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自分が納得した上で、何事も選択していく【後編】

自分が納得した上で、何事も選択していく【前編】はこちら

2022/06/18/Sat
Photo : Ikuko Ishida Text : Chikaze Eikoku
髙橋 佑城 / Yuki Takahashi

1996年、埼玉県生まれ。幼少期のサンタさんへのお願いは「目が覚めたら女の子になってますように」だった。恋愛対象が女の子であることで一時は迷うが、その後MTFのレズビアンを自認する。社会的な「女性らしさ」を目指さない在り方を否定されることもあったが、現在はありのままの自分に誇りを持ち、バーテンダーとして働いている。

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INDEX
01 長髪の私も、坊主の私も、ぜんぶがMTFの「わたし」
02 幼少期は「コミュ力おばけ」で「気が利く子」
03 女友だちとばかり遊んでいた思春期
04 ロングヘアを貫き通した高校時代
05 父へカミングアウトと「出ていってくれ」
==================(後編)========================
06 受験期間中に発症したうつ病
07 留学先のトロントで、解放された
08 帰国後、トランスジェンダー・MTFであることを公表
09 「女の子1年生」。感受性の変化と戸惑い
10 ありのままの自分を受け入れてくれる環境と、未来について

06受験期間中に発症したうつ病

「男として生きたくない」。将来への不安

手っ取り早く女性になる道を歩みたいと思い、卒業後すぐに就職しようと一度は考えたりもした。

しかし進学クラス特有のカリキュラムの都合で、それは叶わなかった。

「父から、このまま男として生きてみないかって言われて、私が折れて父の意見を受け入れようとしてみたんですけど・・・・・・高3の受験期間中にうつ病を発症したんです」

「センター試験が終わった後から、だんだん勉強に身が入らなくなっちゃったんですよ」

普段は成績優秀な模範生だったが、最後の学年末試験だけ熱心に勉強することができぬまま終えることになってしまった。

うつ病を発症するも、理由がわかって安堵した

高校3年生の1月が終わり、2月の家庭学習期間には、ついに体が動かなくなった。

何も考えられない、力が入らない、眠れない、落ち着かない、息をするのも苦しい。そんな症状に悩まされる。

「慢性的な過呼吸にもなるし、食事も上手に摂れないし、入試が解けるはずもなくって・・・・・・」

原因は受験そのものではなく、今後一生男性として生きていかねばならないかもしれない将来への、漠然とした不安だった。

「大学の願書の性別欄『男』に丸をつけて、男性として生きて行くことに、納得してなかったんですよ」

「もしこのまま『男』に丸をつけたら、卒業後も男性として生きていかなくちゃいけないんじゃないかと思って、そこから先が見えなくなってしまったんです」

親の前では平然を装っていたが、一人になると倒れ込んで苦悩していた。

そして中学時代にトランスジェンダーであることをカムアウトした親友や、養護教諭の元を尋ね、相談する。

「もしかしたらトランスジェンダーであることの不安が原因なんじゃない? って言ってくれたんですよ」

最初は自分では原因がわからず、家族への気の使いすぎや、父へのストレスだと考えていた。

しかし受験中に通い始めた心療内科でも「家族ではなくトランスジェンダーであることへの不安だね」と診断され、気持ちが落ち着いた。

07留学先のトロントで、解放された

自分が間違っているのか確かめたかった

大学に進学後、4年生に上がる前に休学してカナダのトロントへ留学した。

「兄が先にトロントに行っていて、自分も同じ場所に行けば両親を心配させないかなあって」

「女としては行かせない」という条件下での留学だったが、結果的にあの街で過ごせたことはラッキーだった。

「今まで髪伸ばせば笑われて、化粧品を買おうとしたら『あなたが使うんですか?』って美容部員さんに言われて・・・・・・。何もかもを否定されてきたから、自分に自信が無くなってたんですよ」

