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レズビアンでも、こんなに楽しく生きられる【後編】

レズビアンでも、こんなに楽しく生きられる【前編】はこちら

2019/01/15/Tue
Photo : Taku Katayama Text : Ray Suzuki
井上ひとみ / Hitomi Inoue

1979年、京都府生まれ。大阪市の住之江公園南トート動物病院副院長。主に外科的な治療、手術を担当している。パートナーとゴールデンレトリバー、チワワとねこ2匹と暮らす。最近、「家賃を払うよりもカタチで残るから」と郊外に中古の一軒家を購入。休日は、手先の器用さを活かして自宅のセルフリフォームDIYに励んでいる。

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INDEX
01 市井に生きる普通のレズビアンでありたい
02 今度、同性と結婚することになりました
03 快活で、鉱物が好きだった小学生
04 男性に頼ることなく生きなさい
05 惨めな思いと、獣医師になるという夢
==================(後編)========================
06 高3で巡り会えた初恋の人
07 自己肯定感を強めてくれた、ある授業
08 恋人でも友だちでもない「第3の好き」
09 カミングアウトについて考える
10 どう生きる? これからのレズビアン

06高3で巡り会えた初恋の人

残酷なクラス替え

内部進学した高校は、中学と比べると、確かに少し風通しがよくなっていた。

勉強も、自然とまたできるようになり、成績も上がった。

「外部から来た人に、勉強を教えられるくらいになって」

放課後、友だちと連れ立って繁華街に遊びにも行った。
学校生活が、やっと楽しくなってきた、はずだった。

しかし、高2のクラス替えは、残酷だった。

高1でできた友人とは、離れ離れになってしまった。
ゼロからまた、友人づくりにいそしんだ。

それでも、なぜか、うまくいかなかった。

「もう、誰ともしゃべる人がいない。また、しんどいことになって」

「雪山にひとり入って、凍死しようかなって思ったりしました」

当時のベストセラー『完全自殺マニュアル』を、書店で引き込まれるように立ち読みしたり。

そんな中、図書室登校を認めてもらえたことは、救いだった。

心ないクラスメートたちと離れるためにも、大学は外部進学へと決意は固まる。

「獣医になる目標があったから、持ちこたえられたのかもしれませんね」

優しいクラスメートに恋をする

ひるがえって高3のクラス替えは、素晴らしい采配だった。

中学時代の仲良しとも、また同じクラスになれた。
優しい子にも囲まれた。

それだけで、自分の気持ちも明るくなった。

「クラスメートでこんなに違うんだって思いました」

そんな優しいクラスメートのなかに、気になる女の子がいた。

「ほんわかして、可愛い人だなって思っていました」

クラスが一緒になるまでは、彼女の存在には気づかなかったが、どこか気が合い、いつの間にか自然と仲良くなっていた。

「一見おとなしい子に見えるけど、勉強ができて、私の苦手な英語が話せて、ピアノもバイオリンも上手に弾けるし」

「尊敬できるところが、いっぱいありました」

通学のタイミングを彼女に合わせて、一緒にいられる時間をより多く持とうとしていた。

これは恋愛感情だ、という自覚もあった。

「一緒にいて楽しいだけでなく、ハグしたい、触れたい、みたいな気持ちがありましたね。だから、恋愛なんやろうなと」

夏休みには、遊園地に誘ってデートもした。
五山送り火が焚かれる日。

夜になり、「大文字」の送り火を見ながら鴨川沿いを2人で歩いていると、ふと彼女が言った。

「ヒトコが男の子だったらなあ」

え? それって、どういうことだろう?? 

