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ゲイの私が伝えたい、カミングアウトの失敗例から学んでほしいこと【後編】

ゲイの私が伝えたい、カミングアウトの失敗例から学んでほしいこと【前編】はこちら

2025/08/17/Sun
Photo : Yasuko Fujisawa Text : Hikari Katano
森田 昌太 / Shota Morita

1970年、東京都生まれ。一人で遊ぶことが好きなおとなしい幼少期から、母親から無言の圧力を感じる。同性が好きであることを自覚しつつも、何名かの女性と交際を経験。長年勤めた大手保険グループを退職後は、同性カップルを主にターゲットとするファイナンシャルプランナーとして活動している。

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INDEX
01 おとなしすぎる子ども
02 母親の夫代わりとして
03 「ホモ」を否定
04 女の子とのお付き合いでカモフラージュ
05 女性からのセクハラ
==================(後編)========================
06 もう隠さなくていい、ゲイだってこと
07 勢いでカミングアウト
08 家族を見送って
09 ゼロからの独立
10 カミングアウトの「極意」

06もう隠さなくていい、ゲイだってこと

下心がないからこそモテる

保険会社で働いていたときには、3年ほどで転勤することが多かった。

「東北から九州まで、いろいろなところで働きました」

転勤したら、まずその営業所独自の慣習や、取引先の情報をリサーチしなければならない。

そのためには長年勤める女性社員と仲良くなって、営業所ならではの情報を引き出す必要があった。

「この人から教えてもらおう、って目星をつけてその人に接近するんです。でも親切にしてたら、こっちはそんな気はないのに、相手の女性がその気になっちゃって・・・・・・っていうこともありました」

