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迷ったら “かっこいい生き方” を選択するのが、僕の人生。【後編】

迷ったら “かっこいい生き方” を選択するのが、僕の人生。【前編】はこちら

2018/01/06/Sat
Photo : Mayumi Suzuki Text : Ryosuke Aritake
福島 進一 / Shinichi Fukushima

1990年、東京都生まれ。日本人の父とアメリカとフィリピンのハーフの母の間に生まれる。女性の体で生まれたが、幼少期から自身を男性と認識し、19歳の時にホルモン注射での治療を開始。25歳で性別適合手術を受け、戸籍を男性に変更した。高校を卒業し、アルバイトを転々とした後、荷揚げ屋やとび職などの肉体労働に従事。現在は、転職を考え中。

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INDEX
01 男子に負けたくなかった幼少期
02 ネガティブに塞ぎ込んだ高校生活
03 10代で決めたカミングアウト
04 “男” として生きていく覚悟
05 必死に食らいついた肉体労働
==================(後編)========================
06 “FTM” として働く現実
07 初めての彼女との歪んだ関係
08 家族になる人たちへ打ち明ける時
09 支えてくれた家族と受け入れてくれた家族
10 “かっこいい人生” を送るために

06 “FTM” として働く現実

「福ちゃんは福ちゃんだろ」

荷揚げ屋で働き始めてから、女性であることがバレることはなかった。

当時の彼女と「結婚しよう」と口約束を交わし、勢いで会社に「結婚しました」と言ってしまったことがあった。

「社長からご祝儀をもらったんです」

「後ろめたくて、『実は女なんです』って打ち明けました」

社長は「なんで急にそんなことを言い出すんだ?」と、理解できていないようだった。

「本来籍を入れるところなんですけど、女同士で入れられないので」と説明した。

落ち着いた社長は「口約束だったとしても、お祝いとして受け取っとけ」と言ってくれた。

「FTMであることに対しても『福ちゃんは福ちゃんだろ』って、受け入れてくれました」

仕事を教えてくれた小柄な先輩も、後になって社長から聞いたという。

「『社長から言われるまで、まったく気づかなかった』って驚いていました(笑)」

男として扱ってもらえた喜び

とび職の会社では、取引先に提出した身分証がきっかけで、女性であることが知れ渡った。

「取引先の方が気づいて、社長に連絡が行ったらしいです」

「入って3~4カ月ぐらいだったんですけど、僕は生き方を変えたくなかったので、ちゃんと説明しました」

「社長が僕の意志を汲んでくれて、『俺が一流のとびにしてやる』って言ってくれたんです」

社長が受け止めてくれたことで、そのまま働くことができた。

しかし、自分の知らないところで、問題になっていたと聞いた。

「社内で『偏見はないけど、信用がない』って話し合いになったらしいです」

「僕も技術レベルが高くなかったし、周りをまとめられるわけでもなかったので、説得力がなかったのかもしれません」

それでも、社長は「周りと変わらずにやってんだから、逆に見習え」とかばってくれた。

「社長も周りの人も、僕を男性として見てくれていたので、意見がぶつかったんだと思います」

「1人の人間として見てくれているんだな、ってうれしかったです」

悪意のないいじり

どちらの職場でも、女性であることを受け入れてもらえた。

しかし、先輩からいじられることがなかったわけではない。

「まだ胸の手術をしていなかったので、『胸張ってみろよ。なんで胸あんだよ』って言われたり」

「悪気はなくても、仕事ができないやつをいじる傾向があったんですよね」

からかいだとわかっていても、すごく悔しかった。

07初めての彼女との歪んだ関係

受け入れてしまった束縛とDV

高校3年からつき合っていた彼女は、束縛が激しかった。

「初めておつき合いした女性だったから、束縛されているって感じていなかったんです」

「学生の頃は、周りの男の子のように、彼女ができるとは思っていませんでした」

