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FTMでもそうでなくても、子どもには生きててもらわなきゃ。【後編】

FTMでもそうでなくても、子どもには生きててもらわなきゃ。【前編】はこちら

2019/10/05/Sat
Photo : Mayumi Suzuki  Text : Ryosuke Aritake
佐藤 鈴華 / Suzuka Satou

1973年、東京都生まれ。幼少期に、父の転勤で茨城に移り住む。短期大学を卒業してから現在まで、幼稚園、保育園、こども園など、保育の現場での仕事を続けている。23歳の時に結婚し、娘と息子を出産。2018年、娘からFTMであることをカミングアウトされ、現在はその生き方を応援中。

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INDEX
01 家族の愛を感じながら育った優等生
02 幼い頃に思い描いた将来の夢
03 子どもを育てることと仕事を続けること
04 ほかの子とは違う気がした娘の性質
==================(後編)========================
05 不安定な子どもと受け入れる準備
06 FTMであることを打ち明けてくれた日
07 「元気でさえいてくれればいい」
08 親として子どもにしてあげられること

05不安定な子どもと受け入れる準備

娘へのきっかけ作り

娘の言動を見ていると、この子は男の子になりたいのかもしれない、と感じた。

もし1人で悩んでいるなら、力になりたい、と思った。

「小学生くらいから、何度も『もし自分を男の子だと思ってるなら、いつでも言ってね』って、伝えてました」

「誰にも言えなくて死にたい、とか思われるくらいだったら、話してほしかったんです」

当の娘は「そんなんじゃないから」と、母の言葉を受け流すばかり。

「そう言われたら『そうなのね』って、すぐに引き下がりました」

「本人も気づいてないのか、まだ言える時期じゃないのかわからないから、娘が決意するまで待とうって」

娘は中学でも高校でも、制服のスカートを嫌がることはなかった。

「パジャマだけは、母がプレゼントしてくれるかわいいものを着てたから、私の勘違いかも、って気持ちもありましたね」

男の子のような反抗期

中学生になった娘は、反抗期を迎える。

「思春期のあの子は、すごく大変でした(苦笑)」

何があっても機嫌が悪く、バッドでドアを叩いたり、壁を殴って穴を開けたり。

「すごい力で、女の子が壁を殴って穴空く!? って、唖然としましたね(苦笑)」

「今思うと、男の子の反抗期っぽい表現だったのかも」

「その時は、この地獄が永遠に続くのかな・・・・・・って、思いましたね」

思春期真っ只中の娘が、遠方の高校への進学を決める。

「寮に入ることを決めたあの子から、『お母さんと一緒にいるとダメになる気がする』って、言われたんですよね」

「甘えちゃうから離れた方がいい、って思ったみたいです」

しっかり者の娘は、自ら険しい道を進むタイプ。

「だから心配なんだけど、応援しよう、と思って送り出しました」

子どもの苦しみの理由

ソフトボールをやるため、未経験者ながら強豪校に進んだ娘。

現実は厳しく、なかなか顧問には評価されず、レギュラーにもなれなかった。

「何でもそつなくできる子だったから、選ばれない経験が初めてだったと思うんです」

娘は過呼吸を起こし、体調を崩した時期があった。

「寮の近くまで行って一緒にご飯を食べて、『高校、辞めたきゃ辞めてもいいよ』って、言ったんです」

「でも、娘は頑張って卒業しましたね」

卒業式では通路沿いの席に座り、退場する娘と「やったね!」と、盛大にハイタッチをした。

「でも、娘が苦しんでいた理由は、部活じゃなかったんです・・・・・・」

娘は、同級生の女の子との恋愛を学校から注意され、半ば強制的に別れさせられていたのだ。

「何年も経ってから知って、その時に力になれなかったことが、すごく悔しかったです」

「もし知ってたら、母として『恋愛の何がいけないんですか?』って、戦えてたのになって・・・・・・」

「辛いことがあったのに、逃げなかったこの子はすごい、って自分の子どもを尊敬しました」

「私だったらできないな、って思うから」

