02 幸せな家庭を築くという夢
03 元カノにカミングアウト、その後
04 LGBTの活動と大学生活
05 “成りたい人”になるために
==================(後編)========================
06 お父さんが撮ってくれた写真
07 世代で異なるLGBTへの反応
08 男らしさと女らしさの二択ではなく
09 マイノリティの複雑な問題
10 すぐ隣にいるストレートの人へ
06お父さんが撮ってくれた写真
はじめから生んでくれるな
離婚してから連絡もなく、お母さんの葬式にも出席しなかった。そんなお父さんを、下平さんは許せなかったと話す。しかし、反対に許したいという気持ちもあった。いつまでも、お父さんへの恨みを抱えて生きていきたくなかったのだ。
「僕が東京に出てしばらく経ったころ、父から会いたいと連絡があったんですが、はじめは会いたくないと断っていました。父に捨てられたと思っていたから。父が出て行って、母が自殺して、僕はゲイで……こんな辛い想いをしなければならないなら、はじめから生んでくれるなと思っていた時期もありました」
しかし、信頼できるパートナーと出会い、精神的な余裕ができたとき、会ってみようという気になれた。
「正直、僕も父に会いたかった。もしかしたら、離婚してから追い出されたかたちで出て行き、連絡がとれない状態だったのかもしれない。連絡しなかったのではなく、連絡できなかったのではと。そして、新宿駅のバスターミナルで、11年ぶりに父と再会したんです」
近くのカフェで近況を報告した。東京での暮らしや、大学のこと、LGBTの活動のこと。しかし自分がゲイであることを告げることがなかなかできない。活動について話すのであれば、当事者であることを告げなければ、真なる想いは伝わらない。
「ずっと会いたいと言ってくれていた人に、たったひとりだけの肉親に、11年ぶりに再会したのに、本当のことを言わないって、どうなんだろう……。そこで、思い切ってカミングアウトしました。ただ、そのことで、弱音を吐いたり、父を責めたりすることは絶対にしたくなかった。でも、最後に言ってしまったんです『ここまでくるの、大変だったんだぞ』って」
辛かった記憶に、想いが溢れ出して、思わずこぼれた言葉だった。
お父さんは否定も肯定もしない。ただ一言、「生きててくれて、ありがたい」と。
パレードの沿道から
再会を果たした翌日、下平さんが実行委員を務めたLGBTのパレードの会場にお父さんがカメラを持って現れた。そして、恋人と一緒にパレードに参加する下平さんの姿を写真に収めてくれたのだ。
お父さんは写真を撮るのが好きだった。しかし、下平さんの手元には子どものころの写真が一枚もない。なんでも捨てる癖があったお母さんが、大切な写真さえも捨ててしまうことを恐れて、離婚した際にお父さんが持って出てしまっていたのだ。その写真も再会した日に受け取ることができた。
幼い下平さんの笑顔を撮影したお父さんが、大人になって自分の意思でパレードに参加する下平さんの笑顔を撮ってくれた。そして、「息子をよろしくお願いします」と隣にいるパートナーへとメッセージを送ったのだという。
「父を恨んでいた自分が恥ずかしかった。父も母も、ひとりの人間で、弱さを抱え、ときにはうつ病になってしまうことだってある。タバコや酒に逃げたくなることもある。僕は、そんな人の弱さを許せる人間になりたい。むしろ、応援できる人でありたいんです」
さらには、自分と同じように両親が離婚したり、親を自殺で亡くしてしまったりして、心に大きな傷を負った子どもたちをサポートする活動をしたいと、下平さんは語ってくれた。
07世代で異なるLGBTへの反応
小学生の子供たちと
下平さんの活動のなかで、LGBTへの理解を深めるための学生向けの授業がある。その授業の内容に対する世代ごとの反応の違いが、実に興味深い。
