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17歳の私へ。「明日が来る」と思えば、生きる自信がうまれる【後編】

17歳の私へ。「明日が来る」と思えば、生きる自信がうまれる【前編】はこちら

2018/07/12/Thu
Photo : Taku Katayama Text : Sui Toya
安間 梓 / Azusa Anma

1983年、熊本県生まれ。地元の小・中・高校に進学したが、家庭の事情で17歳のときに中退。28歳のときに14歳上のMTFのパートナーと結婚し、30歳で通信制高校に復学。現在はNPO法人PROUD LIFEに勤めながら、社会福祉士、言語聴覚士の資格を取得するため通信制大学で学んでいる。

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INDEX
01 母に怯えた幼少時代
02 突然、いじめが始まった
03 恋した相手は女性教師
04 私、レズビアンだと思う
05 高校中退とDVの始まり
==================(後編)========================
06 誰かといなければ生きていけない
07 結婚相手はMTF
08 私の気持ちを聞いて
09 1人でも生きていける自信
10 「また会おう」が生きる力になる

06誰かといなければ生きていけない

穏やかな暮らし

10代の終わりは、本来ならば、将来の道を現実的に考え始める時期のはずだ。

しかし、借金で家族がバラバラになった後、夢を追いかけている暇はなかった。

「稼がないと生活できないから、毎日、お金を得るために必死で働きました」

そんな自分にとって、福岡での暮らしは「束の間の休息」だった。

本屋で働き、レズビアンバーに行って、お酒を飲んで楽しい時間を過ごす。

友だちもたくさんできて、半同棲状態のFTXの恋人との関係も良好だった。

20歳を迎えて少し経った頃、恋人の就職先が愛知に決まった。

「付いてくる?と言ってくれて、迷わず愛知に行くことを決めました。もちろん、その子のことが好きな気持ちもありましたが、一人で生きる自信がなかったんです」

「勉強もできないし、得意なこともない。中卒だから正社員にもなれない。借金が原因で、父も母も保証人になれないので、部屋も借りられない」

生きていくために、一生誰かといなきゃいけないと思っていた。

正社員への誘い

しかし、愛知に行った後、FTXの恋人とは別れてしまう。

「FTXの子のことは本当に好きでした。優しくて、いつも守ってくれました。別れてしまった理由は、私に好きな人ができたからです(苦笑)」

恋人と別れた後は、工場に勤めて寮生活を始めた。

「正社員にならないか?」と声をかけられることも2〜3度あった。

しかし、正社員になるためには高校の卒業証明書が必要だった。

「履歴書に、高校を卒業していると嘘を書いていたんです。どうしようと思って、結局辞めることを選ぶんですよね」

「仕事は好きなので、本当は全力で貢献したいんです。でも、正社員にならないかと言われると困る」

「次の勤め先では、やる気を出さないように働きました。やる気を出さないようにするのって、難しいですよ(笑)」

20代後半になり、自分は一生こんな働き方しかできないのかと、焦りも感じて始める。

後に結婚を決めるパートナーと知り合ったのは、そんなときだった。

07結婚相手はMTF

パートナーとの出会い

パートナーとは、ミクシィで知り合った。

「実はミクシィで知り合う前に、彼女のことを一度見かけていたんです」

レズビアンが集まるイベントで、彼女のことが気になりずっと見ていたのだ。

「彼女は、私の好みのタイプではないんです(笑)。でも、目が離せなくて」

「ミクシィで知り合ったときに『この人、イベントで見た人だ』と思って、すぐに会うことを決めました」

初めて2人で会った日、今まで足を踏み入れたことがなかった、たくさんの場所に連れて行ってくれた。

新鮮だった。

食事をした後に入った音楽バーで「私、今までいろんな人と付き合ったんだよね」と話したら、「じゃあ私とも試しに付き合う?」と言われた。

同時に「私、MTFなんだよね」とカミングアウトを受けた。

「それまで知らなかったんです。体がゴツゴツしていて、手も大きいから、普通の女性とはどこか違うなと思っていたんですけど」

「『下は?』と聞いたら『ある』と言われました。どうしようと思い『ちょっと待って。考えさせて』と伝えました」

1ヵ月待ってほしいと言ったが、付き合いたいと伝えたのは、わずか5日後だった。

「男性器を見たことがなかったので、『下がついてる』と聞いて、動揺してしまったんですよね」

「『ホルモン投与してるから小さいよ』と言われても、そもそも通常のサイズがわからないですし(笑)」

「悩みましたが、私には男とか女とか関係ないと、ふと気付いたんです。彼女が好きならそれで十分」

