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好きな仕事を諦めているLGBTQ当事者は多い。そういう人の力になりたくて。【後編】

好きな仕事を諦めているLGBTQ当事者は多い。そういう人の力になりたくて。【前編】はこちら

2023/02/11/Sat
Photo : Mayumi Suzuki Text : Ryosuke Aritake
西本 梓 / Azusa Nishimoto

1986年、愛知県生まれ。幼い頃から女性に興味があり、同じ悩みをかかえる同級生と出会ったことで自身のセクシュアリティを認識し始める。短大卒業後、パチンコ業界に就職して10年以上働いた後、社会保険労務士、ファイナンシャルプランナーの資格を取得。2022年8月に「にじいろ社労士FP事務所」を開業し、愛知県を中心に活動している。

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INDEX
01 社会保険労務士として生きる道
02 愛すべき地元と大好きな家族
03 女の子への興味と自分への違和感
04 自分自身を知る第一歩
05 大学で知ったオープンな世界
==================(後編)========================
06 思い描いた理想と思いがけない未来
07 モデルケースにハマらないから必要な知識
08 長く一緒にいるための「縁」
09 FTXであることは自覚していればいい
10 世の中を変えられる自分に

06思い描いた理想と思いがけない未来

「女の子」という枠組み

短期大学では、教員二種免許しか取得できない。

しかし、高校の教員になれる教員一種免許を取りたかったため、大学への編入を希望した。

「その時に、お母さんから『女の子が四大を出ても意味ないから』って、言われたんです」

「『女の子が』って言葉にカチンときて、教員を目指す意欲もなくなってしまって・・・・・・」

教職課程を取っていたが、講義を受ける気力が失せてしまう。

「どうしても大学に行きたい」と、母に抗議することもできなかった。

「その頃は『女の子だから』みたいな言葉に対して、歯向かえなかったんです」

「歯向かったら、女の子でいたくないことがバレちゃうんじゃないか、って変にセクシュアリティと絡めて考えちゃってたんですよね」

大学やバイト先では、女性が好きなこと、トランスジェンダーであることを話していた。

しかし、それ以外の場所では、まだ自分をさらけ出す勇気がなかった。

パチンコ屋の接客

短大は卒業したが、教員免許は取得できず、教育関係に進むことはなかった。

「お母さんのひと言でグレたというか、パチンコ屋さんに通うようになったんです。その時に、パチンコ屋さんの接客ってすごいな、って感じたんですよ」

アルバイトで接客をしていたからこそ、まったくタイプの異なる接客に興味を抱く。

「パチンコ屋さんって館内がうるさいので、言葉じゃなくて表情で会話するんです。スタッフさんたちの表情がすごくて」

「それに、8割のお客さんは負けて帰る中で、もう一度来てもらうためには、快適な接客を徹底するしかないんですよね。そう考えると、パチンコ屋さんって接客のプロなんです」

