02 外国人だからいじめられた
03 周囲からナメられないように
04 初めてできた彼女
05 みんなに嘘をつきたくない
==================(後編)========================
06 カミングアウトで知った母の過去
07 結婚を約束していた元彼女
08 大失恋のショック
09 FTMとMTFの夫婦
10 FTMに生まれたギフト
06カミングアウトで知った母の過去
早く社会に出たい
高校1年生の時に、両親が離婚した。
その後父はフィリピンに帰国し、自分は母と弟と3人で日本に留まることになった。
離婚はそれほどショックでもなかったし、そこからの生活が大きく変わったわけでもなかった。
母だって、いつも通り優しく接してくれていたと想う。
「だけど、反抗期だったこともあって、その優しさがうっとおしいなって思っちゃったんですよね。その頃は家にもあまり帰っていませんでした」
「今思えば、お母さんも大変な中がんばってくれていたんだろうな、って思うんですけど、当時は受け入れられなかったんです」
これ以上親の世話にはなりたくない。早く自立して自分ひとりの力で生きていきたい。
そう思うようになっていった。
「高校を卒業したらすぐに働こうって考えてました」
親が工場で仕事をしていたが、外国人国籍だから安月給。
日本で生まれ育ったのに、周囲からの扱いもひどかった。
親と同じように工場で働き続けるのは厳しいだろうと思い、何の仕事をすべきか考えるようになった。
「高校生の頃、ほかにラーメン屋でもバイトをしていたんです。その時に飲食店で働く楽しさを知って、いつかはお店を持ちたいなって思うようになりました」
店を開くために、まずは下積みから始めよう。
担任からの紹介で、名古屋では比較的大手の飲食店に就職することが決まった。
母の元恋人も実は・・・・・・
母には、これまで付き合っていた彼女のことを隠さず紹介していた。
「それには抵抗がなかったんです。普通に『付き合ってるんだ』って言ってましたね」
「でも、母は僕のことをFTMとは思わず、ただボーイッシュなレズビアンだと思っていたんです」
母とふたりで散歩をしていると、近所の人に弟だと間違えられて「息子さんそんなに大きかったっけ?」と尋ねられることが何度かあった。
「そのたびに、母は『息子じゃなくて娘だよ』と答えていました」
自分が母に “女” と認識されていることが嫌だった。
だから、就職で実家を出る直前のタイミングで、母に「自分はレズビアンではなくて男になりたいんだ」とカミングアウトした。
いずれ性転換手術も受けるつもりだったから、「産んでもらった体にメスを入れるのは申し訳ないけど、お母さんに反対されても手術を受けるつもりだ」とも。
「あなたが幸せならそれでいい」。
母は、泣きながらそう伝えてくれた。
「なぜ母はあの時泣いていたのか、僕も聞いていないので理由はわからないです。もしかしたら受け入れられないって気持ちが少しはあったのかもしれません」
だが、その後母からのカミングアウトに逆に驚かされる。
「母にとって、僕の父が初めての彼氏だったそうなんです。それで、『お父さんと付き合うまでは、あなたみたいな女性と付き合ってたのよね』って言われたんです」
「えっ!ってなりましたよ。びっくりですよね(笑)」
フィリピンはカトリック国のため、宗教的な理由もあって戸籍変更以前の同性婚は認められていない。しかし、タイと同様に同性カップル自体は多く存在しているのだ。
「あなたの気持ちも少なからずわかるし、あなたが付き合っている彼女の気持ちもすごくわかる」と、母は言葉を続けた。
「『何かあったらいつでも言いなさいね』とも言われました。すごく理解のあるお母さんだと思います」
07結婚を約束していた元彼女
新卒で直面した社会の厳しさ
「新卒で就職した会社は、結局2ヶ月でやめちゃいました(笑)」
LGBTにはかなり理解のある会社だったが、あまりの激務に耐えきれなかったのだ。
朝の10時から翌朝の5時まで、ほぼ通しで働くこともあったほど。
「初任給でお母さんに何かプレゼントしようと思ってたんです。でも、給料日にATMを確認したら9万円しか入ってなくて・・・・・・」
これじゃあ何もできないじゃないか。
「もう無理だと思ってやめちゃって、5ヶ月くらいはニートでした」
「でも、たまたま以前バイトしていた居酒屋の店長と再会して、そのお店でまた働くことになったんです」
脈ナシからの大逆転
現在の妻と出会う前に付き合っていた元彼女とは、19歳の頃、友達づてで知り合った。
何度か会ううちに徐々に彼女に惹かれ、積極的にこちらからアプローチしていた。
しかし、まったく相手にされない状態が続いた。
デートに誘ってもいつもほかに女友達を連れてくるし、メールの返事もそっけない。
苦労してようやくこぎつけたふたりきりのデートで、意を決して告白しても、「冗談でしょ?」と流されてしまった。
「後日聞いた話によると、その時彼女はまわりの目を気にしていたようなんです。それで返事をうやむやにしていたみたいでした」
結局、そこから猛プッシュで粘り、半ば強引に付き合う合意を得る。
「でも、僕は尽くすタイプってこともあって、『付き合ってからは私の方がどんどん好きになっていった』って言われました」
彼女とは4年間交際し、結婚も約束する仲だった。
08大失恋のショック
SRS直前での破局
彼女とは交際中に一度別れてしまったこともあるが、よりを戻してからは「早く結婚したいな」と言われるようになった。
「それで、男になって彼女と結婚しようと思って、タイでSRS(性別適合手術)を受けることにしたんです」
お金はなかったけれど、ふたりでコツコツ節約しながら貯金。
なんとか手術費用を用意し、まずは半額分となる50万円を前払いした。
「それなのに、手術の1ヶ月前になって、彼女に『やっぱり私は普通に結婚したいし普通に子どもを産みたい、だから別れたい』って言われたんです・・・・・・」
ただただ、ショックだった。
普通ってなに?それならどうして「結婚したい」なんて言ったの?
