INTERVIEW
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「ジェンダーノンバイナリー」というラベルを見つけて、自分に自信を持てた。【前編】

凛とした雰囲気をたたえる山口佳恋さんは「ジェンダーノンバイナリー」。自分自身を、男性とも女性とも限定しない生き方。そのラベルに出会うまでは、定まらない自分の性に、疑問を抱くしかなかった。それでも歩き続けられたのは、大好きな音楽と大好きな人たちが、すぐそばにいてくれたから。「たくさんの人に支えられてきたから、影響を与えてくれた人は1人に絞れないです」

2019/11/06/Wed
Photo : Tomoki Suzuki Text : Ryosuke Aritake
山口 佳恋 / Karen Yamaguchi

1998年、埼玉県生まれ。父の仕事の都合で、生後すぐにイギリスに移住し、7歳までロンドンで過ごす。帰国後、インターナショナルスクールに通い、中高一貫の私立校のインターナショナルコースに進む。高校を卒業してから、1年間アーティスト活動を行い、現在はアメリカの音楽大学に通う。セクシュアリティは、男性・女性のどちらかに限定しない「ジェンダーノンバイナリー」と自覚。

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INDEX
01 ロンドン帰りのアクティブな子ども
02 幼いなりの自己表現のツール
03 一緒に過ごしたかった人たちと場所
04 ずっと言葉にできなかった気持ち
05 本当の自分を親友に打ち明ける覚悟
==================(後編)========================
06 ジェンダーノンバイナリーという性
07 LGBTの存在を発信するツール
08 自分が世の中に伝えていけること
09 アメリカの地で知った現状と課
10 多様な文化に触れてきた自分の強み

