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FTMって明かしても、誰も離れていかないよ【後編】

FTMって明かしても、誰も離れていかないよ【前編】はこちら

2019/04/13/Sat
Photo : Taku Katayama Text : Sui Toya
橋本 梓 / Azusa Hashimoto

1991年、福島県生まれ。両親と2歳上の姉の4人家族。子どものころは人一倍やんちゃでケガが絶えなかった。生まれつき持病を抱えており、病院通いをしていたことから、医療系の仕事に就きたいと思うようになる。高校卒業後は臨床工学技士の専門学校に通い、21歳で上京。現在は臨床工学技士として勤務している。

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INDEX
01 正反対の姉妹
02 無鉄砲
03 周りに合わせる
04 中間でいよう
05 腕に刻んだ二文字
==================(後編)========================
06 建前と本命
07 大人になったら
08 FTMでもいいんじゃない?
09 家族のおもい
10 雨のち晴れ

06建前と本命

剣道部の先輩

小学校のときからずっと、好きになるのは女の子だった。

好きな子の話になったときは、男の子の名前を挙げていたが、本心は別のところにあった。

常に「建前の好きな人」と「本命」がいる状態。
それは、高校生になってからも続いた。

「中1のとき、剣道部の女性の先輩が、好きな女の子に告白したんです」

「そうしたら、その日からいじめられるようになって、学校に来なくなっちゃったんですよ」

「それを見て、女の子が好きって言わないほうがいいんだな、と思ったんです」

「自分のセクシュアリティのことは、とりあえず黙っておこう、みたいな」

その先輩は、おそらくFTMだった。

中学時代に「梓はたぶん、私と一緒なんだよね」と話していたことがあると、10年以上経ってから、姉の友だち伝いに聞いた。

男性になることを諦めた

高校時代は、自分にとっては「暗黒時代」。

男になることを諦め、女の子らしく振る舞うよう意識を変えた。

「高校に入ってから、ネットでFTMの人のブログを読んだんです。トランスジェンダーという言葉を、そのとき初めて知りました」

「自分はこれだ、ってピンときましたね」

好奇心に駆られ、男性の体になる方法についても調べてみた。

その結果、男性の体になるには、かなりの額のお金が必要だということがわかった。

自分には、そんな金額を稼げる力はない。
それほど大掛かりな手術をすることに、両親は反対するに違いない。
だから、自分は男性にはなれない。

自分の人生だけど、それは仕方がないことだ。

「そうやって、自分を納得させて、男性になることを諦めようとしたんです」

「それからは、ちゃんと女の子らしくしようと決めました」

髪を伸ばし、スカートを短くした。

小中時代の友だちに会うと「お前なんだよ、そんな髪して」とからかわれた。

「やっと女の子らしくなる決意をしたのか、っていう感じでしたね」

07大人になったら

20歳になるまで

女の子らしくなろう、という決意は長く続かなかった。

「高2の進路相談の時、OLになったらスカートを履かなきゃいけない場合もあるよな、と想像が膨らんで・・・・・・」

「やっぱ無理、って感じたんです」

とりあえず、20歳までは誰にも言わずにこのままでいよう。そう意識を切り替えることにした。

自分はまだ学生。周りに心配をかけるようなことは、1人で決めてはいけないと思った。

中学時代に仲が良かった子は、みんなバラバラの高校に進学。

自分の男っぽいキャラクターを知っている人は、高校にはほとんどいなかった。

「高校では、すごく静かな子だと思われてたと思います」

「たぶん、バレるのが怖かったんですよね」

「髪を伸ばして、見た目だけでも女の子らしくなったのに、性格がバレたら元も子もないと思って」

