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人はときに誰かを傷つけるけど、癒すこともできるってことだから。【後編】

人はときに誰かを傷つけるけど、癒すこともできるってことだから。【前編】はこちら

2019/11/02/Sat
Photo : Taku Katayama Text : Shinichi Hoshino
髙橋 真祈 / Masaki Takahashi

1995年、仙台市生まれ。両親はクリスチャン。5人兄弟の3番目で、高校卒業まで岩手県奥州市で過ごす。大学生のときに経験したうつ病は、人生のターニングポイントに。小さな頃から「周囲が望む自分」であるために仮面をつけてきたことに気づき、「自分が望む自分」になることを決める。うつ病や自殺未遂、誤診など、自らの経験を伝えながら「やさしい世界」をつくるのが夢。

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INDEX
01 兄弟は5人、両親はクリスチャン
02 恋も勉強も大人びていた
03 女の子になりたい!?
04 大学3年、突然、うつになる
05 仮面を外して「自分が望む自分」に
==================(後編)========================
06 女性とも男性とも初体験
07 LGBTの区別はいらない
08 「やさしい世界」をつくりたい
09 死生観が変わった「誤診事件」
10 いつかまた家族に戻れる日がくれば

06女性とも男性とも初体験

もう、家族じゃなくなっちゃった

親とぶつかるようになり、子どもの頃から通ってきた教会にも疑問を抱きはじめた。

「家族を大事にしろって教えてるけど、その家族って何なんだ・・・・・・」

納得できないことが増えて、教会を離れた。

親との近況を主治医に話したら、「一緒に暮らすべきじゃない」と言われる。

たまりかねて、親に迫った。

「一緒にいたいの?」
「出ていってほしいの?」
「親子の関係を切りたいの?」

親の言葉を導くようにして、家を出た。

「もう、家族じゃなくなっちゃったなって・・・・・・」

女性との初体験

キリスト教は、婚前交渉を禁じている。

「小さい頃からそういう教えを受けていたから、価値観もそうなってたんでしょうね」

だから、結婚するまでは「しない」つもりだった。

「でも、実は家族がある人と人生初体験をしました」

実家を出る少し前、ネットで知り合った女性に魅力を感じた。

50歳で家族のある女性だった。実際に会って恋に落ちる。

「恋人であり、親であるような存在でした」

「全部の愛をくれた人。素敵な出会いだったと思います」

「1年くらいのお付き合いでしたが、心の支えでしたね」

別れた理由は、彼女が子どもを大切にしなかったから。

「旦那さんは別にどうでもよかったんですけど、子どもだけは大事にしてほしかったんです」

「だから、付き合うときから、子どもを大事にできないなら別れるよって話してました」

「自分も親といろいろありましたから・・・・・・」

彼女の子どもに、自分みたいな思いはしてほしくなかった。

だが、危惧していたような状況になり、別れを決めた。

知らなかった世界の扉

女装をするようになった頃、自分以外の「女装さん」に興味を持った。

「ネットで女装さんの生態を調べてみたんですけど、こういう世界もあるんだなーって、興味が増して、足を踏み入れてみようと」

ネットの掲示板に「女装デートをしてみたいです」と書き込んだ。
すぐに相手が見つかり、デートをして、そのままホテルに行った。

「このとき、初めて男性と寝たんですけど、すごいしっくりきちゃったんです」

「自分が求めてたのって、こっち側なのかもしれないって」

「愛する側というより、愛されたかったのかなって」

その後も、掲示板で知り合った人に、いろんな場所に連れて行ってもらった。

秋田で知り合ったニューハーフの人には、まつげの付け方やヘアメイクを教えてもらった。

女装の広がりがほしくて、池袋にある「女装のメッカ」にも足を運んだ。
姉御的な友だちがたくさんできて、横浜や浅草にも連れて行ってもらった。

今まで知らなかった世界に足を踏み入れるのは、新鮮で楽しい経験だった。

07 LGBTの区別はいらない

女性とも男性とも経験をして、セクシュアリティについて考えることも増えた。

LGBTについて調べたこともある。

「自分はMTFなのかな? って思ってた時期もあるけど、いまだにどれなのかはっきりせず、フワフワしてます」

「でも、好きになった人だったら性別も年齢も関係ないので、性指向的にはパンセクシュアルですよね」

「これは、実証済みなので(笑)」

「自分としては、パンセクシュアルがいちばんしっくりくるかなー、くらいの感覚です」

「過去にあったいろんな出来事は、自分がパンセクシュアルだから起こったんだろうなって」

セクシュアリティは定まらないが、定める必要もないと思っている。