次第に自分が本当におかしいのか、別の世界で確かめたいと思う気持ちが湧いてくる。

女性として生きることを、トロントでやってみよう

「今まで自分がやりたかったこと、否定されてきたことを、トロントでやったら、何ひとつとがめられなかったんです」

化粧を楽しんでも、奇異の目で見られることはない。

「カナダに行くまでは、どうにかして女性としてのパス度を上げようって、そればっかり考えてたんですよ」

しかしこの街で生活する人々は、無理にフェミニンな見た目を目指さずとも、MTFである自分を「She」と呼んでくれた。

「トロントっていう場所に受け入れられたことによって、今この日本の社会で受け入れられなくても、自分には居場所があるって思えました」

08帰国後、トランスジェンダー・MTFであることを公表

カナダから帰国後、改めて感じたギャップ

ずっとトロントで生活したい。
しかし大学を卒業するため、やむなく日本へ帰国する。

「もう帰りたくない、ずっとここにいたいって、泣きましたね(笑)」

1年間LGBTQへの理解が進んでいるトロントという街で暮らしたため、帰国後は改めて日本社会の不寛容さを思い知らされた。

「LGBTQへの偏見とか、もう終わった問題だと思い込んでたんです」

「まだこんなことでわちゃわちゃしてるの? って(苦笑)」

トランスジェンダー・MTFであることを表明する

帰国後は、トランスジェンダー・MTFであることを表明しようと決めた。
教育実習でも、女性用スーツを着て臨んだ。

「そしたらすっごい、珍しがられたんです」

「日本はまだまだLGBTQって素性が、特別視される世界だったんだなって思いました」

東京レインボープライドのパレードに参加した際にも、衝撃的な出来事を目の当たりにする。

「チェキを貼る場所に、“プライドの会場が世界ならいいのに” って書いている人がいたんです」

「つまり、プライドの会場では自分らしくいられるけど、ここが終わったら魔法が解けてしまう」

「でもトロントは、日本のレインボープライドの会場そのまんまの世界なんですよ」

異国での体験から、新しい気持ちが芽生えた。

これからを生きる若い人たちの力になればと考え、自分のことを発信していきたいと思うようになる。

09 「女の子1年生」。感受性の変化と戸惑い

ホルモン治療開始は、すべてを片付けてから

トロントへ留学する前、ハタチのときにはすでに性同一性障害の診断は下っていた。

しかし、すぐにはホルモン治療を開始しなかった。

「カナダに行く前にホルモン治療を始めてしまったら、何が起きるかわからない。教育実習中も、体調崩すわけにはいかなかったんです」

「だから診断受けたときも、留学と教育実習、ぜんぶ片付いたら始めますって先生に伝えました」

「教育実習をおえたあと、東京に引っ越したんです。それから、バーでアルバイトを始めました」

大学4年生の冬、学業と両立しながらウイスキーのお店で働き始めた。

そのタイミングで、いよいよホルモン治療を開始する。

体が女性らしく変化する嬉しさ

ホルモン治療を始めて、男性としての機能はほぼ無くなった。
副作用こそあれど、やはり喜びの方が大きく勝る。

「男性性の喪失って、私にとってはメリットしかないんです・・・・・・。風呂に入っても、機械油みたいな、男性特有の匂いがなくなって」

「それだけでもじゅうぶん私は、ストレスが減りましたね」

順調に女性らしく丸みを帯びていく体の変化に、嬉しさが込み上げる。

「肌質も変わって、脂肪がついて、順調に外見が女性らしい発達をしていく。そのことはすごく嬉しかったんです」

ホルモンバランスの乱れと向き合った「女の子1年生」

MTFのホルモン治療では、卵胞ホルモンのみを用いることが多い。

しかし卵胞ホルモンと黄体ホルモン、2種類を交互に使用する治療法をあえて選択した。

「始めた1年間は卵胞ホルモンだけだったんですけど、黄体ホルモンには男性化を抑制する作用とか、胸の発育に効果があると言われているんです」

「それを聞いて、『よっしゃ!』って思って(笑)」

それから、女性の身体で生まれた人特有の「ホルモンバランスの乱れ」も、きちんと経験したかった。

しかし、もたらされた心身の変化は想像以上に激しかった。

「2021年の2月頃、初めて黄体ホルモンを打ったんですけど、1週間目に熱っぽさや体のだるさを感じて。2週間目は、気持ちがすごく落ち着かなくなって」

「ミスが増えたり、訳もなく涙が出たり、食欲は止まらないし、胸は張るし・・・・・・」

そのことを後輩の女子に話すと、「先輩、ようこそこちらの世界へ」と言われた。

心身のコントロールが効かないことに戸惑いを覚えもしたが、一方で貴重な気づきも得た。

「たとえば女子アスリートの方で、第二次性徴でこれまで通り体が動かなくなって、諦める人もいるじゃないですか。なんなら月に一度の生理でも、生活が制限される人もいるし・・・・・・」

