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ゲイ? 養子? 「人と違う」を楽しめば、人生はカラフルになる【前編】

モデルのようにすらりとした長身と、キラキラ輝く大きな瞳が印象的な横山卓さん。人懐っこさとユーモアたっぷりの語り口も相まって、人を魅了するオーラを放つ。自分が養子だと知っても、明るく前向きに生きられた理由は、「人との違いを楽しむ」という考えにあった。

2020/05/20/Wed
Photo : Rina Kawabata Text : Koharu Dosaka
横山 卓 / Suguru Yokoyama

1983年、富山県生まれ。兼業米農家のひとり息子として育てられる。幼少期から枠にとらわれない性格だったが、高校ではセクシュアリティの揺らぎや他者との違いに葛藤。大学進学で地元を離れたことで世界が広がり、ゲイであることをオープンに。現在は、就職支援事業を行う会社のWebデザイナーとして働く。

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INDEX
01 独創的な感性の子ども
02 「オカマ」と呼ばれる子
03 人と違うのは当たり前
04 遅れてやってきた思春期
05 友だちへのカミングアウト
==================(後編)========================
06 狭い世界からの脱出
07 ゲイとしての生き方
08 両親の戸惑い
09 出生の秘密
10 彩り豊かな人生

01独創的な感性の子ども

特技は “ひとり遊び”

