02 黒でも白でもないけど、どっちも好き
03 “女の子” ではない気がする自分
04 自分の中に芽生えない恋愛感情
05 “恋愛” に置き換えてしまった感情
==================(後編)========================
06 結婚・出産を経験した “女性”
07 続けられなかった関係と新たな家族
08 自分自身を表現するラベル
09 自分自身として生きるためのカミングアウト
10 近しい人こそ言葉にしないと伝わらない
06結婚・出産を経験した “女性”
スカートのスーツ
中学生の頃にアニメにハマり、声優を夢見た時期もあった。
しかし、親の言うことは絶対と思っていた自分は、「大学に行って就職しなさい」という両親の教えに従う。
「親の言う通り、短大に進みました。入学式は、パンツスーツで行きましたね」
「でも、秘書検定の講座を受けた時に、『実技試験があるからスカートのスーツを買ってください』って、言われたんです」
女性を女性たらしめるスカートのスーツはとても着られない、と思った。
「そして、その先にはOLになる未来が待っていることを、想像したんです」
「スカートの制服を着たり、ハイヒールをはいたり。想像するだけで無理、ってなりました」
短大を卒業したらOLにさせられてしまう、という危機感を覚えた。
結婚という選択肢
短大生になってから、ステーキハウスでアルバイトを始める。
その店で、ある男性と出会った。
厨房で働くその男性は、多くを語らない陰のある人だった。
「11歳上の人だったんですが、ステーキを焼く姿がかっこよかったんですよ」
「いつからか、この人を笑顔にしたいな、って思うようになってました」
同級生の男の子との恋愛はしっくりこなかったが、大人の男性はかっこよく見えた。
「恋愛のベタベタした感じはもう経験したくなかったので、結婚して家族になってしまえばいいんじゃないか、って考えたんです」
「それに、親も冗談半分で『結婚するなら短大やめてもいいよ』って言ってたんで、結婚するしかないかなって(笑)」
籍を入れれば、恋人ではなくバディのようになれると思った。
結婚の報告をすると、両親も短大の中退を認めてくれた。
女性に寄せた生き方
「結婚した頃は、自分の中の女性側に振れていた時期だったな、って思います」
20歳で結婚してすぐに妊娠し、第1子となる息子を出産。
その2年後には、娘が産まれた。
「娘を妊娠して、私は女の子のお母さんになるんだ、と思ったら、人生で初めてピンクを着られるようになったんです」
取り入れたのはスモーキーなピンクではあったが、赤やピンクに対する抵抗感は減った。
「子どもを産んで、主婦をして、ピンクも着られて、ちゃんと女としてやれてるじゃん、って感覚でしたね」
「性別に対するモヤモヤがなくなったわけじゃないけど、女性に寄せなきゃダメ、って思ってる部分もありました」
「女性であることを苦手としてることで、人より劣ってる気持ちになっちゃうから、少しずつでも克服していかなきゃって・・・・・・」
07続けられなかった関係と新たな家族
ママ友の輪
結婚、出産を経て、女性であることを克服しつつあるように感じていた。
「ただ、ママ友の輪に入らなきゃってなると、萎縮しちゃって・・・・・・」
大人になっても、女性同士の会話に対する苦手意識は消えなかった。
「女性の話って、ポンポン話題が飛ぶじゃないですか。あの感じがちょっと苦手で」
「男性同士で1個のネタを深掘りしていくような会話の方が、楽しめるんです」
苦手意識からか、子どもを幼稚園に連れていくと、声が出なくなることも。
たまにママ友の輪に入れても、会話が終わった後にどっと疲れてしまう。
「ママ友との関係は諦めて、会ったら挨拶するくらいにしてたので、ママ友はいないんです(苦笑)」
「その代わりというか、幼稚園の先生がよくしゃべってくれたので、そこで癒されてました(笑)」
切れてしまった糸
夫との関係は、16年続いた。
「あの人はいい人だったし、結婚している間は性別のことも隅っこに置いておけたんです」
「子育てでバタバタしてて、それどころじゃなかったっていうのもあるけど」
ただ、義母との関係がうまくいかなかった。
「お姑さんはとても厳しい方で、健康志向も強かったんです」
「月1回電話がかかってきて、『白いお砂糖や食パン、白米はダメ』って、指摘されることばかりでした」
