INTERVIEW
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2度も友情結婚をしたけれど、レズビアンカップルとして生活している今が一番しあわせ【前編】

ノーカラージャケットにグリーンのシャツを合わせた、ビジネスライクながらもスポーティーな格好でやってきた西羅実和さん。営業職の経験が長いこともあり、エピソードを終始明るく話してくれたが、そのどれもがハードモード。現在エネルギーを注いでいるダイバーシティ推進の仕事に出会うまで、ときには遠回りをしたこともあった。

2024/06/29/Sat
Photo : Yasuko Fujisawa Text : Hikari Katano
西羅 実和 / Miwa Nishira

1972年、徳島県生まれ。幼少期にソウルに住んだあと、東京・渋谷で育つ。小学生のうちから女子にときめきを感じる。大学卒業後、就職浪人をきっかけにフランスへ留学。男性との2度の友情結婚を経て、現在は100年以上続く日本企業でLGBTQ理解促進に尽力している。

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INDEX
01 一気に暗い子に
02 一転、大荒れ
03 女性への恋心と隠せない緊張
04 もう、男性はいいや
05 一念発起、フランスへ
==================(後編)========================
06 子どもがほしい
07 営業職へ
08 2度目の友情結婚
09 レズビアンへの理解を諦めないでくれた母
10 やっと巡り合えた天職