「小学校では、心の性とか体の性とか話してもチンプンカンプンなので、男の子が好きな男の子もいるんだよって話をします。すると、僕も友だちの◯◯くんのこと好きだよって言う子もいます。そこで、おにいちゃんは男の子と結婚したくらい好きなんだよ、というと、エーーーーッと素直な反応が返ってきます」
欧米では、オスのペンギン2匹が協力して卵を温めるという、物語を描いた絵本『タンタンタンゴはパパふたり』をもとに説明することもあるという。
「いろんな家族のかたちがあることを小さいときに知っておくのは、とてもいいことだと思います。もしも、僕たちが一生懸命説明していて、そんなことより一緒に遊ぼうよ、と子どもたちが言いだしても、それでいいと思っています。あのとき一緒に遊んだ男の子が好きなおにいちゃん、優しかったな、楽しかったな、と記憶に残っていたら」
体温のある言葉と行動
当事者としての、体温のある言葉や行動が子どもたちに伝わればいい。もしも、子どもたちのなかに当事者がいたら、自分はひとりじゃないと知ってくれたらいい。
「中学生は恋愛話を聞きたがりますね。男子に恋をするってどんな感じ?って。そしたら、こまかくエピソードを話して、男女の恋愛と変わらないことを理解してもらったりとか。大学生は、ゲイとかレズビアンとか知っているけど、実際に同世代にいるんだという事実は新鮮に感じるようです。特に、LGBTは左利きやAB型と変わらないくらいの割合でいるんだよ、と伝えると身近に感じて、深く考えてくれます。」
この地道な活動もまた、きっと誰かの救いとなっているはずだ。そう信じる気持ちが、下平さんの原動力となっている。
08男らしさと女らしさの二択ではなく
大人たちが間違っている?
小中学校でLGBTについて話すことは、大人側からも様々な反応があるという。
大人であっても、性的マイノリティというテーマに初めて触れる人もいるはずだ。協力的な意見が多く聞かれるなか、疑問や不安が浮かぶのはもっともなことだろう。
ある学校を訪れたときに、教職員から質問があった。
「男の子は男らしく、女の子は女らしく。子どもたちに、そう教えている私たちが間違っているんでしょうか」
男らしさと女らしさを教えることは、果たして誤りなのか。
尊重すべきは“あなたらしさ”
「間違っているとか、正しいとか、そういうことではないと思うんです。男らしさ、女らしさのどちらかの枠組みに当てはめられることで、苦しんでいる人の存在を知ることが重要で。ランドセルが赤か黒の2色だけでなく、いろんな色から選べるように、いろんな選択肢があってもいい。尊重すべきは、女らしさや男らしさよりも、“あなたらしさ”だと思います」
下平さんは、慎重に言葉を選びつつ、その問いに答えた。
「男の子なのに、男らしくないぞ」「女の子は女らしく、おしとやかに」。大人がつい口にしてしまいがちな、これらの言葉。良かれと思って言っていたとしても、受け取る子どもによっては、幼い心を苦しめてしまうことになる。
そこで、下平さんが所属するNPO法人では、教育現場に務める大人たち向けに、LGBTの子どもの悩みと、それに求められる対応などを記した冊子も作成している。
選択肢は二択だけではない。人の数だけあってもいい。それがダイバーシティを実践する社会のあり方なのだろう。
09マイノリティの複雑な問題
ダブルマイノリティと社会
LGBTを取り巻く様々な状況を学ぶため、2014年に行なわれたューヨークでのスタディーツアーに参加した下平さんは、同性婚の合法化が急速に広がるアメリカのなかでも、特に多様性を極めるニューヨークで、LGBT支援NPOや企業、大学、病院などを訪れ、その活動に直接触れることができた。
「まず感じたのは、当事者とアライが一緒に活動していて、すごくいいなと。日本では、どこか住み分けがされているというか、ストレートの人が当事者の活動に関わりすぎると、逆に当事者から理由を問われたりすることもあるので。あとは、ダブルマイノリティに対するサポートが確立されていることも印象的でした」
