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FTMというセクシュアリティだけじゃなくて、どういう人間か見てほしい【後編】

FTMというセクシュアリティだけじゃなくて、どういう人間か見てほしい【前編】はこちら

2022/10/29/Sat
Photo : Tomoki Suzuki Text : Hikari Katano
植田 春 / Haru Ueda

1996年、大分県生まれ。自分の好きな性表現としてボーイッシュを好む一方、自分も相手も性別にとらわれない考えのもと、学生時代は男女ともに付き合う。現在は、パートナーの父親がオーナーを務めるカレー屋の店長業の傍ら、ジェンダーフリーのバー“ FTMBar 2’sCABIN ”でも働いている。

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INDEX
01 かっこいい服を選んだ幼少期
02 空手との出会い
03 楽しいことが好きな家族
04 今あるものでかっこよく
05 初めての彼女
==================(後編)========================
06 再び男子とのお付き合いに挑戦
07 体育の先生ではなく上京へ
08 FTMとの出会い
09 家族へのカミングアウト
10 カレー屋、バーと講演会

06再び男子とのお付き合いに挑戦

別の男の子なら付き合えるかもしれない

彼女と別れた後、高校で別の男子と付き合うことになった。

「男の子に告白されて、じゃあ付き合いましょうっていうことで、また男子との付き合いにチャレンジしました(笑)」

「男の子だから好きになれない、女の子だから好きになるっていう感覚はなかったから、”戻ろう” と思えば普通の男女の付き合いもできるって思ったんです」

しかし、中学で男子と付き合ったときと、感覚は変わらなかった。

「友だちの延長で仲はいいから、一緒に過ごすのは楽しかったんですけど、手を繋いだり、ハグしたりしたいとは思わなくて」

相手が荷物を持とうと申し出てくれても「大丈夫だよ」と断ってしまう。

「僕のほうから求めることはないんだけど。でも、相手がしたいからするか、って・・・・・・本当に相手に申し訳ない(苦笑)」

恋人らしいことをすることに強く嫌悪感を抱いたり、相手を拒否したりすることはなかった。でも、恋人らしい雰囲気になることは避けるようにしていた。

それは、横浜まで泊りがけの旅行をしたときも変わらなかった。

「僕の部活の先輩が、付き合ってる男の子とも仲がよかったので、先輩づてに男の子が悩んでるよってことを聞いたりしてました。でもな~、そういうことはしたくないんだよなって(笑)」

「相手の男の子は、自分の愛が足りないから僕が応じてくれないんだって思ってたみたいです」

結局、関係はあまり長く続かず、数か月で別れてしまった。

靭帯断裂

高校1年のとき、空手の面ではインターハイに出場するなど、選手としてピークを迎えていた。

だが、高校2年のときに靭帯を断裂。長期間にわたって空手を休むことを余儀なくされる。

「怪我したときは、空手ができないことにすごく落ち込んで悩んでました」

一方、男女ともに付き合って、上手くいかないときもあったが、セクシュアリティについて深く悩むことはなかった。

07体育の先生ではなく上京へ

またまた男子とのお付き合いに挑戦

県内の大学に進学後、また男子と付き合うことにチャレンジする。

「中高で付き合った男の子は、たまたま相手を友だちとしか思えなかったってだけで、このときは男性が恋愛対象じゃない、ということにまだ気づいてませんでした」

だが、やっぱり、それまで付き合った男子と感覚は同じだった。
男性と性交渉ができないということにも気づいた。

「大学生にもなれば、性的なことをしたいってなるじゃないですか。でもそのときに、本当に嫌だなって思ってしまって。『マジで、本当にやめて』って言いました」

「普通にならなきゃいけない、男の子としなきゃいけないとも思ってたんですけど、合わせるにも限界がありましたね」

むしろ、性交渉への誘いをきかっけに、女子扱いされることに嫌気を覚えるようになった。

「たとえば、相手が車道側を率先して歩こうとして、自分を歩道側にしてくれても、別に危なくないからそんな対応しなくても大丈夫だよ、って思っちゃって(笑)」

「相手の好意でやってくれてることなのに、僕は嫌だなって思うのが、かわいそうというか、申し訳ないなと」

その男性とも時期に別れてしまった。それ以降、男性とは付き合っていない。

体育の先生になりたかったけど

もともと、大学に進学したのは体育の教員になるためだった。

小中高の体育教員免許を取得したものの、大学在学途中から、先生になるより別の仕事をしたいと思い始めていた。

「学校の先生になると、学校のなかだけで人とのつながり終わっちゃう、いろんな人と会う機会がなくなっちゃうじゃないですか。それで、まずは上京、就職して社会に出ようと」

大阪に移り住むことも考えたが、どうせなら地元からより遠いところをと、東京を選ぶ。

上京も一般企業への就職も、家族から強く反対された。

「お父さんは公務員だったので、教員という安定した職についてっていう気持ちが強かったんだと思います。せっかく教員免許も取ったのに、なんで先生にならないの? わざわざ東京まで行く必要ないじゃん、って」

