02 幼い頃に思い描いた将来の夢
03 子どもを育てることと仕事を続けること
04 ほかの子とは違う気がした娘の性質
==================(後編)========================
05 不安定な子どもと受け入れる準備
06 FTMであることを打ち明けてくれた日
07 「元気でさえいてくれればいい」
08 親として子どもにしてあげられること
05不安定な子どもと受け入れる準備
娘へのきっかけ作り
娘の言動を見ていると、この子は男の子になりたいのかもしれない、と感じた。
もし1人で悩んでいるなら、力になりたい、と思った。
「小学生くらいから、何度も『もし自分を男の子だと思ってるなら、いつでも言ってね』って、伝えてました」
「誰にも言えなくて死にたい、とか思われるくらいだったら、話してほしかったんです」
当の娘は「そんなんじゃないから」と、母の言葉を受け流すばかり。
「そう言われたら『そうなのね』って、すぐに引き下がりました」
「本人も気づいてないのか、まだ言える時期じゃないのかわからないから、娘が決意するまで待とうって」
娘は中学でも高校でも、制服のスカートを嫌がることはなかった。
「パジャマだけは、母がプレゼントしてくれるかわいいものを着てたから、私の勘違いかも、って気持ちもありましたね」
男の子のような反抗期
中学生になった娘は、反抗期を迎える。
「思春期のあの子は、すごく大変でした(苦笑)」
何があっても機嫌が悪く、バッドでドアを叩いたり、壁を殴って穴を開けたり。
「すごい力で、女の子が壁を殴って穴空く!? って、唖然としましたね(苦笑)」
「今思うと、男の子の反抗期っぽい表現だったのかも」
「その時は、この地獄が永遠に続くのかな・・・・・・って、思いましたね」
思春期真っ只中の娘が、遠方の高校への進学を決める。
「寮に入ることを決めたあの子から、『お母さんと一緒にいるとダメになる気がする』って、言われたんですよね」
「甘えちゃうから離れた方がいい、って思ったみたいです」
しっかり者の娘は、自ら険しい道を進むタイプ。
「だから心配なんだけど、応援しよう、と思って送り出しました」
子どもの苦しみの理由
ソフトボールをやるため、未経験者ながら強豪校に進んだ娘。
現実は厳しく、なかなか顧問には評価されず、レギュラーにもなれなかった。
「何でもそつなくできる子だったから、選ばれない経験が初めてだったと思うんです」
娘は過呼吸を起こし、体調を崩した時期があった。
「寮の近くまで行って一緒にご飯を食べて、『高校、辞めたきゃ辞めてもいいよ』って、言ったんです」
「でも、娘は頑張って卒業しましたね」
卒業式では通路沿いの席に座り、退場する娘と「やったね!」と、盛大にハイタッチをした。
「でも、娘が苦しんでいた理由は、部活じゃなかったんです・・・・・・」
娘は、同級生の女の子との恋愛を学校から注意され、半ば強制的に別れさせられていたのだ。
「何年も経ってから知って、その時に力になれなかったことが、すごく悔しかったです」
「もし知ってたら、母として『恋愛の何がいけないんですか?』って、戦えてたのになって・・・・・・」
「辛いことがあったのに、逃げなかったこの子はすごい、って自分の子どもを尊敬しました」
「私だったらできないな、って思うから」
06 FTMであることを打ち明けてくれた日
精一杯の言葉
娘は大学に進学。
2018年に3年生になり、就職活動がスタートする。
就活の関係か、毎週のように東京に出かけるようになった。
「東京に行かなきゃいけない理由があるのかな、って感じるほどでしたね」
「東京にはLGBT関係の集まりも多いし、そういうところに行ってるのかも、って」
親の勘か、そろそろ打ち明けられるのではないかと感じていた。
「ある日、あの子から『話があるから』って、言われたんです」
「『おばあちゃんも一緒でいい?』って聞いて、3人で焼肉屋さんへ行きました」
「薄々わかってるけど、どうぞ」と促すと、娘は「女の子でいることに違和感がある」と、話してくれた。
「はっきり『男の子になりたい』『手術したい』って言ったわけじゃないけど、それがその時の精一杯な感じでした」
「その場で深く聞く必要はないかな、と思って、『じゃあ、お肉食べよう』って、ごはんを食べました(笑)」
「もっと深い話をしたい時にできる環境は整ったから、徐々にでもいいかなって」
FTMに限らない心配事
幼い頃から、子どもを見てくれている両親や妹たちも、FTMであることは感じ取っていた。
「あの子は、私に打ち明けるより先に、3番目の妹に話してたんです」
たまたま電車で会った時に、打ち明けたという。
「妹は、私よりLGBTに関する知識を持ってたので、話しやすかったんでしょうね」
「その時に妹が『お母さんに言った方がいいよ』って、言ってくれたらしくて、あの子もカミングアウトを決めたみたいです」
一緒に話を聞いた母も、FTMという事実には、驚きを見せなかった。
「ただ、孫の将来がどうなっていくのか、心配してましたね」
「男として生きていくことというより、その生き方で本人が傷つくことへの心配でした」
「どんな生き方をしても傷つくことはあるから、特別な心配ではないんですよね」
いい家族に恵まれていると思う。
「カミングアウトって、一般的には大事件みたいになると思うんですよ」
「でも、打ち明けられた次の日の朝、あの子に『おはよう』って声をかけた時に感じたんです」
「私は、男の子とか女の子とか考えずに、子どもに接してきてたんだなって」
日常の何が変わったわけでもなく、いままでと同じように、これからも子どもたちは生きていく。