06 FTMであることを打ち明けてくれた日

精一杯の言葉

娘は大学に進学。

2018年に3年生になり、就職活動がスタートする。

就活の関係か、毎週のように東京に出かけるようになった。

「東京に行かなきゃいけない理由があるのかな、って感じるほどでしたね」

「東京にはLGBT関係の集まりも多いし、そういうところに行ってるのかも、って」

親の勘か、そろそろ打ち明けられるのではないかと感じていた。

「ある日、あの子から『話があるから』って、言われたんです」

「『おばあちゃんも一緒でいい?』って聞いて、3人で焼肉屋さんへ行きました」

「薄々わかってるけど、どうぞ」と促すと、娘は「女の子でいることに違和感がある」と、話してくれた。

「はっきり『男の子になりたい』『手術したい』って言ったわけじゃないけど、それがその時の精一杯な感じでした」

「その場で深く聞く必要はないかな、と思って、『じゃあ、お肉食べよう』って、ごはんを食べました(笑)」

「もっと深い話をしたい時にできる環境は整ったから、徐々にでもいいかなって」

FTMに限らない心配事

幼い頃から、子どもを見てくれている両親や妹たちも、FTMであることは感じ取っていた。

「あの子は、私に打ち明けるより先に、3番目の妹に話してたんです」

たまたま電車で会った時に、打ち明けたという。

「妹は、私よりLGBTに関する知識を持ってたので、話しやすかったんでしょうね」

「その時に妹が『お母さんに言った方がいいよ』って、言ってくれたらしくて、あの子もカミングアウトを決めたみたいです」

一緒に話を聞いた母も、FTMという事実には、驚きを見せなかった。

「ただ、孫の将来がどうなっていくのか、心配してましたね」

「男として生きていくことというより、その生き方で本人が傷つくことへの心配でした」

「どんな生き方をしても傷つくことはあるから、特別な心配ではないんですよね」

いい家族に恵まれていると思う。

「カミングアウトって、一般的には大事件みたいになると思うんですよ」

「でも、打ち明けられた次の日の朝、あの子に『おはよう』って声をかけた時に感じたんです」

「私は、男の子とか女の子とか考えずに、子どもに接してきてたんだなって」

日常の何が変わったわけでもなく、いままでと同じように、これからも子どもたちは生きていく。

子どもの知らない一面

「あの子は、LGBT関連のサークルの立ち上げに動き出したんです」

話を聞いた時は、「内に秘めるタイプのあんたには無理だよ」と、笑い飛ばしてしまった。

それでも我が子の意思は揺るがず、「やる」と、決意を固くしていた。

「今は『なかなか人が集まらない』って、苦戦してるみたいです」

しかし、やると決めたからには、やってくれると信じている。

「サークルで活動してる時のあの子を、見てみたいですね。何をしゃべってんだろう」

07「元気でさえいてくれればいい」

語り合い、触れ合う大切さ

子育てで大事にしてきたことは、言いたいことが言える家にすること。

「私が育った実家は、恋愛の話とか下ネタとか、あんまり話さなかったんですよ」

「家族仲はいいけど、どうでもいい話をすることは少なかった気がします」

気さくな家庭を作るためには、まず自分が話さないといけない、と考えた。

「子どもはみんながいると話さなかったりするから、2人でごはんを食べに行ったりしますね」

「あと、一緒に同じテレビ番組を見て、同じタイミングで笑ったり(笑)」

「話さないとわからないことって、多いですからね」

もう1つ、親子のスキンシップを取るように、心掛けている。

「私自身、昔は人に触れられることがすごく苦手だったんです」

「人に触れるってことをしてこなかったからかもしれない、と思いましたね」

しかし、自分の子どもとのふれあいや保育の仕事を通じて、子どもはスキンシップを取ると喜ぶことがわかってくる。

「触れることって愛情表現だから、大事なことだな、って思います」

「今も子どもたちとスキンシップを取りますよ。『触んないで』って、嫌がられるけど(笑)」

想いを言葉にする意味

親子で話す時間を作り、スキンシップも欠かさない。

「お母さんはいつだってあなたの味方だよ」と、口に出して、子どもたちに伝えている。

「そうしないと、子どもたちが大好きなことを忘れられちゃうから(苦笑)」