「付き合ってみよう、と思いました」

2012年6月3日

彼女といると、楽しかった。

さまざまな音楽や、行ったことのないジャンルのお店など、今まで知らなかった色々なことを教えてもらった。

当時、彼女はバンドでギターを弾いていたが、その姿も格好良かった。

自分にできないことを全部できる。

すてきだ、と思った。

「付き合ってすぐ一緒に住み始めたんですが、ずっと『結婚しよう』と言われていました」

付き合って4ヵ月目に、夫婦として戸籍を入れた。

「2012年6月3日に人前で挙式をしました。本当は、私は友だちや親を呼んで、小さい教会で結婚式を挙げたいと思っていたんです」

「でも、彼女から突然『イベントで結婚式をやるよ』と言われて。それだけは、いまだに恨んでいます(笑)」

結婚して1ヵ月経った頃、パートナーの態度が以前とは変わってきた。

「結婚する前はグイグイきていたのに、結婚したあとはコロッと変わって、すごく粗末に扱われるようになりました」

「バンド活動や仕事に集中して、私の気持ちを聞いてくれなくなったんです」

後に、アスペルガー症候群の症状の一種だと知ったが、当時は何もわからない。

寂しいと感じる日が続いた。

「お店を一緒にやっていましたが、毎日口論していました。彼女が酔っぱらって、女の子の隣に座って楽しそうにいちゃいちゃしているのも嫌でしたね」

「私の気持ちを聞いてくれないと言ったら、『それはあなたの被害妄想だ』と言われてしまいました」

「そこから亀裂が入って、結婚して1年くらいで気持ちが萎えてしまったんですよ」

08私の気持ちを聞いて

揺れるこころ

結婚生活を続けるべきか悩んでいた頃、女友だちから告白された。

誰でもいいから、自分の気持ちを聞いてくれる人がほしい。そう思い、その女の子と不倫をしてしまう。

「29歳の秋頃に付き合い始めて、次の年の1月くらいに別れました」

「不倫はよくないという気持ちと、私の悩みを聞いてくれる人がほしいという気持ちの2つの間で、揺れていましたね」

付き合っている人がいることは、パートナーも知っていた。

「浮気するから」と宣言したら、「梓の気持ちを全部は受け止めきれないから、受け止めてくれる人を探しなよ」と言われたのだ。

離婚したいとも言ってみたが「もうちょっと考えよう」と諭された。

取り戻せた高校生活

不倫相手と別れた後、パートナーから「ねえ、高校行きたいって言ってなかった?」と聞かれた。

行きたいと話すと「通信制の高校に行ったら?」と提案された。

30歳の春から高校に復学。

10代の途中で断たれてしまった青春を取り戻したようで、毎日が楽しかった。

「勉強ってこんなに楽しいんだ、と思いました。テストやレポートでもいい点数を取れて、高校卒業の日は答辞も読んだんですよ」

「校内生活体験発表会という、過去の自分を語る大会にも出場しました」

「まず学校で選出されて、中部大会の11人から選抜されて、全国大会へ。全国で5位に入賞して、トロフィーももらいました」

発達障害の勉強

通信制高校に通い始めて、パートナーとの関係も少しずつ変わってきた。

一緒にいる時間が減ったことが、いい効果をもたらしてくれたのだ。

それでも、たまにヒステリーを起こしてしまうことがある。

「やっぱり母の血を引いているんでしょうか。同じような怒り方をしてしまうんですよね。怒った後は、必ず自己嫌悪に陥るんです」

高校を卒業した後は、保育を学べる学校に通った。

しかし、保育の勉強をしているときに「私は発達障害の勉強がしたいんだ」と気付く。

ちょうどその頃、パートナーが「私、ADHDかもしれない」ともらした。
勉強をすれば、何か力になれるかもしれない。

そう思い、保育の学校を辞めて、発達障害について勉強できる通信制大学に通うことを決める。

「彼女に検査を受けさせたら、アスペルガー症候群と診断されました」

「アスペルガーの人は、目的を達すると興味がなくなるんです。結婚したあと、私が粗末な扱いをされたのはそのためか、と納得しました」

2人で深夜のドライブをしていたとき、彼女に「どんな子ども時代を過ごしたの?」と聞いてみた。

「そうしたら彼女が、『周りの人に冷たい人だとよく言われた』って、泣いて言うんですよ」

「だから『あなたは冷たくなんかないよ。本当は優しい人だよ。私がよく知っているから大丈夫』と答えたんです」

「そのときに決めたんですよ。私は、この人の一番の理解者になろうって」

09 1人でも生きて行ける自信

父と母、それぞれの思い

母に「MTFと結婚する」「男性から女性になった人だよ」と言うと、「あんたもめちゃくちゃだね、本当に」と返された。

でもその後、「お母さん、本当はLGBTのこと勉強してたんだよ。あなたが幸せなら、一人じゃないなら、お母さんはそれでいい」と言ってくれた。

