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Xジェンダーという言葉と出会って迷いが消えた【前編】

レズビアンでもなければ、FTMでもない。自分のセクシュアリティをカテゴライズできずに悩んでいたある日 “Xジェンダー” という言葉に出合った。それを名乗った途端、モヤモヤ感がすべて消え去った。大好きな大阪を離れ、東京で暮らして10年。新しいことへのチャレンジを始めた、ひとりのXの物語。

2021/07/08/Thu
Photo : Tomoki Suzuki Text : Shintaro Makino
野田 涼 / Ryo Noda

1979年、大阪府生まれ。短パン、Tシャツで野山を駆け回るボーイッシュな女の子。男子にはまったく興味がわかず、女の子の仲よしを作りながら生きてきた。会社の先輩に連れていかれたクラブをきっかけにLGBTの世界を知り、自分のセクシュアリティに目覚める。昨年、Xジェンダーであることを前面に出し、イベント、アパレルの分野に踏み出した。

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INDEX
01 細くて真っ黒で男まさり
02 男子には一切興味なし
03 大人っぽい同級生に抱いた恋心
04 好きになる相手は女性ばかり
05 楽しかった初めての海外研修
==================(後編)========================
06 セクシュアリティで悩んだ1年間¥
07 知られざる世界へのデビュー
08 オーストラリアで知った自由な世界
09 お前はキムタクがカッコいいと思わんのか!?
10 Xジェンダーという言葉が意識を変えた

01細くて真っ黒で男まさり

イベントとアパレルに挑戦

大阪から東京に移って10年。いろいろなことへのチャレンジを開始した。

「女性に限定したイベントを始めました。自分がXジェンダーであることを前面に出しています」

手作りのお弁当と好きなお酒、それに音楽を提供して、みんなでおしゃべりを楽しんでいる。

「コロナで大々的にやりづらいので、今は多くて10人。でも、広めのレンタルルームを借りて開催しています」

あまり人数が多くなると、食事を手作りすることも難しくなる。

「やめないで続けることが大切だと思ってます。今のところは開催の練習のつもりで、コロナが終わったら本格的にイベント告知していく予定です」

スポーツウエアのメーカーに6年間勤めた経験を生かして、アパレルブランドも立ち上げた。

「私自身が小柄で、着るものがないんですよ。メンズのSサイズでも大きいんで、必死にXSを探したりしてたんですが、それなら自分で作ればいいかって」

とりあえず、ロゴを作り、ロンT、フーディー、ステッカーの販売を開始した。Xジェンダーや小柄なFTMの人はもちろん、LGBTQでない人にも着てもらいたい。

「シャツとアンダーウエアの販売も始まりました。今、男物の下着を履いてるんですけど、前面のふくらみがいらないので、もっと履き心地のいいものがあればいいな、と思って」

ブランド名は、Aixx’s(エクシス)とした。好きなフランスのエクス=アン=プロバンス(Aix-en-Provance)地方の「Aix」、大阪で通ったクラブ「Explosion」、それにXジェンダーの複数形Xsと、いろいろな意味を込めている。

