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男だって女だってFTMだって、自分の気持ちに正直に生きることが大事!【後編】

男だって女だってFTMだって、自分の気持ちに正直に生きることが大事!【前編】はこちら

2020/10/10/Sat
Photo : Tomoki Suzuki Text : Ryosuke Aritake
坂口 友亮 / Yusuke Sakaguchi

1991年、兵庫県生まれ。幼少期から自身の性別に違和感を抱き、高校生の頃にセクシュアリティに関する悩みが生まれ。短大卒業後、介護の仕事をしながら性別適合手術を受け、戸籍を変更した。起業や転職を経験した後、現在は大阪に拠点を置き、コミュニティ「Another view」を運営している。

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INDEX
01 おとんにあって自分にないもの
02 ひたすらに剣道に明け暮れた日々
03 胸に抱えたモヤモヤと母の言葉
04 自分以外にも存在していたFTM
05 自分を隠しながら働く意味
==================(後編)========================
06 カミングアウトがもたらしたもの
07 “男” として積み上げたかった実績
08 意識変革の2泊3日旅行
09 強いおかんの深い愛情
10 僕の人生は “気持ちに正直に一歩ずつ”

06カミングアウトがもたらしたもの

「しんどかったな」

性別適合手術を決意した時、まず姉に伝えた。
報告というより、相談に近かったかもしれない。

「LINEしたんですよ。『僕はFTMで、手術をしようと思う』って」

「その時に、『親には手紙でカミングアウトしようと思う。おかんは気が狂うと思うけど、頼むな』って、お願いしたんです」

LINEを送った直後、姉からの電話が鳴る。

「姉ちゃんに『しんどかったな・・・・・・』って言われて、ブワーって泣けちゃいましたね。今も、思い出して泣きそう(苦笑)」

母なりの言い分

両親に伝える前に、病院に通い、性同一性障害の診断書を書いてもらった。

そして、両親に向けてカミングアウトの手紙を送る。

「物心ついた時から、男なのか女なのかって悩みがあった。これからは男として生きたいから、治療していこうと考えてる・・・・・・」と。

母は、受け入れてくれなかった。

「『あなたがそう思うことを違うとは言わへんけど、体に傷つけることまでやらなくてもいいんじゃないか』って、言われたんです」

母の知り合いに、女性の体のまま過ごしているFTMの人がいた。その人は、治療をせずとも、その人らしく人生を歩んでいる。

「その生き方を知っていたから、おかんは『治療せんでもいいんちゃう?』みたいに言ったんだと思います」

それでも、自分は男として生きていく、と決めた。

「母と一緒に病院に行って、先生から性同一性障害のことを話してもらいました」

医師は、「お母さんは、体も心も女性だから葛藤はないですよね。でも、この子は気持ちが男なのに体は女で、生きづらさを感じていて、一致させたいと望んでいます」と、丁寧に説明してくれた。