「とりあえず隠しておこう、みたいな」

セクシュアリティのことは、大人になってから考えよう。
恋愛をしてもきっと上手くいかないから、いまはやめておこう。

そうやって、素の自分をひた隠しにしたけれど、不思議とつらかった記憶はない。

自分で考えた末の選択だと、受け入れていたからだ。

「会話も、周りの女の子に合わせてましたね」

「この服いいんじゃない? とか、彼氏カッコいいじゃん、とか」

「全然興味なかったのに(笑)」

医療系の仕事に就きたい

小さいころから、将来は医療系の仕事に就こうと決めていた。

その理由は2つだ。

お母さんが看護師をしていたから。
もう一つは、生まれつき心臓の病気を持っていたから。

「子どものころから病院にお世話になることが多かったんです」

「大人が働く場所で、自分にとって一番身近だったのが、病院だったんですよね」

「手術をして、いまは完治してます」

幼稚園のころ、将来の夢を聞かれると、決まって「医者」と答えていた。

しかし、5~6歳のとき、「医者ってすごく頭が良くないとなれないんだよ」と母に言われた。

自分には難しいかもしれないと思っていたときに、病院でレントゲン技師という職種があることを知る。

「それ以来、将来の夢はレントゲン技師に変わったんですが、東京にしか学校がないと判明したんです」

両親から「東京で暮らすための仕送りはできないから、ごめんね」と言われ、どの職種なら叶うか考え始める。

悩んでいたところ、心電図や脳波測定を行う臨床検査技師の専門学校が福島市にあることがわかった。

「とりあえず医療系ならいいや、という軽い気持ちでその専門学校を受けたんです」

「ところがその学校は、実はすごく偏差値が高くて、普通に落ちたんですよね」

いよいよ困ったときに、母にチラシを1枚渡された。臨床工学技士の専門学校のチラシだった。

「人工心肺っていう、心臓のオペをするときに使う機械があるんです」

「お母さんに『たぶん、あんたの手術をしたときにも使ったと思うよ』って言われて、その学校を受けることにしたんですよね」

「そういういきさつがあり、臨床工学技士の専門学校に進むことを決めたんです」

08 FTMでもいいんじゃない?

FTMでも友だちは離れていかない

2年生に進級するとき、先生との二者面談が開催された。

どんな病院に勤めたいか、県外に出たいかどうかなど、卒業後の進路について話すことになっていた。

「先生と向かい合ったとき、『別に人生相談でもいいぞ』って言われたんです」

「それを聞いて、『女でいたくないんだよね』っていう言葉が、口をついて出たんですよね」

「面談で話すぞ、って準備していたわけじゃなかったんですけど・・・・・・」

男になって仕事をして、普通に生きていきたい。

そうつぶやくと、先生から「お前、それ誰かに相談したことあるか?」と聞かれた。

「まだ1人にしか言ってない」と言うと、「何で言わないんだ?」と、またも聞かれる。

「剣道部の先輩が、女の子に告白したことでいじめられたことを話しました」

「みんないい友だちなのに、カミングアウトによって離れていかれるのは寂しい、って」

そう打ち明けると、先生から「お前、アホだな」と言われた。

「みんな、男だからとか女だからとかいう理由で、お前と友だちをやってるんじゃないぞ」

「梓っていう人間が好きだから、みんな一緒にいるんだろ」

「お前だってそうだろ?」

先生にそう言われた途端、何も言えなくなり、涙があふれてきた。

友だちに性別は関係ない。自分だって、相手の性格や行動や考え方が好きだから、友だち関係を続けている。

「頭でわかっていたことを、初めて言葉にしてもらえて、安心したんです」

「お前がお前であることは変わらないんだから、友だちは離れていかないだろう、って」

友だちへのカミングアウト

先生に話す前、仲のいい友だち1人にだけカミングアウトしていた。

「小中時代に仲の良かった友だちが、同じ専門学校に通ってたんです」

「専門1年生の冬に、思い切って話してみることにしました」

