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すべてのろう者に楽しんでもらえる映画を作りたい【後編】

すべてのろう者に楽しんでもらえる映画を作りたい【前編】はこちら

2019/01/20/Sun
Photo : Rina Kawabata Text : Mayuko Sunagawa
今井 ミカ / Mika Imai

1988年、群馬県生まれ。聴覚に障害があり、両親、妹ともに耳の聞こえない家庭で育つ。ろう学校の幼稚部~高等部を経て、和光大学表現学部に進学し映像制作を学ぶ。現在、IT企業で働く傍ら、映画作品を数多く作り続けている。最新作は、長編映画「虹色の朝が来るまで」。

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INDEX
01 コミュニケーションは手話で
02 ろう学校の世界
03 女性性への違和感
04 打ち明けられない恋の悩み
05 好きな人と一緒にいたい
==================(後編)========================
06 映画監督への道のり
07 手話についてもっと知りたい
08 カミングアウト
09 男でも女でもないFTX
10 映画製作に込める想い

06映画監督への道のり

映画作りの原点

小学6年の時、弟とショートムービーを作った。

それが自分の原点だ。

「ヒーローと敵が対決する物語を、家の中と近所でビデオカメラを回して、撮影しました」

「自分で考えた物語です」

「登場人物は5人。敵役も含めて、全部弟にやらせました(笑)」

「弟は芝居をするのが好きだったので、喜んでやってくれました」

中学1年の時に、弟と作った映画をろうの先生に見せた。

「先生は『すごーい。学校で上映会をやろう』と言ってくれて」

「上映会を開いたら、みんなすごく笑ってくれました」

すごくうれしかった。

「それをきっかけに、手話で楽しめる映画を作りたいと思うようになったんです」

ろう者が楽しめる映画はあまりない。

当時、字幕がある映画は多くなかったし、手話を母語とするろう者が字幕を追うのは大変だ。

また、口話教育に力を入れたろう教育の弊害よって、ろう者の中には日本語力が乏しい人もいる。

ろう者みんなが楽しめる映画は、やっぱり手話の映画だ。

「手話による映画で、人を喜ばせたいって、いつしかそう思うようになりました」

その後も、同級生と一緒に映画を作り続けた。

高校2年生の時、横浜で開催されたデフアートフェスティバルに作品を出品。

最優秀賞に選ばれた。

「その時に、アメリカにろうで女性の映画監督がいることを知りました」

「映画監督になりたいけど、ろうの女性監督の存在を知らなかったから、それまでは無理だろうと思っていたんです」

しかし、その監督の存在を知り、自分も監督になって映像作品を作り続けようと思った。

「映像を学べる大学に進学しようと思ったんですが、もともと勉強は好きではなかったので、合格できるか心配だったんです(苦笑)」

「でも、無事に合格することができました」

大学進学

進学先は、和光大学表現学部。

演劇や衣装、映画、シナリオ・脚本、絵画などを幅広く学んだ。

大学3年から映像コースのゼミに入り、ゼミの仲間と一緒に映像づくりをした。

周りはほぼ耳が聞こえる学生。

他の学生にサポートしてもらい、ノートテイクで授業を受けたが、講義内容のすべてをノートテイクから得られるわけではない。

情報量はものすごく少なかった。

「おそらく他の学生の半分くらししか、学びは得られなかったんじゃないかと思います」

また、周りは聴者の世界、声によるやりとりが基本。

口話を使う努力をしたが、通じず上手くいかなかった。

「コミュニケーションがとれないことが、すごくストレスでした」

「1年前期のランチは、だいたいいつも一人」

「悲しくないのに、なぜか涙が流れたこともありました」

「知らないうちにストレスがかなり溜まっているんだなって、その時自覚しました」

思うように講義を受けることができず、コミュニケーションもとれず、大学生活は、もどかしく物足りなさがあった。

だから、卒業後ももっと何かを学びたいと思った。

07手話についてもっと知りたい

香港へ留学

ろう者に楽しんでもらえる映画を作りたい。

本当にろう者に楽しんでもらうには、手話をもっと知る必要があると思った。

また、自分自身の第一言語である手話のことを勉強したいと思った。