「おもいがこもってるんで、イベントでブランド名の意味を説明するのに時間がかかるんですよ(笑)」

半ズボンで野山を駆け回る

生まれも育ちも大阪府交野市。電車でいくつか駅を行くと、京都府に入る大阪東部だ。

「田舎ですよ〜(笑)。子どものころは、野山を駆け回ってました」

ザリガニを捕ったり、木登りをしたり。木のみをとって食べたりもしていた。

「近所のおばさんたちにも、ボーイッシュで元気な子やね、といわれてましたよ」

服装は、いつもビーチサンダルに短パン、Tシャツ。細くて真っ黒でガリガリな、男勝りな女の子だった。

「スカートが嫌いで、いつも半ズボンでした。そのころから自分のことを男とも女とも思っていなかったんでしょうね」

お姉ちゃんは対照的に静かで大人しい性格だ。

「4歳違うんで、だいぶ大人に感じていました」

ヤンチャな妹と面倒見のいいお姉ちゃん。その関係は今も変わっていない。

手のかからない姉妹

父親の仕事は、パンをスーパーやコンビニに届ける配送運転手だった。朝がとても早い仕事だ。

「夜中の12時に起きて仕事に行って、午後3時ごろ帰ってきて、夜8時くらいには寝てしまう生活でした」

母は専業主婦だったが、父の生活パターンに合わせて深夜に起きていたため、子どもたちの朝ごはんの時間には寝ていることが多かった。

「小学校のときの朝ごはんは、お姉ちゃんとふたりでした。前の日の残り物を食べたり、目玉焼きやラーメンを作ったり、でしたね」

自然と自分たちで家事もできるようになった。好き嫌いもなく、親にとっては手のかからない姉妹だった。

「お姉ちゃんとはずっと仲がいいし、両親とも喧嘩をしたことはありませんでしたね」

02男子には一切興味なし

自分のことを「オレ」という

幼稚園のときに好きになった女の先生がいた。

「すっきりとした、カッコいい先生でした。でも、『好き』といっても、当時はどの『好き』か分かりませんけどね」

幼稚園児のことだ。ただの憧れだったのかもしれない。でも、初めて好意を持った対象だったことはよく覚えている。

「小学校に入っても、遊ぶ相手は男の子ばかりでした。でも、好きになる子は一人もいませんでしたね」

クラスの女の子が「誰々がカッコいい、誰々が好き」といっても、「そうかなあ。どこがカッコいいの?」と思うばかり。

「男子に興味を持つことは、一切、ありませんでした」

それどころか、小2から自分のことを「オレ」というようになる。

「自分を『わたし』というのが、女っぽくて嫌だったんです。家では自分の名前で呼んでました」

しかし、4年生のとき、先生から「女なんやから、オレっていうのやめろ」と注意される。

「なんで、ダメなんやろうって不満でしたね。それからは、『ウチ』になりました」

「ウチ」も女性が使う言葉だが、「わたし」よりはマシに思えたのだ。

クラスメイトの女子に片思い

中学に上がると、それまでのように男の子たちと遊ぶことは少なくなった。

「みんな自然と男女を意識するようになって、小学生のときのようにフランクにはいかなくなったんでしょうね」

逆に、クラスの女子はみんな仲がよかった。ふざけてスカートをめくったり、チューをしたり、手を繋いだり・・・・・・。10人くらいで、いつもつるんでいた。

「そのうちのひとりがすごく気になるようになったんです。その子が他の女の子と仲よくしているのが嫌で、これはどういうことだろう? って悩みましたね」

ただの友だちなら嫉妬など感じないはずだ。そして、相変わらず、男子には興味がわかない。

「友だちは、みんなクリスマスやバレンタインの話を楽しそうにしているのに、ひとりだけ入っていけない私がいました(笑)」

「自分は、女の子を好きになったのかもしれない」そう思うとドキドキした。

中学生のときには、その子に思いを伝えることはできなかったが、社会人になってから友だちに指摘された。

「あんた、あの子のこと好きだったでしょって。きっと、みんなにはすっかりバレてたんでしょうね」

03大人っぽい同級生に抱いた恋心

男子は無言で拒絶

中学ではソフトボール部に所属する。

「監督が厳しい人で、練習もキツかったですけど、3年間、頑張って在籍しました」

同級生の次に恋心を抱いたのは、ソフト部の先輩だった。

「仲よくはしてもらいましたけど、おもいは秘めたままで。もちろん、つき合ってるなんて意識はありませんでした」

好きな人への気持ちは、いってみれば「ファン」。手紙を送り、何人かのグループで出かけていれば満足だった。

恋人がほしい、という恋愛への憧れはあったが、対象はいつも女性ばかりだった。

「男性と恋愛をして、結婚、出産っていうのは、まったく考えたことがなかったですね」

男子から告白されたことはあったが、まったく相手にしなかった。そうするうちにアプローチもなくなった。

「寄ってくるなよ! っていうオーラが出てたのかもしれませんね(笑)」

その頃、制服のスカートを履きたくない、という気持ちもあった。

「でも、そこが難しいところで、学ランを着たいかというとそうではないんです。男になりたいわけじゃないから、残念ながら女子の制服のほうがマシだったんです」

一方、高校生になったお姉ちゃんには彼氏ができて、3人でカラオケに行くこともあった。

「姉は、家の電話でずっと長話をしてましたね。姉とは仲がよかったんで、彼氏に姉を取られてしまうんだな、って寂しさを感じました」

