01海外で実感した多様性について
── オーストラリア、アメリカ、そしてカナダと3カ国で暮らした経験があるとのことですが、どんなきっかけで海外へと向かわれたんでしょうか。
「オーストラリアのメルボルンが最初です。高校の交換留学生として滞在しました。高校を卒業したあとは、ロサンゼルスでインターンをしたのちに、一旦帰国して就職し、そして退職してからバンクーバーで暮らし始めたんです。カフェでバイトしながら学校にも行って、まるで人生のなかの長い休みを楽しむような気持ちで、2年弱を過ごしていました」
── カナダがもっとも長く暮らしていた国ということでしょうか。オーストラリアやアメリカと違うことって、何かありましたか?
「カナダは比較的都会のバンクーバーにしかいなかったんですが、アメリカに比べると、やっぱりのんびりとしているんですね。そして、移民がとても多い。それが普通なんですよ。まさに多様性のある社会です。いろんな人がいろいろ言いながら暮らしている。ロスや東京で見られるような、都会ならではの他人への無関心さはあまりなくて、人と人の距離が近いなと思いました。その点では、ふるさとである横浜に似ているかもしれませんね。たとえば、県外から来た人に対してウェルカムな態度であることとかも」
── アルバイトをしていたカフェは、バンクーバーのデイビーストリート沿いにあったと聞きました。通称 “ゲイビーストリート” とも言われるほどゲイ・コミュニティが確立されている場所だと、ご存知だったんですか?
「いえ、ぜんぜん知らなくて。面接に行ったら、最近は日本人観光客が増えてきたからって言って、すぐ採用されたのでラッキーだなぁって思っただけで。そのあと一緒にバイトに入った男の子に『私、この店で最初に雇われた日本人なの』と挨拶したら、『僕は長いことバンクーバーに住んでいて、アジア人の知り合いも多いけど、アジア人のレズビアンに会ったのは初めてだよ』と言われて、初めてオカシイナと。そしたら、店長をはじめ、私以外全員ゲイだったんです。でも、私がストレートだと言ったところで、彼らはちっとも驚きもしなくて。ゲイもレズビアンもストレートもいる。それが普通なんです」
── 逆に、柳澤さんにとっては “普通” と感じられましたか?
「レズビアンであることを前提で話されたのには戸惑いましたが、身近にLGBTの人がいることに驚きはまったくありませんでした。小さいころからゲイが登場する映画を普通に観ていたし、メルボルンのホストファミリーは女性同士のカップルでしたし。この人、男性の格好をしているけど、女性だよなって。でも、不思議に思うことはなかったですね」
02横浜でLGBTイベントを
── 海外での経験と翻訳や通訳のエージェンシーという前職での実績を活かして、現在はフリーランスとして国際的な会議やイベントのマネージメントをしているそうですね。
「はい。会場で使用されるパンフレットの翻訳をはじめ、海外の企業が日本でのマーケティングに必要なPR文を作成したり、日本企業のマネージメントチームに参加したり。いろんな方面からお声がけいただいて本当にありがたいです」
── そんななか、「横浜レインボーフェスタLGBT2015」の実行委員に誘われたと。
「そうなんです。実行委員長とは以前からつながりがあって、私がイベント関係の仕事をしているということも知っていてくださっていて。でも、LGBTのイベントに関わるのははじめてだったんです。でも、メルボルンでもバンクーバーでも、友達だったりバイト仲間だったり、ずっとそばにLGBTの人はいました。アルバイトをしていたカフェのあったデイビーストリートでは、プライドパレードが開催されていましたし、街には常にレインボーフラッグが掲げられていました。それに、あのカフェでは、ストレートである私がマイノリティでした(笑)」
── たしかに、そうですね(笑)。では、LGBTイベントを横浜で開催すると聞いたとき、どう思いました?
「代々木公園で開催されている『東京レインボープライド』には行ったことがありましたし、全国にLGBTのイベントがあることも知っていました。でも、それを横浜で開催することはスッゴイことだと思いました。横浜はオープンなイメージがある街ですが、人口が多い分、いろんな考え方が混在しているから。印象的だったのが、『LGBTの権利を主張するだけではなく、横浜をフレンドリーシティにするのが目的』という実行委員長の言葉。街に人が増えれば、地元の事業者が潤う。街全体への効果を長いスパンで考えていることに共感しました」
── そして、参加を決意されたと。具体的にどのようなことを担当されていたんですか?
