02 ひとりのほうがいい
03 もしも自分が女の子だったら
04 性別がわからない
05 勇気をもって踏み出したら
==================(後編)========================
06 性別なんて気にしない
07 数学の教師になりたい
08 クエスチョニングだからこそ
09 カミングアウトすべきか
10 これからの10年は “挑戦”
06性別なんて気にしない
ゲイ男性と恋愛関係に
人間関係は、学校だけでなくSNSでも広がっていった。
小説を書いたり、歌や声劇を投稿したりすることで、気の合う人たちとつながることができたのだ。
「文章を書いたり、歌ったりすることは、もともと好きだったんですが、それを投稿するのってどういうものなのか、純粋に興味があったんです」
「まったく知らない、新しい世界だったので、強く惹かれて」
「音楽共有アプリのnanaに歌を投稿してみたんです」
すると、同じアプリに歌を投稿している1つ年上の男性から連絡がきた。
やりとりを重ねるうちに意気投合し、コラボ作品を投稿するようになった。
「彼は、ゲイなんです。それはやりとりするなかで次第にわかったことなんですが」
「だから僕も、自分はクエスチョニングだと打ち明けて、悩みを聞いてもらったりもしました。で、仲良くなって、会ってみようってことになって」
「会うときは、すごく緊張しました(笑)。でも、SNSでやりとりしていたときにイメージしてたままの人で。好きになりました」
相手が男性であることは、まったく気にならなかった。
「優しくて、頑張り屋さんです。僕を支えてくれようとしてくれたり、逆に彼に悪いところがあったら、僕のために直してくれたり」
自分のも相手のも、性別を気にしない
青森と埼玉の遠距離恋愛が始まって5年が経つ。
いまも自分のことはゲイだとは思わない。女性に対しても恋愛や性愛の感覚があるからだ。
男性に対しても、女性に対しても、好意を抱くことがある。
でも、それは “言われてみるとそうである” だけ。
「いままで、性的指向について考えたことがなかったんです」
「小学校のときは、周りの男子が女子を好きになるのを見て、合わせていた部分もあったかもしれないんですが」
自分自身が男性なのか、女性なのか、わからなくなって、自分の性別自体に違和感をもっていたこともあり、自分が誰を好きになるかというところまで突き詰めて考えてみることはなかった。
「高校生になって、スマホでいろいろ調べたときに、ようやくLGBTのことを知ることができて、“性別がわからない” という状態があるんだってことがわかって」
「その時点で、性別に対して違和感や疑問をもつ必要はないんだって思えるようになったんです」
「それからは、自分の性別も、相手の性別も、気にしなくなりました」
いまは、“性別がわからない” ではなく、“性別を決めていない” という理由から、自分をクエスチョニングだとしている。
「たまに女装をしてみたい気持ちになることもあるし、気にしなくなったとはいえ、自分の性別が気になることもあります」
「私生活がうまくいっていないときとかは、悩んじゃうこともありますね。でも、大抵は大丈夫。乗り越えられるようになりました(笑)」
07数学の教師になりたい
自力で答えを出していけるように
高校生の頃から、教師になることが夢だった。
教師になって数学を教えたいという思いから、教育学部を目指したこともあったが、進路指導の先生の勧めもあり、大学は理工学部へ進学した。
「生徒に、数学の楽しさを伝えたいんです」
「公式を覚えるだけじゃなくて、その公式がどうやって作られたかってところを考えるのが重要だと思っていて」
「ただ公式を使えばいいのではなく、どうしてこの公式を、ここで使うのかとか、説明していくのがとっても面白いので、生徒にも、その楽しさが伝わればいいなって思ってるんです」
自分で考えて、自力で答えを出していけるように導きたい。
そんな先生になることが夢だ。
思い描く指導者の姿には、自分をひとりの自立した人間に育ててくれた母が重なる。母の教えが、いつしか自らの考えに息づいていたのだろう。
子どもたちの言葉が励みに
その夢を叶えるべく、大学では勉強に励むかたわら、小学生の子どもたちと遊ぶことを主な活動としているサークルにも積極的に参加した。