「あの子が小学5年生の時、2分の1成人式があって、親に手紙を書いたんです」

同級生の多くは、「お母さん、いつもお料理、お洗濯してくれてありがとう」というものだった。

「あの子の手紙は『おばあちゃん、お洗濯、お掃除ありがとう』で、そりゃそうだよね、ってなりましたね(笑)」

しかし、その後に「お母さん、いつも相談に乗ってくれてありがとう」と、書かれていた。

子どもたちに願うこと

子どもたちに対して、こんな子に育ってほしい、という理想は抱かないようにしている。

「産まれてきた時に、元気でさえいてくれればいい、って思ったんですよ」

「でも、テストがあれば、いい点取ってほしいな、とか思っちゃうじゃないですか」

「そのたびに『あの時、元気でいてくれればいいって思ったでしょ』って、自分に言い聞かせます」

「そうしないと、本当はこうなってほしい、って親の欲は止まらないから」

不意に、あの子がお嫁さんになってたらどうだったかな、と考えることがある。

「それは私の個人的な思いに過ぎなくて、押し付けるのは違う、って思うようにしてます」

「自分の中で葛藤したら、『あの子にどうしてほしいの?』『元気でいてほしい』って、自問自答しますね」

08親として子どもにしてあげられること

子どもたちに知っていてほしい事実

我が子と同じように、1人で悩んでいる中高生は多いかもしれない。

「LGBT当事者でなくても、『なんで生きてるのか?』って、問う時期ですよね」

「なんでかわからないけど死にたい、って気持ちに陥る時もあると思うんです」

自分自身も、中学生の頃に同じ体験をした。
学校という狭い世界の中で、死んだ方がましだ、と思った時期もあった。

「時間が経つと、あの狭い世界で一生過ごすわけじゃないってわかるけど、その時は一生続く気がするんですよね」

「だから、悩んでる子の気持ちを受け止めながら、同じ目線で『一生じゃないんだよ』って、言ってあげられたら、変わるのかな」

世界は広く、生きる場所はたくさんあることを、知ってもらいたい。

「みんな同じなんだよ、ってことも、知っててほしいですね」

「当事者だってそうじゃなくたって、みんな何かしら悩みはあるんだよって」

迷うはずのない二択問題

「私は、子どものことで悩んだ記憶が、ほとんどないんですよね」

だから、子どものことで悩んでいる親の苦しみを、理解できないのかもしれない。

それでも、1人の親として伝えたいことがある。

「『一番悩んでるのは、子ども自身でしょ』ってこと」

もし、自分の子どもが、同性愛者やトランスジェンダーだったとしたら。

「人に拒否されることで、生きることを諦めちゃう子もいると思います」

「でも、亡くなってしまったら、希望も何もかも全部なくなっちゃう」

「生きてさえいれば、希望は残るじゃないですか」

明日かもしれないし、死ぬ間際かもしれないが、自分をわかってくれる人に巡り会える可能性はある。

「子どもには、何のために生きるかは考えず、ただ生きるだけでもいいんじゃないか、って思ってもらえたらいいな」

だからこそ、親には、子どもを応援する立場であってほしい。

「子どもが死んでしまったら、と考えたら、それ以上の後悔はないですよね」

「どう生きさせるかってことより、子どもがいなくなるか、いなくならないかで考えたら、答えは1つだと思うんです」

自分は、子どもに死なれるぐらいなら、すべてを受け入れようと思った。

「子どもの悩みや葛藤のすべてを、すぐに理解できなくてもいい、と思います」

「でも、理解するように努力するためには、子どもに生きててもらわなきゃ」

だからこそ、こう思う。
子どもたちが、元気でさえいてくれればいい。

あとがき
娘だった息子が、逃げずに迎えた卒業式と “やったね!” のハイタッチ。満面の笑みを浮かべて回想してくれた鈴華さん。「力になりたい」「応援したい」は、取材する私たちの心にも繰り返し届いた。それは、セクシュアリティの話をこえた子どもへの愛情だ■毎日が暗闇に包まれても、世界は広く、生きる場所はたくさんある。「いつだってあなたの味方だよ」。家族、先生、友だち、大切な人・・・ 誰かがそんな想いを伝えてくれたなら、生きようとできるんだ。(編集部)

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