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性自認はFTM。でも女として扱われたくないけど男じゃない、そんな感じ【前編】

一番仲が良かった幼なじみがツイッターで堂々とカミングアウト。その姿を見て、それまで押し隠してきた自分をオープンにする決心をした佐藤はるかさん。女として扱われたくはないが、男として生きることが目標とは思っていない。「今のままでもいい」。それが素直な今の気持ち。中性的なイメージが漂う、自分らしい生き方をレポートする。

2019/01/04/Fri
Photo : Mayumi Suzuki Text : Shintaro Makino
佐藤 はるか / Haruka Sato

1997年、茨城県生まれ。現在大学3年生。母方のおばあちゃんの家で4人の叔母に囲まれて育つ。女の子でいることに不満はなかったが、唯一、好きになる対象が同性ばかりだったことに違和感を感じて生きてきた。FTMであることをカミングアウトし、LGBT関連のイベント運営に関わりながら、就職活動を行っている。

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INDEX
01 母親の実家で育った幼少期
02 好きになるのは女の子ばかり
03 恋愛に興味がわかない中学時代
04 レズビアン? 私は何?
05 2度目の恋と破局
==================(後編)========================
06 大学では自分をオープンにした
07 女として扱われたくない。でも、男じゃない
08 「結婚」「子ども」という言葉が重い
09 不安だった家族へのカミングアウト
10 LGBT関連のイベントを開きたい

