法学部を卒業後、司法試験に合格。相続や離婚、不動産関係の案件に加え、LGBTQに関する法的問題や格闘家の契約関係などを扱う。

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INDEX
01 うまく感情を出せない少年
02 隠してきたものが明かされる時
03 10代で思い描き、突き進んだ夢
04 認められなかった好きの気持ち
05 満たしたい欲求と認められない思い
==================(後編)========================
06 本来の自分であるためのカミングアウト
07 変わるための祈りと抑圧
08 自分はゲイだと知ってもらうこと
09 個人をサポートし、社会を変える仕事
10 目指したいものは “個人の尊重”

06本来の自分であるためのカミングアウト

当事者と会う罪悪感

高校生でゲイ雑誌と出会い、ネット上の掲示板など、当事者と出会える場があることを知った。

しかし、踏み込むことはできなかった。

「その中に一歩入ったら、戻ってこれないんじゃないか、って思ったんです」

「自分で受け入れられていないから、誰かに相談しよう、って気持ちにもならなかったです」

大学生になり、一度だけ掲示板に書き込み、ゲイの男性と会ったことがある。

「興味本位という感じでしたね」

「でも、実際に会ったら、余計に自分に対する嫌悪感が出てしまったんです」

「ゲイの人と会うことは、しばらくしなくていいかなって」

あっけなかったカミングアウト

進学した大学で出会った男友だちがいる。

地元に遊びに行くほど、仲良くなった。

「まだまだ性に対する興味も強いから、一緒にアダルトビデオを見ることがあったんですよ」

「それでも僕は画面に興味がなくて、AVを楽しんでいる彼に興味があったんです」

「ふと我に返った時に、何も言わないまま友だち関係を続けていいんだろうか、って疑問に感じました」

何かを覆い被せた自分ではない人間と、仲良くしてもらっている感覚だった。

本来の自分をわかってもらった上で仲良くしたい、という気持ちが芽生え始める。

「もちろん、伝えたら関係が壊れるんじゃないか、って気持ちもありました」

「自分自身に対する否定的な気持ちもまだあったし、葛藤しましたね」

何カ月も、揺れ動く気持ちを抱え続けた。

徐々に、ゲイであることを言いたい、という気持ちの方が大きくなっていく。

その男友だちに、初めてカミングアウトした。

「彼は最初こそびっくりしてましたけど、『だから何?』って返してくれました」

「想像していた反応ではなくて、ちょっと拍子抜けしたところもありましたね」

友だちのリアクションを見て、自分の中の否定的な気持ちが小さくなっていく気がした。

そこから、少しずつ親しい友だちに話すようになっていった。

「伝えた友だちは、誰も否定的なことは言わなかったです」

「打ち明けるたびに、関係が壊れることに対する恐れは薄れていきましたね」

しかし、ゲイであることを、完璧に受け入れられたわけではない。

「人と違う存在ではいたくない、って気持ちは、自分の中にずっとありました」

07変わるための祈りと抑圧

「同性愛は罪」という教え

大学を卒業した年、司法試験に合格した。

そのすぐ後、大学のゼミの後輩に、自分のことを打ち明けるタイミングがあった。

「彼のことはちょっといいなと思っていたので、話してみたんです」

クリスチャンだった彼から、思いがけない言葉をかけられた。

「偏見はないけど、異常だと思います」

返す言葉がなかった。

「そこで言い合ってもしかたなかったし、ただ彼の言い分を受け止めるだけでした」

その年のクリスマス、彼から「教会で開かれるイベントに行きませんか?」と誘われた。

「それでも彼のことが気になっていたから、一緒に教会に行ってみたんです」

「牧師先生の話の中には、『同性愛は罪だ』というメッセージがありました」

「自分を受け入れられていない僕には、その言葉が刺さりましたね」

まだ自分の中に、変われるなら変わりたい、という気持ちがあることに気づかされた。

10年以上の祈り

教会に通っていれば、いつか欲求が抑えられるようになると思った。

自分自身が変われるのではないか、と期待した。

「自分の力では変えられないと思ったので、すがるような気持ちでした」

「でも、欲求はなくならないし、好意の対象も変わらなかったんです」

「どうしたらいいかわからなくて、神様に祈るしかなかったですね」

