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性自認、生物学的性別、戸籍の性別、すべてが異なる自分のこれまで。【後編】

性自認、生物学的性別、戸籍の性別、すべてが異なる自分のこれまで。【前編】はこちら

2023/09/16/Sat
Photo : Miho Eguchi Text : Kei Yoshida
小林 空雅 / Konomi Kobayashi

1995年、神奈川県生まれ。幼い頃から生活のさまざまな場面で性別によって区分されることに違和感を覚え、次第に「自分は女の子ではないのかも」と感じ始める。13歳のときに性同一性障害(性別違和/性別不合)と診断され、学校と相談したうえでセーラー服ではなく学ランで通学するようになる。18歳で乳房を切除、20歳で性別適合手術を受け、戸籍を男性に変更。22歳になる頃には、自分にとっての性別は女性でも男性でもなく “なんでもない” と気づく。15歳から24歳までを追ったドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき〜空と木の実の9年間』がある。

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INDEX
01 母と姉と “りょうちゃん” と
02 女の子だから赤、男の子だから黒?
03 セーラー服を着たくない
04 自分は性同一性障害なのかも
05 マイクを通して自分の声を届ける
==================(後編)========================
06 戸籍変更までの長い道のり
07 声優養成所とアルバイトの日々
08 しいていえばトランスジェンダーFTX
09 “らしさ” よりも “好き”を
10 話したり書いたりして吐き出せばいい

06戸籍変更までの長い道のり

「マイナス」から「ゼロ」へ

高校3年生、18歳のときに乳房を切除する手術を受ける。

「中学2年生くらいから、胸をつぶして小さくするシャツを着ていて、見た目は平らになるし、気持ちは少しラクでしたが、お風呂に入るときとか着替えるときに、胸が自分の視界に入るので、かなりイヤでした」

そんな身体に対する不快感が、やっとひとつ消える。

「でもまだ、性別適合手術が受けられる20歳まで2年もある。その2年が長かったなぁ・・・・・・」

乳房を切除し、子宮と卵巣を摘出することを、当時の自分は「ゼロに戻す」と表現していた。もともと自分は「マイナス」なのだと。

「当時は悲観的だったなぁ、と思うけど、確かにそう思ってましたね」

「悲観的ではあるけれど、乳房を切除したときはスッキリしたというか、ひとつ、肩が軽くなった感じはしました」

20歳になるまでのあいだはアルバイトでとにかく資金を貯めて、性別適合手術(SRS)を受け、戸籍を変更したら、声優の養成学校に行こうと心に決めていた。

そこで自分はゼロからスタートする、と。

そして待ちに待った20歳。ようやく性別適合手術(SRS)を受ける。

ようやく心置きなく養成所へ

「手術を受けた感想は・・・・・・痛みよりも、全身麻酔の副作用で気持ち悪くなっちゃって、それがつらかった」

「退院して電車で家まで帰ったんですけど、電車に乗っているときも気持ち悪くて、家に帰ってからもオエオエ吐いてしまって」

「実は、そのあとにもう1回、全身麻酔で別の手術を受けたんですけど、そのときもすごい吐いちゃいました。もう麻酔はやりたくない!(笑)」

そんな状況でも、手術を終えた達成感のようなものはあった。

「術後の痛みを感じたときも、痛みがあるってことは本当に手術を受けたんだって実感できたし。やっぱり、おなかが軽くなったなって思いました」

「実は、性別適合手術前にはホルモン注射を一時中断しないといけないんですが、そのせいで手術当日には生理が来ちゃってて。でも、手術が終わってみると、根こそぎ取っちゃったから、もう生理が来ることもないんだなって」

「そしてなにより、これでようやく心置きなく、安心して、養成所に通えるぞって気持ちでした」

「ここまで本当に長かった。しかも乗り越えてきたハードルが、一個一個ものすごく高かったですね」

手術を受けたのが1月で、戸籍変更が3月。

4月から声優の養成所に通い始める。

07声優養成所とアルバイトの日々

印象に残る講師の言葉

「声優の養成所は楽しいだけじゃなく、タメになるというか、勉強になるというか。それまで同世代の人たちとお芝居をする機会なんてなかったし・・・・・・」

「もちろん、講師から教えていただくこともめちゃくちゃありがたかったし、ものすごく刺激になりました」

ダンス、ボイストレーニング、演技をそれぞれ1日ずつ、週3回通った。

「講師から言われたことで印象に残ったことがあります」

「1回3時間のレッスンだったんですけど、『大事なのはこの3時間でやることじゃなくて、1週間のうちの残り6日間と21時間でなにをしてくるか』って言われて、そうか、そうだよなって」