「もし自分が男子で、彼女と付き合えるんなら、男子になってもいいかもしれないって、ちょっと思ったりして(笑)」

でも彼女に、そのことを突き詰めて聞いたりはしなかった。

態度では伝わっていたのかもしれないが、自分の思いは胸に秘め、あえて言葉にすることはなかった。

「夏休みは受験の天王山なのに、そんなに遊んでたらあかん」

彼女はそう言って、獣医になる自分を励ましてくれた。

そんな彼女と一緒にいられるだけで、幸せだったのだ。

07自己肯定感を強めてくれた、ある授業

同性愛を恥じる気持ちは強くない

「その子のことが好きすぎて、その子のことばかり考えてたから、自分は同性愛者だ、これからどうしよう、みたいな悩みはあまりなかったですね」

女性という同性を好きになること自体を、深刻に思い悩むことはなかった。

ただ、「人には言えないな」とは、思っていた。

「ほかのクラスで、女子同士仲良くていつも一緒にいる子たちがいたんです。『レズや、レズや、気持ち悪い』って言われて、いじめられていて」

世の中では、気持ち悪いのか、そうなのか。
察しはついていた。

でも、同性愛者である自分を恥じる気持ちは、世間が思うほどには強くはない。

それが、正直な実感だった。

そんなとき、ある授業で同性愛がテーマに取り上げられる。
若い牧師によるキリスト教学という授業でのことだった。

同性愛、全然オッケーや

若い牧師の先生が行った授業は、ユニークなものだった。

「普通、キリスト教って解釈によっては同性愛は禁止なんですが、その牧師の先生は『俺は、ぜんぜんオッケーや』って」

先生が授業で取り上げたのは、レズビアンの笹野みちるさんのことだった。

「彼女の歌う『陽の当たる坂道で』っていうのが、めっちゃいい曲なんです」

1990年代初頭に活躍、人気絶頂のうちに解散した『東京少年』というバンドのボーカルだった女性が、笹野みちるさんだ。

先生は、プロモーション映像を流しながら、笹野さんの生き方について教えてくれた。

「この人は、レズビアンということをカミングアウトした人や」

笹野さん、めちゃかっこいい。そう思った。

「同性愛やって言うけど、そもそも神様は罪なものを作るはずがないんや。だからもし、これから先、同性愛者に巡り合っても、みんな差別とかしないでくれよ」

授業における先生のメッセージは、牧師としてのメッセージでもあった。

「この授業のあとから、レズビアンって恥じることじゃなくて、むしろかっこいいことなんじゃないか、って思うようになったんです」

自己肯定感を強める体験だった。

「学校でこういうことを教えてもらうって、すごい大事やなあとも思いました」

08恋人でも友だちでもない「第3の好き」

「ありがとう」に、二の句が継げなくて

高3のバレンタインデー。

好きな女の子に、呼び出された。
チョコレートを渡してくれたのだ。

「これは大学に受かったら、告白するしかない!」

気持ちは天にも舞い上がった。

しかし、受験はあいにく失敗。
彼女はそのままエスカレーター式に大学へ。

そこから浪人時代の2年間を経て、獣医学部に合格した。

「浪人中もたまに会ってたんですけど、大学って彼氏とかできるからなー、やっぱりなー、なんて思ってました」

それでも、大学2回生のときに、ついに彼女に打ち明ける機会ができた。

「実は、高3のときからずっと好きやった、とはっきり言いました」

「そしたら、彼女からは『ありがとう』って、それで終わっちゃって。そう言われたら、こっちから次の言葉が出てこなくて」

二の句が継げなかったのだ。

「そのあとは、すごすご帰りました(笑)」

新しい暮らし、新しい出会い

念願の大学生活は、充実していた。
親元を離れ、一人暮らし。

家庭教師のバイトをしながら、毎日の実習に、レポートの山。

アパートに戻っても、ひたすら勉強しなければならなかった。

初恋の人への4年越しの告白をする、少し前のこと。
大学のクラスメートで、ちょっと気になっていた女性と、急接近した。

事情があって、その女性と部屋をシェアすることになったのだ。

「そのときに、自分は女の子のほうが好きだ、と言いました」

図らずもこれが、人生最初のカミングアウトとなった。

「『そういうの、わかる気がする』って言われたんですよ」

「恋愛感情だったかは断言できないけれど、私も高校時代に、友だちに対する気持ちとは、明らかに違う感情を持ったことがある」

彼女はそう言ってくれた。

やがて、このルームメイトの女性と、お付き合いをすることになった。

優しい人だと感じたからだ。

「第3の好き」って?

