02 男らしい声、男らしい体
03 間違いない、性同一性障害だ!
04 付き合う相手は女性
05 すべては女になるために
==================(後編)========================
06 女性化の情報発信をスタート
07 「やっと人間になれた」
08 自分が変わって、周りも変わった
09 トランスジェンダーのユーチューバー「スザンヌみさき」として活動
10 「いま知ってる価値観だけがすべてじゃないよ」
06女性化の情報発信をスタート
ニューハーフクラブでの学び
期間従業員のあとは、ホストクラブで働いた。
しかしホストとして女性相手に接客しながら、「女になりたい」と言ったり、メイクをしたりしていたため、ニューハーフクラブを勧められる。
そうか、と思って面接を受けたところ、見事合格。
名古屋のニューハーフクラブで働くことになった。
「すごく楽しかったです」
「酔っ払ったお客さんにキツイことを言われることもあって・・・・・・めっちゃ泣きましたけどね(笑)」
「でも、その頃は、私にはここしか生きる道がない、と思っていたので、なんとかがんばってました」
そもそも、ニューハーフクラブで働こうと思ったのは、そこで働けば、きっと女性としてキレイになれると思ったからだった。
人付き合いが苦手なため、初めて会った人と話すのも苦手で、ましてやキツイことを言われても笑っていなければならない仕事。
精神的にも苦痛を感じることがあったが、それでも、働く価値は大きかった。
「メイクの方法や話し方、服のこととか、接客も学べたし、性別適合手術についても、いろんな話を先輩方から聞くことができました」
「いまの私を作っているのは、そのニューハーフクラブでの経験ですね」
当時お世話になった先輩のなかには、いまもつながっている人もいて、たまに会いに行けるような関係を築いている。
女性化に関する情報を発信
そんなニューハーフクラブを辞めたのは、友人からネットワークビジネスを一緒に始めようと誘いがあったからだった。
「一攫千金! ガッポリ稼ぐぜ! って感じでニューハーフクラブを辞めて、新しい仕事を始めたんですけど・・・・・・ぜんぜん稼げなくて(笑)」
「結局、借金を抱えることになってしまって、家賃とか水道光熱費とか、携帯代、税金も払えなくなって」
「やばいなってなったときに、母の仕事を手伝うことになったんです」
その頃、母は箱根で、大学の保養施設の管理人として働いていた。
ちょうど、住み込みスタッフに空きが出たので、声がかかったのだ。
住み込みということは、家賃も水道光熱費も不要。
しかも、施設の利用者のために、食事を用意して提供するという仕事は、飲食店での経験が活かせる内容だった。
まさに渡りに船。
即答で働くことを決める。
「施設の掃除とか、料理の手伝いとか、夏休みの時期はすごく忙しいんですが、それ以外は自由な時間もあったので、ユーチューブやブログで、女性化に関する情報を発信するようになったんです」
07性別適合手術を経て「やっと人間になれた」
性別適合手術、戸籍変更へ
保養所では、男性として人事情報に登録されていたが、見た目はすっかり女性だったため、運営会社に事情を話して、女性として働いた。
高校を卒業してからホルモンを治療を続け、声を高くするために喉の手術をして、睾丸摘出手術を受け、豊胸手術も終えた。
保養所で働きながら、その一連の経験談と、経験から得た知識を発信したのが24歳のときだった。
「自分の経験から思うのは、“性転換” したい人のほとんどが、まずホルモン治療を始めたいと思ったときに、ジェンダークリニックの看板を掲げている病院でしか治療できないと思い込みすぎてるってこと」
「ぜんぜんそんなことなくて、注射や手術ができる病院を見つけたいなら、電話で直接問い合わせして、見つけることもできるんですよ」
「私は、そうやって病院を開拓しました」
「知り合いのMTFから教えてもらったその方法を、今度は私がユーチューブやブログで教えたいと思ったんです」
そして31歳で性別適合手術を受け、戸籍を男性から女性に変更した。
「やっと人間になれた、って感じです」
「人間になって思ったのは、『生きるのラクだな』ってこと」
「これからは、手術して戸籍変えて、ってしなくても、生きていける。そのために生活を切り詰めて貯金しなくてもいいし。めっちゃラクやん、って」
