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性同一性障害、発達障害、双極性障害 苦しみながらようやく見つけた自分の居場所【後編】

性同一性障害、発達障害、双極性障障害。苦しみながらようやく見つけた自分の居場所【前編】はこちら

2018/02/04/Sun
Photo : Mayumi Suzuki Text : Mana Kono
近藤 創 / Sou Kondo

1990年、愛媛県生まれ。東海大学文学部を卒業後、航空自衛隊小松基地に入隊。3年間の自衛隊任期満了後は、石川県の地域おこし協力隊として、地域農業の活性化を画策。その後2017年11月より、富山県で農業に従事している。

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INDEX
01 学校でのいじめ、親との軋轢
02 早く死んでしまいたい
03 女子への嫌悪感と憧れ
04 リアルでもネットでも、ひとりぼっち
05 他人に人生を託したっていい
==================(後編)========================
06 ようやく見つけた新たな居場所
07 失敗を恐れずに挑戦すること
08 家族との歩み寄り
09 北陸のセクシュアルマイノリティ
10 “知ること” で世界は広がる

06ようやく見つけた新たな居場所

発達障害と双極性障害

もともと興味を持って入った自衛隊だったが、仕事では失敗続き。

「仕事道具を忘れたり、道具の名前を覚えられなかったり。他にもとにかく色々ミスが多かったんです」

あまりにトラブルばかりで、もしかしたら自分は発達障害なのじゃないかと疑うようになっていった。

「それで、最初は発達障害の支援センターに何度か相談してから、病院を受診しました」

結果、自閉症スペクトラムとADHDの併発、さらに双極性障害も患っていると診断された。

病院に行くのには勇気も必要だったが、実際に診断名がついたことで、今までの行動に納得がいった。

スッキリした気持ちになった。

「これまでのモヤモヤも晴れたし、すごくホッとしたんです」

それに、今後自分がどういう点に気をつけて行動すればいいか、ある程度の指針も見えてきた。

変化の兆し

医師からの紹介を受け、石川県の発達支援センターにも頻繁に通うようになった。

「それが大きなきっかけになりました」

「ひとのまという富山県のコミュニティハウスにも顔を出すようになって、そこがようやく自分の新たな居場所になったんです」

自衛隊での仕事は相変わらずうまくいかなくて憂鬱だったが、休日毎にセンターや「コミュニティハウスひとのま」に出かけるようになり、友だちも増えていった。

そうやって誰かと交流するのが楽しかったから、仕事がキツくてもなんとかバランスを保ってがんばれたのだ。

「精神障害を持っている人、地域活動に従事している人など、いろんな人と知り合えました」

「自分と同じような悩みを抱えている人もいたんですけど、だからといって人生相談をするでもなく、ひたすら野球の話をしてましたね(笑)」

そうやって趣味を共有できたことで、気が晴れた部分も大きかっただろう。

「小学校の時に通っていた作業所と、どこか雰囲気が似ているような感じがしました」

07失敗を恐れずに挑戦すること

転職したものの・・・・・・

自衛隊での仕事は向かないと思い、3年間の任期が満了した区切りで除隊を決めた。

「それで、たまたま目に留まった石川県の地域おこし協力隊に応募しました」

「体を動かしたり自然に触れたりすることが好きだったので、農業をやってみたいなと思ったんですよね」

だが、次の仕事もなかなか思い通りにはいかなかった。

現場で農業に従事できると思って応募したのだが、実際には企画や事務作業といったデスクワークばかりで、現場に出ることはほとんどなかったのだ。

「地域の農業活性化のために色々な企画も出すんですけど、それがなかなか採用されなかったりもして、だんだんストレスが溜まっていきました」

「やりたかった現場仕事でもなかったし、精神的にキツくなってしまったんです」

同僚との関係は良好だったが、自分の病気やセクシュアリティを隠して働いていることにも後ろめたさを感じていた。

「自衛隊にいた時からずっと、職場にバレたらどうしよう・・・・・・ってビクビクしていたんです」

職場へのカミングアウト

結局、地域おこし協力隊は任期を終える前に辞め、憧れだった農業現場で働くことを決意する。

「これから働き始める新しい職場では、発達障害なども全部カミングアウトしています」

自分と同じようにメンタルヘルスを患う知り合いや支援者に、「次の仕事は障害者雇用にした方がいい」と、アドバイスされたのがきっかけだった。

「病気や障害を隠していてもずっとうまくいかなかったので、それならいっそのこと、全部カミングアウトしてしまおうって思いました」

別に、失敗してもそれはそれでいいじゃないか。

とにかく一度挑戦してみよう。

そう前向きに考えたのだ。

また、知人の紹介でようやくジェンダークリニックにも通うようになり、GIDの診断を受けた。

「ただ、性別適合手術を受けるかどうかは、まだ迷っています」

仮に手術を受けて戸籍変更をしても、男として生まれた過去は一生残り続ける。

「そこがどうしてもひっかかっているんですよね」

それに、手術を受けずとも、生き生きと暮らしている当事者だってたくさん存在する。

そういう生き方も選択肢としてはありなのかもしれないが、どの道を選ぶかは、これから時間をかけてゆっくり考えていきたい。

08家族との歩み寄り

ようやく訪れた雪解け

「発達障害と双極性障害については親にもすでに伝えたんですが、GIDはまだカミングアウトしていません」

障害と病気を両親に話したのは、診断を受けて半年ほど経った日のこと。

「しばらくの間は親に話すべきか迷いましたが、やっぱり一応言っておいた方がいいかなと思って、実家に帰って直接話しました」