「母親は相変わらず、感情の波がある人です。不安定なときに電話が頻繁にかかってくるなど、身勝手さに堪え兼ねて、今は縁を切っています」

「でも『あなたが幸せならそれでいい』という言葉は、母の本心だと思うんです。それだけは信じられます」

父には、入籍の報告をしたときに、初めてパートナーのセクシュアリティを打ち明けた。

無口な父は、「何かあったら連絡してこい」としか言わなかったが、高校の卒業式の日に、パートナーの横でポロッとつぶやいたそうだ。

「あなたや助けてくれる人、支えてくれる人が周りにいるって、梓はまだわかっていない。そういうところも、わからないとね」

もう、1人でも生きていける

もともと、結婚への憧れはなかった。

20歳のときは「私は、一生結婚しない」と思っていた。結婚するよりも、多くの恋をしたかった。

しかし、パートナーと出会って、彼女に似合う自分になりたいと思った。

高校を卒業して大学に行き、仕事をしながら勉強しているうちに「留学したい」「言語聴覚士になりたい」など、色々な夢が出てきた。

以前は「誰かのそばにいなければ生きていけない」と考えていた。

しかし、あるとき「私はもう、1人でも生きていけるかもしれない」と思った。

誰かに寄りかからず生きる自信を、いつの間にか持てるようになっていた。

「彼女は選挙に出馬するんですが、次回の選挙に失敗したら、離婚したいと言っています。お金もなくなるし、私の人生を振り回せないって」

本人には「そうだね」と答えたが、心の内では別の声が響く。

「私はさまざまな貧乏生活を乗り越えてきたので、お金がなくなることは怖くありません」

「できれば、彼女の顔や手のシワが増えていくのを、側で見たいと思うんです」

「もし離婚したとしても、彼女は私の大切な家族です。ずっと側にいるよ、と思っています」

10「また会おう」が生きる力になる

MTFとの結婚で生じた新たな悩み

「自分のセクシュアリティって何だろう?と、結婚してから悩み出したんです。彼女のことも、男性に見えるときと、女性に見えるときがあります」

「彼女のことを男として見ていいのか、女として見ていいのかわからないと、一時期すごく悩みました」

MTFのレズビアンは、偏見を持たれやすい。「手術をしてないからストレートじゃないのか」と言われることもある。

特に、同じセクシュアルマイノリティであるはずのレズビアンの子たちからは、ネットの掲示板などで否定されることが多い。

「女同士でも人同士、男同士でも人同士、男女でも人同士でしょ」

「だったら私たちだって、人同士だと思うんです。だから、除外しないでほしいと思います」

明日は、きっと何かがある

10代の頃、何もかも終わらせたいと思ったことがあった。

電気代が支払えず、電気の止まった暗い部屋で、紐を吊るして死のうとした。

「でも、死のうとすると、友だちの顔が浮かんでくるんですよ」

「明日はきっと何かある、だから今は死ねない、と思って乗り越えてきました」

現在は、通信制大学に通いながら、LGBT当事者を支援するNPO法人で働いている。

仕事の内容は、おもに相談対応などだ。

そのほか、当事者たちが集まって勉強会をする「虹色ラウンジ」というイベントも運営している。

「相談対応をしていると感じるんですが、つらい過去を長く引きずっている人が本当に多いんです」

「でも、つらい思い出は忘れたほうがいい。許せなくていいから、過去のことにして、今を見たほうがいい」

3年ほど前までは、自分も母から精神的な虐待を受けていたことや、恋人からDVを受けていたことを、よく思い出していた。

「そういうときは、いつも『寝て明日考えよう』と思っていました。『明日考えよう』と思うと、『明日が来るんだ』と思えるんです」

現在、セクシュアリティを打ち明けられなくて悩んでいる人や、自分のセクシュアリティがわからない人を集めて、「みんなの会」という集会を個人でひらいている。

「みんなの会では、特にセクシュアリティの話はしません。趣味の話や最近の出来事など、普通の話をしています」

「でも、帰り際に『今日楽しかったね。また会おうね』と約束します。次に会える日を目指して、皆また頑張るんです」

希望のある予定が先にあれば、それだけで生きる活力になる。
「明日が来る・・・・・・。明日を生きよう!」

つらい経験を乗り越えてきた自分の最大の学びだ。

あとがき
「・・・だから今は死ねない、と思って乗り越えてきました」。暗い窓辺で、朝陽が差すのを祈るように待った梓さんの姿をおもった。いま在る梓さんは、過去のすべてを引き受けた姿。優しい目をした人だ■[状況は好転するはずだと、最後まで諦めない]そう教わった気がする。夜明け前の空が一番暗い。でも、夜は必ず明ける。明日は少し違う日になるかもしれない■もうすぐ夏休み。少し勇気を出して、新しい朝を探しに行こう! (編集部)

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