「生まれつき借金が1000万くらいあって、毎月少しずつ返さないといけない生活がずっと続いていて、いまやっと完済した感じ(笑)」
おもしろい人生だとは思う
もしも自分がシスジェンダーとして生まれていたら、必死になって働いた金をすべて、体を変えることに費やすこともなかったんだろうな、とも思う。
「自分がやりたい仕事とか好きな趣味とかに、もっとお金を使えたかもって思うと、『損したなぁ』と思う部分はあります(笑)」
「でも、まぁ、おもしろい人生だとは思いますけどね」
ちなみに、女性になった我が子を見て、母は何も言わなかった。
「ただいまって言ったら、あ、おかえりってフツーに(笑)」
「たぶん驚いてはいただろうけど、うちの母、感情を表に出さないんですよ。なんだろう、強がってるのかなぁ」
「ただ、『自分の子どもだし、男とか女とか気にしてない』とは言ってましたね。本当かどうかはわからないですけど(笑)」
「真ん中のお兄ちゃんは『おまえ、オカマになったんや〜っ』とか言ってましたけど、いまはどっちのお兄ちゃんも妹として接してくれてます」
08自分が変わって、周りも変わった
いとこの結婚式には出席できず
女性になって、体以外にも、いろんな変化があった。
悲しいことも、うれしいこともあった。
「いとこのお姉ちゃんが結婚式に招待してくれたんだけど、いとこのお母さん、つまり叔母さんが『それはちょっと違う』って言って・・・・・・」
「結局『おかまは来るな』みたいな感じになっちゃって、結婚式には出席できなかったんですよ」
「でも、その2年後、おじいちゃんが亡くなっちゃって、地元に行ったら、叔母ちゃんから『あのときはごめんね』って謝られました」
「いまは普通に仲がよくて、一緒にご飯行ったり遊びに行ったりしてます。知らなかったから偏見があったんだし、いまはわかってくれたし、謝ってくれたから、もうぜんぜんなんにも思ってないです」
映画館でレディースデイがある、男性が優しく接してくれるようになった、などうれしいこともある。
「あ、あと、電車に乗って、座っているとき、隣に女性が座る率が高くなって、男性が座る率が低くなりました」
「男性って、女性に気を使って、なるべく隣に座らないんですよ」
「もちろん、女性の隣しか空いてなかったら座るかもしれないんですが、男性の隣も女性の隣も空いてたら、男性は男性の隣に座ると思います」
変わらないのは性格くらい
「それから、友だちのノリも違う」
「男性同士だと、久しぶりに会ったときに『イエーィ!』とか言って、肩をパーンと叩くとか、ちょっと乱暴な感じですけど、女性に対してはしない」
「男の友だちは私に気を遣ってくれるようになって、女の友だちとは距離が近くなりました。もう、フツーに女友だちのノリです」
「メイク教えてー、コスメなに使ってる?、なんか眉毛おかしくない? じゃ飲みにいこ、ってそんな感じ(笑)」
逆に、変わらないものを考えてみる。
「そんなものはないかも・・・・・・。私の性格くらい?(笑)」
「人によっては、社会的地位とか男性の優位性とか、変えたくないものもがあったり、完全に女性になるんじゃなくて中性的な存在を目指していたりすることもあるかもだけど、私はそうじゃなかったから」
「男性として生きていたほうがよかったと思うことは1ミリもない」
「そんなことがあったら、ここまで来てないと思う」
小学6年生の声変わりをきっかけに、男らしくなっていく自分の体や、周りから押し付けられる “男らしさ” に違和感を感じ始めてから、テレビやインターネット、本から少しずつ情報を集め、女性として生きる道を模索し、ここまで計画的に歩んできた。
その道は間違っていなかったと、改めて思う。
09トランスジェンダーのユーチューバー「スザンヌみさき」としての活動
LGBTへの理解が広がって
ユーチューブとブログを通じて、主にトランスジェンダー当事者に向けて情報発信を始めてから10年。
この10年でユーチューブ利用者も増え、LGBTに対する世の中の認知度も高まった。
発信している内容へのポジティブな反応も増加しているように感じられるが、それでもネガティブなコメントを受けることもある。
「やっぱり落ち込むし、うつ病みたいになりますよ」
「そんなとき、仲間がいるってことは大事ですね」
「以前は、自分ひとりでイヤな気持ちを抱えてたんですけど、いまはユーチューブ仲間もできて、『こういうコメントが来たんだよね』『イヤだよね』ってシェアできるし、アドバイスももらえます」