大人っぽい同級生に衝撃

大阪市内にある私立の女子校に進学した。学校は梅田の隣駅。中学までとはまったく違う大都会だった。

「衝撃的だったのは、クラスメイトが香水をつけてたことですね。大人っぽくてびっくりしました。同じ歳で、田舎から出てきた自分との差はなんだ! って(笑)」

その子と自然に仲よくなり、放課後、よく出かけるようになる。

「ポケベルで連絡を取り合って、一緒にお茶をしたりロフトに行ったりしてました」

中学ではグループでつるんでいたが、高校になるとふたりだけで出かけるようになった。それは大きな違いだった。

「彼女は・・・・・・親友ではなかったですね。淡い恋?(笑)。1年くらいで自然消滅してしまいましたけど」

04好きになる相手は女性ばかり

サボるための陸上部

高校では陸上部に入ったが、動機が不純だったと思う。

「部活をサボりたかったんです。陸上部ならサボれそうで(笑)」

中学のソフトボール部が厳しかった反動で、「サボりたい」衝動に駆られていた。

「ええ、しっかりサボりました。大会には1、2度、出ましたけど、成績も残りませんでした。悔しくもなかったですね(苦笑)」

制服はセーラー服だったが、それは嫌ではなかった。

「スカートを15センチくらい短くして、下にスパッツを履いてました。こうしちゃうとスカート感もなくなるし、脚も広げられるし、怖いものなしでしたよ」

同級生たちは私服に着替えて制服をロッカーに入れて街に出たが、自分はセーラー服のまま遊びにいった。

「制服のまま繁華街に行くのが、悪いことをしているようで楽しかったんでしょうね」

スカートが短い、短髪でボーイッシュな女子高生。声をかけられることもあったはずだが、まったく覚えてない。

「記憶から消えているっていうか、相手にしなかったので、もう分からなくなってますね」

みんな気がついていたと思う

その後も気になる相手は何人か現れる。

「でも、つき合っているかどうかって、はっきりしないですね。特別に仲のいい人って感じかな」

学校では、こっそりとつき合う女子同士のカップルが何組もいた。

「でも、あそことあそこ、つき合ってるよね、なんて噂されてました。そういう話を聞くと、うらやましいな、という気持ちになりましたね」

自分が好きになる相手は女性だけ、とはっきり意識するようになっていく。

「合コンのようなものにも一切参加しなかったです。男より女が好き、って公言してるわけじゃありませんでしたけど、みんな気がついてたと思います」

家では服装もボーイッシュ一辺倒だった。父親に「髪を長くして、女の子らしい服を着ろ」と小言をいわれたが、聞く耳など持たなかった。

05楽しかった初めての海外研修

バイト生活は天国

都会デビューし、部活をサボる快感を味わった高校生活。将来の進路は保育士と決めていた。

「子どもが好きだったのと、姉が保育士になったので、将来の仕事は決めていました」

ところが、いざ姉が働く姿を見ると、思いの外、大変そうで二の足を踏んでしまう。

「高校を卒業したら、保育の短大にいくつもりだったんですが、考え直して英文科に進路を変更しました」

入学したのは、神戸にある短大だった。

「一人暮らしがしたいといったんですけど、親が許してくれなくて。片道1時間半をかけて通いました」

入学してすぐ、居酒屋でバイトを始める。

「夜の11時に仕事が終わってからバイト仲間と一緒に居酒屋に繰り出して、朝までカラオケで騒いだりしてました。楽しかったですね」

こんな生活では実家に帰れるはずがない。仲間の部屋に転がり込んで夜を明かすこともあった。

「そのころからお酒が好きでした。朝まで飲んで遊んで、家に帰らなくてもいいなんて、本当に天国でしたよね(笑)」

遊び仲間は男女混合。久々に男の友だちができたが、惹かれる相手がいないのは相変わらずだった。

波長が合う人

夏休みに1カ月間、イギリスに短期の語学研修に行く機会に恵まれた。英語を学ぶうちに海外への興味も膨らんでいく。

「ロンドンから南に2時間くらい行った海沿いの町でした。20人くらい参加して、敷地内にある寮で暮らしました」

初パスポート、初海外。見るものがすべて新鮮だった。将来、海外と関係のある仕事に就きたい、と思ったのもこのときだった。

イギリスでは、うれしい出会いもあった。

「参加者のひとりが、『フランス語の授業に出ている野田さんだよね』と声をかけてきたんです」

話しているうちに波長が会うことが分かり、いつも一緒にいるようになった。「そのふたり、なんだか、いつも一緒だよね」と、茶化されるほど親密になる。

「日本に帰ってからも、いろいろなところに出かけましたね」

あるとき、彼女が一冊のノートをくれた。

「イギリスで過ごしたふたりの時間や気持ちが、黒い紙に白いインクできれいに書かれていました。今でも、こっそり持っています(笑)」

短大時代の素敵な思い出。いつまでも大切な一品だ。

 

<<<後編 2021/07/15/Thu>>>

INDEX
06 セクシュアリティで悩んだ1年間
07 知られざる世界へのデビュー
08 オーストラリアで知った自由な世界
09 お前はキムタクがカッコいいと思わんのか!?
10 Xジェンダーという言葉が意識を変えた

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