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「恋愛しないなんてもったいない」と言わないで。【後編】

「恋愛しないなんてもったいない」と言わないで。【前編】はこちら

2021/12/25/Sat
Photo : Tomoki Suzuki Text : Koharu Dosaka
バウシュ 由梨亜 / Julia Bausch

1999年、東京都生まれ。ドイツ人の父と日本人の母を持つ。幼い頃から「自分は自分、人は人」という考えのもと、自分らしくのびのびと生きてきた。中高生の頃から周囲の恋愛至上主義に違和感を覚えるようになり、大学3年生でアセクシュアルを自認。以降、「アセクシュアルという概念があることを知ってほしい」という思いを抱くようになる。

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INDEX
01 三つ子の魂百まで
02 世渡り上手の優等生
03 クールな“人好き”
04 恋愛は「いつか自然とするもの」
05 好きってどんな気持ち?
==================(後編)========================
06 衝撃を受けた女子大のリアル
07 徐々に見えてきた周囲とのズレ
08 アセクシュアルを自覚
09 恋愛至上主義に対する思い
10 アセクシュアルの私が、これからの社会に期待すること

06衝撃を受けた女子大のリアル

彼氏の有無って必要な情報?

高校卒業後は、都内の女子大に進学。大学で国際関係について学びながら、他大学の学生も参加する学術団体に所属するなど、精力的に学びを深めている。

友だちも大学内外にたくさんでき、相変わらず趣味にも没頭し、充実した毎日だ。

ただ、大学に入って以降、衝撃的な体験をすることも増えた。

「入学したらまず、新しく知り合った子とランチしたりして、みんなで自己紹介しますよね。名前、誕生日、出身地、みたいな」

自己紹介の項目の中に「彼氏がいるかいないか」が度々入っていた。

「え、それ聞くんだ!? それって必要な情報なの? って、衝撃を受けました」

「みんな当たり前のように答えるんですよ。『いるよ』『いないよ』『いたけど別れたよ』って。めちゃめちゃびっくりしましたね」

自分としては、隣の人に彼氏がいようがいまいが心底どうでもいい。

しかし、みんなは違う。

誰かが「彼氏ができた」と言えば、揃って「どこでできたの?」とはしゃぎだし、恋バナで盛り上がる。恋愛が楽しくて仕方がない様子だ。

「そんな環境に身を置いていたので、自分だけ恋愛にまったく関心を抱いていないことに、また違和感を覚えるようになりました」

「恋愛感情がある」という自己暗示

相変わらずマイペースに生きていたが、中学生の頃とひとつ違っていたのは、周りの恋バナに調子を合わせるようになったこと。

みんなに合わせているうちに、自分にも恋愛感情があると思い込むようになった。

「その時は『友だちとしての最上級の好き=恋愛対象として好き』だと考えてたから、親しい男友だちの中でも特に人として好きな人のことを『恋愛対象として好き』だと思って、好きな人がいると公言するようになったんです」

「好きな人ができたら当然付き合いたいと思うもの」と考えていたため、周囲には「○○くんと付き合いたい」と言うようにもなる。

しかし、ある時ひとりの友だちから「本当に付き合いたいと思ってる?」と問われたことがあった。

「当たり前のように『もちろん!』って答えたけど、友だちは本心じゃないことを見抜いてたのかもしれませんね。私自身、自覚はなかったんですけど」

結局、しばらく会わないうちにその人への興味が薄れ、告白せずに終わる。

「その後も何人か “好きな人” ができたけど、告白することはなかったです」

07徐々に見えてきた周囲とのズレ

男子にハグしちゃいけないのはなんで?