「その話を聞いて、おかんも納得してくれたみたいです」

「『あんたが元気に生きとってくれたらええわ』って、言ってくれるようになりました」

父が抱いた罪悪感

父は、事実を受け入れるまでに、時間がかかったようだ。

「おとんは、罪悪感があったらしいんです。男みたいに育てた俺がいけなかった、って」

タケノコ狩りや魚釣りに連れていってくれた。キャッチボールもしてくれた。

自分にとって楽しかった思い出が、父には辛い思い出に見えてしまったのかもしれない。

「カミングアウトした後で実家に帰った日、おとんは帰ってこなかったです。どう接したらいいか、わからなかったんでしょうね」

「その時は、やっぱり認めてもらえんのかな、って思って、ちょっと距離を置きました」

07 “男” として積み上げたかった実績

男としての挑戦

手術を終え、戸籍変更もすませ、前の職場は円満に退社した。

転職先には、女性だったことを隠し、男性として入社する。

「女性だったことは言いたくなかったし、男として挑戦したかったんです」

「でも、かつて女の子やったことがバレたらどうしよう、って心配が出てきました」

同僚と話していた時、「剣道してたよ」「昔はバイクでぶいぶい言わしとった」と、何気なく話した。

「僕は男性としては身長が低いから、そういう話をすると、『絶対ウソやん』って空気になるんですよ」

周りの人と普通にしゃべりたいのに、過去がバレてしまいそうで、常にビクビクしていた。

「自分に対しても人に対しても、隠し事をするって生きづらいな、ってすごく感じました」

その職場で過ごした2年半、女性だった過去は隠し続ける。

ビッグな男になりたくて起業

男として結果を残したい、社会的地位を築きたい、という思いを強く持っていた。

「戸籍上でも『友亮』になって、再スタートみたいな意識があったんです」

「せっかく男になったんやから、でっかいことしたいなって。だから、仕事を辞めて、起業することを決めたんです」

それまで経験してきた介護や障がい福祉の経験を活かし、友だちと一緒に障がい者就労継続支援事業を開始。

「親にもさんざん迷惑をかけてきたから、親孝行したい、って思いもずっとありました」

「結婚、出産ができないなら、お金を稼ぐしか親孝行の方法はない、って考えてましたね」

起業したことは親に話さず、事業が軌道に乗った時に「頑張ったでしょ」と、報告するつもりだった。

残された借金

「直前に勤めていた会社の社長が、事業をサポートしてくれてたんですけど、その人に経費を中抜きされてたんです」

起業のための物件取得費や内装費、コンサル費などは、すべてその社長経由で業者に支払ってもらっていた。

想定よりも経費が多く、準備していた資金はみるみるうちに減っていく。
弁護士や警察に相談しても、資金を取り返す手立ては見つからず、運転資金も底をつく。

2017年2月に開業した就労支援事業所は、同年6月末に閉じることになり、放課後デイサービスで働きながら、深夜はコンビニのバイト、休日は太陽光発電の営業の仕事をこなした。