01ロンドン帰りのアクティブな子ども

見守ってくれた両親

「佳恋」という名前は、世界中どこでも通用するから、という理由でつけられた。

「お父さんの転勤で、生まれて数カ月でイギリスに移り住んだんです」

会計士の父は、事業をグローバルに展開する企業の手伝いをしていたらしい。

小学1年生まで、首都・ロンドンで過ごす。

「7歳で日本に帰ってきたんで、ロンドンの記憶はあんまりないですね」

「日本の家と全然違って、庭が大きかったことくらいしか覚えてなくて(苦笑)」

両親は、自由に育ててくれた。

「お母さんもお父さんも、『やりたいことをやってほしい』って、言ってくれてました」

「どんなことに対しても、『やめなさい』とは、言われなかった気がします」

「親が無理強いするより、子どもがやりたいことに熱心になれたらいい」という、考え方だったようだ。

友だちと遊んだ思い出

帰国してからは、インターナショナルスクールに通い始める。

「家から学校までは、電車で6駅くらい離れてたんですけど、近所に同級生が住んでたんです」

「外国人の子も多いエリアで、週末も一緒に遊ぶことが多かったですね」

「この頃は、よく男の子と一緒に遊んでたと思います」

仲良しの友だちと一緒に、ディズニーランドに出かけたり、海外旅行に行ったりすることもあった。

「友だちのお母さんにハワイに連れてってもらったり、よく出かけてましたね」

4歳上の姉とも仲が良く、寂しさを感じた記憶はほとんどない。

「今は両親も姉も日本で暮らしてて、結構仲良しです」

「父は仕事で、タイとかに行くこともありますけどね」

02幼いなりの自己表現のツール

欧米的な学校教育

小学2年生から6年生まで、インターナショナルスクールに通った。

国内にありながら、外国の言語や文化を用いて授業が行われる学校だ。

「運動会とかの年中行事はあったけど、日本の学校とは少し違う感じでした」

「ボールをゴールポストに入れた数を競うとか、基本的には個人戦で、ゲーム要素がある感じです」

「勝負というよりは遊びって感覚が強くて、ワイワイしてましたね」

一般的に団体戦で、ルールがきっちりしている日本の運動会とは、異なる雰囲気。

「インターナショナルスクールの子は、楽しむために学校に来てるような印象でした」

授業も楽しく、特に「ヒューマニティ」という、各国の文化を学ぶ授業が好きだった。

「ロンドンに住んでたからか、外国の文化を知って視野を広げたい、って気持ちがあったんです」

「授業では、人種差別や環境問題にも触れていて、少し興味が湧きました」

ドラムに熱中した日々

もう1つ、好きだった科目が「音楽」。

「授業では、自分たちで自由にパフォーマンスを作れたので、友だちと好きな曲を演奏してました」

「『みんな一緒に、リコーダーでこの曲を吹きましょう』みたいなことは、なかったです」

小学3年生の頃から、熱中していたものはドラム。

「授業が始まる10分前に、音楽室に走って向かって、ドラムセットを占領してました(笑)」

「体験授業で初めて叩いた時にすごく快感で、ストレスが発散できて、一気にハマりました」

小学5年生で友だちとバンドを結成し、校内のイベントでパフォーマンスを披露する。

「自分がドラムで、ギターやピアノを集めて、テイラー・スウィフトとかジョナス・ブラザーズとか、好きな曲を演奏しました」

「体育館のステージで演奏したんですけど、すごく楽しかったです」

ドラムを叩き、演奏することが楽しいだけで、音楽を仕事にしようとは考えなかった。

「将来のこととかは、何も決めてなかったです。ただただ、ドラムに時間を使ってた感じでしたね」

同じ頃、ギターにも興味を持ち、演奏の幅を広げていく。

人に言ってはいけないこと

小学4年生の時、母から思いがけない言葉をかけられる。

「佳恋はもしかしたらレズビアンなのかもしれないけど、学校とかではあまりみんなに言わないほうがいいかもね」

自分のどこを見て、母がそう感じたのかはわからない。

「ある日、急に言われて、すごく頭に残りました。なんて返したらいいか、わかんなかったです」

インターナショナルスクールでは、「レズビアン」「ゲイ」という言葉が、ジョークのように使われていた。

「意味は知ってたけど、からかう言葉って印象でした」

「だから、お母さんの言葉で、レズビアンって悪いことなのかな、って思い始めちゃって・・・・・・」

大人になってから、その言葉の真意を聞いたことがある。

母は「佳恋がいじめられないように、人には言わない方がいいって思ったんだ」と、話していた。

母なりの愛情の言葉だったが、当時の自分には少しショックなものだった。

03一緒に過ごしたかった人たちと場所

みんなと仲良くなりたい

インターナショナルスクールを卒業し、中高一貫校のインターナショナルコースに進む。

40人程度のクラスで、半数は英語が話せなかった。

授業や行事は、一般的な日本の学校と変わらず、たまに英語での授業があるくらい。

「中学生の時は、みんなと友だちになりたくて、いろんな人に声をかけてましたね」

「周りからは、『佳恋って1つのグループに属さないで、みんなと遊んでるよね』って、言われてました」

学年が上がるにつれて、インターナショナルコースのメンバーは減っていく。

「医者とか、具体的な夢を目指すために、別のクラスに移る子が多かったです」

「高3になる頃には、13人くらいになってました」

「クラスメイトの仲は良かったけど、週5日一緒に過ごしてるので、飽きてるところもありましたよ(苦笑)」

自力で探したボーカルスクール

中学ではバスケットボール部に入ったが、熱中できず、すぐに退部を決意。

「軽音部がよかったんですけど、高校生にならないと入れなかったんです」

「結局部活には入らずに、中2から学外のボーカルスクールに通い始めました」

話は、中学1年で行ったカナダ旅行にさかのぼる

一緒に行っていた友だちの母親が、「佳恋は声がいいから、頑張ればすごい人になれるよ」と、言ってくれた。

「そのひと言で、ボーカルを頑張りたいな、って思ったんです」

小学校で熱中したドラムをやめ、歌とギターに集中した。

「近所に、アルメニア人の先生がやってるスクールを見つけて、行き始めました」

「レッスンに洋楽を取り入れていて、馴染みやすい環境で、すごく楽しかったです」

歌がうまくなりたい。その気持ちだけが、原動力だった。

制服やマナーに抱く違和感

「制服のスカートやリボンは、自分に合わないような感じがしてました」