子どもの知らない一面
「あの子は、LGBT関連のサークルの立ち上げに動き出したんです」
話を聞いた時は、「内に秘めるタイプのあんたには無理だよ」と、笑い飛ばしてしまった。
それでも我が子の意思は揺るがず、「やる」と、決意を固くしていた。
「今は『なかなか人が集まらない』って、苦戦してるみたいです」
しかし、やると決めたからには、やってくれると信じている。
「サークルで活動してる時のあの子を、見てみたいですね。何をしゃべってんだろう」
07「元気でさえいてくれればいい」
語り合い、触れ合う大切さ
子育てで大事にしてきたことは、言いたいことが言える家にすること。
「私が育った実家は、恋愛の話とか下ネタとか、あんまり話さなかったんですよ」
「家族仲はいいけど、どうでもいい話をすることは少なかった気がします」
気さくな家庭を作るためには、まず自分が話さないといけない、と考えた。
「子どもはみんながいると話さなかったりするから、2人でごはんを食べに行ったりしますね」
「あと、一緒に同じテレビ番組を見て、同じタイミングで笑ったり(笑)」
「話さないとわからないことって、多いですからね」
もう1つ、親子のスキンシップを取るように、心掛けている。
「私自身、昔は人に触れられることがすごく苦手だったんです」
「人に触れるってことをしてこなかったからかもしれない、と思いましたね」
しかし、自分の子どもとのふれあいや保育の仕事を通じて、子どもはスキンシップを取ると喜ぶことがわかってくる。
「触れることって愛情表現だから、大事なことだな、って思います」
「今も子どもたちとスキンシップを取りますよ。『触んないで』って、嫌がられるけど(笑)」
想いを言葉にする意味
親子で話す時間を作り、スキンシップも欠かさない。
「お母さんはいつだってあなたの味方だよ」と、口に出して、子どもたちに伝えている。
「そうしないと、子どもたちが大好きなことを忘れられちゃうから(苦笑)」
「あの子が小学5年生の時、2分の1成人式があって、親に手紙を書いたんです」
同級生の多くは、「お母さん、いつもお料理、お洗濯してくれてありがとう」というものだった。
「あの子の手紙は『おばあちゃん、お洗濯、お掃除ありがとう』で、そりゃそうだよね、ってなりましたね(笑)」
しかし、その後に「お母さん、いつも相談に乗ってくれてありがとう」と、書かれていた。
子どもたちに願うこと
子どもたちに対して、こんな子に育ってほしい、という理想は抱かないようにしている。
「産まれてきた時に、元気でさえいてくれればいい、って思ったんですよ」
「でも、テストがあれば、いい点取ってほしいな、とか思っちゃうじゃないですか」
「そのたびに『あの時、元気でいてくれればいいって思ったでしょ』って、自分に言い聞かせます」
「そうしないと、本当はこうなってほしい、って親の欲は止まらないから」
不意に、あの子がお嫁さんになってたらどうだったかな、と考えることがある。
「それは私の個人的な思いに過ぎなくて、押し付けるのは違う、って思うようにしてます」
「自分の中で葛藤したら、『あの子にどうしてほしいの?』『元気でいてほしい』って、自問自答しますね」
08親として子どもにしてあげられること
子どもたちに知っていてほしい事実
我が子と同じように、1人で悩んでいる中高生は多いかもしれない。
「LGBT当事者でなくても、『なんで生きてるのか?』って、問う時期ですよね」
「なんでかわからないけど死にたい、って気持ちに陥る時もあると思うんです」
自分自身も、中学生の頃に同じ体験をした。
学校という狭い世界の中で、死んだ方がましだ、と思った時期もあった。
「時間が経つと、あの狭い世界で一生過ごすわけじゃないってわかるけど、その時は一生続く気がするんですよね」
「だから、悩んでる子の気持ちを受け止めながら、同じ目線で『一生じゃないんだよ』って、言ってあげられたら、変わるのかな」
世界は広く、生きる場所はたくさんあることを、知ってもらいたい。
「みんな同じなんだよ、ってことも、知っててほしいですね」
「当事者だってそうじゃなくたって、みんな何かしら悩みはあるんだよって」
迷うはずのない二択問題
「私は、子どものことで悩んだ記憶が、ほとんどないんですよね」
だから、子どものことで悩んでいる親の苦しみを、理解できないのかもしれない。
それでも、1人の親として伝えたいことがある。
「『一番悩んでるのは、子ども自身でしょ』ってこと」
もし、自分の子どもが、同性愛者やトランスジェンダーだったとしたら。
「人に拒否されることで、生きることを諦めちゃう子もいると思います」
「でも、亡くなってしまったら、希望も何もかも全部なくなっちゃう」
「生きてさえいれば、希望は残るじゃないですか」
明日かもしれないし、死ぬ間際かもしれないが、自分をわかってくれる人に巡り会える可能性はある。
「子どもには、何のために生きるかは考えず、ただ生きるだけでもいいんじゃないか、って思ってもらえたらいいな」
だからこそ、親には、子どもを応援する立場であってほしい。
「子どもが死んでしまったら、と考えたら、それ以上の後悔はないですよね」
「どう生きさせるかってことより、子どもがいなくなるか、いなくならないかで考えたら、答えは1つだと思うんです」
自分は、子どもに死なれるぐらいなら、すべてを受け入れようと思った。
「子どもの悩みや葛藤のすべてを、すぐに理解できなくてもいい、と思います」
「でも、理解するように努力するためには、子どもに生きててもらわなきゃ」
だからこそ、こう思う。
子どもたちが、元気でさえいてくれればいい。