でも、昔と同じように、発達障害もメンタルヘルスも「甘え」と言われて切り捨てられてしまった。

「『ちゃんと病院に行って診断を受けた』と言っても、その医者自体を信用していない感じでした・・・・・・」

そんな風に当初は頑固な両親だったが、時間が経つにつれ、だんだんと理解を示すようになる。

「どうやら、病気について少しずつ調べてくれていたようなんです」

「それで、最近になってようやく、発達障害や双極性障害を認めてくれるようになりました」

家族の課題

両親とは徐々に歩み寄ってはいるものの、まだ完全にはわかりあえていないと体感している。

「私自身、まだ将来を自分ひとりの力では決めきれていないので、両親も心配しているんだと思います」

それに、GIDを隠していることも、少し後ろめたい。

両親には一生隠し続けて生きていくという選択肢も考えたが、やはり、このことを伝えない限り、わだかまりが完全にはなくならないのではないだろうか。

GIDについても、いずれカミングアウトできたら・・・・・・。

「何かの機会があれば打ち明けられるかもしれないですが、まだちょっと勇気が出ないんです」

家族へのカミングアウトも、今後考えるべき課題のひとつだ。

09北陸のセクシュアルマイノリティ

北陸ならではの地域性

これまで日本各地に居住を移してきた経験から、「土地によって、セクシュアルマイノリティの受け入れ方にも違いがあるのでは」という考えに至った。

「なかでも四国と北陸は、関東や関西と比べて、当事者への風当たりが厳しいように感じます」

そうした地域では、「自分の家族が当事者だったら嫌だ」と考える人も多い。

「私と同世代くらいの若い人だとそうでもないんですけど、やっぱり親世代になると、LGBTに抵抗を示す人がグッと増えるんです」

しかも、北陸地方は3世帯で同居している家庭も少なくない。

地域や家族とのつながりが強いという土地柄が、セクシュアルマイノリティがカミングアウトしにくい、閉塞的な状況を生み出しているのではないだろうか。

石川・富山に恩返しをしたい

「もちろん、北陸にもLGBTの団体や活動家はいるんですが、地域社会全体で見れば、あまり理解が進んでいない状態です」

そうした環境のなか、孤立している当事者もまだまだたくさんいるはずだ。

彼らの存在や置かれている状況を、もっと多くの人たちに知ってもらいたい。

「当事者の支援活動をする前に、まずは “知ってもらう” ことが重要なのかなと思っています」

こうした北陸の状況には厳しさを感じているが、自分が前を向けるようになったのは、石川や富山の支援センターやコミュニティハウスに救われた経験があったから。

「自分は、北陸の人たちに助けてもらって、ここまで生きてこられたんです」
 
「なので、これからは、地域に対して何か恩返しをしたいと思っています」

10 “知ること” で世界は広がる

Aセクシュアルという新たな気づき

最近になって、もしかしたら自分はAセクシュアルかもしれないという意識も芽生えてきた。

昔から、恋愛にはまったく興味がなかった。

好きな人はもちろん、「いいな」「素敵だな」と思うような相手もいなかったし、恋愛ドラマを見ても全然共感できなかったのだ。

「話題の一環として下ネタを話すことはあったんですけど、恋バナはなんだか苦手でした」

そうはいって、自分としては恋愛をしなくも支障なく生活できる。

それほど気にかけてもいなかった。

だが、ここ数年、周囲に「結婚しないの?」と聞かれる機会が増え、ようやく結婚や恋愛について考えを巡らせるようになったのだ。

「色々考えていたら、自分は恋愛に興味がないんだ、ってやっと自覚したんです」

友だちや仲間を大切に思う気持ちはわかる。

でも、恋愛感情をともなう特別な存在がどういうものなのか、自分には想像ができない。

そうして辿り着いたのが、「Aセクシュアル」という概念だった。

「自分では、恋愛感情がないことをそれほど気にしてないし、別に一生結婚しないで独身のままだっていいと思っています」

だが、Aセクシュアルの認知度は、世間的にはまだまだ低い。

認識が広がらない限りは、「なんで結婚しないの?」という問いかけからは逃れられないだろう。

恋愛感情を持たない人が、排他的に扱わないような社会になってほしい。

そう強く願っている。

知識がきっかけになる

中学生の頃からずっと死にたいと思っていた。

「25歳までにはきっと死んでいるだろう」と想像していた。

でも、今はそうした希死念慮はほとんど消えている。

「前向きになれたのも、北陸に来て居場所を見つけられたこと、つらい時にスポーツチームに自分の人生を託していたことが、やっぱり大きいです」

それに、昔から勉強や何かを調べることが好きだった。

今思えば、そうやってコツコツ知識を蓄えてきたことで、行動の幅がグッと広がったし、人間関係の構築にもつながっていった。

「だから、もし今セクシュアリティで悩んで、周囲から孤立しているような人は、とにかく勉強して知識をたくさん身につけた方がいいと思います」

「受験勉強的な学習ではなくて、自分のまわりに広がっている社会のことを、もっといっぱい知ってほしいんです」

社会を知れば、何かしらのコミュニティとつながるきっかけにもなりうる。

外に向けて行動するハードルが高ければ、まずは “知ること” から始めてみよう。

そうすれば、自然と世界は広がっていくはずだ。

あとがき
内在する気持ちとたくさん会話を重ねてきたのだと感じた創さん。とても静かに、これまでと、この先について語ってくれた。その積み重ねから紡がれた言葉は身近で、でもとても新鮮な響き■例えば、スポーツ観戦について「他人に人生を託してもいいんじゃないか」。生きることを続けようした何かは、人や人が集った活力からのもだったという■LGBTERには「過去と決別しよう」と応募された。敬意を払ってお聴きしたい。あらためて、強くおもう。(編集部)

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