女の子同士で話している時、胸に関する話になると、強引に話題を変えた。

「胸の成長の話とかは、なんか嫌だな、って思って・・・・・・」

女友だちから、「佳恋ってトイレに行かないよね」と、言われたことがある。

「女子トイレに入りたくなくて。でも、男子トイレも変だから、学校ではトイレに行かなかったです」

「修学旅行で、大浴場に入るのも戸惑いました。胸を見せたくない、って気持ちが大きかったんです」

担任教師に「大浴場に入りたくない」と訴えるも、「深く考えないでいいんじゃない?」と、取り合ってもらえなかった。

日本らしいマナーや校則も、入学したばかりの頃は慣れなかった。

「『座る時は脚を閉じなさい』とか『スカートは膝丈にしなさい』とか、インターナショナルスクールでは聞いたことがないルールばかりで、驚きました」

マイナスの感情が湧いても、我慢できたのは、友だちがいてくれたから。

「クラスのみんながいい人で、やさしい心を持ってて大好きだったから、この学校にいたい、って思えたんです」

そう思わせてくれた中の1人は、初恋の相手。

04ずっと言葉にできなかった気持ち

いつの間にか芽生えた恋愛感情

中学に入って半年が経つ頃、クラスメイトの女の子に、特別な感情を抱く。

「真面目で、誰よりしっかりしてて、人として尊敬できる子でした」

彼女は男の子にモテるタイプで、頻繁に愛の告白を受けていた。

そのたびに、「ごめん、私は佳恋が好きだから」と冗談めかして、断っていた。

「『私の彼氏は佳恋だから』みたいに、ふざけて言われたこともありました」

「周りからも、『2人はラブラブじゃん』みたいに言われてたんです」

いつしか、自分が抱く「好き」は恋愛感情なのではないか、と思うようになっていく。

しかし、小学生の頃の母の言葉が、頭をよぎる。

「女の子が好きって感情は悪いものって感じてしまって、その子に気持ちを伝えられなかったです」

通じ合わない2人

中2になると、彼女に恋人ができた。相手は男の子。

「告白するつもりはなかったんですけど、その時はつい『好きだったんだけどな』って、言っちゃったんです」

「口から出ちゃっただけだから、YESかNOかは聞きませんでした」

「その時、彼女から『うれしい』みたいなことを言われたんです」

自分だけが一方的に好きなわけではないのかもしれない、という予感がした。

しかし、彼女には恋人がいたから、関係が発展することはない。
想いを伝えた後も、それまでと変わらず、一緒に遊んだ。

ある日、彼女から、突然こんな話をされる。

「最近思うんだけど、ちょっと男子っぽい感じの女子が好きかも」

この言葉は、彼女から自分へのアプローチではないか、と感じる。

「周りにボーイッシュな女子が、自分以外にいなかったんです。遠回しに気持ちを伝えてくれてるのかな、って思ったりもしました」

それでも、2人の思いが通じ合うことはなかった。

女性が好きだという感情

彼女への想いは、中高6年間、ずっと引きずったままだった。

「高校を卒業した後も、会ったりしてたんです」

2人で話していると、彼女から「やっぱりあの時、私も好きだったかも」と、打ち明けられる。

その言葉がきっかけで、2人の距離は一気に縮まり、つき合うことができた。

「それが初めての恋人でした」

「実際につき合うと、うまくいかないこともあって、6カ月くらいで別れてしまったんですけど(苦笑)」

中学から現在に至るまで、男性に恋心を抱いたことはない。

「男性を好きになったことは、1回もないです。恋愛対象は、女性なんだと思います」

05本当の自分を親友に打ち明ける覚悟

加われないコイバナ

中学生にもなると、恋人がいる友だちも増えていく。

「中1の時とか、クラスに5組くらいカップルがいて、何が起きてるんだろう、って思いました(笑)」

友だち同士での会話も、恋愛が占める割合が大きくなる。

「みんなでコイバナをする時、『最近どうなの?』って聞き合うけど、自分だけスキップされることがありました」

「友だちは何かを感じてたのかもしれないし、自分に聞くのが怖かったのかな」

女の子も男の子も、自分とは等しくコイバナを避けていた気がする。

「自分だけが変な人なのかな、って思ってしまいましたね。でも、今は、みんななりの気遣いだったのかな、って思います」

好きだった子と自分の関係を見たクラスメイトは、配慮してくれていたのかもしれない。

抑えきれない苦しみ

友だちと同じようにコイバナができない状況に、だんだん苦しさを感じ始める。

「自分だけで抑え込みたくない、世に出していきたい、って気持ちがありました」

「でも、人に話すことは怖かったです」

クラスメイトの男の子たちは、「レズビアン」や「ゲイ」を、からかいの言葉として使っていた。

保健の授業で、教師が「LGBTの人はエイズにかかりやすいから、気をつけなさい」と、言っていた。

まだまだ理解されないものなのではないか、と不安ばかりが増していく。

「それでも、やっぱり明かさない状況が苦しくて、一番の親友に話しました。直接話すのは怖かったから、Skypeで」

画面越しに「言わないといけないことがあるんだけど、あの子のことが好きなんだ」と、女の子への片想いの話をした。

「親友は、『それでも佳恋のことが好きだよ』みたいに、言ってくれました」

「否定的なリアクションは一切なくて、安心しました」

親友へのカミングアウトをきっかけに、仲良しの女友だちにも伝えていった。

解放された感情と理解できない気持ち

「クラスの中でも、特に信頼できる5人くらいに話したんです」

「気持ちがすごくラクになって、生きやすくなった感じがしましたね」

「カミングアウトしたことで、さらに打ち解けられた、って感じました」

「女の子が好き」という感情は伝えた。しかし、「女子トイレに行きにくい」という違和感については、話さなかった。

「女子トイレは嫌だったけど、なぜそう感じるのか、自分でもわかってなかったんです」

「気持ちを言葉にできなかったから、違和感のことは言いませんでした」

 

<<<後編 2019/11/09/Sat>>>
INDEX

06 ジェンダーノンバイナリーという性
07 LGBTの存在を発信するツール
08 自分が世の中に伝えていけること
09 アメリカの地で知った現状と課題
10 多様な文化に触れてきた自分の強み

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