「年月が経つにつれて、義母の指摘はエスカレートしていきました。ゴミのチェックまで始まって、私の何かがプチンって切れちゃって・・・・・・」
「もし、お姑さんを介護する時が来たら殺したくなっちゃうかもしれない、と思ったら、一緒には住めなかったです」
夫との関係もつらいものになっていったが、夫には義母のことは話さず、ただ「別れてほしい」とだけ告げた。
夫と別れ、2人の子どもを引き取る。
新たな出会い
ずっと “いい子” でいた自分の離婚は、親戚一同を驚かせた。
「『あの真面目なちぃちゃんが離婚!?』って、みんなびっくりしてましたね」
「ずっと規範的に生きてきたので、私自身が一番びっくりしてたと思います(笑)」
当時勤めていた職場で、新たな出会いがあった。
「7歳下の男性だったんですが、これまでに見たことのないタイプの人でした」
「愛情表現がストレートというか、衝動的というか、そういう部分が面白くて、気も合ったんですよね」
自然と一緒にいるようになり、彼は「年下だけど、子どもも含めて守ります」と、真剣に言ってくれた。
「人生を変えたいなと思って、再婚を決めました」
08自分自身を表現するラベル
再び発生したモヤモヤ
愛情表現がストレートな2人目の夫は、荷物を持ったり、ドアを開けたりしてくれる。
「レディファーストのような振る舞いで、最初はありがたかったんです」
「でも、だんだん苦痛になってきて。私は、彼に面倒をみてほしいわけではないというか・・・・・・」
夫はスキンシップも頻繁なタイプで、それも愛情表現だとわかっていた。
「ただ、女性として触れられているんだと考え始めたら、苦しくなってきちゃって」
「バディみたいな心地良さが好きだったのに、なんでこんなにベタベタしてるんだっけ、私が男だったら良かったのかなって」
「また性別について考えるようになってしまって、彼にも怒りを感じるようになってしまったんです」
かつて意識したことのある性同一性障害について、インターネットで調べてみる。
「調べれば調べるほど、やっぱり自分はそこまでではないな、って感覚がありました」
「男として年を取りたいのか、世に出て働きたいのか、って考えると、そうではないなって」
しかし、性同一性障害ではないならば自分は何者なのか、調べても答えは出てこない。
女性である自分
再婚してから、自分が女性であることを認識させられる出来事が続く。
「夫の実家が呉服屋さんで、着物のモデルをお願いされることがあったんです」
「着物自体は嫌いじゃないんですけど、派手なヘアスタイルやメイクがしんどくて・・・・・・」
義理の両親に誘われて、地元の人が集まる会合に出席した時は、女性だけが集まる「婦人部」に入ることになった。
「女性陣にキラキラした笑顔で『ようこそ』って言われた時は、クラッとしました(苦笑)」
「堂々とした女性の中に、女性の振りをした自分が紛れているようで、苦しかったです」
もう1つの出来事は、自分の選択によるもの。
「苦手を克服しようと思って、再婚のタイミングでレディースクリニックで働き始めたんです」
院長以外はスタッフも患者も全員女性で、制服もスカートの職場。
「やっぱり女性同士の会話のスピードについていけなくて、萎縮しちゃいました」
「スカートをはいてると自分らしく振る舞えなくて、周りにウソをついてるような気分でしたね」
流動的な性別
モヤモヤを抱えた生活の中、Snow Manのメンバーが出演する「東京ガールズコレクション」を見る。
「そこで、ノンバイナリーという言葉を知ったんです」
ノンバイナリーを調べると、「性自認が流動的」という解説を見つける。
「私よりもっと大変な思いをしている人がノンバイナリーと呼ばれるんだろう、って思いました」
「一方で、自分もこの言葉に当てはまるんじゃないか、という気持ちもあったんです」
情報を集める中で、「高齢になってからノンバイバリーだと自認した人もいる」というエピソードを見つける。
「そうなってからじゃ遅いから、自分をノンバイナリーでラベリングしてもいいんじゃないかな、って思ったんです」
「そう考えたら、自分を女性に当てはめようとしなくて良くなって、ちょっとラクになりました」
09自分自身として生きるためのカミングアウト
職場へのカミングアウト
一度発生したモヤモヤは、そう簡単には晴れない。
女性として生きることを少しずつ減らしていきたい、と思った。その1つが、職場のスカート。
「院長に、『パンツスタイルで仕事させてもらうことはできますか?』って、聞いてみようと思ったんです」