教会に通い始めて10年以上が経った、2017年5月。

牧師と2人きりで話す機会に、告げられた。

「神様から、あなたが同性愛者であると聞いたんだよね」と。

「牧師先生の話では『あなたは自分で選択して、今がある』ということだったんです」

「最後に『他の方に隠したままというわけにはいかない』って言われました」

「そう言われた瞬間は、寂しかったですね」

無自覚の抑圧

「教会の人たちには絶対に知られちゃダメだ、ってずっと思ってましたね」

「どこから教会に伝わるかわからなかったから、職場の同僚にもプライベートの友だちにも隠さなきゃって」

ゲイであることを隠そうとする思いは、学生の頃より大きかったように感じる。

しかし、ゲイの自分のままでは教会に行けなくなったことで、自覚していなかった窮屈さから解放された。

「教会から帰って、家に着く頃には、気がラクになってましたね」

「ずっと重くのしかかっていたフタが取れたというか、フタしなくて良くなったんです」

08自分はゲイだと知ってもらうこと

一変していく環境

教会に通っていた頃は、LGBT関連のものを見ないようにしていた。

しかし、自分自身を隠す必要がなくなり、目を向けるようにすると、状況が変化していく。

「実は、既につながりがあった人が、LGBT関連の活動をしていることがわかったんです」

「活動家や当事者とのつながりが、自然に増えていって、一気に広がりましたね」

それまでは弁護士の仕事でも、自分を偽って人と関わっていることに、葛藤を覚えていた。

重いフタが外れ、ようやく本当に進みたい道が見えてきた気がした。

職場でのカミングアウト

2017年6月、職場でカミングアウトをする。

自分を含めた3人の弁護士で、法律事務所を構えていた。

「僕以外の2人に拒絶されて、事務所を続けられなくなることが怖かったです」

「だから、なかなか打ち明ける決心がつかなかった」

「でも、自分のことを知ってもらいたい気持ちが強くなっていたので、話しました」

意を決して伝えたつもりが、2人から「そんな気がしてましたよ」と言われた。

「隠していたつもりが、勘づかれる要素はたくさんあったみたいです(苦笑)」

3人で飲みに行けば、「どういう人がタイプ?」「結婚しないんですか?」と聞かれた。

しかし、うまく答えられなかった。

社員旅行で向かった旅館で「混浴があるから行こう」と誘われても、「僕はいいよ」と断った。

「そんな僕の様子を見て、2人は薄々気づいていたみたいです」

「伝えても3人の関係が変わらなかったことに、安心しましたね」

ゲイである自分もそのままに生きる

同僚にも友だちにも打ち明けたが、家族には話せていない。

「母親は数年前に亡くなってしまったので、直接伝えることはできなかったですね」

「父親ももう高齢なので、わざわざ話さなくてもいいかな、って思ってます」

「もし聞かれたら、言おうとは思ってるんですけどね」

兄にも話してはいないが、気づいているのではないだろうか。

「僕がFacebookに『セクシュアルマイノリティ当事者として』って書いた投稿に、いいねしてくれたんです」

「その後に会った時には何も聞かれず、いままで通りにしていましたね」

「今の状況は、神様が出してくれた答えなのかな、って思ってます」

学生の頃から密かに望んできた生活を、今ようやく手にできている。

「自分を隠さずに生きるために、神様や牧師先生が背中を押してくれたのかなって」

09個人をサポートし、社会を変える仕事

得意分野を生かしたサポート

現在は相続や離婚、不動産関係の案件にメインにしながら、強みを生かせる部門を開拓しているところ。

「1つは格闘技関係で、格闘家の方の法的な支援をさせてもらっています」

幼い頃からプロレスに興じ、現在もキックボクシングや総合格闘技に魅了されている。

「格闘技の魅力は、選手の生き様が出るところです」

「日々のトレーニングや減量、不安、プレッシャー、生き様そのものが試合に出るんですよ」

「勝つために立ち向かい続ける姿を見ると、自分自身を振り返るきっかけにもなります」

パワーをくれる選手たちは、事務所の移籍などを巡り、トラブルに遭いやすいことを知った。

「弁護士という仕事柄、選手から相談を受けることがあるんです」

格闘技の世界では、ジムを移る場合、選手本人が移籍元に違約金を支払う。

「『払わなかったら移籍を認めない』『引退しろ』というケースもよくあるそうです」

「一方的に負担を被る選手たちを、法律を使ってサポートしたいと思いましたね」