01母親の実家で育った幼少期

4人の叔母に囲まれて育つ

茨城県稲敷市に生まれ育った。

「子どもの頃は、ほんとんどの時間を近くにある母方のおばあちゃんの家で過ごしました。暮らしていたって感じです」

「お母さんは5人姉妹の長女で、おばあちゃんの家には4人のおばさんたちが一緒に住んでました」

おじいちゃん、おばあちゃんに4人のおばさんたち。それに、母親と弟も。

「世話をしてくれる人がたくさんいて、かわいがってもらいましたね」

にぎやかで大きな家だった。

「お父さんだけ一人で、自分の家にいました。私は、あまり仲が良くなかったですね。・・・・・・お父さんのことは、よく分からないままです」

「大学に入ってからはまったく話さなくなりました。何をどうやって話したらいいか分からないんです」

「同じ家に住むようになったのは、中学生になってからです。そのときから、両親と弟の4人で暮らすようになりました」

何でも相談できる母親

お母さんは、思い立ったら行動する、すごく元気な人だった。

「子どもが好きで幼稚園や保育園で働いていました。今も保育士をしています」

「お母さんが落ち込んでいるところを見たことがありませんね」

ときどき車で二人きりになったときに、仕事のグチを聞くことはあった。

「お母さんとは、家族の中でも一番、仲がよかったです。何でも相談できる存在でした」

3つ下の弟はお母さんそっくりで元気の塊。現在、高校生。学校ではバスケット部に所属している。

「とにかくよく喋る子で、お母さんと二人で話していると、本当に止まらないんですよ(笑)」

小さい頃、弟とは原因のわからない理由で喧嘩ばかりしていたが、今は私に従順だ。

「昔は、面倒見がいいお姉さんといわれていました」

02好きになるのは女の子ばかり

5歳の淡い初恋

女の子でいることに違和感はなかった。
ただ好きになる相手は、女の子ばかり。

それがみんなと違うことは、自分でも気がついていた。

「初恋は幼稚園のときでした。その子は、背が高くて、部屋のなかでおままごとをして遊ぶ大人しい子でした。私は逆に外で走り回っていました」

子どもなりに告白をしたが、まだ5歳。
交際が始まるわけでもなく、それきりになってしまった。

小学校に入っても、女の子らしい人形より戦隊ものが好きだった。
特に、ハリケンジャーに登場するシュリケンジャーのファンだった。

「年少さんのときは、紙飛行機を飛ばすのに夢中になりました。みんなで給食の配膳室の屋根に向かって飛ばしていて、先生に怒られましたね(笑)」

遊び相手は、幼なじみのマキ

クラスにかわいいな、と思う子がいた。もちろん、女の子。

「本当はその子にバレンタインのチョコレートをあげたかったけど、チョコは男の子にあげるものって思い込んでて、仕方なく幼なじみの男の子にあげていました(笑)」

子ども心に納得がいかなかった。

「小学2年までチョコをあげていましたけど、その子に好きな女の子ができたんです」

「ああ、もうあげなくていいんだって、ほっとしたのを覚えています(笑)」

実家の向かいに住むマキとは幼なじみ。

「幼稚園に入る前から一緒に遊んでた女の子で、人気者でした」

「家の手伝いもよくしていましたよ。何にでもよく気がつく活動的な子でしたね」

登下校はいつも一緒。ひたすら二人で遊んでいた。

女の子に書いた手紙を没収

「お母さんは、私が男の子を好きにならないことに気がついていたみたいです」

「『女の子が好きなら話してね。男の子になりたかったら言ってね』と、ちょくちょく言われましたから」

でも、女の子が好きだなんて、お母さんを悲しませることだ、と思って、ずっと言えなかった。

小学校5年生のとき、手紙没収事件があった。

「好きになった室内球技部の先輩宛に書いた手紙を、塾の鞄に入れていたんです。それをお母さんに見つけられて、ひどく怒られました」

塾の鞄は、いつも母親が整理していたので、見つかるのは当然だった。

「言い合いの喧嘩になって、手紙は没収されてしまいました(苦笑)」

女の子が好きなら話してね、と言っていたのに。

「やっぱり女の子を好きになっちゃいけないんだなと思って、それからは一切、秘密にすることにしました」

03恋愛に興味がわかない中学時代

彼氏は作らないの?

中学生になっても、自分の体が嫌だと感じたり、何かに違和感を覚えることはなかった。

「制服が嫌とも思わなかったですね。制服は決まっていることですからね。私服のときはいつもズボンでしたけど」

「あまり深く考えてなかったんでしょうね(笑)」

クラスメイトは彼氏、彼女を作り始めたが、恋愛にはまったく興味がわかなかった。

「お母さんから『彼氏作らないの?』って何度も聞かれましたけど、興味ないから、と答えていました」

好きになる対象は相変わらず女の子だったが、つき合うような関係にはならなかった。

アイドルでは、AKB48のファンだった。

英語だけは得意

そうこうするうちに、幼なじみのマキが彼氏を作った。
彼女の行動には、いつも刺激を受ける。

「すごいな、さすがだな、と思いました。でも、うらやましいわけではありませんでした」

「マキと二人でいても、彼の話や恋愛の話はあまりしなかったですね」

クラスでは目立つほうではなく、人前に立つのも好きではなかった。

「中2のときに先生に促されて、人の前に立ってみたんです。それから少しできるようになりました」

部活は卓球部に所属し、一生懸命に練習に励んだ。

「あまり上にはいけませんでしたけど、熱中して頑張りました」

中学生のときの居場所は、主に卓球にあった。

「勉強は全然(笑)。5教科で5を取れたのは英語だけでした。先生がよかったんですね。生徒のことを第一に思ってくれる女の先生でした」

「担任にはなりませんでしたけど、いろいろと気にかけてくれたました」

04レズビアン? 私は何?

あせって作ったボーイフレンド

日立市の高校に進学。
遠くて通学できないため、女子寮での生活が始まった。
部活はソフトボール部。

「LGBTという言葉を知ったのは、この頃です。漠然と自分もこれに入るのかな、と感じ始めました」

好きになるのが女の子ばかりだったからだ。

「レズビアンなのかな? でも、女の子として見られたいわけでない。自分は何だろう?」

このままでは、ヘンな人間になる。

男の子を好きにならなければいけない、とあせって、一度、彼氏を作ったことがある。

「背の高い男の子でした。なぜか、ソフトボール部の中で彼女が順番に変わる子でしたね」

告白されてつき合ったが、一緒にいても、どうもしっくりとこなかった。

「自分だったらこうするのに、何でこの人はそうしないんだろう、と思ってイライラしてしまいました(苦笑)」

自分でリードしたい。
でも、リードされなきゃいけないのか。

彼といるとそんなモヤモヤがいつもあった。

「女々しい人だな、と思うこともありました(笑)」

「デートは2回くらい。すぐに飽きてしまって。ちょっと違うみたい、とお別れを言いました」

レズビアン?