2021年6月、たまたま1人でいた院長に「込み入った話があるんですけど」と、声をかける。
そして、自分がノンバイナリーであることをカミングアウトし、ズボンで働きたいことを告げた。
「『性別に揺らぎがあって、女性の体に女性の要素を重ねることが苦痛で』と、話しました」
「院長はノンバイナリーという言葉は知らなかったけど、『すぐに対応します』って、言ってくれたんです」
「ズボンを買ってこれたら、すぐにはいていいよ」と、対応策もすぐに提示してくれた。
「院長の奥様が事務長をしているんですが、事務長も『当事者への理解の幅が広がるきっかけをくれて、ありがとう』と、言ってくれました」
「この職場だから、私も打ち明けられたんだろうな、って思います」
カミングアウトを受け止めてくれる第三者
初めてのカミングアウトは、相手のリアクションがまったく想像つかなかった。
「ノンバイナリーのカミングアウトの経験談を読んだことがなかったので、反応を想像できなかったです」
事務長は、「流動的なセクシュアリティがあることは知っていたけど、生活の中で打ち明ける必要はないと思ってた」と、言っていた。
その上で、「井上さんみたいにありのまま振る舞えない、ウソをついてる気持ちになるってことまで、考えが及んでいなかった」と、正直に話してくれた。
「そして、『そこまで知って、『あなたとは働けません』って人がいたら、心が小さいでしょ』って、はっきり言ってくれたんです」
事務長の言葉は、自分自身を受け入れるきっかけにもなったように思う。
「『あなたを人として見てますよ』って、言ってくれる人がいて、ありがたいです」
院長は、「ズボンにした理由は、スタッフに話しても話さなくてもいいよ」と、言ってくれた。
「でも、1人だけズボンにしたら、当然『なんで?』って聞かれますよね」
「数人のスタッフにざっと説明したら、興味を持って私の話を聞いてくれたんです」
「それからは職場での苦しさがなくなって、働きやすくなりました」
10近しい人こそ言葉にしないと伝わらない
家族に伝え続ける意味
職場に打ち明けた日、帰宅してから夫に「言ってきた」と、告げた。
「そこで彼にも、『ノンバイナリーって言葉があって、私もそれに当てはまると思う』って、話しました」
その勢いで、母や義母、子どもたちにも打ち明けた。
「夫や母、お義母さんは、“性別は定めないもの” みたいな思想と捉えたようでした」
「そのせいか、母やお義母さんからは、『経験を積めば超えていけるものだから』みたいに言われたんです」
「言わないとわかってもらえない、と思って、自分の気持ちをちゃんと発信するようになりましたね」
夫の性的なスキンシップを辛く感じた時は、正直に「それはやめてほしい」と、伝えている。
「説明せずにのらりくらりとかわそうとすると、かえって人は追いかけてくるんですよね」
「お義母さんも『なんでも言ってほしい』と言ってくれるので、素直に思ったことを話すようにしてます」
夫婦お互いの気持ち
「夫は、すごいスピードで理解してくれていると思います」
最近は、「目の前の君をつい女性と思ってしまうけど、そう扱われることがイヤだってことはわかってる」と、言ってくれる。
「彼も悪気があるわけではないし、そこに反省の気持ちがあることを私も理解しないといけないな、って思えるようになりました」
「私の自分勝手な言い分を、『かまわないよ』と言ってくれる夫がいて、本当にありがたいです」
妻になっても母になっても女性として見てほしい、という感覚が一般的だと思う。
そして、多くの人は、女性扱いすることがその女性のためになる、と考えるだろう。
「でも、私は女性として見てほしくない。その気持ちは、言葉にしないと伝わらないんですよね」
「今は家族や職場という小さいコミュニティではラクに振る舞えるので、一歩先に踏み出していきたいな、と考え中です」
「ちなみに、娘に打ち明けた時は、すぐに納得してくれました」
娘は「わかる、お母さんそんな感じだったよね」と、驚くこともなく受け入れてくれた。
「息子は思春期ってこともあって、『ふーん』って感じだったけど、わかってくれてるかな」
「夫と子どもたちは、私にとって力強い味方になってくれてます」
自分に素直になれたから、近しい人とも今の関係を築けたのだと思う。
これは、あくまでも私自身のストーリー。
だけど、このストーリーが、誰かの苦痛を和らげるきっかけになったら。