父と母、祖父母に囲まれ、ひとりっ子の長男として育つ。

「地元は富山県の、チューリップが有名な町。実家は兼業の米農家で、家の周りは田んぼばっかりでした」

昼間は父が大工、母が会社員として働いていた。
家では祖父母と過ごしたり、ひとりで遊んだりすることが多かった。

「ひとり遊びはすごく得意でした。うちにはビデオがなかったので、チラシを立体的に折って紙のビデオテープを作ったり」

「アニメの放送が始まるのに合わせて、テレビに自作のビデオテープを入れる真似をして、『ビデオが始まりまーす』ってひとりでビデオ上映ごっこを楽しんでました」

「あとは、庭で拾ってきた松の葉っぱでフライドポテト屋さんごっこをしたり。店員役もお客さん役も、もちろん全部自分ひとりです(笑)」

子どもの頃の図工の成績はごく普通。
だが、作るものは人と少し違っていた。

「みんなが粘土で作品を作ったときも、自分だけ外に落ちてる鳥の羽を拾ってきて使ったりしてました」

現在の職種であるWebデザイナーをはじめ、これまでの仕事はデザイン系ばかり。

既存の枠にとらわれずに自分の感性を表現する能力は、自由な幼少期に培われたものかもしれない。

2人の自分

子どもの頃から、内面には「枠にとらわれない自分」と「優等生の自分」が同居していた。

「ひとりの時間が大好きで、いつも空想の世界で遊んでました。でも、学校の先生とか親の前では『聞き分けのいい子』を演じてて」

「もちろん小さい頃は親に怒られることもあったけど、先生にきつく叱られた経験ってないんです」

「ひとりっ子で大人をよく観察してたから、正解の振る舞いが自然とわかってたのかな?」

友だちのあいだでも、持ち前の要領の良さ、人当たりの良さを発揮してうまく立ち回る。

「小学校3年生くらいのとき、『あなたを嫌いになる人はいないよね』って言われて。確かに敵はつくらなくて、いつも中立でした」

「この人にはこうやって接するのが良さそうとか、あの人は困ってるからこうしてあげようとか、そんなことを考えて振る舞ってたと思います」

「人の役に立ちたい」という漠然とした思いもあった。

「小学校低学年の頃の夢は、学校の先生でした。自分も子どもたちに優しく教えてあげられる大人になりたいな、って」

「でも、『学校の宿直室に泊まるとオバケが出る』って聞いて、怖くなってやめました(笑)」

高学年になると「みんなを治してあげたい」という理由から、医者に憧れを抱くようになる。

「だけど今度は、『夜の病院にはオバケが出る』って聞いて。あの頃の自分にとってはやっぱり怖かったから、医者もやめました(笑)」

02「オカマ」と呼ばれる子

セーラームーンが好きな男の子

型にはまらない自由な一面を持っているせいか、男子向け・女子向けという枠にもとらわれていなかった。

「セーラームーンが大好きでした。綺麗でかっこよくて、話も面白くて」

母の靴を履き、ひとりで何役も演じるセーラームーンごっこにも勤しむ。

周りの友だちにも魅力を知ってほしくなり、一緒に観ようと誘ったり、好きなキャラクターについて語ったりした。

「そのことが、親づたいにお母さんの耳に入っちゃって」

「女の子が観るようなもの、って気持ちがあったのか、『本当なの?』って聞かれたんです」

それでも、「なんで男の子が観ちゃダメなの?」「観てるけどなにか?」と意に介さず、自分の ”好き” を貫いた。

小学校2、3年生のときには、スカートを履きたくなった時期もあった。

「今考えれば『やめなさい』って言われそうだけど、なぜだかおばあちゃんは、パパッと作ってくれたんです」

「手作りのスカートを履いて、くるくる回って遊んだりして。嬉しかったですね」

ポジションは “いじられキャラ”

「そんな感じだったので、学校ではオカマってからかわれることもありました。いじめられたりはしないけど、わりとイジられキャラで」

当時から、いわゆる “普通の男の子” とは少し違う自覚を持っていた。

「からかわれるのは嫌だったけど、自分でも『ナヨナヨしてるからオカマって言われるんだろうな』としか思ってなくて」

「傷つきはしなかったです」

「1学年40人の小さな学校だったし、イジりはあってもみんなとそれなりに仲良くやれてたから、居心地は悪くなかったですね」

低学年の頃には、淡い初恋も経験する。

「近所に住んでた、少し年上のお兄ちゃんに憧れてました。かっこいいな、気になるな、って程度の気持ちだったけど」

男性が好き、というセクシュアリティは、幼い頃から片鱗を覗かせていた。

03人と違うのは当たり前

平穏な中学時代

小学校ではバレーボールチームに所属していたが、中学進学と同時にバレーボールをやめる。

「もともと周りに流されて始めて、嫌々やってたんです(苦笑)。でも、全国大会に行くような強豪チームだったし、やめたくてもやめられなくて」

人に合わせるのが得意なぶん、それまでは周りに流されることが多かった。
だが、そのときは初めて自分の意志を貫く。

「絶対にバレー部には入らない! って宣言しました。周りからはブーイングでしたけど(苦笑)」

「他にやりたいこともなかったので、吹奏楽に入部しました」

周りは女子ばかりだったが、楽しい3年間を過ごす。

「女子はいくつかの派閥に分かれてたけど、男子は中立で。誰とでも仲良くしてました」

中学時代に、あまり嫌な思い出はない。

「人間関係も基本は小学校の延長だったし、違う小学校から来た子たちとも仲良くなれて。平和でした」

好きな人は「人気者」

「確固たるものなんてなくて、ふわーっと生きてきた」と、人生を振り返るが、ただひとつ、“普通” という言葉には昔から抵抗感を持っている。

「高校を決めるときも、漠然と『普通科には行きたくない』って思ってて。『普通より、普通じゃない方がいい』って、国際経済科を選びました」

子どもの頃からひとりの時間を大切にしていて、「人と自分は違って当たり前」だと思って育った。

そんな自分のスタンスと真逆だったからこそ、“普通” という言葉に反発心を抱いたのかもしれない。

人との違いがセクシュアリティにはっきり現れたのも、この頃だった。

「中学生くらいのときには、男性が好きだって自覚が強くなりました」

当時の好きな人は、真面目で人望が厚く、学校でも人気者だった。

「たまに近くで会えるのがうれしくて、楽しくて・・・・・・」

しかし、その思いを本人や周囲に打ち明けることはなかった。

「友だちから『誰が好き? イニシャルで教えてよ』って聞かれたときは、幼なじみの女の子に置き換えて答えてました」

「みんなの中でうまく立ち回るには、言わない方がいい」と、薄々気付いていたからこその選択だ。

「恋愛感情もまだまだ未熟で、憧れに近かったから、自分の胸のうちに留めておくのが苦じゃなくて」

「ひょっとすると、思春期がくるのが遅かったのかな? セクシュアリティや恋愛について、深く悩むことはなかったです」

04遅れてやってきた思春期

自分は何者?