「企画立案から参加させていただいて、リーフレットを制作したり、地元の企業や行政機関を回って協賛をお願いしたりとか。さまざまな方とお話しさせていただくなかで、すごく話が早い方がいらっしゃる反面、LGBTをまったく知らない方もいらっしゃいました。知らないこと、あるいは知っているけれど理解できないことは、ある程度は仕方がないと思うのですが、そのことが当たり前だと思っている方もいて、驚くこともありました」
── つまり、知らなくて当たり前、理解できないのが普通だと。
「そうです。こちらがLGBTのイベントを開催したいと伝えて、『うーん、わからないなぁ』という反応が返ってくることがありました。わからないとハッキリ言う時点で理解すらしようとしていらっしゃらないように感じられて・・・・・・。そのことを当事者に話すと『そんなの、よくあることだよ』と。でも、初めて目の当たりにした私にはショックな対応でした」
── それでも、数多くのスポンサーを得られたと聞きました。
「本当にありがたいです。市内や県内の事業者さん達に支えられたことは、とても大きな可能性があると思いました」
03見えてきた今後の課題
── 横浜レインボーフェスタは、昨年が一回目だったこともあって、苦労された面も多かったと想像できます。そのあたりから、今後に向けて思うことはありますか。
「多くの企業やボランティアの方に支えていただいて、無事に成功できましたが、課題はたくさん見えました。とにかく、想像を超えて、LGBTの存在すら知らない人が多かったんです。LGBTって何?、そこから説明をしなければならないことも多くて。今回のイベントのおかげで、かなり認知度は上がったとは思うのですが、まだまだ」
── さらに認知度、理解度を高めるためには、どんな方法があるのでしょうか。
「そうですね・・・・・・、先日、横浜市のフォーラム南太田でLGBTと地域をつなぐ写真展があって、そちらを見に行ってきました。そこで、LGBTのことを知ってもらうきっかけとして、写真ってすごくいいな、と改めて思ったんです。当事者だけでなく、当事者の子どもとして育った人の写真もあったりして。いろんな人がいて、いろんな家族のかたちがあるんだということが、とてもよくわかりました。特に『LGBT? わかんないなぁ』と仰る人には、ぜひ見てほしいと思いますね。自分たちと何も違うことはない、普通に身近にいる人たちなのだと気付いてもらえると思うんです」
── テレビでも雑誌でも、LGBTの話題はどんどん増えているように思うんですが、まだ情報が足りないんですね。
「情報が足りないのは確かです。でもそれは多様性という意味では、LGBTに限ったことではないと思います。ハンディキャップのある人、宗教上の理由で食事が制限される人、外国籍の人、いじめられている子ども・・・・・・、すべての問題において、どのようにケアしていくのかを考えなくては。もはや、なにフレンドリーという言葉では表現できないですね」
── LGBTフレンドリーな社会は、目指すべき多くのゴールのうちのひとつでしかないと。
「そもそも自分自身をLだGだと当てはめたくない人もいらっしゃいます。でも、多種多様な人が同じ共同体で暮らしていることが当たり前になれば、わざわざLGBTといったカテゴリーに当てはめなくてもよくなるかもしれません。社会が成熟すれば、LGBT・・・・・・ つまり性的マイノリティの人はもちろん、社会的にマイノリティとされる人も、マジョリティやマイノリティといった垣根を超え、根本に戻れる気がするんです」
04 10年後の新しい社会のために
── LGBTを取り巻く環境としては、オーストラリアやカナダは日本に比べてどうでした?
「日本との大きな違いは、彼らが人と違うことを誇りに思っていることだと感じました。ゲイ・プライドの “プライド”。この言葉は、「ゲイであることをオープンにして生きていることに対する誇り」を表しているんです。いろんな国籍の人が一緒に暮らしている、いろんなセクシュアリティの人が一緒に暮らしている、そんな環境であることが、日本との違いを生んでいるのかもしれないですね」
── 日本には「長いものには巻かれろ」とか「出る杭は打たれる」といった言葉があるように、周囲と同じであることが好ましいという風潮がありますよね。
「そのおかげで秩序が保たれているという点では、すばらしいことだと思います。でも、自分と違うものが外から入ってきたら、その秩序を保つためのバランスをとるのが難しくなる。オーストラリアにもカナダにも、LGBTに対して差別的な人がいないわけではありません。でも、違いを理解しようとする人が多いんです」
── では、そのためにもっとも大切なことは何だと思いますか。
「教育だと思います。私が小学生だったころにも道徳の時間があって、人権を尊重しましょうとか、いじめは止めましょうとか、そういった教育がありましたが、もっと現実的で地域性を考慮した教育が必要だと思うんです。そこで何を教わるのか、ということではなく、教わったことでどう考えるのか、ということに重きを置いた教育が」
── なるほど。具体的な案はありますか?
