INTERVIEW
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夢のいくつかはもう叶ってる。養子縁組で思い描いた家族になった【前編】

子どもの頃から「女の子らしさ」に違和感を覚え、特にスカートを履くことを拒否し続けた。小・中・高でいじめを受け、手首に彫刻刀を当てた。高校1年のとき、自分がレズビアンでなくトランスジェンダーであることを知る。両親に相談してホルモン療法を開始した。以降、理想の生き方を探し求め、ついにトランスジェンダーであることのプライドと素晴らしいパートナーと暮らしている。

2022/07/27/Wed
Photo : Tomoki Suzuki Text : Shintaro Makino
石倉 摩巳 / Mami Ishikura

1987年、神奈川県生まれ。中学校でソフトボールを始め、4番キャッチャーで頭角を現す。大学では “おなべバー” でのアルバイトを経験、ろう者のカルチャーに触れるなど、自分らしい生き方を模索した。セクシュアリティは、トランスジェンダーFTM/ポリセクシュアル、男性への戸籍変更を望んでいない。現在は、精神障害や発達障害があるLGBTQの就労を支援する就労移行支援事業所にて管理者を務めている。

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INDEX
01 幼稚園の頃から女の子らしいことは嫌い
02 上下関係が超厳しいソフトボール部
03 出会い系を使って沖縄の男子と知り合う
04 もしかしてレズビアン?
05 レズビアンじゃなくて、トランスジェンダーなんだ
==================(後編)========================
06 リスカがバレてカミングアウト
07 「ゴッドファーザー」に出てくる男が本物の男!?
08 おなべバーでのアルバイト
09 待ちに待ったホルモン療法開始!
10 パートナーとは養子縁組を選択

01幼稚園の頃から女の子らしいことは嫌い

理想的な二世帯住宅

父親は声楽家で、子どもの頃には現役でリサイタルも行っていた。居間にクラシックが流れる音楽好きの一家だった。

「母も大学でピアノを専攻した人で、実は音大の先生と生徒の夫婦なんです」

約8年前、将来を見据えて玄関別の二世帯住宅に引っ越した。ちょうどその頃、今のパートナーとのつき合いが始まった。

「パートナーは、タイミングよくそこに引っ越してきたんです(笑)。今は猫2匹です。と一緒に暮らしています」

両親が結婚してから10年目にようやくできた一人っ子。小さい頃から大切に育ててもらったという意識が強い。

「だから、いつまでも親のそばにいてあげたい、という希望もありました。玄関が別ですから、パートナーも気遣いの必要がありませんし、とにかく便利です」

「思い描いたとおりの暮らしができてます」

母とぼくは、大人になってからも、きょうだいのように仲がいい。

「一緒にご飯を食べにいったりして、何でも相談できます。今までつき合ってきたパートナーさんも、みんな紹介してきました」

子どもの頃は教育熱心で、「100点を取って当たり前」という考えももった厳しい母だった。

一方の父は穏やかな性格で、「マミは大器晩成型だ。今は50点取れていればいい」と励ましてくれた。

「ぼくのセクシュアリティを先に認めてくれたのも父だったんです。尊敬してます」

愛情に飢えてる!?