女の子との本格的なおつき合いも経験する。

「ソフトボール部の後輩にかわいい子がいて、ちょっかいを出していたら乗ってきて、告白されました」

「静かなタイプで、本が好きな子でしたね。同じ寮に住んでいました」

つき合ってみると、男の子よりもずっといい。
相性もよく、しっくりときた。

ところが・・・。

「重いんです。束縛するタイプというか・・・・・・。ほかの子と話しているだけで嫉妬されたりしました」

「私はつき合っていることを隠しておきたかったんですけど、彼女はオープンにしたいと言って、意見が食い違いました」

「そのうち、どこから漏れたのか、噂が広がって・・・・・・」

問題は大きくなり、別れるきっかけに

噂が広まったことが、思わぬ事態に進展していく。

「先生に呼び出されて、『つき合っているのか』と問い詰められました」

「私は黙秘していましたが、彼女は認めたみたいで、学校の上にまで話がいってしまいました」

生徒たちの規律には厳しい学校だった。

「ある先生に、『男女の交際も厳しくなっているのに、同性の恋愛が入ってくると面倒くさい』ときつく叱られて・・・・・・」

「ちょうどいい機会だと思って、『私は別れたいんです』と、先生に話しました」

今思い返すとおかしいことだが、先生からは「退学になるかもしれないぞ」とも脅かされた。

結局、半ば強制的に別れることに。
相手の女の子は納得がいかず、誰が漏らしたのか、探そうとした。

「やめておきなよ、と言ってなだめました」

「でも、部活の中でどこまで知られているんだろうと怖くなって、もっと自分を出さないようになりました」

05 2度目の恋と破局

2人目のガールフレンド

2人目の相手は、こじれた恋愛騒動について相談をしていた相手だった。

「やはりソフトボール部の子で、いろいろな相談するうちに好きになっていきました」

一緒に過ごす時間が長くなるうちに、「つき合いたい」と相手が言ってくれた。
彼女も寮に住んでいたため、会いたいときにいつでも会える関係だった。

「幼稚園からの幼なじみマキと共通の友だちで、彼女のツイッターを見つけたのもその子でした」

「私たちと一緒じゃない? って」

その頃、マキのツイッターには、女の子とつき合っていることが堂々と書かれていた。

一番よく知っているはずの幼なじみが、LGBT当事者であることを公表している。
これにはショックを受けた。

「自分をしっかりと持っているから、オープンにできるんだろうな、と感心しました」

「でも、もう少し早く言ってほしかった、というのが本音でしたね(苦笑)」

「結婚」と「子ども」を持ち出されて困惑

2人目の恋人との関係は、学校にバレることはなく進展した。
前回の苦い経験が生きていた。

しかし、今度の相手にも「隠しているのが辛い」と言われて、蜜月は曲がり角を迎える。

「最後には、結婚や子どものことまで言われて、これは無理かなと思いました」

当時は、結婚について現実的に考えることなどできなかった。

「高校生なのにそこまで考えているってすごいな、と冷めてしまいました」

お互いの求めるものがすれ違うようになる。

結局、別れることになった。


<<<後編 2019/01/06/Sun>>>
INDEX

06 大学では自分をオープンにした
07 女として扱われたくない。でも、男じゃない
08 「結婚」「子ども」という言葉が重い
09 不安だった家族へのカミングアウト
10 LGBT関連のイベントを開きたい

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