「身近なところで暮らしている当事者の話を聞くことも、大切な教育になると思います。そして、当事者の話を理解したうえで、子どもたちに接することができるように、先生も学ぶことが重要です」
── 保健の教科書にある「第二次性徴期では異性に対して興味がわく」という、それ以外の可能性を排除するような教育ではなく、ですね。
「ほんと、男の子だから青、女の子だから赤、そんな無意識の固定観念から見直したほうがいいですよね。そういった固定観念があるから、ゲイやレズビアンの人に対しても当たり前のように『結婚しないの?』と聞いてしまう人がいるんだと思います。いろんなセクシュアリティ、いろんな国籍の人がいることを小さなうちから知っておけば、10年後に子どもたちが有権者となったときに、かつては社会的マイノリティとされていた人たちが、もっとさまざまな場で活躍できる社会になっているはずです」
05アライだからこそ、できること
── 柳澤さんはLGBT当事者ではなくストレートですが、LGBTのイベントなどに関わるうえで気をつけていることはありますか?
「ワードチョイスです。たとえば “オカマっぽい” とか、もしかしたら子どものころは他意なく使っていたかもしれませんが、やはり使うべき言葉じゃないなと。で、ふと思い立って当事者の友だちに、『私が今まで発した言葉で、止めてほしい言葉遣いがあったら教えて』と言ったんです。『ぜんぜんないよ』と言ってくれたんですが、身近な当事者が大丈夫だとしても、止めてほしいと思う人がひとりでもいたら、使わないほうがいいのかなと」
── でも、その判断って難しいですよね。何がNGで何がOKなのか・・・・・・。
「そうですよね。なので、用語集のようなものを作りたいんです。同じ想いの人同士が、同じ言葉を使えたらいいなと思って。もし、またLGBTコミュニティの活動に携わることがあれば、やりたいですね」
── 当事者とアライが一緒に気持ち良く活動するための用語集、いいですね。
「ありがとうございます。他にも、当事者が直接言いにくいことを、LGBTを知らない人や無関心な人に伝えたり、また逆に、なぜ無関心であるのか、理由があるのであれば、それを当事者に伝えたり。その間の架け橋はアライだからこそできる、と思っています」
── きっとそうですね。
「でも、ストレートでいいね、結婚できていいね、って、私がアライだからこそ、当事者から言われることもあります。冗談ぽく、ですが。そう言われてしまうと、何も言えなくなります。結婚に関しては、状況が変わりつつあるから選択肢の問題かなとも思うんですけど。あるいは、LGBTは今人気の市場なので商魂たくましいね、とか言われたりもしました。いやいや、ぜんぜん、なにひとつ儲かってないのに(笑)」
── それはショックですね・・・・・・。そんなとき、どう答えるんですか。
「私がLGBTの問題に関わるのは、社会に対する私の疑問を解決したいから。自分が理解できないものを排除しようとする原理、それを変えたい。いろんな人がいていいんだという社会のためには、LGBTは大きなイシューのひとつなんです、と」
── きっと、その想いは伝わるはずです。
「そう、ワードチョイスも大切ですが、こちらが心を開いていれば、お互いに想いは伝わると思っています。言葉を交わすのに、あまりに神経質になってギクシャクするよりも、ときにはムカついたときに思ったこと言い合えるほうが、本当はいい関係なんだろうなって思いますよ。バンクーバーに住んでいたときは、そんな感じでした。ちょっと言い合いになって『うるさい、このゲイ!(笑)』って言っちゃったこともありました」
── そんなことを言い合えるだけの信頼関係があったからこそなんでしょうね。
「お互い様だし、あのときはそんな関係が普通でした。日本でも、もっとカジュアルに参加できるLGBT関連のイベントや、多様性に気づく機会が増えればいいなと思います。そうやって問題を自分ごとにできるアライが増えていって、バランスが整って、成熟した社会に一歩ずつ近づいていってほしいです」