そんな時に、日本財団助成事業の『アジア太平洋における手話言語学の普及および手話辞書の作成プロジェクト』を知る。

「香港に5年間留学し、ろう者学研究センターの研究生として手話言語学を学ぶというプロジェクトでした」

日本語に「あ・い・う・え・お」という母音があるように、手話にも「手形(手の形)」「位置」「動き」「向き」「NMM(非手指標識)」の5つの要素がある。

「手話では、手の向きが少し異なるだけでまったく違う意味の言葉になります」

「5つの要素のうち1つでも抜け落ちると上手く伝わらず、理解してもらえないんです」

留学先の香港では、日本手話とは異なる香港手話を学んで、それから手話言語学を学んだ。

「手話で勉強できるというのは、私にとってはとても良かったです」

「大学の時とは違って、真に学ぶことができました」

初の長編映像作品「虹色の朝が来るまで」

今年、初の長編映像作品「虹色の朝が来るまで」を発表した。

「これまでろう者を題材に、音のない手話だけの映像作品を作ってきましたが、今回初めて音響をつけました」

「音響をつけたのは、ろう者にも耳が聞こえる聴者にも楽しんでもらいたいからです」

映画の舞台は、自分の出身地でもある群馬県。

同性を好きになったろう者の主人公が、自分の気持ちを周囲に打ち明けられない状況やその葛藤を描いている。

ろう者の世界は狭い。

「自分がセクシュアルマイノリティであることは、言いたくても言えない」

「そんなろう者の現状を映画を通じて伝えられたらいいですね」

08カミングアウト

両親へのカミングアウト

両親にカミングアウトをしたのは、19歳の時だ。

「大学生になって一人暮らしを始めて、久しぶりに実家に帰りました」

「その時に弟が彼女のことを家族に話していて、それを見て、私も彼女ができたことを伝えたくなってしまったんです」

まずは、父親にカミングアウトをした。

父親は驚かなかった。

「前からそうだろうなと思っていたよ」という反応だった。

「中学か高校の時、私の部屋で、LGBTの映画のDVDを見つけていたようなんです」

「もっと早くカミングアウトすればよかったと思いました」

ただ、「孫が見たいから結婚してほしい」とも言われた。

「それは無理。将来何が起こるか分からないけど、今のところ女性が好きになることが多いから、それはないと思う」と答えた。

父親は少し寂しそうで、がっかりしていた。

そんな父親であったが、2年前、「OUT IN JAPAN」の展示会に見に来てくれたことがあった。

「展示されていることは伝えていなかったのに、どこからか聞きつけて見に来てくれたようなんです」

「私のポートレイトを背景に写真を撮って、それをメールで送ってきました」

その写真の父親の表情はなんだか誇らしげだった。

自分のセクシュアリティを認めてくれたんだな、とうれしかった。

「カミングアウトしてから、両親が『彼女はできたか?」と聞いてくることもあったんですが、OUT IN JAPAN以降、恋愛の話しは前よりしやすくなりましたね」

友だちへのカミングアウト

カミングアウトして、多くの人が受け入れてくれたが、なかには否定的なことを言う人、自分を避けるようになった人もいる。

「LGBTについて理解を得られるのは、まだまだ時間がかかると思います」

「ろう者の世界はとても狭い世界なので、カミングアウトは聴者よりもさらにハードルが高いかもしれません」

「初めにストレートの人にカミングアウトするのは難しくても、同じように、セクシュアリティのことで悩んでいる人に相談することはできるんじゃないかと思います」

思い返せば、自分も初めはインターネットの掲示板で出会った人が相談相手だった。

カミングアウトのコツは、口の堅い人を選ぶこと。

「私は『この人なら大丈夫』と確信できる人を見定めて、カミングアウトするようにしました」

09男でも女でもないFTX

目標があるから頑張れる

カミングアウトをして、距離を置かれてしまった友人がいた。

残念なことだと思うが、それに対して落ち込むことはない。

「カミングアウトしたことで、私のことを本当に理解して分かってくれる人を見つけることができました」

「私は私のことを嫌だという人を排除はしませんし、離れていってしまうのも構いません」

「嫌だと思ってしまうのは、その人にLGBTに関して知識がないからだと思っています」

LGBTやろう者の間で有名な方がこう言っている。

「悩み苦しんできたからこそ、人を傷つけないし、人にやさしくなれる」と。