01 一気に暗い子に

徳島生まれ、東京育ち

両親、2つ下の弟の4人家族。

「父は韓国人で、日本の大学に留学してたときに、サークル活動を通して母と出会ったそうです」

徳島出身の母は、父と出会ったころは東京で大学生活を送っていた。でも、時代もあり、家族から大学進学には反対されていたという。

「母は、かなり気が強い人だと思います。結婚したときは父がまだ学生だったので、母が外で働いて家計を支えてました」

父が韓国人だった関係で、わずか生後1か月で韓国に引っ越す。

「韓国で暮らしたのは赤ちゃんのころの1、2年だけなので、記憶はないですね」

そのあと、渋谷の公営住宅の入居が決まり、再び日本に戻って来る。
でも、数年後に父はソウルで大学講師の仕事が決まり、単身赴任することに。

大学が長期休暇に入る夏休みと春休み以外は、父に会えない日々が続いた。

「父親っ子だったので、父と会えなくなるのはさみしかったですね・・・・・・」

褒めてほしかっただけなのに

小さいころは、小学校から帰って来たらその日の出来事を、家で洋裁の内職をしている母に報告することが日課だった。

そんな明るい子が、ある日を境に一変する。

「小学校で描いたクマの絵を母に見せたんです」

一言、「上手だね」「かわいいね」と褒めてもらいたかっただけの、たわいもない日常の一コマ。でも、母から返って来た言葉は想定外のものだった。

「母は、近所に住む友だち・◯◯ちゃんのほうがもっと上手く描けるのにね、って言ったんです」

母の返答にショックを受け、毎日の出来事を報告することもなくなる。
外でも陰気に過ごすようになってしまった。

置いていかれた記憶

子どものころの母との関係は、それ以外にもわだかまりがいくつかある。

「母が内職で使う裁縫道具を、渋谷の駅前に買いに行くのに、私と弟が着いて行って。用事が済むとソフトクリームとかを買ってもらってました」

ある日、いつものように渋谷駅前でソフトクリームを食べていると、母から「そこで待ってて」と言われる。

母は、弟を連れてどこかへ向かっていった。
でも、待てども待てども、母たちが戻って来ない。

「周りの大人が、ずっと子どもが一人でいるのはおかしいと警察に通報してくれて」

警察官に連れられて家に向かうことになった。
帰宅すると、そこにはなぜか母と弟がいた。

「母には『どこに行ってたの!?』って言われて。『待っててって言われたから待ってたんだよ!』って返しましたけど・・・・・・」

当時の母の言動は、今でも理由がわからない。
悲しい出来事は、いつまでも鮮明に覚えているものだ。

02 一転、大荒れ

不良の仲間入り

小学生のうちは暗くおとなしいタイプだったが、地元の中学校に進学して「デビュー」を果たす。

「たまたま仲良くなった子がやんちゃな子で、その子につられて私も性格が変わりました」

先輩や後輩とともに眠らない街に繰り出し、お酒を片手に深夜に公園でたむろする。先輩のバイクに乗せてもらう。

「別の中学校の不良グループとケンカして、翌日その騒ぎが新聞に載ったりもしてました(苦笑)」

でも、性的にみだらになったり、薬に手を染めたりなど、一線を越えることはなかった。

黙って待つ父

ろくに勉強もせず、深夜に街をうろつく中学生。さすがに、親も頻繁に学校に呼び出される。

「当時は母からなにか言われても『ほっといてよ!』ってあまり会話しませんでしたね」

ある日、珍しく父がソウルから東京に戻っているときのこと。

いつものように夜明け前に帰宅すると、父が黙ってリビングで待っていた。
でも、叱られたわけではなかった。

「父は、ただ私の帰りを待ってたんです。『ああ、帰って来てよかった。じゃあ、おやすみ』って・・・・・・」

頭ごなしに怒られるでもなく、ただ娘の帰宅を待つ父の姿には胸を打たれるものがあった。

でも、父がソウルに戻ると再び夜の街に出掛けて行った。

03女性への恋心と隠せない緊張

学校のマドンナ

女の子に恋心を抱くようになったのは、小学校のころから。

「素敵なお家に住んでる、顔立ちがかわいい双子の女の子が学年にいて、そのお姉ちゃんのほうと同じクラスでした。目が離せないくらい魅力的でしたね」

相手は裕福な家の子、私は団地育ち。遠くから見ているので精いっぱいだった。

でも、なんとかお近づきになりたいと、夏休みの課題図書を女の子の家に持っていく機会をゲットする。

「一等地にある、その子の家に本を持って行きました」

家に上げてもらい、お茶をもらって談笑するでもなく、ただ玄関で本を手渡しただけ。

「本自体には興味がなかったので、読んでもないのに『面白かったよ』ってテキトーに本の感想を伝えました(笑)」

それでも、心ときめく大切な思い出の1ページとして、今でもよく覚えている。

憧れなのか、恋愛なのか

中学校のテニス部では素質を認められ、テニスの推薦で高校に進学。

「中学では全然勉強してなかったので、スポーツ推薦をもらえる高校しか選択肢がなかったんです(苦笑)」

入学後、中学のテニス部でお世話になった先輩とたまたま再会する。

「お互いに同じ高校に入学したとは知らなくて、お久しぶりです~! って再会を喜んでました」

ある日、先輩の隣に可憐な魅力を放つ女性が立っていた。

「そのかわいい先輩が卒業する前に、一緒に写真を撮れる機会があったんです」

ムードメーカーでもあった中学時代からの先輩が「一緒に写真撮りなよ」と背中を押してくれた。

「多分、私がかわいい先輩に気があるって気づいてたんだと思います」

憧れの先輩の隣に立つことにあまりにも緊張して、顔から火が止まらない。

「かわいい先輩から『女同士なのに、なんでそんなに照れてるの?』って言われました」

同性相手に妙に緊張している自分はおかしいのかもしれないと、そのときに感じた。

04もう、男性はいいや

男子から声が掛かって

ときめく相手は女子ばかりだったが、男子を素敵だと思ったことがまったくないわけでもなかった。

ただ、恋愛対象にはならなかっただけだ。

「小学校の憧れだった女の子とお似合いだと言われてた、王子様みたいな男の子がいたんですけど、その子のことをカッコイイなとは思ってました」

そんななか進学した大学は、法学部ということもあり、周りはほとんど男子だった。

「女子が圧倒的に少なかったので、人並みだったら告白されるような環境でした(笑)」

告白を受けた男子と付き合えば「異性への恋愛スイッチ」が入るかもしれないと思い、初めて男性と付き合ってみることにした。

体験してみたものの

当時はバブル全盛期。

「男の子が車で送迎してくれて、デート行ったりするのは楽しかったですけど・・・・・・」

憧れの女子の先輩とは横に並ぶだけで赤面したのに、男子とは手をつないでもときめかない。近づきたいとも思わない。

求められたため、性行為もしてみた。

「気持ち悪い、無理! ってことはなかったですけど、なんだこれ? って感じでした(苦笑)。痛いときもあるし、楽しいとは思わなかったですね」

相手からの要求をスルーし続けていたある日、お付き合いしていた男子が男友だちに「あいつがヤらせてくれない」と愚痴を言っているのを聞いてしまう。

「もう別れようと決意しました」

そのあとも「この人とはたまたま相性が悪かっただけなのかもしれない」と、数人の男子と付き合ってみたが・・・・・・。

「相性の問題じゃないんだと気付きました(笑)」

それ、どういう意味・・・?