短大卒業後、パチンコ屋に就職し、さらにその奥深さを知る。

「接客が好きで、ホールスタッフの全国大会があったら出たい! と思うくらい、ハマっていきましたね」

パチンコ業界で10年以上働き、責任ある役職を任されるようになった。

一方で、年月が経つごとに感じることがあった。

「パチンコ屋さんは夜が遅いし、今後難しいといわれている業界でもあるので、いつか卒業しないといけないなって」

「漠然と、30代のうちに仕事を変えないといけないかな、って考え始めました」

07モデルケースにハマらないから必要な知識

社会を生き抜くための術

新たな道を探している時、つき合っていたパートナーが精神的な病気を発症する。

「彼女が病気になってしまった理由の1つは、労働時間が長かったことだと考えられていました」

「だから、もしかしたら労災認定されたかもしれないんです」

労災認定とは、病気やケガの原因が業務にあると認められること。労災認定が下りると、労災保険から各種の給付を受けられる。

「ただ、当時の私は知識がなかったので、そもそも労災や休職がどういうものかがわからなくて、フォローできなかったんです」

「会社や社会の制度に関する知識は、生きていくために必要だ、って実感しました」

制度について学ぶためには、どうすればいいのか。その手段を探っていく中で、社会保険労務士という資格を知る。

「これだ、と思いました。新たな道に進むなら社労士になろう、と思って目指し始めたんです」

セクシュアルマイノリティにこそ必要なスキル

現在は社会保険労務士、ファイナンシャルプランナーの資格をもっているが、取得した理由はほかにもあった。

「私の両親はお金の使い方が上手だったんですが、その姿を参考にしようとした時に、私には当てはまらなかったんですよね」

西本家は夫婦がいて子どもが2人いるという、世間では “一般的” とされる家族の形。

「いわゆるモデルケースなんですよね。でも、私はパートナーと結婚できないし、養子を取らない限り子どももいない。モデルケースになれないからヤバいなって」

「パートナーと戸籍上の配偶者になれないとなると、社会保障もいろんな制度も使えないかもしれないんですよね」

「私みたいなセクシュアルマイノリティこそ制度やお金の知識って大事だ、って思いました」

お金をしっかり管理し、不自由なく育ててくれた両親がいたからこそ、たどり着いた考え方。

社会保険労務士になるために、パチンコ屋で働きながら勉強し、試験を受けた。

「結果的に2回落ちて、3回目で合格しました。試験は1年に1回しかないので、3年かかりましたね」

「仕事しながら勉強するのは難しくて、最後の1年は仕事を辞めて挑んだんです」

「それで受かったからセーフだけど、落ちてたら闇落ちしてたと思います(笑)」

2021年に社会保険労務士の資格を取得し、2022年に社労士事務所を開業した。

08長く一緒にいるための「縁」

レズビアンの彼女

社会保険労務士になるきっかけをつくってくれたパートナーとは、12年以上のつき合い。

その出会いは、友だちの紹介だった。

「過去におつき合いしたストレートの女性たちは、最終的に私から離れて、男性のもとに行ってしまったんです」

「そんな経験をして、『セクシュアルマイノリティの子とつき合いたい』って話してた時に、友だちがレズビアンの子を紹介してくれました」

隣の市に住んでいたその子とすぐに会う機会をつくり、あっという間に意気投合した。

それから交際が長く続き、同棲もした。

「同棲して2年が経つ頃に、彼女が病気を発症してしまって、同棲を解消したんです」

「実家に住んだ方が家事などの負担が減って、彼女も調子が良くなるんじゃないかって」

同棲の解消と同時に、一度別れることを決めた。

サプライズプロポーズ

別れを決めてから2年後、社会保険労務士の試験に合格。そのタイミングで、「ごはんでも行こう」と誘った。

「彼女を呼び出して、社労士の合格通知を見せてから、あることを伝えたんです」

彼女に伝えた言葉は、「結婚してください」。

「よりを戻しても同じことの繰り返しだと思って、二人の関係を進めたかったんです」

「別れている間もたまに会っていたし、互いに気持ちはあると感じてたんですよね」

高価な指輪やバラの花束を用意したわけでも、婚姻届けを出すわけでもない。

それでも「結婚」と言葉にすることで、より強い関係を築きたかった。

彼女は「ちょっと待って」と驚きを見せたものも、5分もしないうちに「お願いします」と受け入れてくれた。

「私はサプライズが好きなので、彼女を驚かせることができて、良かったです」

「それから何かが大きく変わったわけではないけど、一歩進めた感じがしています」

関係を長く続けるコツ

パートナーとの関係を長く続けるには、きっとさまざまなコツがある。

「例えば、セクシュアルマイノリティのカップルの友だちをつくることかな」

「悩みを共有できるし、パートナーとケンカした時には間に入ってもらえるので(笑)」

関係を保つ自分なりの工夫は、サプライズ。

「長く一緒にいると飽きちゃうから、常に新しい風を吹かせたいんですよ」

「あと、常にパートナーにモテていたいから、サプライズで喜ばせるんです。これからもずっと一緒にいる人だし、新鮮さは大切にしたいですね」

そして、もっとも重要なコツは、一緒にいたいと思う縁をつないでいくこと。

「セクシュアルマイノリティのカップルって、結婚や出産というライフイベントがないから、別れを決断しやすいと思うんです」

「だからこそ、約束であったり愛情であったり、切りにくくする縁を紡いでいくことが大事だと感じます」

「最終的に、この人じゃなきゃダメ、ってお互いに思えたら、それがその二人の関係なんでしょうね」

09 FTXであることは自覚していればいい

「FTX」という認識

今、自認しているセクシュアリティは、FTMではなくFTX。