「僕も猛反発して、家出したりしてました」

ただ、こうと一度決めたら変えない頑固な性格。しかも、兄弟の仲で一番の自由人。最終的には家族の了承を取り付けた。

「最後は、もう好きにしなさいっていう感じでした」

今では、家族は東京での仕事を応援してくれている。

08 FTMとの出会い

かっこいいと思った人がFTMだった

中高生のときは、自分のことを何者なのかと思うことがあったものの、セクシュアリティについて思い悩んでどん底に落ちるようなことはなかった。

「男女分け隔てなく仲が良かったことと、人に恵まれてたから悩まなかったんだと思います」

そんななか、大学生のとき、トランスジェンダー男性(FTM)の存在をたまたま知ることになる。

「SNSを見ていて、かっこいいなと思った男性のプロフィールに『元女性』って書いてあって」

「僕もこの人と一緒の気持ちだって思いました」

それからFTMに興味を持ち、治療法などを調べるようになる。

治療で身体が変わっている様子を見て、自分も変われるのではないかと考えるようになっていった。

ダンスでかっこよく

大学では、空手部のほか、ダンスサークルにも所属。中学生の頃から念願だったダンスを始めた。

大学で付き合った男性と別れた後、ダンス仲間の一部女子から、恋愛対象として見られているのを感じるようになった。

女子からモテたいという思いが加わって、ダンスのパフォーマンスにも身が入っていく。

「ダンスのジャンルもヒップホップを選んだり、ダンスのかっこいい魅せ方を研究したりして、ステージで女の子にかっこいいと思われたい一心で頑張ってました(笑)」

研修生はブラトップ

大学卒業後、東京にあるフィットネスジムのインストラクターとして働き始めた。

就職先は、「暗闇トランポリン」という特殊なフィットネスジム。生徒の前でパフォーマンスをしながら指導する、「見られる」仕事だ。

「女性の研修生は、生徒から腹筋なんかを見られてるっていう緊張感を持つために、ブラトップで仕事しなきゃいけないっていう決まりがあって」

「女性として就活して入社したからには受け入れなきゃって思って、ちゃんとブラトップをつけて仕事してましたけど、実力をつけると自分の好きなウェアを着れるので、そこを目指して」

もちろん、ブラトップを着なければならないことは嫌だった。

でも、レッスンでかっこよくパフォーマンスできれば、女性として仕事をしていることを越えられると思っていた。

「男性よりもカッコ良くなればいいんだ、人柄やパフォーマンスで性別を越えればいいんだって思ってました」

09家族へのカミングアウト

母親と姉へのカミングアウト

FTMとしていずれ治療を始めたい。

「ホルモン治療で声を変えられるんだ、筋肉がつきやすくなったりするんだって知ったときに、今よりかっこよくなれるならやりたいと思いました」

しかし、大学在学中にホルモン治療を開始すると、空手の試合でドーピングになってしまうため、控えていた。

治療は、就職して家族にカミングアウトしてから始めようと決め、母親と姉が自分の住む東京をたずねてきたときに話すことにする。

「トランスジェンダーっていう言葉も伝えて、手術ではこういうことをして、こういうことをクリアしたら戸籍も変えられるんだよって、初回から全部伝えました」

女子が好きなことについては否定されなかった。FTMであることそのものも受け入れてもらえた。

だが、手術は反対された。

「お互い好き同士なら、女の子と付き合おうと応援するって言われて」

「でも手術に関しては、『病気でもないのに体にメス入れるなんて、別にそこまでする必要ないんじゃない? 気持ちが変わるかもしれないし』って、理解してもらえませんでした」

