02 ストレスフルな思春期
03 共存する男性と女性
04 本当の自分が見つからない
05 女性らしく振舞う
==================(後編)========================
06 FTMへの気づき
07 自分らしいスタイルで
08 転職活動
09 心からあふれ出たカミングアウト
10 セクシュアルマイノリティであることにとらわれない人生を
01女性らしい自分に違和感がなかった幼少期
自分らしくいられた小学校時代
体が強くなく、風邪をひいて寝込むことが多かった幼少期。
集団でいるのは苦手で、一人で静かに遊ぶことが多かった。
「知育玩具で一人黙々と遊んでいるのが好きでした」
兄弟は姉と弟。
姉と一緒にお人形遊びをしたり、姉が選んだ少女漫画をおさがりでもらって読んだりしていた。
姉の影響もあるのか、セーラームーンなど女の子が好きなものが自分も好きだった。
「姉とは違って、自分の言いたいことを言わずに抑えちゃう性格。与えられたことを黙々と取り組む子どもで、それが好きなのか、嫌いなのかということはよくわからずやっていました」
髪形や服装もこだわりはなく、母親に与えられるがまま。
女の子らしい恰好の自分に疑問を持つことなく、自然に受け入れていた。
「小学校高学年になると、アニメ家さんが描く絵を好きになって」
「戦隊ものやエヴァンゲリオンみたいな大人向けのアニメとか他にも角川のアニメとかが好きでしたね」
90年代後半は、ちょうど世の中にユニセックスな遊びが増えてきて、アニメやゲームなど男女関係なくみんなで楽しむことができた。
自分の好きなアニメやゲームの話題で盛り上がれる友人が増え、仲間と遊ぶことが増えた。
「今思えば小学校高学年の時がすごく生き生きして、自分らしくいられたなと思います」
愛情を注いでもらった両親への思い
生まれ育ったさいたま市岩槻区は「人形のまち」。
実家も祖母の代から日本人形づくりを生業とし、小さい頃から自宅の作業場で両親が仕事する姿を見てきた。
「自営業なので、いつも家に父と母がいる環境。すごく大事に育ててもらったなと思います」
小さい頃から、いっぱい愛情を注いでもらっているというのは肌で感じていたから、親の言うとおりにしないといけないと思った。
だから、反発もしなかったし、違うと思ったことがあっても歯向かうことは決してしなかった。
いい子でいようと思っていた。
02ストレスフルな思春期
やりたいことができない
中学に入って、めんどくさいと思うことが増えた。
本当は絵を描くのが好きなので美術部に入りたかったが、親のすすめで仕方なく陸上部に入部した。
親は、陸上大会で賞を獲ってほしいと思っていたのかもしれない。
でも、ちゃんと練習をする気もおこらず、すぐに辞めてしまった。
また、中学1年から塾に通うようになったため、好きだったアニメやゲームに時間を割くことができなくなってしまった。
塾に通うようになったのも親の希望。
親が望む高校に入らなければいけないと思っていたし、親が望む進路に進むためには受験勉強をしなきゃいけない、それ以外に選択肢はないと思った。
大好きなアニメの絵を描いていても将来にはつながらないということが分かっていたから、親に従ったというのもある。
自分の好きなことを制限され、やりたいことができなかった。
それならばもうどうでもいい。
すべてが無気力だった。
そんな中、インターネットでアニメ家さんの絵を見るのが唯一のストレス解消だった。
突如出現した男性的な自分
中3の春に、突如男っぽい性格の自分が出てきた。
それ以前は親の言うことを何でも聞いていたし、親に歯向かうことなんて決してなかったのに、「自分はこうしたい!」という意志が出てきた。
初めて親に反抗するようになった。
「高校に行きたくないし、行く理由がわからない」
「自分で行く高校を選べないなら行かない」
親に意見した。
親は“高校受験で大変な時期だし、反抗期だから”位に思っていたのだろう。
性格の変化を深刻に捉えていなかったと思う。
しゃべり方も男性っぽくなって、急に男性向けの服を着るようになった。
この急激な変化に自分自身がとても驚き、戸惑った。
「今までの自分は、一体どこにいったんだろう」
周りの女子たちは女性らしさが増していくのに、自分はその逆。
女性らしい自分がどんどん消えていくのを感じた。
性格が男性的になっただけでなく、グラビアなどの女性にも興味を持つようになった。
同い年の中3の男子と同じような思考。
男子の話している内容に興味が沸いたし共感できた。
「当時グラビアアイドルがすごく好きで、深夜番組の『トゥナイト2』をよく見ていて、元気をもらっていました(笑)」
03共存する男性と女性
男性の自分と女性の自分
とはいえ、攻撃的な男性の自分に完全に切り替わったわけではなかった。
例えば、親に叱られて落ち込んだ時には、弱気な女性の顔をのぞかせることもあった。
「自分のやっていることはいけないこと。なんで反抗しちゃんたんだろう、って思うんです」
男性的な自分とは、自分の意志を持って行動し、やりたいことはやってしまう自分、親に反抗してしまう自分だ。
女性的な自分とは、幼少期の頃からの親の言うことを何でも聞いていた自分、いい子でいないといけないと思う自分だ。
男性・女性の両面を持っていて、その時々で切り替わる感覚があった。
男性・女性の両面を持っている感覚
男性・女性の両面を持つようになってから記憶があいまいになり、ほとんど起こった出来事を覚えていられなくなってしまった。
「一人の人間としてうまく機能していない感じで、男っぽい自分と女っぽい自分の両方を行き来していて、勝手に切り替わってしまう」
「男っぽい自分の時に髪を派手な色に染めてしまい、その後、女っぽい自分が、なんでこんなことしちゃったんだろうと思うような」
