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迷ったら “かっこいい生き方” を選択するのが、僕の人生。【前編】

無邪気な笑顔を浮かべて「アニメと写真が好きです!」と話す福島進一さんには、人から愛される人という印象を受けた。キラキラと輝く瞳で、影響の大きかった出来事の数々を丁寧に話していく中で、「セクシュアリティに関して、悩んだことがない」と教えてくれた。福島さんの人生は、家族や仲間から愛された記憶であふれていた。今、周囲の人に感謝しながら生きている。

2018/01/04/Thu
Photo : Mayumi Suzuki Text : Ryosuke Aritake
福島 進一 / Shinichi Fukushima

1990年、東京都生まれ。日本人の父とアメリカとフィリピンのハーフの母の間に生まれる。女性の体で生まれたが、幼少期から自身を男性と認識し、19歳の時にホルモン注射での治療を開始。25歳で性別適合手術を受け、戸籍を男性に変更した。高校を卒業し、アルバイトを転々とした後、荷揚げ屋やとび職などの肉体労働に従事。現在は、転職を考え中。

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INDEX
01 男子に負けたくなかった幼少期
02 ネガティブに塞ぎ込んだ高校生活
03 10代で決めたカミングアウト
04 “男” として生きていく覚悟
05 必死に食らいついた肉体労働
==================(後編)========================
06 “FTM” として働く現実
07 初めての彼女との歪んだ関係
08 家族になる人たちへ打ち明ける時
09 支えてくれた家族と受け入れてくれた家族
10 “かっこいい人生” を送るために