女の子らしさに対する違和感は、幼稚園生の頃から感じていた。

「何か色を選ぶときに、絶対に赤やピンクは選ばなかったです。黒や青が好きでした」

ある日、幼稚園のお絵描きの時間に、黒と紫だけで絵を描いた。

「その絵を見た先生が、うちの母に、この子は愛情に飢えているっていったんですよ(笑)」

人一倍愛情を注いできたつもりだった両親は驚いてしまったという。

「赤いランドセルも嫌でしたね。でも、それしかなかったから、しょうがないって諦めました」

諦められなかったのはスカートだ。ズボンがいいと駄々をこねたが、母はそれを許してくれなかった。

「母の妥協案がキュロットでした(笑)。スカートを履きたくないっていう感情は、そのあともずっと続きました」

当時、女子に多かった習い事も受けつけなかった。

「母にピアノを習い始めたんですけど、手をピシって打たれるのが嫌で、すぐにやめちゃいました」

幼稚園ではサッカー、小学校高学年では野球チームに入った。

「本当は空手をやりたかったんですけど、それはダメっていわれました(苦笑)」

02上下関係が超厳しいソフトボール部

クラスの女子に無視される

小学校低学年までは積極的な女の子だったが、5年生になって様子が一変する。

「クラスの女の子たちは、一緒にトイレに行ったり、団体行動が好きでしたけど、ぼくはもともと女の子らしくしてるのが嫌いだったんで、みんなに馴染めなかったんです」

一人で本を読んだり、あやとりをしたりしていると、「ヘンだ」「おかしい」といじめられるようになった。パンパンに太っていたのも、いじめの原因になった。

「2年間、無視されました。でも、ま、いいかって、そのときは思えてました」

担任の先生もかわいい子ばかりをひいきした。

「親が、高校で受験するより中学受験のほうが楽だろうというので、受験の準備をしていたんです」

「先生はそれも気に入らないみたいで、完全に嫌われちゃいました。ぼく、本当に先生に恵まれないんです」

野球の練習は楽しかったが、男子ばかりのチームで親しい友だちができたわけでもなかった。

「小学校のときは、一人でいることが多かったですね」

私立の女子校に進学

中高一貫の私立女子校に進学した。

「本当は中学生になったら、学ランが着たかったんですよ。共学だと、周りに学ランとズボン姿の男子がいるわけじゃないですか」

「学ランを着ている男子がいるのに、自分はスカートを履いてなきゃいけない。その状況を想像すると耐えられなかったんです」

女子校にいけばスカート以外に選択肢はない。それならば我慢ができる、という考え方だった。

「制服がない、自由な校風の学校も見学にいったんですけど、それはそれで自由すぎて嫌だな、と。複雑な心境ですね(笑)」

野球を習っていた延長で、中学ではソフトボール部に入った。

「母が私の髪をいじるのが好きで、小学生のときは長いポニーテールだったんですが、ソフト部に入って短く切りました」

部活で叩き込まれたのは、厳しい上下関係だった。
練習は高校生も一緒。その厳しさは想像を超えていた。

「休憩時間は、高3の先輩たちから日陰に入るんですよ。中1はほんのちょっとの日陰を分け合って、失礼します! って挨拶をしてからようやく入って・・・・・・(笑)」

しかし、日陰で座るのも上級生から。ようやく座れる番がきても、許されるのは正座だった。

「水は飲んじゃいけない、先生は神様、中1は従者のような存在ですよ(苦笑)。体育会系とは何ぞやっていうことを知りましたね」

過酷な上下関係に晒されながらも耐えられたのは、練習が楽しかったからだった。

「甲子園を目指す野球部のような練習をするのも、よかったのかもしれませんね。先輩たちからもかわいがってもらって、それも励みになりました」没頭出来て性別を忘れられた

もともとプロ野球観戦が好きで、西武の伊東捕手のファンだった。
自らキャッチャーを志願して、バッティングでも頭角を現す。

03出会い系を使って沖縄の男子と知り合う

あだ名は「だんご」

中1の頃、「だんご3兄弟」という歌が流行った。コロコロと太っていたため、クラスでのあだ名は「だんご」になった。

「ときどき、ヤンキーチックな先輩が1年生を締めに来るんですよ。そんな先輩は怖いけど、新入生にとっては憧れの存在でもあったんです」

お嬢様学校でキャピキャピのかわいい子がそろっているなかで、「だんご」は妙に目立つ。

「お前、面白いなってことになって、『おい、だんご!』って呼んでもらって、怖い先輩たちにもかわいがられたんです」

ところが、それがクラスの子たちの嫉妬をかった。

「調子に乗ってるよね」
「あんな子、友だちじゃないよね」

またもいじめの対象になる。

「無視されるようになって、学校に通うのがつらくなりました。部活のためだけに行くようになりました」

初恋の相手はチームメイト

初めて好きになった相手は、同じソフト部のチームメイトだった。

「好きなことは隠していたんですけど、その子の前だと顔が真っ赤になったりとか、隠しきれないでバレちゃいました」

好きだともいっていないのにバレバレで、「気持ち悪い」「レズだ、レズだ」とからかわれた。

「本人には、もちろん告白なんかしたわけじゃないのに、拒否られちゃいました。それで、やっぱり男の子を好きにならなきゃいけないんだ、って思ったんです」

中3のとき、掲示板で相手を探す出会い系サイトが登場した。

「クラスのなかでも、出会い系を使って彼氏を見つけた子がいたんです。ならばこれを使おうと思い立ちました」

出会い系の使い方を友だちに相談すると、「マミが出会い系で彼氏を探すんだって!」と、クラスが騒然とした。

そして、プロフィールの書き方、趣味の書き方などをみんなに教えてもらった。

「それで沖縄の男子高校生と知り合って、メールを始めたんです」

その人を選んだ理由は、沖縄なら遠いから会わなくて済むだろう、と思ったからだ。
男子とはつき合ってみたいけど、会いたくはない。そこが微妙なところだった。

「友だちの教え通り、女の子らしく返信をすることがキツかったですね」

例えば、その頃、一人称は「ウチ」だったが、女の子らしくするには「私」と書かなければいけない。それだけでも苦痛だった。

「そのほかにも、かわいいワードって何? 男が喜ぶ言い回しって何? そんなことを考えると疲れちゃいました」

そうこうするうち、その人が横浜まで会いにくる、という話になってしまった。

「メールのつき合いは長く続いてたんですけど、その瞬間、終わりにしました(笑)」

04もしかしてレズビアン?