「コメントに対してどう返す、とかじゃなくて、ただ、イヤな気持ちをシェアできる相手がいるってことだけで、自分にとっては支えになりますね」
活動に参加する人が増え、LGBTへの理解が広まり、少しずつ世の中は変わってきている。その変化は喜ばしいことだ。
「いまの状況は、とてもいいと思います」
「活動に対して、ネガティブなことを言ってくる人もいるんですけど、いいことも悪いこともお互いに発言して、みんなが意識して考えていくことで、世の中はだんだんよくなっていくんだと思います」
トランスジェンダーのユーチューバー「スザンヌみさき」が思い描いていた未来
これからも、自らの知名度をさらに高めて、より多くの人に情報を届けたいと言う気持ちもあるが、そろそろ情報発信をやめようという考えもある。
「私がユーチューバーとして発信を始めた頃って、ホルモンとか手術に関する情報がどこにも見つからなくて・・・・・・だから私が発信しようと思ったんです」
「そして、私・スザンヌみさきと同じように経験を重ねて、それを発信して・・・・・・って人が増えて、私がいなくなっても、その活動を続けてくれる人がいたらいいなって、ずっと思ってたんですよね」
「で、いま、いろんな人が情報発信してくれているし、LGBTの情報は簡単に見つけられる。私が思い描いていた未来になってるな、って」
「だから、もう私の役目はもう終わりかな」
「活動を控えて、サバゲーに没頭したいです(笑)」
趣味のひとつであるサバイバルゲームを、いつか仕事にしたいという思いもある。動画を作成したり、ゲームのフィールドを経営したり、アイデアは尽きない。
「アイデアはたくさんあるんですけどね」
「でも、寝ていたい気持ちもあって・・・・・・。うーん、まずは睡眠障害の治療からですかね」
「よし、病院行きます!(笑)」
10 「いま知ってる価値観だけがすべてじゃないよ」
「1秒でも早くホルモン治療を」
これまで歩んできた道を振り返る。
すると、中学生の頃のつらさが生々しく思い起こされる。
「やっぱり、一番キビシかったですね、中学生のときが」
「校則で坊主頭にしなきゃいけなかったし、ネット環境もなくて、ぜんぜん情報がなかったし、『自分は変態じゃない』『おかしくない』って思えるような要素がなかったんで、本当に苦しかったですね」
もしも、あの頃に戻れたら、自分に言いたいことがある。
「高校には行かないで、早く就職して、お金を貯めて、1秒でも早く、ホルモン治療をしたほうがいいよ、って言いたいです」
「私は、高校に行って、親に甘えていたんで、ようやく就職して自分の力で生きられるようになってから、やっと始められた感じだったんで」
「もし10代でホルモン治療を開始できていたら、そのあと次第に男らしくなっていく体の変化に対して、あまり苦しまずにいられたと思う」
「大学を卒業してから、就職してから、と治療を先延ばしにする人も多いですが、私は、できるだけ早く始めるのがいいと思っています」
「いろんな価値観があるだろうし、人それぞれだとは思いますけどね」
もっと広い世界や価値観を知ってほしい
そして、あの頃の自分くらいの年齢の若者と交流して、逆に、新しい価値観や文化、思想を学びたいという気持ちもある。
「いまの若い人たちは、生まれたときから情報に恵まれていて、私なんかよりもたくさんのことを知っていると思うんです」
「情報収集能力がハンパないし、なんでも一瞬で調べられるし」
「私が働いていた保養施設に来ていた大学生にもトランスジェンダーの当事者がいて、自然に多様性を受け入れているんだなって感じましたし」
「だから、若い人には私を “かまってほしい” ですね(笑)」
「バカみたいだけど、本音です(笑)」
とはいえ、例えば思春期の若者は、知識はあっても経験が十分でないこともあって、小さなことに傷つき、打ちのめされることも多々ある。
そんなとき、こんなメッセージを伝えたい。
「価値観が狭くて多様性が乏しい世界では、奇抜な考えや存在は否定されがちです」
「否定されて自信を失ったり、自分を責めてしまう人も多いと思います。だから、若い人には『もっと広い世界を知ってほしい』」
「日本以外だったり、自分の生活圏外だったり、いまはインターネットで世界中の情報が自宅にいながら手に入りますよね」
「動画などで学ぶのも簡単になっているので、自分がいまいる環境の価値観だけがすべてじゃない、って気づいてほしいですね」