「これも、新しいことをやってみようというアクションのひとつです」
「子どもたちが楽しめるようなイベントを考えて、楽しく安全に遊ぶことを目的としてます。子どもたちが、ものすごく元気なので大変ですが、やりがいはありますね(笑)」
段ボールで工作したり、本の読み聞かせをしたり、イベントによって遊びの内容はさまざま。その都度、サークルのみんなで協力し、知恵を絞って工夫をして、イベントを盛り上げている。
「相手にする子どもの年齢は違いますが、僕は高校で数学を教えたいと思っているので、いつか教員になるんだったら、子どもと関わる経験もあったほうがいいだろうって思ってます」
「何より、イベントが終わったあとに子どもたちから『楽しかったよ』とか言われるのが、すごくうれしくて。それがあるから、また次のイベントもがんばろうって思えます」
「子どもたちがお礼としてダンスを見せてくれたこともあるんですが、とてもレベルが高くて、すごいなって驚きました」
「僕たちのために練習してくれたのかと思うと、さらにうれしいですね」
08クエスチョニングだからこそ
クエスチョニングの認知度の低さ
クラスメイトをはじめ、周囲との関わりをほとんどもたなかった小学生時代。
部活で仲間との交流の価値を知ることができたが、いじめをきっかけに再び関わりを絶ってしまった中学生時代。
奨学生のキャンプや学校でのイベント、SNSでのつながりから、世界が広がり、自分の性別に対する理解が深まった高校生時代。
そしていま、大学でのサークル活動やSNSを通じて、カミングアウトする機会が増えてくるなかで、“自分の性別を説明する難しさ” を感じることがある。
「現在は “性別を決めていない” という意味でのクエスチョニングだと説明しているんですが、そもそもクエスチョニングという言葉を初めて聞く人も多いので、ある程度、自分の言葉で説明できるようにしておく必要があるな、と思ってます」
「もちろん、誰にでもどんどんカミングアウトしたら、自分がつらくなってしまうだろうから、自分自身のペースを守って、この人ならばと思った人にだけ伝えるようにしてますが」
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を組み合わせ、性的マイノリティを表すLGBTという言葉が認知されるようになっても、クエスチョニングについてはあまり知られていない。
「LGBTは知っている人でも、その4つ以外についてはイメージしにくいだろうし、こちらもちゃんと説明できているか不安になります」
「どうやって説明したら、クエスチョニングのことを、自分のことを、理解してもらえるだろう。そんなことを考えて、悩んだりすることも」
「最近では、LGBTQ+という言葉も広まってきていますし、少しずつですが、クエスチョニングについて知っている人も増えてきて、説明しやすくなっているかなとは思います」
「僕はクエスチョニング」。説明する言葉をもっている
しかし、クエスチョニングという言葉を説明できたとしても、なぜ性別を決めていないのか、その理由を説明するのはさらに難しい。
性的マイノリティのなかでも、言葉自体があまり知られていないうえ、説明するのが難しく、カミングアウトの際にも慎重にならざるを得ないのが、クエスチョニングの大きな悩みのひとつだと言えるだろう。
「でも、いまはずいぶんラクです」
「一番モヤモヤして、つらかったのは中学生の頃。まったく情報がないままで思春期に入ってしまって、自分の性別に対してどう向き合えばいいのか、どう振る舞えばいいのかわからなくて」
「いまは、『自分はクエスチョニングです』と言えるし、説明する言葉をもってるし、生きやすくなったと思います」
09カミングアウトすべきか
性別を隠しているという罪悪感
自分の性別のことを相手に伝えるかどうか。
伝えるならばどのように伝えるのか。
この2点には、いままで何度もぶつかってきた。
おそらくこれから大学を卒業し、就職して社会に出て、新しい世界で生活する際には、いままで以上にぶつかる機会も増えるだろう。
「このLGBTERの取材をとおして自分の性別について話すことで、例えば就活の面接とかでも、話せるようになれればいいな、と思っていて」
「いまはまだ、面接で、そういった話がしにくくて」
実は、教員免許取得に向けて、数ヶ月前に教育実習があり、そこで、カミングアウトしていないことから、苦しい思いをしたのだ。