「だから、1回『好き』って言った人を大事にしなきゃ、って思っていたんですよね」

携帯電話は、帰宅したら彼女に見せる決まりになっていた。

高校の同級生だった女の子の連絡先は、すべて消した。

オナベバーで働いている頃は、彼女が女性客に嫉妬することもあった。

「仕事中に電話がかかってくるんです。携帯の電源を切ると、店に電話がかかってきてしまって」

「荷揚げ屋やとび職の職場の飲み会も、『キャバクラに行くんでしょ』って許してくれなかったです」

とび職を始めて3年、同棲を始めて6年が経つ頃、事件が起こった。

SNSを通じて知り合った女性とメールのやりとりをしていると、彼女に脇腹を蹴られた。

「相手の女性に嫉妬して、蹴ったんだと思います」

「あまりの痛さで救急車を呼んで、病院に行ったら、内臓損傷で入院することになったんです」

「そこで僕は目を覚ますべきだったんですけど、それでも『俺が悪かった』って言っていました」

あっさり終わった同棲生活

無事に退院した後、SNSを通じて共通の趣味を持つ女性と知り合った。

「その女性も僕も、アニメの『NARUTO –ナルト-』が好きだったんです」

「知り合って初めて電話をした時に、恋に落ちたんですよね」

「僕より若いのにすごくしっかりしてて、結婚するならこの人だ、って思っちゃったんです」

同棲していた彼女に別れを切り出そうとすると、先に「好きな人いるでしょ」と言われた。

正直に「いる。だから別れてほしい」と告げると、彼女は「いいよ」と受け入れてくれた。

「彼女は『最終的に戻ってくるだろう』って、高を括っていたみたいです」

「でも、僕の気持ちは揺らがなかったです」

姉に新しい恋人の話をすると、「ようやく目が覚めたのね」と喜んでくれた。

「彼女の束縛や暴力の事実を知って、心配してくれていたみたいです」

「『あの子のいる家は危ないから、とりあえず私の家に来なさい』って、やり直す機会をくれました」

同棲していた家は契約を解消し、6年以上つきあった彼女との関係は終わった。

08家族になる人たちへ打ち明ける時

愛知への移住

SNSを通じて知り合った彼女は、愛知に住んでいた。

姉から「東京の実家に戻って、遠距離恋愛しながらやり直しなさい」と言われていた。

同じタイミングで、彼女から「うちに来る?」とも言われていた。

「彼女は母親と妹と3人暮らしだったんですけど、みんなが僕を受け入れてくれたんです」

彼女の母親にFTMであることを打ち明けると、「娘が選ぶ人なら私はいいわ」とやさしく迎えてくれた。

「初めて関東を出るけど、冒険するのもいいかな、って愛知に移りました」

「元カノと別れたばかりで、関東にいるのが怖かった気持ちもあります」

3年続けていたとび職を辞め、愛知で再び荷揚げ屋の仕事に就いた。

FTMの彼氏

彼女は「ゆめのたね」というラジオ局を通じて、FTMの存在を知っていた。

「だから、知り合った時も、特に偏見はなかったです」

「唯一、初めての夜を迎えた時は、裸の僕を見て珍しそうな顔をしてました(笑)」

ホルモン注射は打っていたが、まだ手術はしていなかった。

筋肉質ではあったが、体は彼女と同じだった。

「それでも、彼女は『嫌な気はしなかった』って言ってくれました」

戸籍を変える決意

彼女の母親と妹は受け入れてくれたが、祖母については「世間体を気にする人」と聞いていた。

「でも、これからつき合っていく家族だと思ったので、おばあちゃんにも話しました」

「まだ手術も終えていなかったし、いずれ言わなきゃいけない時期が来ると思っていたので」

拒否されることを覚悟しながら、自分自身について説明した。

彼女の祖母は、涙ぐみながら「ずっと辛かったでしょ」と言ってくれた。

「実は、僕が女性だった時の名前と彼女の名前は、漢字一文字違いなんです」

「それを知ったおばあちゃんは、『これは運命かもしれないね』って言ってくれました」

彼女の家族へのカミングアウトをきっかけに、結婚を本格的に意識し始めた。

戸籍上も男性になるため、愛知で病院を探し、性別適合手術を受けた。

2016年1月、晴れて戸籍を男性に変更することができた。

09支えてくれた家族と受け入れてくれた家族

思い出の地でのプロポーズ

性別適合手術を終えた2015年12月。