「でも、彼女じゃなかったかもしれません」

「彼女です、つきあってます、恋人です」とは、完全無欠に言い切れない。
そんな関係が、熟成されていった。

「私は常に『好き好き』って言ってたんですけど、私が何回そう言っても、彼女からは『大好きよ』とは返してくれなかったんですね」

一緒に外出しても、つれない態度をされることがあった。
彼女のそばにいたいから、横に並んで寄りそおうとすると、拒否された。

「レズと思われるから、やめて」

この言葉は、悲しかった。

恋人として、扱ってはくれなかったのだ。

でも寂しがりやの彼女は、自分に甘えてくる。ひとりにすると、すねる。
インターネットで、レズビアンのコミュニティを探していると、不機嫌になる。

こちらを惑わした。

「一緒にいて楽しいし、安心できるから、このまま一緒にいてもいいよ。でも『第3の好き』や。恋人でもない、友だちでもない、家族でもない」

彼女の言い張った理屈だった。

「第3の好き」は、「かっこ」に入れた愛なのだという。

つれない素振りもされたけど、彼女に対して誠実な愛を示すことは、喜びだった。

だから彼女とは、かけがえのない数年間をともに過ごした。

ほかのクラスメートの目には、ルームシェア相手同士と見えていたはずだ。

だが「そんなにいつも一緒にいるとレズだと思われるから気をつけて」と、忠告してくれた女性のクラスメートもいた。

「いや、ほんとうにそうなんやけど(笑)」

そう心の中でつぶやき、聞き流していた。

09カミングアウトについて考える

功を奏した「結婚します」報告

晴れて獣医師になり、いくつかの恋をして、いくつかの別れがあった。
その間、動物病院も開業した。

自分の生きやすい環境が、整ってきていた。
そして、生涯のパートナーとなる人にも出会った。

音信不通になっていた初恋のあの人にも、結婚披露パーティのお誘いメールをした。

ダメ元の覚悟だったが、OKの返事が来て、ほんとうにうれしかった。

彼女もあのとき、どうしていいのか悩んだのだと、教えてくれた。
どうすれば正解か、なんて、あのときは誰も、わからなかったのだ。

そもそも、「カミングアウトのきっかけが、結婚の報告」だったことが、今回は功を奏したのだと、思っている。

「今度結婚することになりました。相手は女性です。これなら相手が『おめでとう』と言うのは間違いないから(笑)」

2018年7月には、大阪市のパートナーシップ宣誓書を受領した。

テレビやネットで結婚式以上に話題になり、動物病院の飼い主さんから祝福の言葉もいただいた。

「私は、カミングアウトしてほんとうに良かったと思っています。できる人には、してほしい。楽になって、人生が楽しくなるから」

でもそれは、今の自分の環境が恵まれているからこそなのだ、とも思っている。

特に、1日のほとんどを過ごす職場である動物病院では、セクシャルマイノリティのことがきちんと理解されていて、ありがたい。

こんなカミングアウトはどう?

