02 土管の中で、初めてのキス
03 中学時代に出会った3人の素敵な女性
04 女同士やから結婚、できへんのや・・・・・・(悲)
05 思春期の男子が気持ち悪い
==================(後編)========================
06 入学式の翌日に告白された、初めての恋人
07 自分もFTMかもしれない
08 つらい入院生活を支えてくれた、ふたりめのカノジョ
09 FTXと自認することで視界が開けた
10 自分にしか選べないテーマ「トライアスロンとLGBT」
06入学式の翌日に告白された、初めての恋人
恋愛体験がなかった高校3年間
高校生のときに好きになった相手も女子だった。
「一人はバトミントン部の仲間で、髪が長い子でした」
もう一人は、ダンス部の女の子。舞台でヒップホップを踊る姿を見て、「わあ、あの子、カッコええな」と、感じた。
「でも、二人とも、距離が縮まることはありませんでした。女子とつき合う、なんていうことは、頭にまったくありませんでした」
修学旅行のときに、カップルが手をつないでどこかに消えていくのを見ると、「ええな、アレ」と憧れた。
しかし、男子が好きになれない以上、どうすればいいのか、見当もつかない。
友だちから、デートをしたという話を聞かされると「よかったやん」と、話だけ合わせていた。
「結局、高校の3年間で恋愛を体験することは一度もありませんでした」
「その分、受験勉強とバトミントンは、しっかりと頑張りました」
スタイル抜群の同級生
目標だった武庫川女子大学体育科に合格。
体育教師になる夢に一歩近づいた。
ところが、入学式を直前にひかえたとき、耳を疑うような話が聞こえてきた。
「サッカー部のキャプテンとソフトボール部のキャプテンがつき合っているんやって」
女同士がつき合う?????
「びっくりしましたね。そんなことあるんや! そら、ヤバイわぁ、と・・・・・・」
すると、入学式の翌日、一人の同級生から「つき合って欲しい」と、いきなり迫られた。
「そんなの無理やわ。自分、経験ないし、と断りました」
髪の毛が長くて、乳がめちゃ大きくて、すらっと身長が高くてスタイル抜群。
「こんな子に告白されるなんて、大学ってすごいところだな、と驚きました(笑)」
その後もグイグイと迫られるうちに、次第にその子に惹かれていった。
「ついに口説き落とされて、5月からつき合い始めました」
男子、女子を問わず、初めての交際相手となった。
07自分もFTMかもしれない
隠しながらつき合う苦しさ
「ああ、これなんや。これだったんや!」
初めて女子とつき合ってみて、いろいろと納得のいくことがあった。
「男子に興味が持てないことも、スカートが嫌いだったことも、女の先生が好きだったことも、すべて説明がつきました。胸のつかえが、すっと取れたようでした」
しかし、彼女とのつき合いは順風満帆とはいかなかった。
「私は陸上部に入って、練習がとても忙しかったんです。それに寮生活で門限もありました」
相手は教室でもすぐにベタベタとくっついてくるほど積極的。ふたりの感情表現には、すでに温度差があった。
もうひとつの問題は、周囲に関係を隠していることだった。
「その子は、どちらかというとオープンにしたがりましたけど、私はどうしても人にはいえませんでした」
好きだけど、隠しながらつき合うことに苦しさを感じ始める。
「あんたら、つき合ってるんやろ!?」といわれるたびに、「そんなはずないやん」と否定した。
もちろん、家族にいえるはずもない。
「どう思われるのか怖くて、オープンにできませんでした。あかんことなんやろうな、という気持ちが強かったですね」
周囲にも女同士でつき合っているカップルはいたが、みんな頑なに隠していた。
彼女と別れて、再び不安が・・・・・・
お互いがつき合い方に悩むうち、一緒にいることが辛くなってきた。
「彼女は独占欲も強かったんです」
他の子と話していると、「それ、止めて!」と感情的になることもあった。
結局、1年3カ月つき合い、別れることに。
「このままでは、ふたりだけの世界になってしまう。世界が狭くなってしまう、と説得しました」