「私にも恋愛感情がある」と思い込んでしばらく経っても、やはり恋愛についての話は周りとかみ合わないことが多かった。

「例えば、スキンシップについて。育った環境もあってか、私は親しい友だちには男女関係なくハグしちゃうタイプなんです」

だが、みんなにとってはスキンシップは恋愛感情と結び付くものらしく、危機感がないと心配されたり、節操がないと誤解されたりした。

「なんで女子はいいのに、男子にはしちゃいけないの? 男性でも女性でも好きな人は同じように好きなのに、って納得できませんでした」

ハグなどの軽いスキンシップを好む一方、性愛や性交渉には関心がない。世の中の大多数のような、特定の誰かとしかスキンシップを取りたくないといった気持ちもない。

自分の中に性愛の感情がなく、それがどんなものかわからないため、他人の行動も親愛の情からなるものか、性的なものか区別がつかない。

誰かに肩を組まれても何も感じないなど、セクハラや下心のあるアプローチに気付けなくて困る場面も多かった。

「付き合う」がわからない

「もちろん、私にも『人としてAくんよりBくんの方が好感が持てる』みたいな気持ちはあります。でも、それが『Bくんとは毎日会いたい』『Bくんと特別な関係になりたい』って感情に発展することはないんですよね」

知識として「好きな人とは付き合いたいと思うもの」とは知っていたが、「付き合う」が何なのかもわからない。

なぜ、特定の人を他の人よりも優先しなければいけないのか。
なぜ、同じ人と明日も明後日も毎日会いたいと思うのか。

理解できない。

「そもそも『特定のひとりとだけ付き合う』っていうのも不思議ですよね。友だちは何人いてもいいのに、恋人はなんでひとりじゃなきゃダメなんだろう。複数の人を同時に愛してる人が最低だって責められるのはどうして? と」

「いちおう “好きな人” がいたことはある・・・・・・と自分では思ってたけど、同時に他の人も同じくらい好きだったし、これが恋愛感情なら、私は同時に2、3人愛していることになりますよね」

同時に複数の人を好きになることは、世間では “普通ではない” と見なされ、「誰かひとりを選ばなければならない」という圧力をかけられがちだ。

そのうえ、築いた関係をできるだけ長く継続することまで求められる。

特定の人とべったりするのが苦手で、干渉するのも干渉されるのにも耐えられない自分には、世間一般の恋愛という概念がどうしても負担で、しっくりこない。

「でも、友だちはみんなたったひとりの好きな人のことを思い続けて、真剣に考えて、悩んでいたりするんですよ」

「そんな様子を見ていたら、ようやく『あれ、もしかして自分はみんなと違うんじゃないか』って気付いたんです」

大学3年のことだった。

08アセクシュアルを自覚

「恋せよ」という重圧

ある時、ひとりの友だちに「私の好きは、みんなの好きと違う気がする」と打ち明けたことがある。

慰めのつもりか、友だちには「まだ本気で好きになれる人に出会ってないだけじゃない? 大丈夫、いつか現れるよ」と言われた。

「その言葉が、なんだか無性に気持ち悪く感じてしまったんですよね。『やっぱりいつかはそういう相手ができなきゃいけないんだ、いつかは誰かと恋して、付き合って、結婚とかしなきゃいけないんだ』って」