カミングアウトを「絶対したほうがいい」とは、もちろん言えない。

「一か八かの賭けに出られる人は、あんまりいないと思う」
「カミングアウトを推奨したいけど、難しい側面はありますね」

タイミングや環境が整っていない状態のカミングアウトは、リスクが大きいからだ。

「私、女の子しか好きになれないんだよね、なんて急に言い出したら、言われた相手が、返答に困る可能性もあります」

「どういうふうに返事したら、こちらを傷つけないかなって、相手もめっちゃ考えたりして」

そこで、いくつかの実践的なアドバイスを考えた。

「例えば職場で、アライだってわかる人がいれば、まずその人に告げて、味方になってもらうとか」

「あんまり深刻そうには、言わないほうがいいかもしれませんね」

カミングアウト経験者としてのスタンスだ。

「今、付き合ってる子おるねん。女の子なんや〜、みたいな感じで言うと、相手もつられて、いいねえってなるかな(笑)」

カミングアウトは、明るく、カラッと。

攻略法の定石といえる。

意外だった母の反応

母へのカミングアウトは、どうなっていたのか。

結婚式の日が迫り、「言わなあかんなあ」と思っていた矢先。
母のツイッターのタイムラインに、自分たちの結婚式の情報がたまたま流れたという。

さっそく、母からラインが入った。

「あんた、レズビアンやったんか。知らんかった」

母には、好きな女の子の話をしていたし、うちの本棚には笹野みちるさんの本もあった。だから絶対、ばれていると思っていた。

「知ってると思ってた」と告げると、母の次の言葉に驚いた。

「自分も、FTXやと思うねん」

いや、FTXって、最近になって聞くようになった言葉だよね?
・・・しかもXって(笑)。

性自認や性指向のゆらぎは誰にでも、そう、自分の母親にも起こりうるのだ。

そんな母はもちろん、レズビアンの自分を、受けとめてくれた。
結婚式にも来てくれた。

「子どもは作った方がいいよ、老後が寂しくないから」

そう、アドバイスしてくれている。
母は、いつも理解者でいてくれる、大きな存在だ。

「でも、どうやって子どもを作るのか、想定して言ってるのかな(苦笑)?」

10どう生きる? これからのレズビアン

レズビアンでも、こんなに楽しく生きられる

ゲイカップルと、レズビアンカップルとを比べると、日本社会における
男女の経済的な格差が、そのまま投影されていることがわかる。

性差による格差は均衡せず、むしろ偏差が強化するといえるだろう。
構造的な問題だ。

これに加えて、カミングアウトをできない苦しさや、親との関係性などで
心に悩みを抱えてしまうと、人生は、生き辛くなってしまう。

そしてカップルの関係を続けていくこと自体が、困難になってしまうのだ。

看過できない問題だが、処方箋はある。そのひとつが、経済的な自立だ。

「うまくいっているビアンのカップルは、安定した職業に就いている人たちが多いように思うんです」

セクシュアリティとは本来関係ないのかもしれないが、経済的には安定していることは、そうでない状態よりも、望ましいだろう。

生きやすい人生にするために、よりよく生きるために、できることがあるはずだ。

「レズビアンだけど、こんなふうに楽しく、生活できていますよってことを、みんなにわかってもらえたら、希望を持つ人もいるんじゃないかなって」

結婚式を挙げて以来、セクシャルマイノリティの啓発活動をすることが増えてきた。

今は自分が、外に向かって語ることで、人の役に立てるのではないか。

かつての自分のようにしんどい思いをしている人たちが、少しでも生きやすくなるように。

ひとりのレズビアンとして、人として語れることがある。

LGBT教育が偏見をなくす

長い間、中学、高校時代のことは、思い出すのも辛かった。

それが最近、吹っ切れて来た。

表立って活動することが増えたおかげなのかもしれない。

「あのときはしんどかったけど、あの時代があるから、今の自分があるんかなって、やっと思えるようになりました」

自己肯定感を高めてくれた、高校時代の忘れられないキリスト教学の1コマ。
あの牧師の先生にも、SNSで再びつながることができた。

「先生に会っていなかったら、今の自分はないんです」

その気持ちを、先生に伝えた。先生も喜んでくれたことが、またうれしかった。

学校でLGBTについて教えることが、大事だと思っていた。

セクシャルマイノリティに対する偏見をなくすには、学校での教育が大切なのだ。

だから私も、自分の母校で話をしたい。生徒たちに、伝えたい。

そう思うようになった。

「レズビアンのカップルは、ここにいますよ。いえいえ、いたって普通ですよ」

同性愛は、恥ずべきことじゃないし、むしろ、かっこいいくらいなんだから。
大切なのは、自分らしく生きること。

あとがき
明るい表情をくもらせた10代の話。ひとみさんの涙は、誰かに打ち明けて、思い切り泣きたかったあの頃のヒトコちゃんのしずく。背中をさするような気持ちで聴いた■先生が授業で取り上げてくれた同性愛・レズビアンの話。「差別はダメだ」。どんなに救われただろう。出会う大人で子どもの人生は大きく変わる■遠い日に恋した人も、いま愛する人も[私]と同じように新しい季節を重ねる。変わらないこと、変わること、今を生きることを知っていく。今日もまた新しい一日。(編集部)

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