カミングアウトして母親が泣くことは予期していたし、それは仕方ないと思っていた。だが、意外にも泣いたのは姉のほうだった。

「お姉ちゃんが泣くとは思ってなかったので、そのときは僕も悲しくなっちゃいましたね・・・・・・」

結局、その場では、手術について受け入れてもらうことはなかった。

カミングアウトを切り出しづらかった父親

普段、家族のなかではいじられキャラの父親だが、家族のなかでもっともカミングアウトをためらった人物でもある。

「お父さんは、天然でいじられキャラとは言っても、考え方は公務員で堅い人なんで」

「僕が上京するってときもお父さんを説得するのが一番大変だったので、カミングアウトも一番言い出しづらかったです」

先にカミングアウトした母親から伝えてもらうことで、父親にカミングアウトするのを避けていたが、母親から父親にも直接伝えるよう促される。

まず思いを伝えようと電話をかけた。

「そうしたら、お父さんから『なにか俺に言うことがあるんだろう』って、先に言われて」

「『もう聞いてると思うけど、手術していずれは戸籍も変えたいんだよね』って伝えたら、『男ってそんなにいいもんじゃねえぞ』って言われました(笑)」

手術への覚悟を聞かれたあと、「そこまで本気で決めてるなら、やりたいようにやれ」と応援してくれた。

母親や姉には、電話や帰省のたびに思いを伝え続けた結果、約1年後に手術について受け入れてもらえた。

その後、インストラクターの仕事を退職して、治療を開始した。

パートナーの父親との関係

インストラクターとして働いているときに出会った1つ上の女性と、現在もお付き合いが続いている。

まだ治療を始める前、彼女の家に職場の後輩として遊びに行っていたときのこと。

彼女の父親と二人きりになったとき、「お前ら、付き合ってるんだろう」と直接聞かれた。

「やばいとも思ったんですけど、伝えるならこのタイミングしかないなって思って」

先輩と付き合っていること、自分はトランスジェンダー男性で、いずれ戸籍も男性に変えようと思っていることなど、すべてカミングアウトした。

「そうしたら、『男か女かもよくわかんないやつにそんなこと言われても困る』って返されました」

以前にも、別の女性とお付き合いしているとき、相手の家族にカミングアウトしたことで冷たくされた経験もある。

「いきなり言われても、そう思うよな・・・・・・」と、深くショックを受けたわけではなかったものの、パートナーの父親とは関係が完全に断絶したと思われた。

しかし、パートナーの父親のもつマンションの一室を飲食店に改装する際、工事の手伝いを頼まれた。

「毎日、お義父さんと顔を合わせて一緒にお店作りの作業してたんですけど、セクシュアリティを含めた僕の話をしていくうちに、だんだん僕の人間性やセクシュアリティについて理解してくれたみたいで」

改装作業が終わった日の夜、パートナーの父親とお酒を飲んでいる場で、受け入れてもらえたと実感できた。

「『お前のことは、すごいいいやつだと思う。お前のことは認めた!』って。お義父さん、すごいなって(笑)」

「セクシュアリティという外側ではなく、人間性を見て判断して欲しい」という自分の考えが実現した場でもあった。

10カレー屋、バーと講演会

カレー屋に転身

改装を手伝ったマンションでカレー屋が新装オープン。店長を任されて2年目だ。

「改装した一室は、前はネパールカレー屋だったんですけど、空き店舗になるのはもったいないから、転職活動中だった僕にお義父さんがお店を任せたいって」

もともと、人と関わる仕事をしたいと思って上京してきたので、いいチャンスをもらえたと思っている。

異業種ということもあり、試行錯誤、勉強の日々。
楽しんで仕事をしている。

二足の草鞋

カレー屋の経営だけではなく、昨年の2021年秋から新宿のジェンダーフリーのバー “FTMBar 2’sCABIN ” でも、週2、3回の勤務をしている。

カレー屋での営業を終えて、終電間際でバーへ。夜中、バー店員として店に立ち、始発でカレー屋近くの自宅に戻る。

バーのあと、そのままカレー屋で働き続けるときもある。

「体力的にきついときもあるんですけど、つらいより楽しいほうが勝っちゃってますね(笑)」

カレー屋でもバーでも、いろんな人と会って話せることが何より楽しいと感じている日々だ。

カミングアウトで道が開けると信じて

カレー屋、バー勤務に加え、企業や学校向けのLGBT講演会のゲストスピーカーとしての活動も行っている。

「僕の経験談を話したりするっていう活動をしてます。この前は、埼玉県職員の方向けの研修でお話させてもらいました」

LGBTについて少しでも知ってもらうことが、理解への第一歩になる。自分の講演活動が、そのきっかけとなってくれたら。

「LGBTをよく知らない人も、知れる場所に行って欲しいなと。僕が話しているようなLGBTの講演会で当事者の話を聞くだけでも、見方が変わってくると思うので」

自分のセクシュアリティを話すことやカミングアウトは、大切なことだと思っている。

「みんながみんなカミングアウトすべきってわけじゃないですけど、やってみないとわからないじゃないですか」

「否定されたら怖いけど、カミングアウトしたら新しい可能性も出てくる。でも、カミングアウトしなかったら状況は変わらない」

自分は、カミングアウトしてよかったことのほうが多かった。

「SNSでカミングアウトしたとき、あったかいメッセージをくれた人がすごく多くて。僕のことを応援したいと思ってくれたから、メッセージくれたと思うんですよね」

カミングアウトしていくことで、自分以外の別の人からカミングアウト受けたとき、それは「初めてのカミングアウト」ではなくなる。

その人が自分にしてくれたように、自分以外のほかの人も応援してくれるきっかけになるはずだ。

だからこれからも、FTMとして声を上げていく。

 

あとがき
生きてきた時代に不平をいうことはない。どんな場面でもそこでできることを考えて魅力度をあげてきた春さんだ。座っていても、ただ立っていてもリズムを感じるカッコよさ。ダンスで培われたもの?■お姉さんが流した涙、手術に戸惑いをみせたお母さん。「男ってそんなにいいもんじゃねえぞ」は、お父さんの言葉。詰まっていたおもいは何だろう。春さんの〔はじめて〕に家族からもらった応援。それはいま、別のだれかのはじめてを勇気づけている。(編集部)

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