女として女を好きになるのがレズビアン

出会い系を使って、別の実験もした。

「あるとき、自分が男になりすまして、女の子とメールをしたんです。これはラクで楽しかったですね」

なんといっても、一人称の「ぼく」や「オレ」を気兼ねなく使えるのが最高だった。

「本当に気持ちよかったですね。でも、まだ写真を送れない時代だったんで、誰に似てるのって聞かれて、ホンジャマカの石塚に似てるよって答えたら、メールをブチって切られました(笑)」

出会い系でも彼氏はできない。
それどころか、かわいい女の子を演じることが苦痛になった。
文化祭にやってくる男子を見ても、全然、響かない。

自分は、やっぱりレズビアンなのか、と悩み始めた。

「レズビアンで検索をすると、『女として女が好きな人』って出るんですよ。『女として』って、いったい何だ? って、今度はそれに悩みました」

遅かった生理が始まり、体は丸く膨らんできた。胸も大きいほうで、ブラジャーをつけたくないと拒否してきたが、それも限界になった。

「男性用の服を着ても、ボーイッシュな女の子にしか見えないんです。いったいこれからどうなるのか、不安を感じ始めたのがこの頃でした」

大道芸で嫌なことを忘れる

中2のとき、大道芸との出会いがあった。

母の知り合いの紹介で、横浜で一番大きい民間クラブ「横浜大道芸クラブ」の見学に行く機会を得たのだ。

「ジャグリングを見て、やってみたい! って思いました。もともと誰かを楽しませたり笑わせたりするのが好きだったんです。実は、無茶苦茶、不器用なんですけどね」

週に一度の練習サークルに通うようになり、中3になると本格的にハマっていく。

「ソフトボールを本格的にやりたくなって、東京で一番強い高校を受験しようと考えるようになったんです。そうしたらそれを知った顧問の先生から、お前はスパイだからもう来るなっていわれて、引退前に部活をやめることになっちゃったんです」

悶々とした気持ちを癒してくれたのがジャグリングの練習だった。大道芸には男女の区別がない。

その世界も居心地がよかった。

「練習に集中したら、部活のこととかセクシュアリティのこととか、嫌なことを全部忘れることができました」

上達すると、チームでのパフォーマンスに参加させてもらえるようになった。出演の時間に応じてギャラももらえる。

これが、さらにモチベーションをアップした。

「高1のときに、横浜の港が見える丘公演でソロデビューしました。ひとりで30分のパフォーマンスをするために、ストーリーを考えて、音楽も用意しなければいけません。一生懸命考えるのも楽しかったですね」

たくさんの人の前で、「ぼく」と堂々といえるのも気楽だった。

「得意技は、筒を3段重ねにした上に立って、火のついた棒を回して最後に口で消す、という芸でした。お客さんが多いときは、1回のパフォーマンスでけっこうな収入になりました」

05レズビアンじゃなくて、トランスジェンダーなんだ!

ソフトボール部の陰湿ないじめ

高校は、念願だったソフトの強豪高に入ることができた。そこも中高一貫の女子校だった。

「一生懸命に練習したら、すぐに正捕手の背番号2を取ることができたんです。でも、それが失敗でした」

中学から上がってきたメンバーが多いなかで、「外部生なのに生意気だ」「大したことないのに試合に出てる」「あいつ、面白くない」と、チームメイトから疎まれてしまった。

「同じ学年とひとつ上の先輩から、特にいじめられました」

しかも、運悪くアキレス腱をケガして松葉杖生活になってしまう。

「階段から突き落とされたり、遠征の後の片付けを全部、押しつけられたりしました。先生も助けてくれませんでしたね・・・・・・」

部員の家族もまた、誰かがケガをしたら、それがチャンスだと考えるような人たちだった。

「ようやくケガが治って夏合宿にいったら、ぼくのご飯に虫が入ってたり水浸しになっていたり、いじめがますますひどくなりました」

初めてリストカットをしたのも夏合宿中だった。

「・・・・・・誰にも分からないように、こっそりサバイバルナイフで切りました。それで、すごくスッキリしたんです」

本を読んではっきりと自認したトランスジェンダー

テレビドラマ「3年B組金八先生」で上戸彩が演じたトランスジェンダーの女の子。その存在に強い衝撃を受けた。

そして、エンドロールに出てくる参考文献をメモして、すぐに本を探した。

「本に自分のことが書いてあったんです。ああ、これだ。自分はレズビアンじゃなかったんだ。レズビアンじゃなくて、トランスジェンダーなんだって分かりました」

しかし、それで問題が解決したわけではなかった。むしろ、これからどう生きていったらいいのだろうと、悩みが深くなった。

「朝、家を出ることは出るんですけど、学校に行きたくなくて、渋谷をブラブラして、午後から保健室に登校するようになって」

保健室の先生には、自分がトランスジェンダーであることも話した。

「先生も理解してくれて、資料をいろいろと探してくれるんですけど、先生もどうしたらいいのかは分からなかったんだと思います」

将来のことは見えないままだった。

 

<<<後編 2022/07/30/Sat>>>

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06 リスカがバレてカミングアウト
07 「ゴッドファーザー」に出てくる男が本物の男!?
08 おなべバーでのアルバイト
09 待ちに待ったホルモン療法開始!
10 パートナーとは養子縁組を選択

 

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