2人の思い出の地であるユニバーサル・スタジオ・ジャパンで、プロポーズをする計画を立てた。

「ドレスやタキシードを着て写真が撮れる施設があるんですけど、撮影の最後にサプライズでしようかなって」

当日、「アトラクションを回ろうよ」と言う彼女を、無理やり撮影に誘った。

彼女の準備中に、スタッフに「プロポーズしたい」と話し、協力してもらった。

撮影の最後、ポケットから指環を出して「僕のお嫁さんになってください」と伝えた。

「彼女はものすごく喜んでくれて、スタッフさんに返事を促されてようやく『よろしくお願いします』って(笑)」

「周りには一般のお客さんもたくさんいて、『おめでとう』って祝福してくれました」

姉のための披露宴

2016年4月に入籍した。

そして、2017年4月に愛知で挙式、千葉で披露宴を行った。

「妻のおじいちゃんが病気を患っているので、生きている間に式を挙げたかったんです」

「僕の姉も病気で入院していたから、関東でもできたらと思って、2カ所にしたんです」

「姉には散々世話になってきたので、感謝の気持ちを込めて、幸せな姿を見せたかったんです」

姉は病気の具合が良くならず、披露宴には出席できなかった。

後日、披露宴のビデオを見せた。

「姉は妻のおばあちゃんから、『あなたのために準備してたのよ』って聞いたらしいんです」

「そこで初めて自分のための披露宴だったって実感して、姉は泣いたそうです」

後日、「進一ありがとう。見えないところで成長してて、感動しちゃったよ」と言われた。

「『女の子にいじめられて、わんわん泣いてたくせに』って言われました(笑)」

高校時代のいじめ、性に関するカミングアウト、元カノからのDV。

ターニングポイントで、いつも姉の言葉が自分を救ってくれた。

ずっと心配をかけてきた姉を、ようやく安心させてあげられた気がした。

10 “かっこいい人生” を送るために

新しい仕事への興味

彼女の転勤が決まり、入籍する少し前に関東に戻ることになった。

「勤めていた荷揚げ屋の支店が関東にあったので、僕も異動させてもらいました」

現在は仕事を変え、再びとび職をしている。

「そろそろ肉体労働は辞めようかな、って考えています」

「今は経営を学びたくて、営業をやってみたいんです」

これまでの職場でも「絶対、営業に向いてる」と言ってもらうことが多かった。

「興味があってもやる機会がなかったんですけど、今がそのタイミングなのかなって」

本格的に転職活動を始めようと考えている。

「今27歳なので、結構大事な時期だと思うんです」

「新しい分野の仕事ですけど、自分の勉強にもなりそうですよね」

当事者が働きやすい職場作り

いずれは起業したいと考えている。

「僕が夢見ているものは、LGBT当事者でも働きやすい職場を作ることです」

「とび職での独立も考えたんですけど、とび職だと働ける人が限定されちゃうじゃないですか」

「僕が目指しているものを思い描いた時に、経営とか営業を学びたい、って思ったんです」

自分自身は、FTMであることを理由に職場で拒否された経験はない。

むしろ、あたたかく受け止めてもらうことばかりだった。

だから、ほかの当事者たちにも、同じように心地よく働いてもらいたい。

「振り返ると、セクシュアリティのことで悶々と悩んだ経験は、ほとんどないんです」

「悩んでしまうのは、悩む暇があるからだと思うんですよね」

「高校時代はいじめそのものが辛かったし、卒業後は仕事でいっぱいいっぱいで、何も考えていなかったんです(笑)」

家族や職場の仲間も、否定せずに受け入れてくれた。

「あなたの人生はあなたのもの」と言ってくれた人たちに恥じない、かっこいい人生を送ること。

それが僕の目標だ。

あとがき
受け取った愛情を大切に抱えながら、出会えた人とのシーンをとても詳細に蘇らせた進一さん。天国にいる人も進一さんの中では生きていた■「セクシュアリティに関して、悩んだことはほとんどない」という。でも、人生でつらかったことがない人、なわけではない■過ぎた日々の事実よりも、そこにどんな意味があったのかに気づくほど、ポジティブな記憶として強められるのか■傷ついたことを思い出して、また傷つく。そんな癖は手放したい。(編集部)

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