別れて一人になると、再び「自分は何なんだろう?」という不安が頭をもたげた。
「まだ、レズビアンという言葉も知らなかったんです。言葉で自分自身を説明することができませんでした」
3人のFTMと出会って、新しい世界を知る
それからしばらくして、学内で3人の先輩と知り合った。
「ヒゲが生えていて、声も低くて・・・・・・」
「お前、同じ匂いがするな」と、声をかけられた。
「お前、カノジョおるやろ」と、いわれて「いいえ」と否定すると、「オレはいるで」と凄まれた。
「その人たちと出会って、初めてFTMを知りました」
しかし、第一印象は、「なんや、この人ら。女として生まれたけど、今は男なんや。自分とは違う」だった。
ところが、先輩たちとよく話すようになると、「自分もFTMかもしれない」と考えるようになった。
「それからネットでFTMやトランスジェンダーを調べ始めました」
08つらい入院生活を支えてくれた、ふたりめのカノジョ
FTMと陸上選手のジレンマ
FTMの先輩たちは、ホルモン注射の効果で次第に様子が変わっていった。その変化を目の当たりにして、大いに影響を受ける。
「自分も、本当は男なんや。FTMになるんや」
それからは、男になることが頭から離れなくなった。
しかし、自分には陸上競技があった。
中距離走者として成長することに喜びを感じている頃でもあったのだ。
「競技を続けるためには、ホルモン治療は許されません」
「男にならな、あかん」という気持ちと競技を続けることは相反する。そのジレンマに悩んだ。
考えた末の結論が、胸オペだった。
「クラスにトランスジェンダーの子がいて、その子とふたりでお互いの悩み相談をしていました」
「私、乳を取りたい」
「私も」
ふたりで話したり調べたりするうちに、胸への嫌悪が募っていった。
「実際に手術をしてくれる病院も調べて、具体的に考えたりもしました」
頻繁に見舞いに来てくれた
大学2年生の12月15日。千葉県で行われた陸上競技会で3000メートル障害に出場した。
「そのレースで転倒して大けがを負ってしまいました」
左膝前十字靭帯と半月板を損傷。医師からは、しばらくは陸上競技には戻れない、と宣告された。
「気持ちが腐って、SNSにケガを恨むことをたくさん書き込みました」
すると、今までほとんどつき合いのなかった別のクラスの女の子が、熱心にメッセージをくれるようになった。
翌年の2月に手術をして入院生活が始まると、今度は頻繁に見舞いに来てくれた。
「自分がどん底にいたときに支えてもらいました。こんなやさしい子がおるんや、という感謝の気持ちでいっぱいになりました」
こうして長い時間を一緒に過ごすうちに、相手のほうから「好き、好き」と猛アプローチを受けるようになる。
「入院しているうちは、ケガの治療に専念したいから」と、はぐらかしていたが、退院後、彼女の気持ちを受け入れた。
09 FTXと自認することで視界が開けた
今のままの雅世が好き
彼女は、まだ男とも女ともつき合ったことがなかった。
「ほかの女の子とつき合う気はないけど、雅世とだからつき合う気になった」と、素直に話してくれた。
「私としても、つらい時期に助けてくれた大きな存在でした」
幸か不幸か、すぐには競技に復帰できる状況ではなかった。デートをする時間はたっぷりとあった。
「その子には、胸を取りたいという話もしました」
彼女の反応は、「したいようにしたらいいやん。でも、私は、今のままの雅世が好き」
ストレートな言葉を聞くと、気持ちが揺らいだ。
「体を変えることに、どれだけの意味があるのか。自分は自分のままでもいいのではないか?」
悩みは振り子のように行ったり来たりした。
自分はFTX、中性なんや
自分のセクシュアリティに関して思い悩むうち、ついにしっくりとくる言葉に出会った。それが、「FTX」だった。
「そうか、自分はFTXなんや、中性なんや。そう思った瞬間、自分自身を認めることができました」
「ホルモン治療や胸オペで、男になる」という考えを打ち消すと、悩みが一気に氷解した。
「それに気づけたのも、彼女のおかげでした」
セクシュアリティの問題が解決すると、彼女との将来もはっきりと見えてきた。
