INTERVIEW
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好きな仕事を諦めているLGBTQ当事者は多い。そういう人の力になりたくて。【前編】

シックなスーツに背筋の伸びたシルエットは、デキる社会保険労務士。ひとたび話し始めると、ユーモアたっぷりで愛嬌のある西本梓さん。「東京はあまり来ないから緊張してます」と言うものの、トークはフルスロットルでサービス心旺盛だ。そんな西本さんが社会保険労務士を目指したのは、自分や周囲の境遇に課題があると感じたから。その解決への一歩を、今まさに踏み出したところ。

2023/02/04/Sat
Photo : Mayumi Suzuki Text : Ryosuke Aritake
西本 梓 / Azusa Nishimoto

1986年、愛知県生まれ。幼い頃から女性に興味があり、同じ悩みをかかえる同級生と出会ったことで自身のセクシュアリティを認識し始める。短大卒業後、パチンコ業界に就職して10年以上働いた後、社会保険労務士、ファイナンシャルプランナーの資格を取得。2022年8月に「にじいろ社労士FP事務所」を開業し、愛知県を中心に活動している。

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INDEX
01 社会保険労務士として生きる道
02 愛すべき地元と大好きな家族
03 女の子への興味と自分への違和感
04 自分自身を知る第一歩
05 大学で知ったオープンな世界
==================(後編)========================
06 思い描いた理想と思いがけない未来
07 モデルケースにハマらないから必要な知識
08 長く一緒にいるための「縁」
09 FTXであることは自覚していればいい
10 世の中を変えられる自分に