「すごく違和感を覚えたし、反発心を持っちゃって」

昔から「いつかは自分も恋をする」とは思っていたが、現実のこととして具体的に考えたことはない。

ぼんやりとした想像でしかなかったものが、友だちの言葉によって急に生々しさを帯び、現実の自分に迫ってくるような感覚。

その負担は耐えがたく、ようやく「自分には恋愛感情がない」という自覚に至った。

アセクシュアルという領域

「それでネットで調べてみたら、アセクシュアルという言葉に出会い、これだと思いました」

アセクシュアルだと知り、自分以外にも同じような人がいるのだとわかって、深く安心できた。

「ずっと自分に嘘をついていたから、自覚はなくてもやっぱり負担だったんだと思います」

「人として生まれたからには恋愛感情を持つのが当たり前」とされる世の中で、“そうではない” 領域もあり、きちんと名前がついている。

居場所ができたような感覚と、自分も人間だったんだという気持ちによって、肩の荷が下りた。

「自分以外のアセクシュアルの人とも繋がりたくなって、Twitterで初めてアカウントを作って『#アセクシュアル』などのハッシュタグで検索しました」

「そこで、ポリロマンティックアセクシュアルの加藤智さんと出会ったんです。DMでたくさん気持ちを聞いてもらって、すごく楽になりました」

智さんの誘いで、初めてアセクシュアルのオフ会にも足を運んだ。

一口にアセクシュアルと言ってもいろんな人がおり、それぞれ感覚も違うが、友だちにはなかなか理解してもらえない気持ちを吐き出せる場所があることが嬉しかった。

「私には恋愛感情はありませんが、人自体は好きです。でも、他人にまったく興味がない人もいます。アセクシュアルなら、みんな一緒というわけではないんです」

「それでも、恋愛感情を持たないというのがどういうことか、ってことから説明しなくていいのは本当に楽」

「そのままの自分を受け入れてもらえて安心できました」

09恋愛至上主義に対する思い

置いてけぼりにされる感覚

恋愛感情を持たない自分自身のことはすんなり受け入れられたが、周囲の恋愛至上主義にモヤモヤすることは今もある。

例えば、先に遊ぶ約束をしていたにもかかわらず、友だちが自分よりも恋人を優先してしまう時。後回しにされたことが悲しくなる。

「周りの友だちに恋人が次々できると、みんな一生懸命になれる相手がいるんだな、いつかみんなが結婚して家庭を持つとどんどん寂しくなるのかな、と将来が不安になることもあります」

一生懸命になって幸せそうな様子を見ていると、少し羨ましいとも思う。自分にはそうした感情がないため、軽い嫉妬心を覚えるのかもしれない。

「あとは、『恋愛に興味ない』って言ったときに『もったいない』って言われるのが、めちゃめちゃモヤっとします。中学生の頃からだけど、最近はより違和感が強くなりました」

「もったいない」と言わないで

以前、ある友だちから「男の子を紹介したい」と言われたことがある。
その表現がなんとなく引っかかり、「もしかして、恋愛対象としてってこと?」と尋ねたところ、予感は的中。

友人としてではなく、恋人候補としての紹介話だった。

「一応セクシュアリティを自認する前だったんですけど、すでにそういうのは嫌だってはっきり思ってたんで、断りました。そしたら、別の友だちから『もったいない! とりあえず会ってみたらいいのに』って言われて」

「私としては、会いたきゃ会いに行くよ、でも私は会いたくないって思ったんだから別にいいじゃん、ほっといてよって気持ちなんですよね」

恋愛感情はもちろん、好きな人と手をつなぐ、キスをするといった喜びは知らないし、今後も知りたいと感じていない。

そのことについても、複数の友だちから「もったいない」と言われ、うんざりしてしまった。

「幸せを味わえないなんて、ってことだと思うんですけど、私の感覚では、カエルの肉とか犬の肉とかのゲテモノを食べたことないの? もったいない! って言われてるのと同じなんですよ」

「食べたきゃ食べるよ、でも今は食べたくないって感じ。いじわるで言われてるとは思ってないけど、余計なお世話だと思っちゃって」

とはいえ、自認後は、そうした言葉をかけられても「この人は自分とは違うんだな」と割り切る余裕が生まれた。

以前は「恋愛は幸せ、という世の中の基準に合わせなければ」というプレッシャーを感じていたが、そんな必要はないとわかった。

「ただ、みんなそれぞれ自分の基準で生きているから、合わせる必要はなくても、理解しようとはしなければいけないなと思ってます。でないと社会は成り立たないから」

まだ始まったばかりだが、自分なりに恋愛至上主義と折り合いをつける方法を模索中だ。

10アセクシュアルの私が、これからの社会に期待すること

アセクシュアルという概念を知ってほしい

恋愛至上主義な世の中の仕組み自体に、怒りや不満を覚えることはない。

今までの人間の歴史を振り返れば、世の中が変わるのは難しい、変わらなくても仕方がないと諦めはつく。

ただし、アセクシュアルという概念がもっと広く認知されれば、という思いはある。

「私も中学生の頃は悩んだり焦ったりしたけど、当時アセクシュアルについて知ってたら悩まずに済んだのかなって。みんなが知識として知っておいても、損はないんじゃないかなと思いますね」

