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「パンセクシュアルと公表して良かったよ」って、いつかあいつに伝えたい【後編】

「パンセクシュアルと公表して良かったよ」って、いつかあいつに伝えたい【前編】はこちら

2019/09/24/Tue
Photo : Rina Kawabata Text : Sui Toya
内山 直弥 / Naoya Uchiyama

1990年、神奈川県生まれ。幼少期から5歳上の姉の言動を見て育ち、要領よく立ち回ることが得意だった。「目立たない」ことを信条に、小学生の頃から中の中というポジションをキープ。しかし、高1のときに自分が本気で生きてこなかったことを思い知らされる。浪人時代を経て大学に進学し、大学卒業後は看護の専門学校へ。看護師として1年働いた後、フリーの編集者・ライターに転身した。

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INDEX
01 空気を読んで生きる
02 バランサー
03 身の丈
04 本気を出す
05 初めての感情
==================(後編)========================
06 パンセクシュアルという言葉
07 当事者たちの困惑
08 矢面に立つ覚悟
09 自分のタイミング
10 親友へ

06パンセクシュアルという言葉

パンセクシュアルがしっくりきた

23歳まで、自分のことをバイセクシュアルだと思っていた。

男性に惹かれることもあるけれど、女性に対してかわいいと思うことも多かったからだ。

パンセクシュアルという言葉を初めて聞いたのは、新宿二丁目。

「二丁目で飲んでいたときに、トランスジェンダーの人から、パンセクシュアルの定義を教えてもらったんです」

「その瞬間に、しっくりきたんですよね」

自分は、人を好きになるときに、相手の性別をあまり考えていない。
どちらかといえば、話し方や雰囲気に惹かれるタイプだ。

「好きなタイプを聞かれると、話し方とか雰囲気とかを答えることが多いんですよ」

「相手がどんな性でも、『この人、いいじゃん』って思ったら、好きになるんです」

「だから、僕はパンセクシュアルなんだなって」

「これでいこう、って思いました」

想像していた世界とのギャップ

セクシュアリティは、人を区分けするための記号でしかない。

その人が納得した上で生きているのであれば、尊重すべきものだ。

自分はそう思うけれど、中には特定のセクシュアリティを受け入れない人も多い。

「23歳頃から、二丁目に行くことが多かったんです」

「20代前半で、若かったので、『若い、若い』ってすごくもてはやされてたんですよ」

「行けば、必ずお酒をおごってもらえましたね(笑)」

ある日、二丁目で遊んでいたときに、「バイとか両方いけるっていう男は、将来女の人と結婚するから、恋愛には発展しないほうがいい」と言われた。

「自分はパンセクシュアルです」と話すと、「何それ?」と怪訝な顔をされた。

パンセクシュアルの定義を説明すると、「じゃあ、将来は女の子と結婚するじゃんね」と言われて、驚いた。

「自分が思っていたLGBTの世界とは違うんだな、って実感しました」

「同じ境遇にある者同士、支え合うものだと勝手に想像してたんです」

「二丁目のゲイの方々の中には、未来の自分に呪いをかけるんじゃないよ、っていうくらい、差別的な発言をする方もいて・・・・・・」

「そういう経験が何度もあって、ここではパンセクシュアルと口に出すのをやめよう、って思ったんです」

それ以来、二丁目からは足が遠のいてしまう。

友だちの付き合いで行ったとしても、セクシュアリティに関しては曖昧に濁すか、ゲイと偽った。

自分のことなのに、なぜ偽らなければいけないのか、わからなかった。

07当事者たちの困惑

8分の3

いままで、LGBTの扉は堅く閉ざされていた。

しかし、いまはメディアの影響もあり、その扉は開けつつある。

「レインボープライドなどのパレードがあり、当事者以外にも、LGBTの認知が広がりましたよね」

「でも、肝心のLGBT当事者が、そのスピードに追い付けていないような気がするんです」

「当事者の中に『これ以上まだ開けるの?』みたいな、困惑の気持ちがあると思うんですよね」

「これ以上、受け入れなきゃいけないことが増えるのが、つらいのかもしれません」

23歳の頃、周りのLGBT当事者の中に、パンセクシュアルを受け入れてくれる人はあまりいなかった。

どちらかといえば、看護学校の仲間や、バイト先の仲間のほうが、スムーズに受け入れてくれた。

