INTERVIEW
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自分の気持ちって、言葉にしないと大切な人に伝わらないんです。【前編】

現在住んでいる熊本から、インタビューのために関東まで来てくれた井上千春さん。フットワークの軽い方かと思いきや、「身軽になれたのは、この半年くらいのこと」と話す。ずっと重荷を抱えているような日々を過ごし、外に出ることは考えてこなかった。その原因は、自分の性別に対するモヤモヤ。深い霧から抜け出すきっかけは、1つの言葉にあった。

2022/05/14/Sat
Photo : Tomoki Suzuki Text : Ryosuke Aritake
井上 千春 / Chiharu Inoue

1982年、福岡県生まれ。性自認はノンバイナリー。幼い頃からスカートや赤い服に違和感を覚え、中学生の頃には「自分は性同一性障害なのではないか」という思いを抱く。20代から30代にかけて結婚、出産、離婚、再婚を経験する中で、自分の性別に関する悩みが深くなり、2021年1月にノンバイナリーという言葉を知る。

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INDEX
01 ノンバイナリーを自認する私
02 黒でも白でもないけど、どっちも好き
03 “女の子” ではない気がする自分
04 自分の中に芽生えない恋愛感情
05 “恋愛” に置き換えてしまった感情
==================(後編)========================
06 結婚・出産を経験した “女性”
07 続けられなかった関係と新たな家族
08 自分自身を表現するラベル
09 自分自身として生きるためのカミングアウト
10 近しい人こそ言葉にしないと伝わらない