「LGBTっていう言葉は、分かりやすくするためにあるだけだと思います。安心したい人たちが、定型化するためにつけてる名前っていうか」

「だって、分からないじゃないですか」

「急に素敵な人に出会って、変わることだってあり得るわけだし。だから、LGBTみたいな分け方は無意味だなって思ってます」

女装をしているのは、自分が好きな服を着て、自由にしていたいという気持ちが大きい。

「ときめいたものや、可愛いと思ったものが偶然、女性風の服装だったっていうだけなんです」

「別にこだわりはなくて、男性のものでも女性のものでも、好きだと思ったら着るだけです」

かっこいい女性へのあこがれがある。

「可愛らしい服も着ますけど、スポーティーな格好も好きなんです」

「筋肉がある女性が好きだし、スポブラ付けてランニングしてるようなお姉さんとか大好きです(笑)」

「ああいうかっこよさが自分にもほしいなって」

やりたいことしかしなくなったら、素敵な出会いが増えた

仮面を外してからは、自分がやりたいことしかやっていない。

「自分がやりたいからやってるんです、って胸を張って言いたいんです」

「やりたいことをしてたら、もし疲れたとしても、きっと心地いい疲れだろうし」

「嫌々やらされてるわけじゃなくて、自分で決めたことだから、満足感とか達成感も違うと思うんです」

やりたいことしかしなくなってから、出会い増え、人のつながりが増えた。

「仮面を外して、やりたいことやろうって思ってから、周りにもそういう人たちが増えました」

「自分の気持ちに素直に生きてる人って、一緒にいてすごく楽しいんですよね」

めぐり合わせなのかどうかは分からないが、恵まれた環境が身近にある。

「だから今、すごく幸せです」

08「やさしい世界」をつくりたい

自分が経験したことを伝えたい

現在は、新宿二丁目の女装クラブで働いている。

「女装さんの飲み屋で、女装の入り口というか、女装の先頭を突っ走ってるようなお店ですね」

はじめは、一人の客として訪れた。

「行ってみたらすごく居心地がよくて、入り浸っちゃいました(笑)」

「飲みながら、『この格好で働ける仕事を探してるんです』って話をしたら、スタッフとしてスカウトしてもらったんです」

社長が描いているビジョンに共感できたこともあり、すぐに働かせてもらうことにした。

働きながら、今は同じ新宿にある「女装コミュニテイスペース」のお手伝いもしている。

「ここでは、女装さんが集まってホームパーティーみたいなことをしています」

お店に来るお客さんから相談を受けることも多い。

「社会にいじめられてる、みたいな人は多いです。病みすぎてうつになっちゃう人もいますしね」

自分と同じような境遇の人には、経験談を話したりもする。

「自分が経験してないことは何も言えないけど、経験したことなら、思ったことは全部言えるじゃないですか」

「話をすると、『元気出た』って言ってくれる人もたくさんいます」

「みんなが胸を張って元気にしている居場所があるってだけで、『勇気もらった』って言ってくれる人もいますしね」

今は、相談してもらえることが嬉しい。

逆に、お客さんから勇気をもらうこともある。

「みんな、生きてるだけで頑張ってるんだなって」

新宿二丁目で働くようになってから、ひしひしと感じるようになった。

LGBTってだけで否定される人がいるのが悲しい

いつか叶えたい夢がある。

「小さい世界でいいから、すごくやさしい世界をつくりたいなって。なにかしらで苦しんでる人が多いじゃないですか」

LGBTのように、自分のセクシュアリティで苦しんでいる人がいる。
家族との関係で悩んでいる人がいる。
自分を出せずにつらい思いをしている人がいる。

「そういう人たちが、心安らぐ場所をつくりたいなって思ってます」

今まで、事あるごとに拾ってくれる人がいた。
苦しいときに、助けてくれる人がいた。
未熟な自分を、育ててくれる人がいた。

そんなやさしい世界があったから、今がある。

「だから、自分もやさしい世界をつくって、そういう人たちの支えになりたいんです」

セクシュアリティのことで、否定されなきゃいけない人がいるのは悲しい。

「同じ人間なのに、なんでそれだけのことで否定されなきゃいけないんだろうって」

それなら、お互いに誰も否定しないし、否定されないやさしい世界をつくればいい。

いろんな経験があったからこそ、見えてきた夢だ。

09死生観が変わった「HIV誤診事件」

間違いだった余命宣告

1年ほど前、「余命宣告」を受ける。

「HIVの簡易検査で陽性が出たんです。あなたはHIVの疑いがある、みたいな」

「余命宣告って言ったら大げさですけど、下手したら死ぬよ、みたいな話じゃないですか」

結局、精密検査を受けたら誤診だったことが分かった。

「最初に診断を聞いたときは、めちゃくちゃショックを受けました」

必死になって、病気のことを調べた。

「一生、薬が手放せないとか、子どもをつくれないとか、とにかくショックが大きくて・・・・・・」

「将来、パートナーになりうる人が現れたときに、伝えなきゃいけないわけですし・・・・・・」