テレビで活躍していたはるな愛を引き合いに出し、「たぶんあの人の逆バージョンだと思う」と告げた。

この一言によって、友だちが離れていってしまうかもしれないという不安はあった。

しかし、「何か変わる? いいんじゃない?」というのが友だちの返事。

「逆に、あの頃よく髪伸ばしたよね」と言われ、安心して笑いがこみあげた。

20歳の覚悟

高校生のころからずっと、20歳が待ち遠しかった。

20歳になったら、自分の好きな道を選んでもいい。そう思いながら生きてきた。

成人式に振袖を着ると決めたのは、「これまでの自分」と「これからの自分」にしっかり線を引くためだ。

「女性としてきちんと正装する機会って、成人式が最後かもしれないですよね」

「親孝行のためにも、成人式では振袖を着て、見せてあげようって思ったんです」

「七五三で逃げ回っていたころに比べたら、だいぶ進歩しましたね(笑)」

短い髪にエクステをつけ、美容室で髪を結ってもらった。姉に化粧をしてもらい、振袖を着て写真を撮った。

そのまま成人式に出席し、振袖を脱いでから二次会へと向かう。その車中で、母に聞いた。

「こういう格好するの、もう最後でいい?」

何日も前から、振袖を脱いだら母に話そうと決めていた。

写真撮影のときも、成人式で話を聞いているときも、「お母さんに何て切り出そう?」と考え続けていた。

母は、落ち着き払った様子で「男の子になりたいの?」と聞いてきた。もう全部、わかっているみたいだった。

「うん」と答え、これからどうしたいかを話した。

「手術をしなきゃいけないほど?」
「友だちもいるし、周りも理解があるのに、それでも体を変えなきゃいけないの?」

母からの質問は続いた。

いまが充実しているという話と、男の体になりたいという話では、ベクトルが全く違う。

そう思ったが、うまく説明できる自信がなかった。

「お母さんは看護師だから、体にメスを入れることがどれほど大変か知ってるんです」

「子どものとき手術を経験したのに、自ら手術を選ぶ理由がわからない、って感じでした」

「自分としては、その日にお母さんに言えただけで成功。あとはゆっくりやろう、という穏やかな気持ちで、そのまま二次会に行ったんです」

09家族のおもい

姉の泣き顔

二次会から帰ると、姉がまだ起きていた。

すでに0時を過ぎていたけれど、もしかしたら自分が帰ってくるのを待っていたのかもしれない。

「どうだった?」と聞かれ、成人式や二次会の様子について報告する。

ひと通り話が終わった後で、「男の子になりたいって言ったらびっくりする?」と聞いてみた。

「お母さんにも言ったから、お姉ちゃんにも言おうと思ったんです」

「お姉ちゃんは、全く予測していなかったみたいで『どういうこと?』って目が点になってました」

話をしているうちに、姉は泣いてしまった。

「もっと早く言ってくれれば良かったのに。そうしたら、もっと相談に乗れたかもしれないのに」

姉はそう言った後、「だからAKBが好きだったんだー」と、またも涙をこぼす。

「それは泣きながら言うことか? なんか違うぞ、と思いながら聞いてましたね(笑)」

父の言葉

10代の反抗期以降、父との関係はあまり良好ではなかった。

怒鳴り合いのケンカをすることが増え、同じ家にいても、言葉を交わすことがほとんどなくなっていた。

そういった関係のまま、セクシュアリティについて話すのは、さすがに気まずい。

専門学校卒業後、一人暮らしを始めた後で、母と姉から父に伝えてもらうことにした。

「しばらく経ってから、お母さんとお姉ちゃんに『お父さん何て言ってた?』って聞きました」

「『じゃあ、梓は男の子だと思っておけばいいのか?』って言ってたそうです」

「でも、たまに実家に帰っても、お父さんから何か聞かれることはなくて・・・・・・」

「どういう態度で接すればいいのか、わからなかったんですよね」

25歳のとき、父と2人でお酒を飲む機会があった。

「今ならなんであのとき、お前にクソ親父って言われたのかわかる気がする・・・・・・」

2人で座ってお酒をすすっていたときに、父がポツリとつぶやく。

そして、続けた。