01ノンバイナリーを自認する私

ボーイッシュとも中性とも違う自分

私のセクシュアリティは、ノンバイナリー。
その解釈は人それぞれだが、自分は「性自認が流動的」と、捉えている。

女性として生活できる日もあれば、男性っぽく振る舞いたくなる日もあるから。

「自分のセクシュアリティがわかっていない頃は、性同一性障害かもしれない、って思ってました」

「そうはいっても、男として生きたい、とは思わなかったんです」

「だから、髪は短く切りつつスカートをはくみたいに、中性に寄せようとする節がありました」

ノンバイナリーと自認してからは、好きな格好をすればいい、と気づいた。

「今みたいに髪を伸ばして、メンズの服を着る方がしっくりくるな、と思ってます」

「ボーイッシュって言われたいわけでも、男装をしたいわけでもなくて、自分だけの自己表現を模索中です」

知ったばかりのノンバイナリー

ノンバイナリーという言葉を知ったのは、2021年2月。

大好きなSnow Manのメンバーが出演した「東京ガールズコレクション」で、その言葉を知る。

「ずっと、私は女性が普通にできることができない人間だ、みたいに思ってたんです」

「人前では、『化粧とか全然できなくて残念なやつなの』とか言って、自分を卑下してました」

「本当は化粧をしたくないし、残念とも思ってないけど、女性らしく振る舞えないとダメな気がして・・・・・・」

たまたまノンバイナリーという言葉を知り、妙にしっくりきた。

男性と女性のどちらかに行きたいわけではない自分は、これかもしれないと思ったのだ。

「自分をノンバイナリーにカテゴライズしたことは、職場に伝えて、家族にも話しました」

「カミングアウトしてからは、仕事してても明らかに思考がクリアなんですよ」

それまでは、言葉にならないモヤモヤが、視界を遮っていたのだと思う。

「いままでの生き方も後悔はしていないけど、やっと自分らしさってところに来れたかな」

「娘には、『40歳手前でも変われるんだね』とか、言われてます(笑)」

経験談の1つとして

『LGBTER』を通じて、自分の経験を世に発信しようと思ったのは、悩んでいる人に見つけてほしかったから。

「ノンバイナリーの人の経験談って、ネット上でもなかなか見つけ出せなかったんですよね」

「きっと同じように悩んでる人もいるだろう、と思って、私が経験談の1つになれたらいいかなって」

「こんなに活動的になれたのは、ノンバイナリーと自認して、カミングアウトしてからです」

それまでは消極的なインドア派で、旅行すらしなかった。

この記事を読んでくれる誰かのために、自分の過去を振り返りたい。

02黒でも白でもないけど、どっちも好き

追いかけっこと人形遊び

生まれも育ちも福岡。
幼い頃の自分は、外で活発に遊ぶのも、家の中で遊ぶのも好きだった。

「2歳下の弟がいるので、一緒に体を使った遊びもするけど、人形遊びも好きだったんです」

漫画も好きで、少女漫画も少年漫画もどちらも読んでいた。

「どっちかだけになると、もう片方が恋しくなるんですよね(笑)」

「黒も好きだけど、白も好き。グレーかと言われるとそうではない、みたいな」

世の中には、なんとなく「男の子の遊び」「女の子の遊び」があるように見えた。

「でも、自分はどっちが好きとも言い切れなくて、優柔不断なのかな、って思ってました」

本当に好きなもの

イベント事でプレゼントをもらう時、目の前には女の子用のものが並べられた。

「その中には、ピンとくるものがなかったんです。男の子用で用意されてるものの方がいいな、って思いはありました」

しかし、その思いを主張することはできず、女の子用のプレゼントから妥協して選ぶ。

「厳しく育てられたわけではないんだけど、親や先生の言うことは絶対、みたいに思い込んでいたんです」

だから、「この中から選んでね」と言われたら、それに従った。

「大人が勧めるものを選んでたから、自分が本当に好きなものがだんだんわからなくなってしまって」

イヤだった赤いスカート

「ただ、スカートだけは、親に勧められてもイヤでしたね」

小学校の入学式、真っ赤なワンピースを用意された。

「幼いながらに、これは無理、って思って、『着られない』って言いました」

「当時は、かしこまった感じが恥ずかしくて、イヤな気がしたんです」

母は、代わりに白いブラウスと赤いフリルのスカートを作ってくれた。

「こんな女の子みたいな格好イヤだ、ってぼんやり思ったけど、それは着ていきました」

「入学式でタキシードを着ている男の子がいて、あっちがいいな、って思ってましたね」

小学2年生の頃からスカートをはかなくなり、赤い服も避けるようになった。

「赤やピンクって女の子のイメージがあったから苦手で、赤いランドセルもイヤでした」

03 “女の子” ではない気がする自分

すれ違いざまの「男好き」

小学生の頃は、男の子たちと一緒に走り回って遊ぶのが好きだった。

「女の子の友だちもいたけど、基本的には男の子の中に混ざってました。クラスでグループ分けする時も、私は自然と男の子のグループに入っているんですよね」

その光景を見た女の子たちから、思いがけない言葉を浴びせられる。

「クラスの女の子から、すれ違いざまに『男好き』って、言われたんです」

「男の子が好きなわけではなくて、自然と仲良くなるのが男の子というだけだったから、びっくりしました」

「女の子はちょっと怖いな、って思って、輪に入っていけなかったですね」

女の子とのコミュニケーションが少ないため、オシャレや美容の知識も少なかった。

「林間学校で周りの女の子が化粧水を使ってて、自分はそれを知らないことがショックでした」

回避したいセーラー服

小学校高学年になると、中学進学を意識し始める。

地元の中学校の女子の制服はセーラー服で、制服姿の中学生たちをよく見かけていた。

「私はあれを着るのか、と思ったらパニックになってしまったんです」

「その頃、セーラームーンが人気だったから、セーラー服=女の子のイメージだったんですよね」

「そんな制服を着るなんて無理だ・・・・・・って、絶望しかありませんでした」

しかし、父の転勤で、小学6年生の途中で福岡から大阪に引っ越すことになる。

「大阪の中学校はブレザーだったんです。それならなんとかなる、と思えたし、無事にセーラー服を回避できました(笑)」