「一生、借金を返済するために生きていくんかな、って思ってましたね・・・・・・」

08意識変革の2泊3日旅行

人生の迷子

仕事もお金も自信も失い、人生でもっとも深く落ち込んだ期間。

「何のために戸籍変更したんやろう、自分が実現したかったことってなんやろう、って人生イチ悩みました」

「男として生きることを、人生のゴールに設定してたな、ってことに気づいたんです」

大学の先輩であるFTMの兼子芽衣さんに、相談する機会があった。

「『人生の迷子です。どうしたらいいかわかりません』って話したら、芽衣さんが主宰するコミュニティに入れてくれたんです」

そして、コミュニティメンバーとの2泊3日の旅行に誘われる。

「3日あったら、コンビニのバイトで3万円稼げるな、って思って迷ったんですよね」

「当時の僕は、借金を返してからでないと好きなことはできない、って思い込んでたから」

「そんな僕を、芽衣さんたちが『いいから来い!』って、旅行に連れてってくれたんです」

何かに追われていた日々

「バイトしないで旅行に来て良かった!! って心から思いました」

旅行先は、石川県の能登島。時間がゆっくり流れる場所。

その旅行には、「気を使わない」「やりたいことをやる」「敬語を使わない」というルールがあった。

「能登島では、周りの目を気にしないで、自由に過ごせたんですよね」

それまでの自分は、仕事やお金、時間に、常に追われていたのだと気づく。

自由に過ごし、自分が満たされると、自然と人にもやさしくなれることを知る。

「この旅行で、頑張らんでいいんや、って思えるようになったんです」

「旅行から帰ってきて、自分がしたいことを、ちょっとずつ考えるようになりました」

まずは、収入と支出を見直し、やりたくてやっている仕事と惰性で続けている仕事を選別していった。

「芽衣さんに相談したことが、自分の人生と向き合うきっかけになったことは、間違いないです」

人生を応援しあう仲間が集まる輪

ずっと1人きりで悩んできた。

しかし、受け入れてくれる仲間がいて、自分らしくいられる場所があることを知った。

「僕もコミュニティに入ったことで道が開けたから、その経験を誰かに還元したい、って思ったんです」

現在は、コミュニティ「Another view」を立ち上げ、運営している。

「僕もそうだったけど、所属欲求が満たされず、自分の良さに気づいていない人って結構いるんですよね」

「やりたいことがあるのに、『お金がない』『自信がない』『応援してくれる人がいない』って、諦めちゃう人もすごく多い」

「でも、本当にそれってできないことなのかな、って考えてみてほしいんです」

1人でできないことでも、支え合っていける仲間がいれば、可能性は高まる。

自分の気持ちに正直に一歩踏み出すと、見える景色が変わり、人生も変わっていく。

「LGBT当事者だけじゃなくて、いろんな人が集まるコミュニティとして、運営しています」

「メンバーはまだ12人くらいですけど、もっと大きい輪にしていきたいですね」

09強いおかんの深い愛情

「そっち行こか?」

現在は、彼女と一緒に大阪で暮らしている。

「もともと僕は名古屋にいたんですけど、留まらなきゃいけない理由がなかったんで、彼女が住む大阪に行きました」

兵庫の実家が近くなり、母からの連絡が増えた。

「しょっちゅう『いつ帰ってくんの?』『そっち行こか?』って、言ってくるんですけど、シンプルにありがたいです」

以前までの自分だったら、うっとうしく感じていただろう。

「でも、『やめて』って言うほど、余計に来ようとするんですよね(苦笑)」

「最近は僕が嫌がらなくなったから、あんまり連絡してこなくなりました」

親の愛情を受け止められるようになったのは、母の変化を感じたからかもしれない。

隠し通すつもりだった秘密

「おかんには、起業したことだけでなく、借金していることも隠しとったんです」

母からずっと「借金するな」「簡単に実印を押したらあかんで」と、聞かされていたから。

「借金のことを話したら、また『生きてんの、しんどい』って、言わせてしまう気がしたんです」

能登島の旅行中に、「親への思いをすべて書き起こす」というワークを行った。

そこで、「親孝行したくて起業したけど、失敗しちゃった。返済が終わった時に『実は借金があったんだ』って話をするから、待っててね」と、綴った。

「その手紙は誰に渡すわけでもなく、書類をまとめた段ボールに入れておいたんです」

大阪に引っ越す際、彼女の家に住み始めたため、入りきらない荷物は実家に置かせてもらった。

「その中に手紙を入れた段ボールもあって、おかんに『大事だから開けんとって』って伝えたんです」

その手紙は、そのまま誰にも読まれないはずだった。

「おかんが大阪の家に来た時、唐突に『あんたさ、借金いくらあんの?』って、聞かれたんです」

「おかんは勝手に段ボールを開けて、手紙を読んでたんですよ(笑)」

隠し通すつもりだったため、うろたえたが、自分の予想と違うことに気がつく。

「おかんは借金のことを知っても、『生きてんの、しんどい』とは、言わなかった。一番恐れていたことは起きなかったんです」

あっさりと借金の話をする母が、深く落ち込んでいるようには見えなかった。

「それ以降、親への隠し事はまったくないです」

おかんの愛情表現

2020年の母の日、初めて母に感謝の気持ちを伝えた。

「高めの肉を買って帰って、母の日くらい家事を休んでもらおう、と思ったんです」

「でも、おかんはずっと動き回ってるんですよ(笑)」

休ませようとすると、「家族が集まってくれたことがうれしいし、好きでやってんねんからほっといて」と、言われた。

「僕が欲しかった愛情とおかんの表現する愛情は違ったんやな、ってやっと気づきました」

親子のわだかまりは消え去り、新たな関係を築いている。

「高校時代の僕は、おかんは弱い人だって思い込んでいたのかな、って思います」

「そして、僕がそう思い込んでたから、おかんを弱くさせちゃってたのかなって」

「でも、僕のおかんは、すごく強い人なんです」

10僕の人生は “気持ちに正直に一歩ずつ”

「友亮」であり「ゆか」である自分

父とは、この1年ほどで元の関係に戻れたと感じている。

「おとんもようやく気を使わずに接してくれてんのかな、って感じられるようになりました」

「今はもう、性別の話もまったく出てこなくなりましたね」

「ただ、名前の呼び方は迷ってるみたいで、『おい』って呼ばれます(笑)」

母や姉、祖母は、かつての名前「ゆか」と呼んでくる。

「今は『友亮』だけど、その人にとって僕が『ゆか』ならそれでいいや、って思えてます」

「強要して無理やり認めてもらう必要もないし、ご自由に呼んでください、って感じです」

女性だった頃の自分を知る友だちからは、「なんて呼べばいい?」と、聞かれた。

「『新しい名前は恥ずかしいけど、ゆかだと傷つけちゃうかもしれないから』って、気にしてくれたんです」

「僕が『友亮って呼びたくなるくらい、かっこよくなるから』って言ったら、『友亮』って呼んでくれる子が増えました」

「名前を呼んでくれることだけじゃなくて、素直に『なんて呼べばいい?』って、聞いてくれることがありがたいですね」

人生を切り開く方法

今、ようやく1つのゴールにたどり着いたのだと感じている。

「ゴールに向かってまっすぐ進む人もいれば、蛇行しながら進む人もいて、僕はきっと後者なんです」

「本当はまっすぐ行きたいけど、蛇行しちゃうんですよ(苦笑)」

「その中には人との出会いがあったり、失敗したり成功したり、一喜一憂してばっかり」

「やけど、自分の気持ちに正直に、一歩ずつ踏み出し続けることが、人生を切り開く方法かな、って思ってます」

ゴールにたどり着いたが、すでに新たなゴールを見据えて、歩み始めている。

「僕の人生、まだまだ変化があると思います」

ひたむきに、信じた道を進んでいく。その先には、見たことのない景色が広がっているはずだから。

あとがき
自らを戒めるように、笑いをさそうように話す友亮さんだったけど、家族、とりわけお母さんが話しに登場すると、涙があふれた。「おとんとおかんに、頑張ったでしょ、って胸を張って言える人生に」という。誓いのように響いた■[やってみたけど、失敗した]という体験が人生には必要なようだ。でも、その経験は先行きを占うものではない。ああしたい! が浮かんだら、あとはどう達成するか悩むだけ。友亮さんは、信じた道をいく。踏み出し続ける。突き抜けるんだ!(編集部)

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