01男子に負けたくなかった幼少期

親が違う7人兄弟

少しばかり複雑な家庭で育った。

9歳上の姉、7歳上の兄とは、母親が違う。

「小さい頃は、一緒に住んでいたんです」

「だけど、僕が5歳になる頃に、姉と兄のお母さんに引き取られて、離れて暮らしていました」

同じ頃、弟が生まれた。

小学3年の時、両親が離婚した。

「母親が家を出てからは、祖母が母代わりでしたね」

高校1年の時、父親が再婚し、妹と弟が生まれた。母親も再婚し、弟が生まれた。

「僕にとっては、7人兄弟なんです」

「年は離れてるし、親も違うけど、7人全員すごく仲がいいんですよ」

祖母のスポーツ教育

小学2年まで、サッカークラブに入っていた。

祖母から「サッカーはお金にならないから、野球をやりなさい」と言われ、小3から野球を始めた。

「祖母は、実業団でソフトボールをやっていたんですよ」

「僕をオリンピック選手にしようって、本気で考えていたと思います」

小学生の間は野球、中学高校ではソフトボールを続けた。

学校で部活に励み、帰ってからも家で監督が待っているような感覚だった。

「監督のような祖母は厳しかったけど、僕のことをかわいがってくれていました」

「ソフトボールで結果を残すと、喜んでくれるんですよ」

「僕も人のために尽くすことが好きだから、喜んでほしくて続けていた部分もありますね」

男子と対等であること

幼い頃から、自分自身を男だと思っていた。

しかし、母親や祖母、保育園の先生から「違うよ、女の子なんだよ」と言われた。

「自分は女の子なんだ、って幼いなりに考えを改めた気がします」

「自分で言うのも変ですけど、めっちゃかわいかったんですよ(笑)」

「女の子っぽい服は嫌だったけど、『着ろ』って言われるから着るみたいな感覚でしたね」

それでも、周囲から女として見られることは、心地良くなかった。

「男の子に対して、お前とは対等だからな、って思っていました」

小学6年の運動会では、応援団長を務めた。

騎馬戦の大将に立候補し、相手チームの男子の大将を倒した。

「相手の男の子はでっかかったけど、絶対負けねぇ、って気持ちで向かっていきました(笑)」

「なめられるのが嫌だったんですよね」

02ネガティブに塞ぎ込んだ高校生活

想像と違った高校時代

“性同一性障害” という言葉を知ったきっかけは、中学生の頃に見たドラマ『3年B組金八先生』。

自分もそうなのかもしれないと思った。

しかし、自分のセクシュアリティに対して、深く考えることはなかった。

「性に関して、無意識的に意識しないようにしていたんだろうなって思います」

高校は、女子高を選んだ。

「ソフトボールの特待生で入ったので、女子高であることは気にしていなかったです」

「むしろ、女子高に行ったらハーレムじゃん、って思ってました(笑)」

「でも、高校に通い始めたら、同級生からは煙たがられました」

見た目が男の子っぽかったため、「なんで男が女子高に入ってきたの?」という視線を浴びせられた。

「セクシュアリティのことよりも、いじめが辛くて悩んでいましたね」

負担だった陰湿ないじめ

暴力的ないじめではなく、陰湿なものだった。

あからさまに避けられたり、聞こえるように悪口を言われたり。

靴を隠されたこともあった。

「授業中は塞ぎ込んでいて、部活で発散する毎日でした」

「同級生の中には、心配して声をかけてくれる子もいました」

「先輩や後輩からは、『かっこいい子がいる』って割と人気者だったんですよ」

気を紛らわせてくれる部活や友だちの存在が、救いだった。

しかし、いじめは3年間続いた。

「高3の時がピークで、同級生にケツを蹴られたんですよ」

「あまりにも辛くて、部屋で小学校の同級生に電話して、愚痴を言っていました」

「その電話を、父親に盗み聞きされたんです」

電話を切ると、父親が「今の話は本当か? お父さん許さないぞ」と部屋に入ってきた。

「バレちゃったから嘘がつけなくて、素直に『そうです』って言いました」

父親から話を聞いた姉と兄が、「明日、学校に行く」と言い出した。

「かっこよく生きろ」

翌朝、サングラスをかけた姉と兄が、校長室に乗り込んだ。

「校長と教頭に『どういうことですか?』って食ってかかって、怖かったです(苦笑)」

結局、父親とお尻を蹴った同級生の親が呼び出され、話し合いの場が持たれた。

「この時、姉からアドバイスされたことは、今でも心に残っているんです」

姉から「いじめられてる自分を、かっこいいって思いな」と言われた。

意味が分からずにいると、「いじめに耐えてる自分を超かっこいいって思ったら、気持ちがラクになるよ」と教えてくれた。

「姉の言葉から、『ポジティブより最強なものはない』って学びました」

「自分に自信がない」と相談すると、「自分の写真を何万枚も撮れ」と言われた。

「『常に自分が見られている意識をして、かっこよく生きろ』ってことだったんです」

「アドバイスのおかげで、自分の写真を撮るのが大好きなんですよね(笑)」

0310代で決めたカミングアウト

思いがけない姉からの告白

高校3年で、姉に「カミングアウトしたいことがある」と話しかけた。

真剣に「実は、自分は男だと思うんだ」と伝えた。

姉は「それだけ?」と、あっさりしていた。

「どうやら姉は、僕から妊娠を報告されると思ったらしいです(苦笑)」

「『何とも思わないの?』って聞いたら、『いいんじゃない、別に』って受け入れてくれました」

学生時代、やんちゃでケンカ三昧だった姉も、「自分を男だと思った時期があった」と教えてくれた。

姉は父親に「家業を継ぎます」と話した時に、「待て、お前は女だぞ」と言われて、自分が女であることを認識したという。

「『小さい頃は性に対する意識がなくて、男だと思ってた』って、話してくれました」

反応が違った両親

姉にカミングアウトした後、すぐ両親にも伝えた。

父親は「お前の生き方は、お前の自由にすればいい」と、すんなり受け入れてくれた。

同時に、「父親の個人的な意見としては、健康な体にメスを入れるのは嫌だな」とも言われた。

「『本当は手術してほしくないけど、決めるのはお前だから』って言われました」

「母親は、最初嫌がっていましたね」

自分の状態を説明したが、理解してもらえなかった。

混乱した母親は、なぜか区役所に行き、「娘が男って言い出した」と相談したという。

「区役所の人がやさしくて、性同一性障害について説明してくれたらしいんです」