「特に、なにかがあったわけではないんですが。教育実習の現場でカミングアウトしていないことが、自分の秘密を隠しているように思えて、罪悪感を感じてしまって・・・・・・」
「どうしても耐えられなくなって」
「担当の指導教員に時間をいただいて、自分の性別の話をすることで落ち着いたんですが・・・・・・。そういうのを考えると、就職する前に、面接のタイミングで言ったほうがいいのかなと思ったんです」
「言わないまま働いていると、また罪悪感を感じちゃうのかなって」
カミングアウトで傷つくことも
LGBTを取り巻く就職の問題について、ネットでさまざまな情報に触れるうちに、不安も膨らんでいく。
「ある地域で、トランスジェンダーであることを理由に教育実習を受けられなかったことがあった、という記事を読みました。それで余計に、面接の段階でカミングアウトしておいたほうがいいのでは、と」
「でも、反対に、入社したあと、周囲との信頼関係が築けてからのほうが、話しやすいだろうし・・・・・・と、考えることも何度もあって」
「本当に、悩んでしまうんですが・・・・・・。信頼関係があったほうが話しやすいけれど、理解されなかったり、拒否されたり、相手の反応によっては、深く傷つくこともあるだろうし、それも怖いんです」
ならば、やはり、お互いをよく知らない段階でカミングアウトして、ダメならダメ、というほうが傷も浅いのではとも思う。
そもそも、トランスジェンダーが入社する場合、トイレや更衣室など、男女で使用する場所が異なる設備の使用に不都合が生じた場合などは、必要に応じて、自らの性別について説明することもあるだろう。
さらに、クエスチョニングにとっての職場での不都合とはどのようなものなのか、しっかりと見極めてから行動に移る必要があるのでは。
職場では、必要以上にプライベートについてオープンにしないという考え方もある。カミングアウトするもしないも自由だ。
入社する前に、面接の際に、伝えるのか。
それとも、入社してから、実際に不都合なことや困りごとが生じたときに、伝えるべき相手だけに伝えるのか。
全員にとって最適な答えは、おそらくないだろう。
「どっちがいいのか、わかりません。まだ、決め切れないんです」
10これから10年は “挑戦”
新しいことに挑戦するのが好き
「自分のなかで、ある程度、目標というか、テーマをもって生きていきたいなっていうのがあって、10年単位で、『これでいこう!』って言葉を決めているんです」
「10代は『調整』でした。成人するための準備期間という意味での調整。そしてこれからの20代は『挑戦』です。いろいろなことに挑戦していきたいと思っています」
18歳くらいから、20代のテーマは何にしようかな、と考えていた。
高校生になって、視野が広がっていくなかで、自分と向き合い、自分がどういう人間かを、見つめることができるようになっていった。
「自分は、新しいことに挑戦するのが好きなんだなってわかってきて。知らない世界に入って活動するのが、自分に合っていると思ったんです」
「新しいことを、ゼロからやってみることの楽しさを知って、もっとこういう楽しさを体験できたらいいなと」
「だから、これからも新しいことを、自分の興味の範囲内でやっていきたいと思っています」
知らないからこそワクワクする
新しいことへの挑戦。その魅力とはなんだろう。
「もしかしたら、知らないことや新しいことに対して、怖いとか思うこともあるかもしれないんですが、僕は、知らないからこそ、先入観がないから、きっと楽しいはずと信じて、ワクワクしながら突き進むことができると思うんです」
その挑戦のひとつが、数学教師だ。
自分で考えて、自力で答えを出していけるように導きたい。
その夢の向こうに、さらなる夢がある。
「教員として働くことができて、しばらく経って、もしできることなら、ほかの先生方にも協力していただいて、セクシュアリティについての授業もできたらいいなと思っています」
そしていま、かつての自分を振り返る。
中学生の、一番つらかったときの自分に伝えたい言葉がある。
「いまはつらいと思うけど、いまにきっとなんとかなる。自分は、きっとなんとかする。だから諦めずに進んで、と言いたいです」
そのメッセージを、いつか自分の生徒たちに伝える日が来ますように。