01社会保険労務士として生きる道

「士業」という選択肢

社会保険労務士とは、社会保険や労働に関する法律の専門家。

社会保険労務士の資格を取った理由はいろいろあるが、その1つが「働き方の選択肢を示すこと」。

「私のようなセクシュアルマイノリティにとっても、士業という道が選択肢の1つになると、伝わったらいいなって」

「だから、社労士でガツガツ儲けようというよりは、社労士という武器を使ってLGBTQ当事者の力になれたら、って思うんです」

2022年8月に「にじいろ社労士FP事務所」を開業して、数カ月が経つ。

「どうすれば社労士の立場で役に立てるか。その答えは、なかなか見つかりません」

「でも、その答えを見つけるために、当事者はもちろん、行政にも『お手伝いできることはないですか?』って、声をかけてます」

地元である愛知県岡崎市を中心に、東海地方の自治体やLGBTQに関する活動をしている当事者に話を聞く毎日。

「活動されている当事者とのつながりは、もともと薄い方でした。自治体にも接点はなかったので、ゼロに近い状態からのスタートです」

「社労士試験に受かってから開業するまでに、名古屋のLGBTQ団体さんにお世話になって、当事者とのつながりが増えていった感じです」

行政との連携でできること

社会保険労務士という資格を取ったからこそ、自治体にも積極的に声をかけられるようになった。

「何もない私が役所に行って、いきなり『話があるんです』って伝えても、相手にされないと思うんです」

「でも、社労士という資格があれば、話を聞いてもらえるんじゃないかなって」

実際に岡崎市の職員は、自分の話を聞いてくれた。

岡崎市では、2022年4月のパートナーシップ制度導入に合わせて、当事者向けのイベントも開催している。

「職員さんの話を聞いてみると、なかなかイベントに人が集まらないということがわかりました」

「職員さんの周りに当事者がいないそうで、どう発信したらいいかわからない状態だと」

今は、「まずは当事者とつながりたい」という市の職員の声を受けて、自分なりに考えているところ。

「私の中でも、人を集める方法が具体化できているわけではないので、一緒に悩みながら打開策を見つけている段階ですね」

「ただ、私は声をあげられる当事者としてできることがあると思うし、いろいろな人に会ってさまざまな方法を試していけたらと考えてます」

02愛すべき地元と大好きな家族

一生住んでいたい街

生まれも育ちも、愛知県岡崎市。

名古屋駅まで電車で30分。隣には豊田市がある街だ。

「大好きな街です。名古屋まで遠くはないけど、ほとんど行かなくて、岡崎でなんでもすませちゃいます」

「そこそこ栄えてて、買い物もできるし、食べ物屋さんもあるし、困らないんですよね」

だから、生まれてからずっと岡崎を出たことはない。

「出る理由がなくて、周りの友だちもみんな岡崎から出てないんです」

「人生の最後まで岡崎にいたいな、って思ってます」

だからこそ、セクシュアルマイノリティが生きやすい街にしていきたい。

「行政と連携して、誰もが住みやすい街にしていけたらいいな、って思いがあります」

やさしくオシャレな母

そんな街で産み、育ててくれた両親は、とても寛容な人たち。

「お父さんは仕事が忙しかったので、子どもの頃はそんなにしゃべらなかったですね」

「お母さんは年の離れたお姉ちゃんみたいな感じで、どんな話でも聞いてくれます」

専業主婦の母はやさしく、子どもの選択を見守ってくれるタイプ。

「『勉強しなさい』みたいに叱られるようなことは、特になかったと思います」

「お母さんはファッションが好きで、今でも個性的というか、おばあちゃんが着るような服はあまり着ないですね」

いつも追いかけていた姉

2歳上の姉とも、なんでも話せる関係。

「同じ高校に進学するくらい、お姉ちゃんのことが大好きで追っかけてました(笑)」

「お姉ちゃんが私の服を着て、同じような格好をしてプリクラを撮りに行ったこともあったり、仲のいい姉妹だと思います」

姉とは、ケンカをした記憶もほとんどない。

「今思えば、当時は世の中の女の子のほとんどが好きだったので、そういう意味でお姉ちゃんのことも好きだったのかもしれません(笑)」

「だから、お姉ちゃんが言うことには、全部『はい!』って、答えてた気がします(笑)」

母の影響を受けて、姉もファッションが好きな子だった。

「お母さんもお姉ちゃんも、私が髪をベリーショートにしたり、男の子っぽい服を着たりしても、ファッションとして受け入れてくれたんです」

「家族が『オシャレじゃん』って肯定してくれたのは、ありがたかったなと思います」

03女の子への興味と自分への違和感

気になる子リスト

物心ついた頃から、意識的に女の子を目で追いかけていた覚えがある。

「小学生の頃から女の子しか見てなくて、それは私の中での普通でしたね」

「小中学生の頃は忙しかったんですよ、頭の中で『気になる子リスト』をつくるのが(笑)」

学校の中で気になる女の子10人を選出し、脳内でランクづけしていた。

「今思うと、ランクづけなんてイヤなやつですよね(苦笑)。でも、『あの子はめっちゃいい子』『あの子はおんぶさせてくれたから10ポイント』とか、考えるのが楽しくて(笑)」