「恋愛感情がないことを証明するのはすごく難しいけど、アセクシュアルって概念が当たり前になれば、『ないこと』を想像できる人が増えるので」

しかし、本来は「ないこと」を証明する必要すらないはず。誰かが恋愛感情を持っていようが、持っていまいが、他人には関係ないからだ。

社会の恋愛至上主義自体は受け入れるが、“そうではない” ことを頑張って証明しなければいけないあり方は変わってほしい、という願いがある。

「恋愛した方がいい、恋愛の幸せを知らないなんてもったいないと過度に干渉されたり、好きではないと言っているのに『恥ずかしがってる』『隠さないでよ』と茶化されたりした経験はたくさんあるけど、みんながみんな恋愛のために生きているわけではないと、知ってほしいですね。

自分の基準で決めつけないで、相手の声に耳を傾けてほしい。

「本人が『恋愛には興味がない』って言ったら『へー、そうなんだ』で終わる会話が当たり前になれば、たくさんの人が楽になると思います」

LGBT当事者が背負う責任

アセクシュアルを含むLGBTに対する理解が進んでほしいと願うのと同時に、「みんなに知ってもらいたいなら、当事者も自分から動き出すべき」という考えもある。

「アセクシュアルに限らず、セクシュアルマイノリティの中には『セクシュアリティについてずけずけ聞かれて嫌だった』という人もいますよね」

しかし、相手には知識がないため、仕方がない部分もあるように思う。
「『聞いてきた方が悪だ』って、一概に決めつけるのは良くないと思います」

「もし、聞かれて嫌なことがあれば『そういうことを聞かれるのは嫌だ』って教えてあげたらいいのかなって。伝えないと、相手もわからないままだから」

マジョリティとマイノリティの間ですれ違いが起きるのはお互い様。

マジョリティが失礼な質問をしてしまうのは知識が足りていないせいだが、マイノリティが伝えてこなかったために起こっている側面もある、というのが個人的な意見だ。

「確かに悪意のある好奇心に応える必要はないけど、純粋に『あなたのことを知りたい』と思って質問してくれているなら、マイノリティ側も歩み寄ってもいいんじゃないかな」

「私はどんどん聞いてほしいし、わからないことは自分の基準に当てはめて決めつけるのではなく、質問してほしい」

嫌だと言いにくい世の中なのは重々承知だが、お互いに「わからないから教えて」「そういうことを聞かれるのは嫌だ」と素直に言い合えれば、理解はもっと進むはず。

腫れ物に触るでもなく、干渉しすぎるでもなく。

自分の尺度で他人を決めつけず、一人ひとりが相手の言葉によく耳を傾けられるようになれば、いつかは本当の意味で尊重し合える社会になる。

そう信じて、これからも自分ができることをコツコツ重ねていく。

あとがき
雨上がりの空気のすき通り・・・バウシュさんののびやかさに見とれながら撮影が続いた。 論理的な話ぶりのバウシュさん。もちろん言語化が難しい気持ちもある。そんな時に迷いながら見せてくれた、破顔一笑の表情も持ち味だ■LGBTERのインタビューは、展開も結末も想定できない。ただただ、お聴きする。あなたのことが知りたいという取材だけど、ご自身をよく見つめて知って欲しいおもいもある。今年も出会えた方のたくさんの魅力に心ひかれた。しあわせだ。 (編集部)

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