中学校の入学式で数年ぶりのスカートをはいた時は、女装をしているような気持ちになった。

「中学では『男好き』って言われないように、女の子と一緒にいるようにしてましたね」

「自分らしく振る舞えていなかったからか、大阪の記憶があまりないんです」

2年後、もともと住んでいた福岡に戻ることが決まる。

福岡の中学のセーラー服は買わず、大阪の中学で着ていたブレザーで過ごした。

「セーラー服を着ないで済むなら、目立つことは気にならなかったんです」

「性同一性障害」かもしれない

中学校の性教育の時間に、少しだけ性同一性障害の話が出てきた。

「その話を聞いて、自分は性同一性障害なのかも、って感じたんです」

「大人になると胸が膨らむのかなと思って、それはイヤでしたね。結果的には胸はほとんど成長せずホッとしてますけど(笑)」

女の子の下着屋さんに行くと、いたたまれない気持ちになった。

「男性は、女性の下着屋さんに堂々と入れないですよね。それと同じような心境だと思います」

「ただ、四六時中、男の子になりたい、って思うわけではないんですよ。女の子として振る舞えているような気がする時もあるんです・・・・・・」

「自分は性同一性障害かも、いや違うだろうな、って繰り返してる感じでした」

04自分の中に芽生えない恋愛感情

男の子との恋愛

中学生になると、仲のいい男の子から「つき合おうよ」と、言われる。
友だちから恋人になろう、と提案されたのだ。

「好意を持ってくれることはうれしいけど、どこか寂しいというか、自分が求めてるのはその感情ではないんですよね」

「私は親友みたいな気持ちだったんだけどな・・・・・・って。当時はここまで言語化できてなかったけど」

周りの後押しもあり、つい「いいよ」と答えてしまう。

「モヤっとしたけど、これが大人になっていくってことなのかな、と思ってつき合いました」

恋人同士になったことで、彼から女の子として扱われることが増えていく。

「それは喜ぶべきことだと思うんですけど、全然うれしくないんですよ」

「友だちが『キスとかするの?』って聞いてくるのは、やめてほしかったですね」

「そこから深く考えてしまって、私って受ける側の体の構造なんだ、って思ったらゾーッとしました」

男の子との関係は、長くは続かなかった。

まさかの進路

高校は、女子高に進んだ。

「塾の先生に薦められたんですけど、最初は女の子の中でやっていけるか、不安でした」

「でも、父と見学しに行ったらロケーションが良くて、ここにしよう、って決めちゃいました(笑)」

設立されたばかりの高校で、校舎は美しく、海沿いの立地もステキに見えた。

制服もセーラー服ではなく、有名デザイナーが手がけた凝った造りで、これなら着られそうだと感じた。

「あと、苦手を克服するために、女の子の中に身を置いてみよう、って思ったんです」

「いざ入学してみると、さっぱりした子が多かったので、なんとかやっていけました」

女の子への興味

高校に進んだ頃から、女の子に興味が湧くようになっていく。

「かわいい子からスキンシップをしてもらえると、うれしかったんですよね」

「かわいい女の子が好きというか、女の子ってどんなことするんだろう、って想像したり」

その根本には、自分とは違う性別の子、という感覚があったように思う。

「自分と同性とは思えないかわいい子は何に興味があるのか、知りたかったんです」

「だから、恋愛対象として女の子を見ているわけではなかったと思います」

周りと比べると身長が高かったからか、慕ってくれる女の子もいたが、恋愛に発展するようなことはなかった。

05 “恋愛” に置き換えてしまった感情

憧れの人との関係

高校時代は、あるビジュアル系バンドの男性ボーカリストに夢中になっていた。

「すごくキレイな曲もグロ系の曲も書く人で、何を思って曲を書いているのか、気になったんです」

「読まれない前提で、曲の感想を書いた手紙も送ってました」

ある日、憧れのボーカリストから、手紙の返信が届く。

「私にとって、もっともキラキラした思い出かもしれません(笑)」

何通か手紙をやり取りすると、「手紙だとタイムラグがあるから、メールにしませんか?」と提案される。

「その経緯を母に素直に話したら、ケータイを買ってもらえたんです」

「メールでやり取りしてたら、『福岡でライブがあるから、前の日に会いましょう』って、言われました」

アーティストとファンではなく、男女としての雰囲気を少し感じた。
実際に会い、直接話をする時間は、とても楽しかった。

「この人と仲を深めるには、女の子として向き合うしかないのかな、って考えがよぎったんです」

純粋な “尊敬” だったはずが、自分で “恋愛感情” に置き換えてしまった。

この関係は恋愛だと思い込んだ結果、2人の関係はうまくいかず、いつしかやり取りは途絶えてしまう。

恋愛とは違う「好き」

ボーカリストと手紙をやり取りしたことは、一緒にライブに行く友だちに話した。

「すごいじゃん!」と喜んでくれたが、自分の感情をうまく話すことはできなかった。

「尊敬=恋愛と受け取られてしまうんじゃないか、と思うと、自分の気持ちを人には伝えられなかったです」

「憧れの人に対しても、『あなたの感性を尊敬してます』って、一生懸命伝えれば良かったな、って今は思います」

女の子でいようとしてしまったことが、今でも悔やまれる。
男女であることを意識しなければ、違う形で関係は続いたかもしれない。

「あの頃は、男性と女性の2つしかない、と思ってたんですよね。もし、多様性に関する知識があれば、恋愛に置き換えたりしなかったんじゃないかなって」

一方で、高校時代はそのボーカリストに傾倒していたため、自分の性別について考えることはほとんどなかった。

「セクシュアリティのことは、完全に横に置いてましたね。性同一性障害のこととかも、あまり思い起こさなかったです」

 

<<<後編 2022/05/21/Sat>>>

INDEX
06 結婚・出産を経験した “女性”
07 続けられなかった関係と新たな家族
08 自分自身を表現するラベル
09 自分自身として生きるためのカミングアウト
10 近しい人こそ言葉にしないと伝わらない

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