「昔からポジティブな性格で、あの子は目が合ったから意識されてるかも、とか思ってました(笑)」

だからといって、特定の子に恋することはなく、いろんな子が気になるだけ。

小中学生の頃は、スポーツができて目立つグループに属していることが多かった。

「スポーツができる女の子って、かわいい女友だちができやすいんですよ。だから、モテのためにバスケットボール部に入って、小さい体にムチ打ってました(笑)」

気になる子がいたら積極的に話しかけ、仲良くなることがほとんど。楽しく充実した日々を過ごす。

周りとは違う感覚

毎日のように「気になる子リスト」に思いをはせていたが、ノートなどに書き出したことはない。

「子どもながらに、感覚が周りと違うであろうことは、薄々感じてたんですよね」

「だから、紙に書き残すと誰かにバレるんじゃないか、って思いがあった気がします」

「気になる子リスト」は、あくまで頭の中に蓄積するものだった。

「女の子が気になるってことを、家族や友だちに話すこともなかったです」

隠しごとのように感じていたわけではないが、なぜか人には言えないことだった。

訪れなかった声変わり

子どもの頃から髪をベリーショートにし、男の子っぽい服を着ていた。
男の子になりたい、と感じていたのかもしれない。

「中学生になって、同級生の男の子たちの声変わりが始まると、私もいつか声が低くなるのかな、って思ってました」

「音楽の授業で歌う時に、オクターブを1個下げて歌ったりしてましたね」

しかし、どんなに低い音で歌っても、男子のように声変わりすることはなかった。

「小さい頃からエレクトーンを習っていて、音楽が好きだったけど、歌だけは声が出なくなっていって・・・・・・」

「オクターブを下げて歌ってる自分が、恥ずかしかったんです」

女の子たちの中で、一人だけ低い音で歌っている自分が、不自然に思えた。

「そうはいっても、女の子のパートで歌うのは苦痛で、男の子にも女の子にもなれない感覚というか」

男の子も女の子も、自分とは違う存在のように感じた。

04自分自身を知る第一歩

自覚させられる性別

感覚が周りと違うという自覚はあったが、性別に関する悩みという認識はあまりなかった。

「中学生で男の子から告白された時に、世の中は男女という2つの性別に分かれていることを意識し始めたんです」

「男の子は女の子に告白して、女の子は男の子とつき合うものなんだ、って思いました」

男の子から告白された時、「好きだ」のひと言とともにキスをされた。

「その瞬間、やっぱりイヤだ、って思ったんです。相手が『気になる子リスト』の中の子なら良かったけど(笑)。リスト外の男の子となると、あり得ないというか」

周りの女の子たちからは、「あっちゃん(西本さん)はかっこいいから、男の子だったらつき合ったのにな」と、言われたことがある。

「『気になる子リスト』の子たちは同性として接してきて、自分は女の子なんだ、ってどんどん自覚していきましたね」

“トラ” という枠組み

高校に進学してできた友人は、自分と同じような雰囲気で自然と仲良くなっていった。

自分を表す言葉を知ったのはその頃だ。

「その子から、『あっちゃんみたいな人って “トラ” っていうんだよ』って、教えてもらったんです」

「その時は “虎” だと勘違いしたけど、すぐにトランスジェンダーの “トラ” と知って、調べてみたら、私もこれじゃないかって」

「高校1年で初めて自分を当てはめる枠が見つかって、安堵感みたいなものを覚えました」

思い通りにいかない恋

高校で仲良くなったその友だちは、トランスジェンダーが出会いを探すためのネット掲示板の存在も教えてくれた。

「当時は、掲示板に『愛知県在住のトラです。恋人探してます』とか、書いてましたね(笑)」

新しい世界を知った一方で、妙な虚しさが募っていく。

「『これで出会える!』じゃなくて、『こうしないと出会えないんだ』って気持ちの方が強かったんです」

高校生になり、ある女の子に恋をした。その子は、モテるタイプだった。

「その移り変わりを見ていて、なんで私はあの子の彼氏になれないのかなって・・・・・・」

日々の学校生活の中で、恋をしているその子にだけ、あからさまにやさしくした。

それでも両想いに発展することはなく、出会いはネットで探すしかない。

「悩みをわかちあった友だちは『そのうちできるよ』って励ましてくれたけど、その頃はモヤモヤしてましたね」

「ただ、修学旅行で好きな子と同じ部屋になれて、女子でよかった、って思いました。基本ポジティブなんで、ずっと悩んでるわけではなかったです(笑)」

05大学で知ったオープンな世界

「あっちゃんみたいな子」

高校卒業後は、教師になるため、大学への進学を希望していた。

「母方が教師家系だったけど、私の代で教師を目指す人がいなかったから、私がなるのかな、ってなんとなく思ってたんです」

「歴史がめちゃくちゃ好きなので、社会の先生になろう、って考えてました」

進路を考えるタイミングで、アルバイト先の先輩から「うちの大学、あっちゃんみたいな子がいっぱいいるからおいでよ」と、言われる。

「先輩が通っていたのは中京女子短期大学(現・至学館大学)で、社会の先生にはなれないけど、体育の先生にはなれたんです」

「『あっちゃんみたいな子』が気になったし、体育ならいいかなと思って、中京女子を目指しました」

ネット掲示板を見ると、「トラは女子大に行かない方がいい」という書き込みを見かけた。

「それでも私みたいな人がいる大学に行ってみたくて、進路に迷うことはなかったです」

FTM(トランスジェンダー男性)を受け入れる大学

無事に中京女子短期大学に合格し、入学式を迎える。

母にメンズライクなレディーススーツを借り、ネクタイを締めて出席した。

「いざ大学に行ってみたら、メンズスーツを着た女の子がいっぱいいて、『地元に彼女残してきたからー』とか、普通に話してたんです」

ただただ驚いた。

先輩の言う「あっちゃんみたいな子」とは、明確にFTMであることを自覚している子たちだった。

「中京女子では、学長が『トランスジェンダーの学生が多いことは知っていますし、それが大学の個性だと思っています』と話すくらい、FTMの子たちが認められていたんです」

「そういう環境と知って、安心して通うことができました。学生の約2割はセクシュアルマイノリティの子たちだった気がします」

自分と似た子たちは、同級生から熱い視線が注がれていた。

「FTMの子たちは『メンズグループ』って呼ばれていて、男性アイドルかってレベルでキャーキャー言われてましたよ・・・自分は言われませんでしたけど(苦笑)」

「すごく不思議な環境だったけど、もはや自分の方がマジョリティみたいな感覚でしたね」

「当たり前のようにコイバナができるようになったし、大学はめちゃくちゃ楽しかったです」

大学時代に、かわいらしい女の子同士のカップルがいることも知った。

「FTMと女の子がつき合うものと思っていたので、違う形があることを知って、びっくりしましたね。大学生になって、多様性に触れることができました」

初めてのおつき合い

大学生で、人生初の彼女ができた。

「相手はストレートの女の子だったので、隠れて手をつなぐようなおつき合いだったけど、楽しかったです」

初めての交際で、デートの時にどう振る舞えばいいのか、わからなかった。

「だから、分刻みのスケジュールを立てて、『今日のデートプランです』って、提案してました(笑)」

「『○時○分集合』『漫喫3時間コースで入る』『○時にごはん』みたいなプランだったので、相手がどう思ってたかはわからないけど(笑)」

「彼女は恋愛経験があったので、おつき合いしながら、おつき合いを教えてもらうような関係でした」

仕事を変えないといけないかな、って考え始めました」

 

<<<後編 2023/02/11/Sat>>>

INDEX
06 思い描いた理想と思いがけない未来
07 モデルケースにハマらないから必要な知識
08 長く一緒にいるための「縁」
09 FTXであることは自覚していればいい
10 世の中を変えられる自分に

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