「看護学校では、同学年に、男の子が8人しかいなかったんです」

「僕を含めて、そのうちの3人がLGBT当事者だったんですよ」

「そのおかげで、うちの学年には『セクシュアリティの違いは当たり前』というムードがあり、楽でしたね」

母の気持ち

家族には、当分のあいだ、パンセクシュアルであることを打ち明けるつもりはなかった。

しかし、付き合っていた相手が実家に来たときに、母親にバレた。

「大阪に住んでいる男の子と付き合ってて、友だちのていで実家に呼んだんです」

「僕はもう別れるつもりだったので、部屋で別れ話をしたんですよね」

「そうしたら、彼氏が激高して、大声で話し始めて・・・・・・(苦笑)」

「それを、母が聞いていたみたいです」

彼が帰った後、母から「あの男の子とはどういう関係?」と聞かれた。

否定的な言葉はかけられなかったが、その顔には複雑な思いが浮かんでいた。

「母にとっては、ショックがでかかったと思います」

「いまは、恋人ができたときに『彼氏が』って普通に話せますけどね」

父には、自分のセクシュアリティを打ち明けていない。
LGBTに対して偏見を持っているからだ。

「父は、自分とは正反対の性格なんです」

「言いたいことを、空気を読まずに言うタイプですね」

「ゲイのタレントさんがテレビに出ていると、『俺はこういうのは好きじゃない』って、チャンネルを切り替えてしまうんです」

寂しいことだが、父親には、この先もずっと言えない気がする。

08矢面に立つ覚悟

看護師からの転身

専門学校卒業後、2017年まで、大学病院で看護師をしていた。

「配属先は、がんセンターでした。急性期から慢性期まで、全てに対応しているところです」

「人手不足などもあり、忙しすぎて、正常な思考を保つのが精一杯でした」

体力の限界を感じ、1年経たずして、大学病院を辞めた。

そのとき付き合っていた人に、今後の仕事について相談すると「個人事業を立ち上げれば?」と言われる。

「大学時代は、メディアについて勉強していたんです」

「メディアのほうに戻ろうと思って、編集者・ライターとして、フリーで仕事を始めました」

現在は、編集やライティングを本業にして、バイトという形で看護師の仕事を継続している。

日によって派遣される病院が変わる。

「気負いすぎずに看護に携われますし、僕にはこの働き方が合っているんだと思います」

「ライターとして、医療関係のお仕事をいただいたり、看護師としてコラムを書かせていただいたりすることもあります」

「看護師の経験は、無駄ではなかったと思いますね」

偏見

編集者・ライターとして仕事を始めてから、一度だけ、あからさまな差別を受けたことがある。

「僕のツイッターのつぶやきを見て、ダイレクトメッセージで仕事の依頼をくださったんです」

「でも、その企業の担当者が、LGBTに対して偏見を持っていたんですよね」

ツイッターのプロフィールには、パンセクシュアルであることを明記していた。

しかし、担当者は、プロフィールを確認していなかった。

「実際にお会いしたときに、パンセクシュアルであることを打ち明けたら、『ちょっと今回の話はなしで』って言われました」

「その人が、僕らのような人間を遠ざけている理由は、わかりません」

「ただ、そういう人もいるんだな、って思いました」

憎しみは誰も救わない

現在まで、仕事で差別を受けたのは、それ1回きりだ。

しかし、「パンセクシュアル」という言葉を知らない人はまだ多く、初対面の人に話すと驚かれる。

「でも、説明すると、『そうなんですね』って理解してくれる方のほうが多いです」

「LGBTに関するコラムやエッセイの案件があったら依頼しますね、って言ってくださる方もいます」

居酒屋で知り合った若い子に、パンセクシュアルと言うと、みんな目が点になる。

「たいていの場合、一瞬黙ってから、『おいしいですよね』って言われます」

「マジな顔で『えっと・・・・・・耳がお好きなんですか?』って言われたこともありますね(笑)」

「そのパンじゃないよ、って言いながら、パンセクシュアルについて説明するのも、僕の活動の一つです」

偏見は、LGBT当事者たちが、今後もずっと受け入れていかなきゃいけないものだと思う。

自分のように、セクシュアリティを公表している人間は、みずから矢面に立ちに行っているようなものだ。

では、矢を放たれたときはどうするか。

「大切なのは、そこでやり返さないことだと思います」

「理解してくれる人や、そのままの僕を受け入れてくれる人たちもたくさんいます」

そういう人の存在を忘れずにいるだけで、傷はずいぶん浅くなる。