死が、ものすごく身近なものに感じられた。

死ぬ前にしたいこと

HIVの疑いがあると診断され、リアルに死を意識するようになった。

死ぬ前にしたいことってなんだろう? と考えた。

何もかも放り出して、あちこちに友だちに会いに行った。

「なんで友だちに会いに行ったか分からないですけど、会わなきゃ後悔するって思ったんです」

「死が間近に迫ってくると、こんなに人と過ごしたくなるんだなって」

人の心に居場所がほしかった。
人のあたたかさに触れたかった。

誤診という臨死体験とも言える経験を経た今、人を大事に生きていきたいと強く思う。

「仕事でも友だちが増えて、いろんな人とつながって、どんどん輪が広がっていくような、そんな生き方をしていきたいです」

まだ、やるべきことが残っている

うつで苦しんでいたとき、3回、自殺未遂をしたことがある。

「首をつりましたけど、3回とも失敗しました」

「そういう過去があったから、誤診のときも、死ぬのって自分じゃ選べないんだなって思いました」

死にたいときに死ねない。
死にたくないときに死を突きつけられる。

「運命って、決まってるのかもしれないなって」

「結局、誤診に救われたけど、もしかしたら ”死なない理由“ があるのかなって」

自分には、なにかまだ、できることがあるんじゃないか。
自分には、なにかまだ、やるべきことが残ってるんじゃないか。

そう思えて仕方がない。

だから、悩んでいる人や病んでいる人に、自分が経験したことを伝えていきたいと思った。

「経験した人と経験してない人だと、やっぱり言葉の重みが違います。うつを経験した自分が、そういう人たちの支えになれたらいいなって」

「自分がそうだったように、救われる人がいてくれたら嬉しいなと思います」

誤診なんて悪い冗談だけど、「やさしい世界をつくる」という夢に向かうきっかけになった。

10いつかまた家族に戻れる日がくれば

甥っ子の純粋さに心を打たれる

実家に戻っていた大学生の頃、3歳の甥っ子をからかったことがある。

当時、親からは「家族の前ではメイクをしないでくれ」と言われていた。

だから、甥っ子と遊ぶときもすっぴんだった。

「でも、家を出ていく直前くらいのときに、がっつりメイクをして家族の前に出たんです」

「甥っ子は、一瞬凍ってましたね。えっ!? この人誰? みたいな顔して(笑)」

「でも、声を聞いたら安心した顔に戻って、普段どおりに『遊ぼうよー』って寄って来たんです」

「ああ、こういうことなんだなーって」

中身は何も変わっていない同じ人間だ。

固定概念に囚われていない甥っ子の純粋さに心を打たれた。

「純粋であることって、こんなに美しいんことなんだって感動した出来事でした」

「子どもって、自分が好きだからこの人と一緒にいるってことが素直にできるんです」

「大人でも、世間体とかいらないものを全部取っ払って、自分の気持ちに正直に動ける人がいいですよね」

「誰かが悪く言うからあの人とは付き合わないっていう人とか、絶対に関わりたくないですからね」

好きだからこんなに傷つくんだ

実家を飛び出して、約2年が経つ。
家族との関係は、「休憩中」だ。

「実は、家を出るとき、父に『おれを殴れ」と言われたんです。でも、本気で殴ったらケガじゃ済みませんよね」

「こっちは、重量挙げとかボートでバリバリ鍛えてるわけだし(笑)」

だから、ビンタした。
やさしい力でビンタした。

「そのとき、生まれて初めて父の涙を見たんです」

人前で感情を出すタイプではない父が静かに泣いていた。
親子の間で、何かが少し通じた気がした。

「家族のことは嫌いではないんです」

無関心だったら、こんなに傷つくことはない。

好きだから、こんなに傷つくんだ。

「傷つけることができるってことは、癒すこともできるってことですよね」

「同じだけの可能性を同時に秘めてるんです」

だから、ちょっとしたことで、すぐにひっくり返るかもしれない。
きっかけ次第で、大好きに変わるかもしれない。

「まずは、自分の足でしっかり立って、家族を安心させるのが大事かなって思ってます」

「そのうえで、好きなことをやってるよ、って胸を張って言えればいいんじゃないかなと」

自分がキラキラしていたら、きっとそこに芽生えるものがある。
そうすれば、いつかまた家族に戻れる日がくるかもしれない。

「そんな日を、今はあまり期待しすぎずに待ってます(笑)」

あとがき
誤診だったHIV、家族に感じた距離・・・。絶望のように感じた時間も語った真祈さん。屋外撮影は、レスリングに夢中だった時代をまねてポージング。スポーティーな感じは、真祈さんのキラリ⭐ のひとつ。同窓のLGBTERスタッフと懐かしい話しにわいた■おさない真祈さんが日常だと思った “愛してる” は、真実。愛の中身は、いろいろ。積み上がっているように見えても、崩れるように見えても、感じれば愛。人は誰かを傷つけるけど、癒やすこともできるから。(編集部)

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