「そう考えたときに、女性ってそんなに大変だったんだなって初めて思いました」

ホルモンバランスの影響を多大に受ける女性は、気持ちも体も制御できない期間が存在するのだ。

その変化を通じて、価値観や感受性の幅が広がった。

「例えてみれば、男性時代は12色の色鉛筆だけで心のパレットに感情を描いてたんですけど、今は36色から48色に増えたって感じです」

「だからいろんなものを表現できるようになったんですけど、その分すぐに心の容量がいっぱいいっぱいになってしまって」

「女の子1年生」は、ホルモンバランスの乱れと向き合い続けた1年間でもあった。

10ありのままの自分を受け入れてくれる環境と、未来について

頑なに自らを「男性」として扱われて

大学時代から勤務し始めたウイスキーバーでは、心無い対応をされることがしばしばあった。

「昔からの知り合いで、男性時代の自分との付き合いの方が長い人たちが、私を『髙橋くん』って呼ぶのはしょうがないなって思うんですけど・・・・・・」

「前職のウイスキーバーの人たちは現在の私しか知らないのに、男性として扱われてしまうことも多かったんです」

男性として扱わないでほしい。
「髙橋くん」って呼ばないでほしい。

その訴えも、しばしば軽んじられてしまう。

「『いや、私は髙橋くんって呼ぶ』って、頑なに譲らない人がいたり」

「他にも、もし『髙橋さん』って呼ばれたいんなら女性らしい所作や仕草を学ぶべきだとか、髙橋がIKKOさんみたいなオカマちゃんだったわかりやすいのにとか・・・・・・」

心は傷ついた。

「ミッキーが楽しく働けることが一番だよ」

2021年の秋、中目黒のバー・&SPIRITSに転職した。

現在の職場は、ありのままの自分を受け入れてくれる心の拠り所となっている。

愛称は「ミッキー」だ。

「今の職場の店長は『ミッキーが楽しく働けることが一番だよ!』って言ってくれて。すごく救われました」

ホルモン治療による心身の不調に寄り添い、現状に合った働き方も一緒に考えてくれる。

「私は、病気じゃなくて、自分で望んでホルモン治療をして、そのせいで体調崩したんですよ・・・・。でも今の環境は、仕事量をこなすことよりも今は体のことを優先しようって、そう受け止めてくれる場所なんです」

レディースの洋服売り場で悲しい接客をされてしまい、泣きながら店長に相談したこともある。

「そしたら、『&SPIRITSのみんなはミッキーの味方だと思って』って言ってくれたんです」

自分を丸ごと包み込んでくれる場所は「家族」ではなく、今の職場だった。

「私が『&SPIRITS』っていう場所を心から愛しているからこそ、今こうやって生きていられる」

「自分の良さを無理に作ろうとするんじゃなくて、まずは自分が楽しいって思うことが大切だって気づきました」

自分が納得した上で、何事も選択する

今のバーテンダーとしての目標は、「一流のバーテンダーを目指す」というものではけっしてない。

「私の人間力、精神力をどれだけ豊かにするか。魂のレベルをどれだけ上げられるか」

「自分という人間をより良いものにするために、バーテンダーって仕事をお借りしているイメージなんです」

どうやったらもっと善い人になれるかは、絶えず追求していきたい。

「今回、ホルモン治療で大変なときに、いろんな方から励ましや愛を受けていて。でも、まだその受け取り方が上手にできていない気がして、わからないんです」

そして、自分のことを愛せていない状態では、他人のことも愛せないとも思う。

「だから、自分は愛されてもいい人間なんだって思えるようになった方がいいなって」

「今は、人と人とを繋ぐ仕事をするための、下積み段階なのかなって思います」

現在は自分のために、家族とは極力連絡を取らないよう距離を置いている。

より善い人間になるために大切にしているスタンスは、これから先も継続するつもりだ。

「自分が納得した上で、何事も選択していく。そこは絶対ブレないようにしたいです」

 

あとがき
髪型も装いも、美はいたってシンプルなんだと思った。喜怒哀楽の表情の一つひとつは画のように記憶に残っている■佑城さんは内省上手な人。自分の考えや言動を深く省みるその元には、相手の気持ちがある。たまにそれが過ぎると詰まってしまわないか、気になるほど。気づきの高い人ほど、すっかり心を使ってしまうから。でも、中国の古典から佑城さんの顔が浮かんだ。「自らを反省できる人は、経験した事はすべて漢方薬や針となる」。そっか!(編集部)

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