自分の中に2人の人間がいるような感覚だ。
何がとは明確に言えないが、明らかに自分は周りとは違う。
「自分が女の子ではないなと感じて、すごく孤独になりました」
できるだけ男っぽい自分を封じ込めようとしたし、女性の自分であろうとした。
男性・女性の両面を持っている感覚にとても動揺したが、意外にもこの問題に対してすごく悩むということはなかった。
「思春期だから表の自分、裏の自分みたいなのがでてきちゃったのかな」
「今は思春期だからこうなっているけれど、本当は女なんだから(大丈夫)」と思っていたからだ。
それでも、両方の性を持つ自分に戸惑い、心の中での葛藤が強かったのか、中学3年の時期は、友人と会話することも少なく、特にその頃の記憶はあいまいだ。
04本当の自分が見つからない
心の葛藤を抱えた高校時代
中学3年の時期は、親に反発し言い争うことが幾度もあった。
それでも何とか高校受験をして高校に入学することができたが、半年たたないうちに辞めてしまった。
その後、もう一度高校を受け直したが受からず、高校には通わず大検を取得するという道を選んだ。
通学し続けることが難しかったのは、自分の心の内でずっと葛藤を抱えていたから。
「親のためにもこんなことではいけない」と思っていたが、上手くいかなかった。
「当時は、頭(脳)と体が一致していないことと、性別に違和感があることが同じことだとは、まったく思っていなかったので、どうして本当の自分が見つからないんだろう、といつも考えていました」
「それから、この場所じゃなくて別の環境に行けば自分は変われる!自分を見つけることができる場所がきっとある!と思っていました」
高校を中退して同級生が周りにいない環境になると、やっと心の落ち着きを取り戻すことができた。
今振り返ってみると、高校の中で女の子として存在していることがつらくて、同級生と一緒にいると自分を保てなかったのだと思う。
大学生活
高校は行かず、大検取得後に大学に進学したが1年で中退。
その後、多摩美術大学に入学しなおした。
「高校・大学と中退していたので、もうこれ以上は(やめられないな)というのもあったと思いますし、大人になるにつれて環境で何かが変えられるものではないということに気づいたんです」
「もう大人だし、反発したりわがまま言ったりするのはやめよう」と思うようになった。
多摩美術大学の環境は、自分に合っていた。
友達はやさしくていい人たちばかりだった。
また、美大はクリエイティブに没頭する環境であり、個性的な人が多い。
だから、自分が人と違うことをあまり意識せずに過ごすことができたのもよかったのかもしれない。
大学になじむことができた。
少し気持ちが落ち着いてきた頃、女性の自分でいることに抵抗を感じなくなってきた。
「それまではお化粧に抵抗があったんですが、やってみたらなんてことはない」
「お化粧する自分の顔が気に入ったし、女性らしい服装にも抵抗がなくなったんです」
社会で生きていくには、女性らしく振舞うほうが得なんじゃないかと思うようにもなった。
もうこのまま男性の自分は消してしまおう。
05女性らしく振舞う
女性である違和感
大学3年生の時、就職活動を始めたが自己分析でつまづく。
「自分とは何なのかがわかっていなかったから、自己分析ができなかったんです。自分の何がアピールできるのかもわかりませんでした」
それでも、なんとか社会人になることができた。
女性として採用されたのだから、もう男性の自分は封じ込めてしまえばいいと思った。
「学生時代は個性的な人がいても特に問題視されなかったけれど、社会人になると、みんなと同じでないと変な目で見られてしまうんです」
「自分が女らしく振舞えないな」「女の子のしぐさや気遣いが自然と出てこない」と同僚の女性を見て思った。
「あまり女の子っぽくない同僚もいたけれど、そういう子ともなんだか違うなと思っていました」
社会に出てから、より人と違う自分、他の女性との違いを強く感じるようになった。
「何で自分みたいな女の人がいないんだろう」
次第にうつっぽくなっていった。
心の支えとなった初めての恋人
就職先で初めて恋人ができた。
初めて自分のことを好きになってくれた人だ。
同じデザイナーの細身の男性。性格が似ていたので、この人は信頼できると感じた。
好きになった。
「それまで自分の存在がとても不安定に思えたから、一人じゃ生きられないと思っていたし、自分はすごく孤独だったから、誰かに身を任せたいとずっと思っていたんです」
だから、彼と付き合うことですごく気持ちが楽になれた。
すごく好きで、「この人を頼らないと生きていけない」と思った。
彼からは女性的な自分を求められていたので、自分もそれに応じて女性らしく振舞っていた。
彼のためだと思えば、女性らしく振舞う自分は嫌ではなかった。
でも、女性らしい自分は本当の自分ではないとも感じていた。
彼には男性的な自分がいることはまったく話していなかったが、ある時「目がギラギラしているのが嫌」だと言われたことがあった。
もしかしたら彼は何かを感じていたのかもしれない。
「彼もすごく繊細な人だったので、私が支えてあげないとダメなんじゃないかと思っていました」
「そうしているうちに彼のことにかかりっきりな状態になってしまいました」
それが原因で、関係がうまくいかなくなってしまったのだ。
長年彼とのお付き合いは続き、結婚すると思っていたが、昨年別れた。
<<<後編 2017/09/10/Sun>>>
INDEX
06 FTMへの気づき
07 自分らしいスタイルで
08 転職活動
09 心からあふれ出たカミングアウト
10 セクシュアルマイノリティであることにとらわれない人生を