「母親の友だちも『娘じゃなくなって悲しいかもしれないけど、息子が増えたと思えばいいじゃない』って言ってくれたらしくて」

「周りの人の説得で、『私の子どもに変わりないものね』って母親も受け入れてくれました」

今では、「進一」という名前で呼んでくれるようになった。

祖母とぶつかった意見

祖母には打ち明けられなかった。

「だけど、僕の男の子っぽい容姿を見て、察していたみたいです」

高校を卒業する頃、祖母から「もしかして男として生きる気?」と言われた。

「そうだけど」と返すと、「やめたほうがいいよ」と言われた。

「祖母からはずっと反対されて、高校を卒業してすぐに家を出ました」

「今なら、僕のことを心配してくれていたってわかるんですけどね」

数年後、実家に帰った時には、祖母は体調を崩して入院していた。

「その時には認知症を発症していて、僕のこともわかっていなかったみたいです」

当時の自分は、ホルモン注射での治療を開始し、外見も声も変わっていた。

男性と化した自分に対し、祖母は「あなた、孫にそっくりね」と声をかけてきた。

「その言葉に泣いてしまった僕に『泣くことはないから、頑張んなさい』って言ってくれたんです」

その時だけは、自分の孫だってわかってくれていた気がした。

言葉を交わした2日後、祖母はこの世を去った。

04 “男” として生きていく覚悟

夜の仕事での出会い

18歳で家を飛び出し、当時つき合っていた彼女の家に身を寄せた。

居酒屋にカラオケ、パーティー会場と、アルバイトを転々とした。

千葉のダイニングバーで働いていた時、思いがけない出会いを果たす。

「近所のゲイバーのママと、ママの友だちのゲイの方が、お客さんとしてお店に来たんです」

「ママが、働いている僕に声をかけてきたんですよ」

「失礼ですけど、あなたは女性ですか?」と聞かれたため、素直に自身のことを話した。

「ママとゲイの方がひとしきり盛り上がった後、『よかったら私と一緒に働かない?』って誘ってくれたんです」

FTMであることを打ち明けていたダイニングバーの店長に事情を話すと、「いいきっかけになるんじゃない?」と言ってもらえた。

ダイニングバーとゲイバーを、掛け持ちするようになった。

ゲイバーでMTFの人を紹介してもらい、性別を変えて生きることや手術に関する話を聞いた。

「『あなたは覚悟できてる?』って聞かれたので、『大丈夫です、僕の生き方は決まってるんで』って言い切りました」

「まだ若かったんで、勢いの部分も大きかったけど、男として生きたい気持ちは強かったです」

念願のホルモン注射

ゲイバーで働くうちに、 “オナベ” として働いてみたいという気持ちが湧いた。

「オナベバーだと、ホルモン注射を打ってくれる病院を紹介してくれることもあって、興味が湧いたんです」

「治療に関しては、高校時代にネットとかで調べて、知っていたんです」

「住んでいたところから少し遠かったけど、オナベバーを見つけて、『働きたい』って伝えました」

ゲイバーは1カ月ほどで辞め、オナベバーで働き始めた。

すぐにでも打ちたい、と思っていたホルモン注射も、紹介された病院で始めることができた。

「男として生きていくんだ、って決めていたので、迷いはなかったですね」

家を飛び出した年の12月、ホルモン注射での治療を開始した。

オナベバーには、約8カ月勤めた。

05必死に食らいついた肉体労働

男としての面接試験

ホルモン注射の投与を始め、声が低くなり、筋肉もつきやすくなった。

外見が変わってきたタイミングで、「進一」に改名した。

「名前が変わったってことは、男性として働ける、と思ってオナベバーを辞めました」

「昔から体を動かすことが好きだったので、新しい仕事は肉体労働がいいかなって」

「もともと工事現場とかで働いている男性に、憧れている部分があったんです」

初めて女性である事実を言わずに、面接を受けた。

「身分証には『女』って載っているので、気づかないでくれ、って祈りました(笑)」

祈りが通じたのか、面接を受けた会社の社長からは、何も言われなかった。

「名前や住所は見ても、性別欄って注目しないから、気づかなかったみたいです」

重労働の荷揚げ屋

男性としての最初の仕事は、工事現場に外壁のボードや下地材などを運ぶ荷揚げ屋。

自力で持ち運ぶ業務がほとんどで、まさに力仕事。

「1枚11kgはあるボードを、一気に4枚くらい持つんですよ」

「ホルモン注射を打っているとはいえ、周りの男性と比べて体は小さいし、力もないわけです」

最初は辛かった職場だが、その中に小柄だが筋肉が発達していて、重い資材も軽々と運んでいる先輩がいた。

「その先輩から『荷揚げは力じゃねぇ。テクニックだ』って教えてもらったんです」

「腕だけじゃなくて、体全体を使えば、持てないものはない」という教えを胸に、とにかく踏ん張った。

「半べそをかきながら仕事をこなして、3カ月くらい経った時に周りと同じくらい持てるようになったんです」

「心配だったけど、できるようになったじゃないか」と、社長や先輩から褒められた。

認めてもらえるようになり、仕事が楽しくなった。

誇りを持ってできる仕事

荷揚げ屋で働き2年が経った頃、社長に「とび職をやりたい」と話した。

「街でとび職の人を見かけるたびに、高所で重いものを持って走る姿に憧れていたんです」

社長は「いなくなっちゃうんだ」と寂しそうにしながらも、送り出してくれた。

「2年間荷揚げをしていた自信があったんですけど、現場に出たら見事に押しつぶされました(苦笑)」

「とび職は足場を組み立てていくので、頭を使うんですよね」

荷物を運ぶことが仕事の荷揚げ屋とは、まったく違った。

「もともとやんちゃだった人が多くて、現場全体の気性の荒さに圧倒されたところもありました」

「解体とびの会社で、足場を作るだけでなく、建物を壊す時に粉塵が外に飛ばないようにする役割もあるんです」

「人を危険から守る仕事という誇りを持っている先輩たちが、すごくかっこよかったです」


<<<後編 2018/01/06/Sat>>>
INDEX

06 “FTM” として働く現実
07 初めての彼女との歪んだ関係
08 家族になる人たちへ打ち明ける時
09 支えてくれた家族と受け入れてくれた家族
10 “かっこいい人生” を送るために

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