09自分のタイミング

覚悟を決めて生きる

ツイッターで「パンセクシュアルです」とつぶやくと、たまにDMがくる。

その中には、差別的なメッセージも多い。

そのたびに心が折れそうになるけれど、理解したいという思いで、メッセージを送ってくれる人もいる。

セクシュアリティを知った上で、「一緒にお仕事しましょう」と言ってもらえたら、この上ない幸せを感じる。

「言うからには覚悟が必要だし、セクシュアリティを公表せずに生きていくにも、覚悟が必要です」

「覚悟を決めて生きるって、当事者たちにすごく求められることだと思うんですよ」

言ったほうが楽になるなら、言ったほうがいい。
言わないほうが楽なら、言わなくてもいい。

「言わないって決めても、いつか言いたくなったら、そのときは言えばいいと思います」

「自分が納得するタイミングで言えばいいんです」

これからの道

20代後半になると、「結婚はしないの?」とよく聞かれる。

パンセクシュアルは、誰と結ばれるかで、人生の道が変わってくる。

「女性と結ばれれば、結婚して、子どもを作るかもしれません」

「男性やMTF、FTMのゲイの場合は、結婚はいまのところできないけど、式を挙げられる所はありますよね」

「養子縁組を取るという方法もあるし、いろんな道があると思うんです」

こうしたい、という生き方のこだわりはない。
結ばれた人と将来を考えていければ、それが一番いいと思う。

「パンセクシュアル同士って、知り合う機会が意外と少ないんですよ」

「だから今度、パンセクシュアルの人たちを集めて、飲み会をやってみたいと思ってます」

「恋愛感情抜きに、話し合える相手を作れる会にしたいですね」

パンセクシュアルの中にも、生きづらさを感じている人は、少なからずいるだろう。

そういう人たちが、悩みをさらけ出せる場所を作りたい。

「ただ、自分の知り合いの中に、パンセクシュアルは1人しかいないんです」

「だから、ツイッターで呼びかけてみようかなと思ってます」

「あっけらかんと生きている僕を見て、内山みたいな生き方があるんだ、って思ってくれる人がいれば嬉しいですね」

10親友へ

行き場のない想い

「そもそも、僕がセクシュアリティを公表し始めたのは、親友が亡くなったことがきっかけなんです」

「彼はゲイでしたが、セクシュアリティを公表した結果、会社からいないものとして扱われました」

「そのことを苦に、自死を選んでしまったんです」

彼のことを助けてあげられなかったという思いは、自分の中で長いこと尾を引いた。

彼の両親は、彼がゲイということを知っていた。自分のことも、彼から聞いて知っていたようだった。

「彼が亡くなってから、親御さんが豹変したんです」

「当たりどころがなかったんでしょうね」

「3年くらい、『なんで自殺を止めてくれなかったんだ』って言われ続けたんです」

「そのあいだは、墓参りもさせてもらえませんでした」

その後、彼の両親とは和解し、「あれは間違いだった」と謝ってもらった。

しかし、自分の中には、相変わらず後悔が残っている。

「遺書の中に『(ゲイだと)言わなきゃ良かった』って書いてあったんです」

「親友の死を、自分なりに解決したい気持ちが強いんですよ」

天国で伝えたい言葉

親友と同じように、セクシュアリティを公表して、後悔している人はたくさんいるだろう。

後悔するのが目に見えているから、公表したくないという人もいるはずだ。

勇気を持ってカミングアウトすることが、必ずしもいいわけじゃない。

しかし、公表して生きている、自分のような人間もいる。
悩んでいる誰かに、そのことが伝わればいい。

セクシュアリティを公表した後に待ち受けているのは、悪いことばかりじゃない。

「僕は、死んだあいつに、公表して上手くいった例を、教えてあげたいっていう気持ちがあるんです」

「自分が死んで、天国であいつに会ったときに『俺はセクシュアリティを公表して良かったよ』って言えたらいいな、って」

あとがき
直弥さんは誠実で、コトバは整理整頓されている。天国の親友にもきっと、落ち着いて打ち明けるだろう■LGBTERには「カミングアウトした方がいいですか?」というご相談がわりと多い。検討する材料はあるけど・・・なんとも難しい。行動を起こした結果が、期待とおりに進むとは限られない。相手がいることだから■応答の一例は「すると決めたら、ご自身のタイミングで少しずつ」。焦らず、じっくり。でも “今だ! ” と感じる瞬間は必ずあるから。 (編集部)

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