その言葉があったから、手術を受けようと決意してお金も払ったのに、これから一体どうすればいいんだろう。
「だけど冷静に考えて、彼女の言う “普通” は僕には叶えてあげられないってわかったから、すっごい好きだったんですけど身を引きました」
タイで受ける手術には、彼女も同行する予定だった。
すでに彼女の分の航空券代も支払っていたし、彼女にとっては初の海外ということで、旅行の段取りも組んでいた。
だから余計に悔しかったし、悲しかった。
「手術前に別れてしまうLGBTカップルって、ほかにも結構多いみたいなんです」
いざ手術を前にすると、本当に結婚していいのか?子どもを授かれないかもしれなけれど、それでいいのか・・・?と、将来の夢と現実を想像して、足がすくんでしまうのだろう。
それは、マリッジブルーにも近い心境なのかもしれない。
前払いした手術費用は払い戻しもできなかったため、やや消極的ながらも手術は予定通り受けることに決めた。
「ひとりで行くのは心細かったですね。不安だらけでした」
そうして2年前の6月、タイでSRSを受けた。
だが、術後もひとりで病室にいると、「もしここに彼女がいたら・・・・・・」と考えてばかり。
「男性の体になって感動したってよりも、失恋の傷がまだズキズキ痛んでいる状態でした」
東京での新しい出会い
手術を終えて帰国してからも、まだ彼女のことが頭から離れなかった。
そんな時、たまたま知り合った東京在住のFTM男性から「上京して、うちで一緒に働かないか?」と声をかけられた。
この際、東京に行くのもありかもしれない。
「名古屋にいたら、どこに行っても彼女のことを思い出してしまう」
「それに、新しい恋人を作ってもすぐに地元の友達に広まってしまうんです。そんな田舎の狭いネットワークも嫌でした」
自分のことを誰も知らない土地に行きたいと思った。
そうして、昨年の1月に上京。
声をかけてくれた人が勤めていた銀座のミックスバーで働くことになった。
その店で知り合ったのが、現在の妻だ。セクシュアリティはMTFだった。
「僕は、最初まさかMTFさんと付き合うことになるなんて思ってなかったんです」
FTMの友達は多かったが、MTFとはそれまでほとんど関わったこともなかった。
それに、相手は上司で店でも指名の多い超売れっ子。業務連絡以外でこちらから会話をすることも最初はほとんどなかった。
「なんですけど、入店して3週間で付き合うことになりまして(笑)」
09 FTMとMTFの夫婦
妻への偏見
FTMとMTFのカップル。
交際当初は、周囲から「どうしてオカマと付き合っているの?」と心ない言葉をかけられることも多かった。
親しい友人に付き合いを反対されたこともある。
FTMの自分のことは受け入れてくれるのに、どうしてMTFは否定するのだろうか。
「みんなは妻に会ったことがない、っていうのも大きいかもしれませんが、僕自身、すごく傷つきました。普通の人だったらそう思っちゃうのかもしれないですけど・・・・・・」
当事者以外からすれば状況を想像しにくいかもしれないし、それゆえにすんなりとは受け入れられないのかもしれない。
だけど、それでも自分は今とても幸せだ。
「幸せにも愛にも、いろんな形があるんです。それをもっとたくさんの人に知ってもらいたいなって思います」
まさか自分が結婚するなんて!
妻から「付き合うなら結婚してくれないと嫌」と事前に言われていたこともあって、当初から結婚を前提とした交際ではあった。
「だけど、まさか自分が本当に結婚をするなんて思ってもなかったです」
いざ婚姻届を提出する時も、一苦労。
自分はフィリピン国籍のため、SRSは終えても戸籍の性別は女性のまま。そして、妻は女性として生活しているが、戸籍は男性だ。
見た目は明らかに自分が男性、妻が女性なのに、性別記入欄はその逆になっているため、担当員が混乱してしまったのだ。
「その時はほんと、区役所のフロアがざわめいてましたね(笑)。窓口の方は混乱したんでしょうが、大きな声で、夫・妻を確認されるのも参りました(苦笑)」
そうした苦労を経て、付き合い始めてからちょうど1年目となる今年の2月、無事入籍に至った。
10 FTMに生まれたギフト
将来の夢
結婚して、生活は大きく変わった。
「これまで結婚を軽く見ていたというか、ただの紙切れくらいのものだろうと思っていたんです」
「でも、今は新しく家族ができたことで責任感に追われてる感じです(苦笑)。そこらへんはストレートの夫婦と本当に変わらないだろうなと思いますね」
これからやりたいこともたくさんある。
「高校の時から変わらず、いつか自分で店を持ちたいと思っているんです」
LGBTとアライが、落ち着いて一緒に飲めるようなバーを作りたい。
「ほかにも、妻とふたりで『何かを発信していきたいね』とも話しています」
「それはLGBTを理解してほしいというよりも、自分の想いを知ってほしいという部分が大きいですね」
FTMは長所
FTMの外国人ということで、これまでつらい経験をたくさんしてきたし、過去には自分のセクシュアリティを隠していた時期もあった。
だけど今は幸せだし、前向きに生きている。
「当事者やアライの方から『自分もアンジェさんのように変わりたい、前向きになりたい』と言われることも多いんです」
最近になってようやく、「自分には人をポジティブにさせる力があるんだ」と気づいた。
「でも、もしFTMでなければその力もなかったかもしれないですよね」
「恋愛相談を受けることも多いんですよ。それも全部、きっとFTMだから頼られてるんじゃないかなって僕は思ってます」
「だから、僕の中ではFTMは長所なんです」