保険業界で営業職として働く男性には、ギラギラした肉食系の人が多かった。

そんななかで、物腰が柔らかくて聞き上手な自分の姿が、女性の心に刺さったのかもしれない、と思う。

「私が女性と恋愛的にお近づきになりたい、って思ってないからこそ距離感が近くなっちゃって、勘違いさせちゃったのかな、とも」

女性と付き合うことはあっても、結婚はできないだろうと考えていた。

「ゲイであることを隠して女性と結婚する人もいますけど、よくできるよな~って思ってました」

新宿二丁目・ゲイバーが怖い

インターネットが普及し始めてから、ゲイが自分だけではないことにようやく気づいた。

「掲示板にたくさん書き込んでる人がいて、『あれ、こんなにたくさんいたんだ!?』って」

自分以外にもゲイがいると知ったこともあり、社会人になってからは、たまに新宿二丁目に足を運ぶようになった。

「そのころは静岡で働いてたんですけど、ときどき東京の実家に帰ってたので、そのついでに二丁目に寄ったりしました」

それでも、まだそのときにはセクシュアリティのふたを開ききっておらず、二丁目を少し見学した程度。

「おそるおそる街中を回ってみたり、ビデオ店に入ってみたりしただけで、ゲイバーに入る勇気はありませんでしたね」

「ビデオ店にいたときに男性から身体を触られたことがあったんですけど、怖くて逃げました(笑)」

ゲイを抑圧する必要がなくなって

20代後半になり、やっとゲイコミュニティやゲイの男性とつながり始める。

「最初は、雑誌の文通コーナーで知り合った人と会いました。雑誌社を通して個人情報がわかる仕組みで、いまなら考えられないですけどね(笑)」

次に、ゲイ向けのインターネット掲示板で知り合った男性と交際を始めた。

「もう自分を隠さなくていいんだ! って安心感がありましたし、付き合うことが楽しかったですね」

男性とのおつきあいでは、女性から身体の関係を迫られたときに覚える恐怖感も感じなかった。

07勢いでカミングアウト

取り乱す母親

実家に帰省した際、母親に直接カミングアウトした。母親の顔色がさーっと変わっていったのを覚えている。

「それから母親は、なにもしゃべらなくなりました・・・・・・」

「本当は親にカミングアウトするつもりはなかったんですけど、当時付き合っていた彼に影響されて、勢いで雑にカミングアウトしたんです」

カミングアウトは大失敗に終わった。

自宅に戻ると、母親から手紙が届いていた。

「赤いペンで、斜めになるくらいの筆跡で『男のケツを追い回す変態野郎』とか、悪口が延々と書き殴られてました・・・・・・」

「母親はゲイに対して『テレビに映る気持ち悪い人』って嫌悪感があったんじゃないかと思います」

母親の変な行動はそれだけでは済まず、勤め先や取引先、友人などに片っ端から電話をかけた。

「なんで自分のかわいい息子がこんなことに!? って『原因』を探してたんじゃないかと思います。なぜか弁護士にも相談してたらしいです」

カミングアウトがもたらしたもの

以前に勤めていた営業所の代理店には、アウティングされてしまった。

「前に勤めていた営業所の取引先だったので、アウティングがそれ以上広まることはなかったです」

その取引先からは「お前はおかしい」と言われ、女性と付き合わされる羽目に。

母親の奇妙な行動も、カミングアウトからしばらく続いた。

「母親が私の住むマンションにやってきて、私を1カ月くらい監視してました。彼には『お願いだから!』って自分から話して、別れてもらいましたね・・・・・・」

経済的には自立している。
実家から距離もかなり離れている。

「親との縁を切ることもできたと思うんですけど・・・・・・」

母親に謝って「もうゲイは治った」と伝えた。

「普段なら絶対にしないようなことをする母親を、すぐにでも落ち着かせたいっていうのもありましたけど、私もまだ精神的に親離れができてなかったんだと思います」

08家族を見送って

姉の急死

姉は10年ほど前に突然この世を去った。

「もともと心臓疾患を抱えてたんですけど、雪の降る寒い日に外で倒れて、そのまま亡くなりました」

亡くなってから半年ほどは、姉に対する悲しみと両親を残して先だった憎しみが相まって、半年ほど涙が止まらなかった。

「親も心の準備ができてなかったと思います」

姉の入っていた保険を確認すると、保険業界に身を置いている者として驚くことがあった。

「もともとは1000万円の死亡保険に入ってたんですけど、解約してたみたいで。掛け捨てだから戻ってこないし・・・・・・」

姉が離婚したことで保険料を支払えなくなるから、と言われて解約したのではないかと思うが・・・・・・。

「姉には心臓疾患があるから、新しい保険には入れなかったんですよね。それなのに解約させたなんて、担当者の使命感のなさに強い怒りを覚えました」

このときに感じた、「営業成績のためでなく、お客様やその家族のためになるものを、自信をもってきちんと販売したい」というおもいは、その後の独立につながっている。

両親の間に子どもが入る余地はない

両親も、私が50歳のころに父親、母親と相次いで天国へ旅立った。

「私はそのころ秋田にいたので、数カ月おきに実家に帰って、ケアマネージャーさんや施設のスタッフの方とやり取りして対応しました」

両親がそろって高齢者施設に入居することになった際には、1人1部屋ずつ借りたが、1つの部屋で一緒に生活していたという。