「その6日間と21時間で、どれだけ稽古を積んでくるかが大事。そこで差が出るって思いました」

しかし1年を経て基礎クラスから本科クラスへ進級すると、周囲の雰囲気もあってか、モチベーションが下がってしまい、定期的にレッスンに通い続けるのが難しくなる。

「しばらく頑張ろうと思ったんですが、とにかくモチベーションが下がってしまっていたので、区切りをつけようと退所しました」

性別を言う必要、ある?

声優養成所に通い続けていたあいだも、アルバイトは続けていた。

飲食店やコンビニ、アミューズメント施設など、さまざまな場所で働いた。

インカムで館内放送をすることもあるアミューズメント施設でのアルバイトは楽しかった仕事のひとつだった。

「小林さんのインカムは聞きやすくていいねっ、て社員さんに褒められたこともありました(笑)」

「養成所を辞めたあとも、友だちとオンラインでマイクに声をのせて、お芝居して録音したりしてたから、どういう発声をすればマイクに声がのりやすいのかが、わかってきてたのかも」

しかしアルバイト先で、店主の何気ないひと言に違和感を覚える。

「働き始めた頃に、『新しく男の子が入ったんですよ』って、常連さんとかに紹介くださったんですよ。すごくあったかく迎えられたんですけど、でも、それ、『男の子』って前置きはいらなくないかな、性別を言う必要あるかな、『新しいバイトの子』でよくないかなって・・・・・・」

「自分のなかでは性別ってフラットだから、違和感とかに気づけないんですけど、性別を押し付けられると、『いや違うな』って気づけるんです」

「いまは性別に対してどう言われても、どう思われてもいいんです。肯定も否定もしないし。そう思うなら、そう思ってていいですって感じなんですが・・・・・・」

そのときは「男の子」と紹介されたことで、その性別のカテゴリーに押し込まれたような気持ちになったのかもしれない。

生物学的性別は女性として生まれたが、手術を経て戸籍を男性に変更した。

そのことに後悔はない。

「いらないものを取って、スッキリしました。でも、女性のままだったらできなかったこととか、男性しかできないこととかを意識しないから、 “男性として生きる喜び” みたいなのは、まったくなかったです」

08しいていえばトランスジェンダーFTX

性別は重要ではない

性別は、ない。
そもそも性別という概念がない。

「なんだろう・・・・・・『なんでもない』って表現がしっくりくる」
「重要ではないんですよ、自分にとって性別は」

とはいえ、社会では国籍や宗教、性別、仕事など、さまざまな場面でカテゴリーごとにラベリングされてしまう。

「どうしても性別のカテゴリーとして表現するのであれば、トランスジェンダーFTXになるのかな。でも、本当に自分にとっては必要なくて」

人によっては、同じジェンダーやセクシュアリティの相手と考えを語りあったり、悩みを相談しあったりしたいと思うこともある。

「私も、中学かな、高校生のときかな、母がGID(性同一性障害)メディアの交流会みたいなのを見つけてきてくれて、いろんな話が聞けるよって言われて、何度か行ってみたんですよ」

「お茶飲みながら楽しくおしゃべりして、仲のいい友だちもできたんですが、お茶飲んでおしゃべりするなら、相手がGIDである必要ないかも」

「趣味の話ができるオタクを探したほうがいいかな・・・・・・って(笑)」

トランスジェンダー同士でしか話せない?