「そんな強みが私にはあるし、そんな私を理解し好きだと言ってくれる人が大勢います」

自分が一番したいことは、映画製作。

やりたいことがあって、目標がある。

目標があるから頑張れるし、何を言われても気にならない。

ただ純粋に映画を作るのが楽しくて、映画を観て楽しんでもらいたい。

「もし私にやりたいことがなかったら苦しかっただろうし、周囲の様々な声も気になっていただろうと思います」

何かに夢中になることで、人は強くなれる。

性自認はFTX

「以前、付き合った女性に『将来結婚できないよね』と言われたことがありました」

「好きな人と結婚するには、男になったほうがいいのだろうかと本気で悩みました」

男になるには手術やホルモン治療などが必要で、そのためにはお金もかかる。

「男になって彼女と結婚したいけれど、映画制作も私にとっては大事なことなんです」

「だから、男になるためよりも、映画制作に自分の時間もお金も費やしたいと思ったんです」

結局、その彼女とは別れてしまった。

その後、新しい出会いもあった。

「家族のように想える人で、ありのままの私を受け入れてくれました。『男になる必要はないんじゃない? そのままでいいよ』って、言ってくれて」

今のままでいいんだ。
男になりたいというのは、好きな人のためになりたかっただけなのだ。

「そのおかげで、すごく気が楽になったんです」

性別を答えるなら、「どっちでもない」になる。

性別を定めたくない。

「体はもちろん女性だけど、何かの書類に「男性・女性」の欄があったら本当はどっちにも〇をつけたくないです」

「男・女という区別をつけたほうが社会に順応できるんでしょうけど、それはしたくありません」

「私は私ですね」

10映画製作に込める想い

映画の力

LGBTも、ろう者も、マイノリティ。

否定的なことを言う人もいるだろう。

「否定的な人がいても排除しようとは思いません」

「それをしたら、ろう者やLGBTに対して悪いイメージがついてしまうし、他のろう者やLGBTに良くない影響が出てしまうかもしれないから」

どんな意見を持つかは、その人の自由。

でも、知ってもらう機会があれば、何かが変わるかもしれない。

だから、LGBTやろう者に否定的な人には、「私が作った映画を観てほしい」と言うことがある。

「映画を観て、何か気持ちの変化が生まれるかもしれません」

「もし気持ちが何も変わらなくても、LGBTやろう者について知ってくれる良い機会になるはずです」

映画を観てどう思うかはその人しだい。
どんな感想を持つかはその人の自由。

誰もが気軽に観ることができて、自由に感想を言えるのが、映画の良いところだ。

「私の映画を観て、カミングアウトをした子がいるんです」

「親にカミングアウトするか悩んでいた子が、親と一緒に映画を観に来てくれて、その後カミングアウトしたそうです」

親も同じ映画を見たので、カミングアウトしやすかったんだろう。

「映画の影響力はすごいと改めて感じました」

リアリティある作品作りを

映像作品を作る上で大切にしていることは、リアリティ。

ろう者の飾らない、自然体の姿を描いていきたいと思っている。

「例えば、人に話しかける時に聴者では声を出しますが、ろう者の場合はポンポンと肩をたたくんです」

ろう者のありのままの姿を探求して、リアリティある映画を作っていきたい。

「それが、ろう者に違和感なく映画を楽しんでもらえることにつながると思います」

長編映像作品「虹色の朝が来るまで」は、LGBTをテーマに描いている。

ろう者に、もっとセクシュアルマイノリティについて知ってもらえたらうれしい。

また、聴者にも、ろう者をもっと知ってもらうきっかけになったらいい。

ろう者にとって手話は大切なもの。

そのことを多くの人に知ってもらい、手話を学んでもらいたい。

お互いがお互いのことを知り、歩み寄って生きていく。

そんな世界になっていくといい。

あとがき
探究心と行動力の高さがミカさんだ。「手話は日本語同様、言語と位置付けられている」と教えてくれた。言葉をとても大切にしていることは、ミカさんからのメールからも感じた。記事を読む方に、より誤解なく伝えたいという願いと配慮だ■言語を用いたコミュニケーションを始めて、どれくらいたつだろう? 何の隔たりも意識もなく話せる相手を好きになるけど、会話の相手が全てそうなわけはない。生まれてからの年数分、語彙力、表現力を備えていきたいな。(編集部)

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