「私が子どものころには、母親は離婚するだのなんだのって散々言ってましたけど、結局、子どもにはわからない2人だけの関係があったんだと思いますよ」

最期はコロナ禍と重なりあまり面会できなかったが、無事に葬式まで済ませて、天国に見送ることができた。

「正直、悲しいというより、2人にやれるだけのことをやって、息子としての役割を果たせたな、ってほっとしました」

09ゼロからの独立

後ろ向きの仕事に限界

もともと、転勤が頻繁に発生するハードな保険業界の仕事を中高年になっても続けることは難しいだろうと思っていたが、仕事内容の変化がその思いに拍車をかけた。

「会社員時代の最後のほうには、それまで取引してた代理店との契約を解約するよう伝える仕事をしてたんです」

代理店のスタッフが高齢になる一方で、事務作業はパソコンが主流になっていく。どうしてもデジタルのデスクワークに対応するのが難しく、ミスが増える。

「それまでは、なんとか保険を売ってもらえるようお願いしに行く仕事をしてたのに、今度は契約を切るという逆のことをしなきゃいけなくて・・・・・・」

会社員として保険業界にこれ以上携わることに限界を感じた。

そして、自分のこれまでの経験を生かして、保険の面で同性カップルを手助けしたい! と思い立つ。

長年勤めた保険会社を退職し、ファインナンシャルプランナーとして独立した。

ゲイ当事者なら相談しやすい

かつては代理店の社員からセクハラを受けたり、母親からのアウティングを受けて「同性を好きになるなんておかしい」と言われたこともあった。

でも現在は、同性カップルも保険金の受取人として登録できることが当たり前になりつつあるが・・・・・・。

「実際に、私もパートナーを保険金の受取人とするために手続したことがあるんですけど、『同性カップルなんです』ってやっぱり言いにくいよな、って自分でも思いましたよ」

同性カップルだというだけで、色眼鏡で見られているような感覚が残った。

保険業界に身を置いてきたゲイ当事者ですらそう感じたということは、普通の同性カップルはもっと不安を覚えるに違いない。

「私なら、同性カップルが相談しに来たら、どういうところに配慮すればいいかが肌感覚としてわかる。それに、相談相手が当事者だってわかっていたほうがお客さんも相談しやすいんじゃないかなって思ってます」

「同性カップル以外も歓迎してますけど、やっぱり同性カップルのほうが正直仕事として熱が入りやすいかな(笑)」

同性のパートナーと安心して一生を過ごすために、保険は大きな支えとなる。その手助けをまっとうにやり遂げることが、これからの私の使命だ。

10カミングアウトの「極意」

わかってくれない、と失望しない

親へのカミングアウトが失敗したあと、自分自身のことを深く知りたかったし、なぜ母親があんな行動を取ったのか知りたくなり、心理学を勉強した。

その経験から、LGBTQ当事者が親にカミングアウトする際の注意点として伝えたいことがある。

「相手に理解してもらうことだけを前提にしたカミングアウトは、しないほうがいいと思ってます」

カミングアウトすること自体はとても勇気のいる行為で、なかなかできることではない。

でも、自分が勇気を出して伝えたからと言って、相手が受け入れてくれるとは限らない。

「親だったらわかってくれると信じてた、あのときの自分は子どもだったな、って思います」

「親は自分とはちがう人間だし、完璧でもないから、LGBTに理解があるとは限りませんよね」

そのためにも、私のカミングアウト失敗体験から学んでほしい。

「まず、何のためにカミングアウトするのかを考えること。伝えるときは流れや勢いに任せるんじゃなくて、練習を重ねて、きちんと話し合いの場を設けて伝える。手紙で伝えてもいいですしね」

「そしてなにより、カミングアウトする相手へきちんと愛を伝えてほしいです」

自分で回復できる手立てを

親ならきっと私のセクシュアリティを受け入れてくれるはず! と信じ込み、特段の用意もせずにカミングアウトに踏み切ると、受け入れてもらえなかったときに精神的に大きなダメージを追う可能性が高い。

「特に若いときには周りを見る余裕なんてないだろうから、カミングアウトが思うようにいかなかったときに、自分は独りぼっちなんだ、って思い込んでしまうかもしれませんよね」

そのために、親が受け入れてくれなかったとしても自分が持ちこたえられるように、あらかじめ頼れる人を “確保” しておくとよいだろう。

「友だちでもいい、先生でもいい・・・・・・」

あえてカミングアウトしないことも選択肢の一つ。

それでもカミングアウトするのか? をよくよく考えたうえでするのであれば、どんな結果になったとしても必ず再び立ち上がれる。

 

あとがき
パートナーさんの手仕事のシャツは、クールな花柄。とても似合っていた。取材でいただいたクッキーの甘さは、優しい昌太さんそのもの。そして、お母さんの愛情は、とてつもない大きさだ。昌太さんからにじむほど■長年悩み抜いて差し出された告白。初めて聞いた子どもの知らなかったこと。「家族だからわかり合える」という言葉は尊くても、だれかの重しになることがある。驚きはそのままに、子どもの気持ち、自分の気持ちに向き合いたい。(編集部)

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