「もちろん、手術のことを教えてもらったり、悩みを聞いてもらったりしたい当事者には、同じセクシュアリティの方たちがいる集まりは必要な場とは思っています」

「生きていたら悩むこともあるし、愚痴を聞いてほしいこともあります。そんなとき私は、自分でできるだけ悩みを解決しようとするし、愚痴は誰にでもこぼします(笑)」

「当事者同士でしか話せないことって、私にはないんです」

それはもしかしたら、中学生の頃から本名でメディアに登場し、広くカミングアウトしているような、自分の状態だからこそかもしれない。

セクシュアルマイノリティのコミュニティの大切さも理解しながらも、性別にこだわらずに、楽しさを分かち合える仲間と一緒にいたいと考える。

「私自身はLGBTQのコミュニティに属していないというか、距離が近くはないから、よくインタビューとかで『どんな活動してるんですか?』ってきかれて、そういうの全然してないからごめんなさいって思う」

「だからこそ、インタビューを受けたことが記事になって、誰かのなんかのきっかけになればいいなって思いますね」

「少なくとも、私が社会に馴染んでるかどうかっていうと微妙だけど(笑)。割と “ふつう” に、私のような人が近所に生きてますってことが伝われば・・・・・・」

09 “らしさ” よりも “好き”を

戸籍の性別? 性自認?

最近は日本でも、公的文書に関する書式やアンケートなどで、性別の選択欄に男女以外の「その他」「選ばない」という選択肢を見かけるようになった。

しかし「性別なし」「なんでもない」の場合、どうすればいいだろう?

「性別を選んでください、ではなく、『戸籍の性別を選んでください』とか『生物学的性別を選んでください』『性自認を教えてください』って書いてあれば選びやすいです」

「自分の場合は全部違うから、どれを選べばいいか迷いますね。その他、選ばない、という選択肢は、あれば確かに助かりますね」

「でも、世の中の多くの人が戸籍の性別も生物学的性別も性自認も一致しているでしょうから、そこまで細かい説明を加えたり、項目を増やしたりは難しいかなとは思います」

もしかすると、一致している多くの人のなかには、二択しか知らないから一致していると思い込んでいる人もいるかもしれない。

「そこで『性自認を教えてください』と問われたら、性自認という言葉を知らなかった人は調べるだろうし、『あれ、自分は本当はどうなんだろう』とか、『性自認と生物学的性別が一致しない人もいるんだ』って改めて気づくこともあるでしょうね」

「もっと言えば、性自認とファッション(性別表現)が異なる人もいるし、性自認と恋愛対象は関係ないし。もう少し、たくさんの人にそのあたりのことが理解されるといいなとは思います」

私は生きたいように生きる

ファッションについても、私にとって性別はない。

「今日なんかシャツはレディースだし、羽織は男物だし・・・・・・。髪の毛も、いまは伸ばしてますしね。着たい服を着てます」

「したいようにしたいから。“らしさ” よりも “好き” を選びます」

「友だちから、着ているものに対して『お前らしくないじゃん』って言われても気にしない。まぁでも、そう言われて『これ好きなんだ!』って返したら『へぇ、いいじゃん』って言ってくれるような友だちばかりだから」

「らしさって、自分で表現するものでもあれば、人がそれぞれ評価するものでもあるから、私は人の評価は気にしないですね」

「人がどう言おうが、世の中がどう変わろうが、私は生きたいように生きるし。周りのことなんて関係ないとは言わないけれど、そこまで関係あるとも思わない」

もしも、自分にとって生きにくい世の中に変わってしまうのであれば、その世の中の外へ出ていくこともできるのだ。

「私は群れのなかにいなくても大丈夫なタイプだと思うから」

「逆を言うと、みんなが生きやすくなるように、こういう世の中になればいいよねっていうのもあんまりなくて・・・・・・すみません(笑)」

10話したり書いたりして吐き出せばいい

声優としてドラマCDに参加

自身のドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき〜空と木の実の9年間』のナレーションを務め、最近ではドラマCDの制作にも声優として参加した。