高校に進学すると、のほほんとした自分にも大きな変化が訪れる。

「進学した国際経済科は40人のクラスで、男子は10人だけだったんですけど、男女がきっぱり分かれてて」

男女関係なく仲良く過ごしてきた、田舎の小中学校から環境が一変。
途端に生きづらさを感じるようになった。

「男子グループには上手くなじめなくて・・・・・・」

「当時はビジュアル系が流行ってたこともあって、綺麗になりたい! って思ってたんです」

髪を伸ばして、バレないように薄くお化粧することも。

「半分は、女の子になりたいって気持ちだったかな。セクシュアリティが流動的な時期でした」

男子からは陰口を叩かれることもあったが、一部の女子はそんな自分を受け入れてくれた。

いつしか、4、5人の女子グループに混ざって遊ぶようになる。

「その頃、少年漫画の同人誌がすごく流行ってたんです。女の子たちと一緒にBL(ボーイズラブ)を読んで、フフフってときめいてました(笑)」

女友だちはみんな、分け隔てなく接してくれる。
それでも、女の子とは違う生き物だということは、自分が一番理解していた。

「友だちは受け入れてくれたのに、『男女どっちにも溶け込めきれない』『結局女子とは違う』って勝手に思ってました」

「自分が何者なのかわからなくて、一番つらかったのが高校時代かも」

人生の冬だった。
初めて感じた、モヤモヤとした思いに苦しめられた。

打ち明けられない思い

高校では、別のクラスの男子に恋をする。
ヤンチャな雰囲気で目立つタイプの子だった。

「特に行動は起こさず、遠くから見てました。男として彼に好かれたい、というよりは、可愛い子として好かれたい、って思ってたかも」

好きな男子がいることは、仲のいい女子グループにも打ち明けられなかった。

「自分でもなんで女の子っぽくなりたいのか、男性が好きなのか、全然わからなくて混乱してて。だから、友だちにも説明できなかったんです」

周囲には、恋人ができる人も増える。
みんなのように恋愛できないことや、自分の思いを正直に話せないことがもどかしかった。

「みんな彼氏ができて、デートでプリクラ撮ったりして」

羨ましかった。

「同じような人は周りに誰もいないし、自分だけずっと恋愛できないのかな、って思うと、苦しかったです」

05友だちへのカミングアウト

ゲイとしての自覚

友人たちのような恋愛ができず悶々とする日々だったが、高3のときに転機が訪れる。

ゲイ向けの掲示板を初めて利用し、知らない男性と会うようになった。

「自分ってなんだろう、自分以外にはこういう人いないのかなって思って、インターネットで『男の人が好きな男』って検索してみたんです。そしたら、掲示板を見つけて」

最初に会ったのは、隣の県に住む10歳以上年上の男性だった。

「メールしてたときは、同じような人とついに出会えたんだ、自分以外にも、現実に存在してるんだ、ってワクワクしました」

「その後、わざわざ会いに来てくれたんですけど、正直全然カッコよくはなくて・・・・・・(笑)」

「世界中で、男が好きな男はこの人と自分だけなのかな? って絶望してました(苦笑)」

だが、「自分と同じような人はもっといるはず」と思い直し、他の人とも会うようになる。

いろんな人と会ううちに「自分は男として男が好きなんだ」と腑に落ちた。

そんな矢先、携帯に入れていた男性たちの連絡先を、クラスの友だちに見られてしまう。

「当時は、携帯をみんなが持ち始めた時期で、まだプライバシーって考え方もあんまりなくて、友だち同士で携帯を見せ合いっこしてたんです」

「電話帳にはクラスメイトと家族くらいしか入れないのが普通だったのに、ネットで知り合った人たちの連絡先が入ってたから、『何これ?』って」

腹をくくって、グループで一番親しい友だちにカミングアウトすることを決めた。

雪解けの季節

最初のひとりには、手紙でカミングアウトした。

「よく手紙を書き合ってたので、少し長めの手紙を書いて伝えました」

「『女の子になりたい時期もあったし、ずっと自分のことがよくわからなくて悩んでた。けど、今は男として男の人が好きなんだ』って書いたかな」

友だちは、ごく自然なこととして受け入れてくれた。

「『特に驚かないし、あなたらしいと思う。いいんじゃない』って言ってくれたんです。逆にびっくりしました」

自分のことを初めて人に打ち明けることができて、ホッとする。

ずっと誰かに聞いてほしかったのだと気付き、相手が優しく受け止めてくれたことで、話しても大丈夫だと思えた。

「それから堰を切ったように、仲の良い女の子たちにカミングアウトして。みんな受け入れてくれました」

「ゲイだって打ち明けてからは、すごく楽になれましたね」

雪解けの季節が近づいていた。

<<<後編 2020/05/23/Sat>>>
INDEX

06 狭い世界からの脱出
07 ゲイとしての生き方
08 両親の戸惑い
09 出生の秘密
10 彩り豊かな人生

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