「大学時代のFTMの友だちと社会人になってから会って、性別変更してる様子を見ると、私は違うな、って思ったんですよね」

「過去に一度だけ、おなべバーで働いたこともあるんですけど、一緒に働いてるおなべの子たちとも違うのかなって」

病院で診断を受け、診断書はもらった。

しかし、性別適合手術を受けて、戸籍の性別を変えようとは思わなかった。

「仕事を辞めて、手術を受けて、性別を変えて再就職って話を聞いても、あんまりしっくりこない自分がいたんです」

「あと、パートナーがレズビアンなので、私が男になっちゃうと、恋愛対象から外れちゃうんですよね」

「それに、今のパートナーとつき合い始めてから、私自身も女性的になった部分があるんです」

ストレートの女性とつき合っていた頃は、意識的に男らしくしていたように思う。

今は、以前よりも穏やかになったのかもしれない。

「自分のことを『俺』『僕』って呼んだこともないし、FTXの方が自分に合ってるのかな、って今は思ってます」

カミングアウトしない選択

友だちや仕事関係の人には、自分のセクシュアリティについて、話している。

しかし、家族には打ち明けていない。

「言いたいけど言えないわけじゃなくて、わざわざ言わなくてもいいかな、って思ってて」

「私が面倒くさがりっていうのもあるんだけど、言い出すタイミングとか伝え方を考えて悶々とするくらいだったら、別にやることがあるんじゃないかと思うんです」

「カミングアウトについて考えて、自分の気持ちが落ちちゃうのもイヤで」

社労士事務所のホームページではセクシュアルマイノリティであることも書いているため、両親や姉が見つける可能性はある。

それでも、きっと何も言わずに見守ってくれるような気がしている。

「特にお母さんは、これまでも私のやることを認めてくれたので、その延長のような感覚です」

小学生の頃にライフプランを考える授業があり、漠然と、私は結婚しないな、と感じた。

「その日のうちに、両親に『結婚しないから』って、話したんです。それ以降も、ことあるごとに『結婚しない』って、宣言してました」

気づけば、両親は「結婚しないなら、私たちと同じお墓に入るよね」と、話すようになっていた。

「両親は真面目だから既に終活を始めてるんですけど、私も入れるような納骨堂を契約してました(笑)」

「私が結婚しない前提で、何も聞かずにいてくれるんですよね」

10世の中を変えられる自分に

知らずに受けていた嫌がらせ

幼い頃から今でも、基本的にはポジティブな性格。

「マイナスなことを考える時間がもったいないな、って思っちゃうんです。だから、あんまり後悔もしません」

「どんなことも自分で決めてやってることだから、悔やんでも仕方ないじゃないですか」

この性格は、同じようにポジティブで自信家な父に似たのかもしれない。

「だから、社労士試験も一発で受かると信じてました。結果的に2回落ちて、現実を見ましたけど(笑)」

そんな自分だから、過去に職場で起きた出来事も、深刻に受け止めきれていなかった。

パチンコ業界にいた頃、二度の転職を経験し、2社目は半年で辞めてしまった。

「2社目にいた頃に、上司から『化粧をしろ』って、注意さたんです」

ファンデーションだけ塗って出勤していたが、どうしても化粧をすることが苦痛で、すっぴんでの出勤が増えていく。

「そうなると、上司から『化粧できない人は社員旅行に連れていかないでおこうと思うんだけど』って、言われました」

その上司にパソコンを貸した際には、セクシュアルマイノリティ関連の履歴を見られたことも。

「わざわざほかの社員がいる前で『トランスジェンダーだったんだね』って言ってきて、その職場にいにくくなっちゃいました。だから、半年で辞めちゃったんです」

「今思えば、上司の言動はSOGIハラに当たることだったな、って感じてます」

SOGIハラとは、性的指向や性自認に関連した精神的・肉体的な嫌がらせのこと。

社会保険労務士になった今だから、知った視点だった。

多様性を知ることで起きる変化

「過去の私みたいに、居心地が悪くて離職しちゃうってもったいないし、人生の無駄になっちゃうんですよね」

「同じような人は多いけど、諦めてほしくないから、力になりたいんです」

友だちの中には、「パートナーが配偶者と認められないから、転勤に連れていけない」と、話す子がいる。

自分自身もパートナーの存在を明かせないばかりに、「独り身だから夜勤専属でお願い」と、体力のいる担当を任されたことがある。

「セクシュアルマイノリティを受け入れる世の中になったら、きっとみんなが働きやすくなるのに、って思います」

「社労士なら、今の状況を変えるために、説得力をもってお話しできるのかなって。誰かが声を上げないと、変わらないですしね」

最近は、セクシュアルマイノリティ以外の人の相談を受けることもある。

「セクシュアリティ以外にも、病気や家庭環境、さまざまなマイノリティが世の中には存在していて、私自身もっと多様性の認識を深めないといけないと思わされてます」

「実際にできること、していくべきことの方向性を示せる人間になりたいんですよね」

「そのためにはまだまだ知識不足なので、いろいろな方の力を借りながら、まずは岡崎市から変えていけたらと思っています」

まだ、スタートラインに立ったばかり。

目指す場所は遠いが、自分の足でたどり着けると信じている。

あとがき
青い時代の話は恥ずかしく思い出すものだけど、梓さんはその頃の自分にも愛と自虐めいた雰囲気を加えて、笑いに昇華する。緊張していたのは梓さんだったはずなのに、取材の場をあっという間にあたためてくれた■知ることで起きる変化について、実感をこめて伝えてくれたのは、これから多くの人の力になりたいから■私らしい働き方は、私らしく生きるための基盤になる。知識は、自分も大切な人もまもってくれる。人生を変える。(編集部)

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