「一緒に暮らしたいね、就職先も近いところにしよう、という具体的な話もし始めました」
ところが、すんなりとは進まなかった。
「私がFTXであることを周りにカミングアウトし始めたら、急に歯車が合わなくなってしまったんです」
将来の話までしていたにも関わらず、彼女は「つき合いは、隠しておきたい」という気持ちを捨てることができなかったのだ。
「自分がカミングアウトして一歩前進したために、かえって彼女との価値観の違いがはっきりしてしまった感じです」
苦しそうな相手を見ているのがつらくなり、関係を解消することを申し出た。
10自分にしか選べないテーマ 「トライアスロンとLGBT」
SNSでカミングアウト
FTXの自認で気持ちが晴れ、たくさんの人にカミングアウトをする決心をした。
公表すれば、もう苦しい思いをする必要はなくなるはずだった。
「陸上部の引退と同時にSNSで一斉公表することにしました」
考え抜いた末の言葉は、「#LGBT」「#私は男と女のハーフです」。
送信ボタンを押すときは、指が震えた。
「マイナスの反響が怖かったんですが、みんな受け入れてくれました」
「その生き方、かっこいい」「めっちゃ、いいと思う」「気づいてたで」など、応援するメッセージが続々と届いた。
「肩の荷がすっと降りた感じでした。カミングアウトしてよかったです」
「お母さんにも話しました。自分は中性だから、将来、男とは結婚しないよ、と」
最初は戸惑っていたようだが、「いいわ。孫は弟に任せるわ」と理解してくれた。
「お父さんにも話したんですが、LGBTを正しく理解してくれているのか、よく分かりません」
一緒に住んではいるが、まだ、心を開いて何でも話し合うことはできないままだ。
トライアスロンを通じて知り合ったパートナー
今、夢中になっていることは、トライアスロンだ。
「ケガで走れない時期に、水泳と自転車のトレーニングを積んでいました。そのときに、トライアスロンに挑戦したいと思ったんです」
しかし、陸上部ではトライアスロンの競技に出ることは認められていなかった。
陸上部引退とともに、兵庫県の「チーム・ブレイブ」の門を叩く。
「オリンピックの元日本代表コーチが監督を務めているチームです」
キッズから年配まで約100人が会員登録をしている。
「今までは、練習も試合も同年代としかしたことがありませんでした。いろいろな人がいて、世界が広がった感じです」
初めて出場したレースは、2018年5月の国体予選。見事な成績で兵庫県代表として本戦出場権を勝ち取った。
「今年も茨城国体に出場します。昨年は全国で32位だったので、20位以内を目指して頑張ります」
スイム、バイク、ランと3つの競技で競うところが自分向きだと思っている。
トライアスロンを通じて、大切な人との出会いもあった。
「9歳年上の女性で、バツイチです(笑)。初めて自分から好きになった人です」
最初は、つき合うことにお互い慎重だったが、トライアスロンの仲間たちの間で噂が先行してしまった。
「それじゃあ、しゃあないな。つき合おうかって(笑)」
今は、週末に一緒にバイクの練習をしている。
「一緒に住みたいなあ、といってくれています」
同性婚も目標のひとつ
実は、中学2年生以来、目標にしてきた体育教師になる夢は軌道修正した。
「教育実習に行って、先生の仕事があまりに忙しいことを知りました」
職場と自宅の往復だけになりそうで、自分には向いていないと諦めた。
現在の目指している仕事は、消防士、自衛隊、飛行機の誘導係などだ。
「消防士なら救急救命士、自衛隊なら災害派遣に興味があります」
いずれも、人命に関わる、やりがいと責任のある仕事だ。
トライアスロンとLGBTを掛け合わせることは、自分にしかできないこと。それをテーマにした活動にも、プライドを持ってチャレンジしたい。
そして、もうひとつの目標。
「いつか同性婚をしたいと思っています」
今の自分をそのまま認めることができた。
そして、面倒見がいい、やさしいパートナーがいる。
さらに自分らしく、自信を持って走っていけば、きっとその先にきっとゴールがあるはずだ。