「男の子は男親に反抗するものだから、今ならわかる」

「やりたいようにやらせてあげたいのが、親の気持ちだ。だから、別に否定はしない」

「でもな、手術をしても、本物にはなれないっていうのは、覚えておかなきゃいけないぞ」

後日、母に父と交わした話を伝えると「梓とそんな話をしたなんて、お母さんには一言も言わないわよ」と笑っていた。

父は何年も、切り出すタイミングを計っていたのかもしれない。

不器用な父の言葉が、ありがたかった。

上京6年

専門学校を卒業した後、東京に出るということは、早い段階から決めていた。

「FTMやMTFの方のブログを見ていると、東京に住んでいる方が多かったんです」

「だから、東京に行けば、いろいろな情報をもらえるんじゃないかと思ったんですよね」

「可能性を知るためにも、早く東京に出ようと思ってました」

上京して6年。

27歳になった現在、家族や友だちの大半に、自分のセクシュアリティを明かしている。

FTMやMTFの友だちも増え、SRSを計画中だ。

「職場にはカミングアウトしていないので、いまは女性として仕事をしてます」

「SRSを受けて、戸籍を変えたら、男として転職活動をしようと思ってるんです」

「一歩一歩、なりたい自分に近づいています」

10雨のち晴れ

「自分にも恋愛ができる」 という自信

就職して1〜2年目に、看護師をしていた女性と恋人関係になった。

「1年半ほどで別れちゃいましたが、自分も恋愛していいんだって、自信になりました」

「恋愛も結婚も、自分の人生にはないだろうって、ずっと思ってたから・・・・・・」

結婚の夢もできた。

「自分には恋愛なんて無理だって線を引いてたけど、そんな線、自分の頭の中にしかないんですよね」

現在のパートナーと知り合ったのは、LGBT専用のチャットアプリ。
同じ業種である彼女とは、よく仕事の悩みを相談し合っていた。

最初は、付き合う気はまったくなかったが、いつしか惹かれていった。

「家族にも、彼女がいることは話してます」

「『機会があれば連れてきなさい』って言ってくれてますね」

「パートナーを連れて行くことで、体を変えて戸籍変更したいという決意が伝わるといいなと思ってます」

人生は天気と同じ

「自分は、FTMにしては、悩むことが少なかったかもしれないです」

生来の楽観的な性格のおかげもあるし、何より人に恵まれてきたからだと思う。

「友だちの多くがカミングアウトしても驚かず、『今さら?』といった反応でした」

「『あんた自身が気づいてないのかと思ったよ』って言われたこともありますね(笑)」

専門学校の先生が教えてくれた通り、人は性別で善し悪しを判断しない。関係を築きたいと思うのは、その人の中身に惹かれるからだ。

このことを、セクシュアリティに悩むすべての人に知ってほしい。

「男らしくなりたい、女らしくなりたいという気持ちは大事。だけど、見た目を繕うより、まずは中身を磨いたほうがいい」

「その中身に惹かれる人が、きっと周りに集まってくると思うから」

人生は、「天気と一緒」だと、誰かに言われたことがある。

晴れの日もあれば、雨が降る日もある。
雪も降るし、時には台風がくることもあるかもしれない。
けれども、絶対にまた晴れの日はやってくる。

「人生も一緒。1日中、心が動かない日なんてないですよね」

「つらくても笑ったもん勝ち。そのほうが、次の日に絶対にいいことが訪れると思うんです」

あとがき
超いたずらっ子だった梓さん。向こう見ずなシーンの連続に、よくぞ健やかに成人式を迎えられたと、大笑い■先生は言った「梓っていう人間が好きだから、みんな一緒にいるんだろ」。お父さんは言った「今ならなんであのとき、お前にクソ親父って言われたのかわかる気がする」。「もっと早く言ってくれれば良かったのに」とお姉さん。「男の子になりたいの?」とお母さん■カミングアウトの時にかよったあたたかいものが、梓さんの生きるエネルギーになっている。(編集部)

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