男性には心を動かされることはなく、やはり気になるのはかわいい女性だった。

「アルバイト先のカフェに、違う大学に通うかわいい女の子がいたんです」

ただ、その女の子には付き合っている男子がいることを知っていたため、友人として仲良くしていた。

そんなある日、女の子から「気になるラブホテルがあるんだけど、一緒に行かない?」と誘われる。

今なら「ラブホ女子会」も一般的だが、当時はまだそんな概念はない。
しかも、二人きり。

「すごくドキドキしながら行きました」

二人でお酒を楽しんでいると、夜9時ごろには相手が寝てしまった。
これはなにも起きないか、と諦めて私も就寝。

「翌日の早朝に女の子に起こされて、『まだ時間、あるよ』って言われたんです・・・・・・(笑)」

それ、どういう意味!? とキャパオーバーになってしまった私はどうすればいいか分からず、寝たふりをしてやり過ごした。

「そのあと、あの時なにかアクションを起こしておけばよかった! って後悔しました(苦笑)」

このときは結局なにも起こらなかったが、このときに「自分がときめくのは男性ではなく、女性なんだ」と確信を得る。

05 一念発起、フランスへ

みんなと同じは嫌だから

大学卒業後は、母校で地理・歴史の教員になる予定だった。

「親から『学校の先生になりなさい』と言われてたので、教員免許を取りました」

でも、地歴科教員のポストが埋まっているので、翌年以降でないと採用できないと断られてしまう。

フリーターとして過ごしていたある日、壮大な計画を思いつく。

「どうせ待っていても、来年も先生になれるかわからない。それなら、今しかできないこと、海外留学しよう! と思いついたんです」

当時、留学と言えば英語圏が一般的。

「みんなと同じじゃつまらないから、フランスにしよう。フランスの大学と言えば、ソルボンヌ大学だろう!! って(笑)」

アルバイトで資金を貯め、次の年からフランスで学び始めた。

外国語の苦手意識を克服

フランスにやって来たはいいが、フランス語に長けているわけではなかった。

「第二外国語として勉強したことがあるってだけでした」

外国人留学生の寮で使われている共通言語は、フランス語ではなく英語。
でも、英語も特段得意というわけでもなく、寮の中でもじもじとしていると、イギリス人に声をかけられた。

「恥ずかしがらないで、思ったことを口にしてみなよ、ってアドバイスを受けてから、英語は抵抗感がなくなりました」

3か月目、全編フランス語の夢を見る。

「その夢を見たあと、フランス語が明瞭に聞き取れるようになりました」

お手伝いの人と

寮には定期的にクリーニングスタッフのおばさんがやって来ていたが、そのなかにひと際若く、かわいい顔立ちの女性がいた。

「若い人は珍しかったし、かわいかったので、ある日声をかけてみたんです」

その女性は、出稼ぎでパリに来ているポルトガル人だった。

お互いに母語でないフランス語で熱心にコミュニケーションを取っているうちに、距離が縮まっていく。

「その子が私の部屋の掃除をかって出てくれるようになって、仕事のない時間にも遊びに来てくれて。私もその子のためにお茶を淹れて待ったりして(笑)」

ある日、女性から相談を持ち掛けられる。

「フランス語を習っている女性の先生のことが気になる、好きなのかもしれない、と・・・・・・」

自分が気になっている相手が、ほかの女性のことを気になっているという事実はショックだった。

でも、相談を無下にするわけにはいかない。

「フランスって、あいさつのときにお互いの頬を合わせるじゃないですか。そのついでにチュッとやっちゃえばいいじゃん! って(笑)」

そうは言っても、具体的にどうしたらいいのか? と聞かれて、女の子にキスをした。

この出来事をきっかけに急接近。その女性とは1年ほどお付き合いした。

 

<<<後編 2024/07/06/Sat>>>

INDEX
06 子どもがほしい
07 営業職へ
08 2度目の友情結婚
09 レズビアンへの理解を諦めないでくれた母
10 やっと巡り合えた天職

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