たとえば精神疾患をもつLGBT。あるとき、暮らしに困窮したトランスジェンダーが生活保護の窓口にやってきたとする。もしも、窓口のスタッフがトランスジェンダーのことを理解できていなかったとしたら。さらには、その当事者が精神を患っていて自らが抱えている問題を説明できなかったとしたら。
あるいは、高齢で身寄りのないLGBT。あるいはアジア人や黒人のLGBTも。
そういったダブルマイノリティが、セイフティネットから漏れてしまわないように、サポートしている団体がいたり、州や政府がバックアップしていたりするのだ。
LGBTのヒエラルキー
「LGBTに対する差別をなくそうとする活動がアメリカでも日本でも活発になっていく一方で、アメリカではLGBTコミュニティのなかでの格差、人種や宗教による差別も指摘されています。それが僕にとっては大きな学びでした」
多様性のある社会とは、すべての人にとってフェアな社会であるべきだ。性別、人種、宗教……、それらの違いから生じる差別は、長い歴史のなかで培われてきた根深い問題であるゆえに、解決するのは簡単ではない。
しかし、LGBTに関わる問題を解決しようする勢いに乗じて、そういった様々なマイノリティの問題も少しずつ是正していかなければならないのだろう。
10すぐ隣にいるストレートの人へ
もし傷つけてしまっても
「日本にはLGBTの存在すら知らないストレートの人もたくさんいらっしゃいます。存在を知ったとしても、どのように接したらいいのか悩む人もいるかもしれません。でも、自分の言葉で相手を傷つけたくないから触れないようにしなくては、と無用に神経質になる必要はないと思うんです。LGBT同士でも、不用意な言葉で相手を傷つけることだってあるります。もし傷つけてしまったとしても、心をこめて謝ればいい。僕は、そう思います」
切れてしまった関係を、もう一度つなぐ方法は必ずある。相手に対して、真摯に向き合い、コミュニケーションをとることができれば。
「とはいえ、謝りさえすれば、相手のプライベートな領域にズカズカと入っていいということではありません。最低限のマナーが必要なのはもちろん、相手を否定しないこと、自分を押し付けないことも大切。腫れ物に触るように扱われるよりも、感じたまま素直に話してくれたほうが、僕はうれしいです」
LGBTは取り立てて特別な存在ではなく、実はすぐ隣にいる身近な存在。同級生にも同僚にも家族にもいるかもしれない。だからこそ、テレビ番組に登場するオネエタレントを馬鹿にしないほうがいいし、あらゆるマイノリティに対する差別的な発言は慎んだほうがいい。もしも隣にいるその人が当事者なら、きっと心を痛めるはずだから。
「そして、もしカミングアウトされたとしても、すぐに全部を受け入れられなくても大丈夫。戸惑ってしまっても当然だと思います。もしも抱えきれずに苦しかったなら、LGBTの家族や友人に向けた相談窓口もあります」
カミングアウトされた側も、自分の気持ちを整理できずに戸惑うこともある。現在はネットを通じて、その戸惑いをシェアできる場所に簡単につながれる。当事者にとっても、当事者の周りの人にとっても、同じ立場である誰かとつながる窓口は必要なのだ。
かつての彼女もやはり、カミングアウトを受けたことのある先輩に相談したのだという。そして今、下平さんにとって、彼女は大切な友だちのひとりだ。
10年後はパパになる
下平さんは、現在大学3年生。卒業後は就職するか、NPOの活動にさらに傾注するのか。今はまだ決めかねているところだ。
現在の恋人とは近い将来、一緒に暮らす予定だという。そして、それに適うような働き方をしたいと思っていると。
「10年後はパパになるのが目標。好きな人と子育てできたら幸せだなって」
パパになる。実際には、そう簡単なことではないと知りながら、笑顔で夢を語る。目の前に用意された、いくつもの選択肢から、きっと下平さんはその鋭い視点と強い意志をもって、自分にとって本当に“幸せ”な未来へとつづく道を選びとるのだろう。