元K-1ファイターともう1人の弁護士とともに、日本キックボクシング選手協会を立ち上げた。

「かかりつけ医ならぬ、かかりつけ弁護士みたいになりたいです」

セクシュアルマイノリティを支援する意義

もう1つの分野は、LGBT関連。

企業や労働組合の研修に出向き、セクシュアルマイノリティの雇用について話している。

「今年の5月から、月1回ペースで交流会も開いています」

「セクシュアルマイノリティの雇用って、少数派を雇わないとかわいそうだから、って観点で見られがちなんです」

「でも、企業側にも大きなメリットがあるから、取り組む必要があることなんです」

多様な目線を持った社員がいれば、既存の商品やサービスを変化させ、新たな顧客をつかめるかもしれない。

さまざまな価値観を大切にしている職場であれば、社員も意見を言いやすく、充実感を抱けるだろう。

「多様性を重視している企業には、ここで働き続けたいと感じている社員が多い、というデータも出ているんです」

「LGBTに限らず、人と違う部分があった時に受け止めてくれる職場なら、安心して働けますよね」

法律の知識も交えながら、企業や社会全体ができることを伝え続けていきたい。

「弁護士は法律に関わるすべてが活動領域なので、関わりたいものに関われる仕事でもあります」

「ただ、格闘技もLGBTも、善意だけではいずれ行き詰まってしまう恐れがあるんです」

「しっかり仕組み化して、サポートし続けられるベースを作っていきたいです」

10目指したいものは “個人の尊重”

隠し事が生み出していた壁

カミングアウトしたことで、人間関係の壁がなくなった。

「いままでは触れられたくない、隠したい部分があったから、無意識的に人と距離を置いてましたね」

「その微妙な距離感を、きっと相手も感じていたと思います」

仲良くなったとしても壁を感じ、「話題にしちゃいけないことがある」と思わせていただろう。

「キャバクラに誘っても乗ってこないけど、理由は聞いちゃダメかな、って気を使われていたと思います」

カミングアウトしてからは、以前から仲良くしていた友だちに「つき合いやすくなった」と言われた。

Facebookでつながっている格闘技仲間からも、こう言われたことがある。

「投稿の雰囲気が明るくなったね」

隠し事をしなくなったことで、自分自身の性格が変化したのかもしれない。

「自分が壁を壊すと、相手も壁を取り払ってくれる感じがします」

「人の輪も広がったし、コミュニケーションもスムーズになりましたね」

「カミングアウトしてからは、キャバクラに誘われることがなくなりました(笑)」

自分を偽らない身軽さ

法律を学んでいくと、頻繁に出てくる言葉がある。

“個人の尊重”

「勉強している時は、何が “個人の尊重” に当たるのか、よくわかっていなかったです」

「でも、ゲイであることをオープンにして、これなんだって思えたんですよね」

自分自身を偽らずに表に出せた時に、ふわっと軽くなった気がした。

自分を抑えつけていた意識はなかったが、隠そうという気持ちが負担になっていた。

「誰もが重苦しさを感じずに生きられる社会にすることが、 “個人の尊重” なんじゃないかな」

「そう考えた時に、初めてストンと腑に落ちたんです」

社会の中で自分を出せず、悩んだり塞いだりしている人はたくさんいる。

そんな人たちの負担をなくし、生きやすい社会にするため、できることは積極的に進めていきたい。

「まだまだ時間は必要だし、長い道のりだと思います」

「ちょっとずつだとしても、法律を生かせる立場として力になれたら」

この1年ちょっとで、周囲の環境がガラッと変化した。

それは、本来の自分を隠さずに、ありのままで表に出ていけるようになったから。

まずはその経験を伝えることで、自分以外の人のことも尊重していきたい。

あとがき
「弁護士になる!」の夢は子どもの頃からだったと知り、和利さんの正義感や優しさの源泉に興味津津。しかし、どのエピソードも特殊な道のりだと感じることはなかった。誠実に生きて、うまくはいかない日にも意味を重ねられた毎日だった。和利さんの安心感、なるほど!■大震災から8年。人の営みは続く。家族のこと、友だちのこと、好きな人のこと、身体のこと、心のこと・・・。つらくて死にたいと思うワタシの今日は、あの日、たくさんの人が生きたいと切に願った一日。(編集部)

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