「川崎を舞台にしたリアルファンタジードラマなんですが、私は川崎育ちなので、縁があるなって思ってオーディションを受けたんです」

「CDが発売されたあとにスピンオフイベントとして、リーディングライブというか、朗読劇みたいなのがあって、それにも出演しました」

「やはりCDとか、自分の声が作品になると感動しますね。映画のときもそうだったけど、自分の名前がクレジットに載っていて」

「自分だけじゃなくて、いろんな人と作った作品だし、有名な人とも共演できたし・・・・・・感動したなぁ」

声に関する活動以外には、過去に2回開催して好評だった詩の個展も考えている。

「昔から作詞とかするのが好きだったから。映画の監督に詩を見せたら気に入ってくれて、映画のなかでも出してくれて」

「個展の開催が決まったら、そこに向けてまた詩を書きたいと思ってます」

「でも本当は、これをしたいっていうよりも、穏やかに生きていたいんです。楽しければ、それでいいかな(笑)」

自分の人生なんだから

このまま楽しく、穏やかに生きたい。
それがいまの願いだ。

セーラー服を着るのがつらくて暗い気持ちで過ごしていた中学生の頃の自分と同じように、答えが出ないまま、自身に違和感を感じて苦しんでいる人たちに、伝えたいことがある。

「なにがイヤなのか、どういうことがつらいのか、自分のしんどい状況を少しでも整理すれば気持ちが軽くなることもあると思う」

「話す相手がいれば話して、いなければ自分でノートに書き出すでもいい」

「ただ、『自分の人生だよ』って言いたいですね」

「うーん・・・・・・。自分は共感性があまりなくて、人を傷つけてしまうことがあるんですが(苦笑)。でもいまはそれでいいやって思います」

自分自身が少しでもメリットを感じているのであれば、それはそれでいいと、いまはそう言い切れる。

どんな人にも、苦手なこと、人に伝えるには難しいことはきっとある。

「どうしたいか、どうしようか、まず自分の気持ちを整理すること」

好きにしたらいい。そんな言葉が浮かぶ。

「言い方はよくないかもしれないけれど、自分の人生なんだから、好きに生きたらいいんだよって伝えたい」

LGBTERの記事をご覧になった方へ

今ここを読んでいるのは初めて私を知る人でしょうか。それとも映画や何らかで少し知っている人? もしくはお友達かもしれません。

映画もそうですが、同じものに触れても人によって抱く印象や感想というのはそれぞれ異なる物です。

そして知り得る情報が増えるにつれて、関係が深まるにつれて、あるいは自分の中で噛み砕いていくうちに、その印象が変化していくことがあります。

友達、同僚や上司、自分自身に対する印象や感情の変化さえも、さらに言えば価値観が変わっていくことだって自然と起こりうることです。

 

何かを打ち明けて否定された、逆に何かを打ち明けられて否定してしまった、その根源は価値観の相違であることも多いのではないでしょうか。

新しい考え方に共感し賛同するケースもありますが、自分の価値観と違うから受け入れられない、自分がこれまで信じてきたものを否定するようで恐ろしい、切ない。そう考える人もいるでしょう。

目から鱗が落ちて開ける視界に歓喜するか、見たくないものも見えてしまいそうで不安になるか、場合によりますよね。

しかし考えや価値観が変わるからといって、今までのものを否定し切り捨てる必要もないと私は思っています。その時その時の価値観は、自身が真摯に向き合ってきた確かなものであり、全てが今の自分に繋がる軌跡です。

色々言いましたが、これはあくまで私の持論でしかありません。

私の価値観であって、あなたのものとは違っていい。
皆が皆そう考えている訳でもないし、皆そう考えてくれ! って訳でもない。

私の持論を語ることで「あなたが私について知り得る情報」を増やしてみただけです。

記事を読む前、読んでいる時、そして今。私の印象は変わりましたか?

ただひとつ利己的に願うなら、LGBTERの記事やこのメッセージを読んで否定的な感情を抱いた人も、肯定的な感情を抱いた人も、今はその気持ちを大切にしてほしいです。

 

皆さんの明日が今日より佳き日でありますように。

 

このみ

あとがき
このみさんのメールには、ぬくもりがある。気持ちを言葉にのせるのが上手だから、それはまるで目の前でおしゃべりしている感じ。表情まで伝わる■映画から感じたこのみさんは、どんな印象に映るのかな? なにかにあてはめたらもったいない、と私たちは思った■取材の最後のほうの問いかけに、「好きにしたらいいですよね」と。世間のしがらみを無視しても、バネにしてもいい? もしかしたら「しがらみ?? それもいいですよね!」と、優しく笑うかな。(編集部)

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