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見過ごしていた世界にピントが合った! あるトランスジェンダーとの出会い【後編】

見過ごしていた世界にピントが合った! あるトランスジェンダーとの出会い【前編】はこちら

2018/10/21/Sun
Photo : Tomoki Suzuki Text : Sui Toya
川瀬 富美子 / Fumiko Kawase

1973年、東京都生まれ。3人兄弟の末っ子として育ち、16歳から司会業を始める。18歳の時に、声優・ナレーターの黒沢良氏に師事。テレビレポーターやナレーション、イベントMCなど多方面で活躍する。1996年よりブライダル司会を開始し、2010年からはMCと企画の双方を請け負うブライダルプランナーとして活動。2017年、LGBTの支援団体「MateRio」を立ち上げ、埼玉県入間市を中心に活動中。

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INDEX
01 ブライダルプロデュース
02 4人暮らしの日々
03 声の仕事との出会い
04 舞台の裏側
05 プロの仕事
==================(後編)========================
06 FTMの議員候補との出会い
07 LGBTの支援団体
08 多様さの弊害
09 ハレの日を記憶に残す
10 負の状況があなたの価値になる

06 FTMの議員候補との出会い

トランスジェンダーの出馬者

子どもの頃、姉の友人のゲイやレズビアンの人たちと知り合った。

そのおかげで、多様な性を難なく受け入れることができた。

しかし、トランスジェンダーという性については、ほんの数年前まで知らなかった。

「最初に知ったのは、地元の市議会議員選挙に、FTMの細田智也さんの出馬が決まったときでした」

ほかの候補者のウグイス嬢として関わっていたため、最初は遠巻きに眺めることしかなかった。

「その頃は、性と心が一致してないってどういうことだろうとか、そこまで想像が及びませんでした」

人は、ベースとなる知識がなければ、視界に入っていても、焦点を合わせることができず見過ごしてしまう。

その後、他の選挙を通じて細田さんとお会いする機会が増え、LGBTの現状について話を聞くようになった。

「細田さんと接点を持つようになり、ようやくLGBTに焦点が合うようになりました」

「ほかのLGBTの当事者とも引き合わせてもらってから、今まで見えていなかった世界が見えてくるようになったんです」

細田さんの原稿

ある日、細田さんから、人権フォーラムで1時間ほど登壇することになったと聞いた。

「皆さんって、何の話を聞きたいんですかね? って聞かれたんですよ(笑)」

「私は、セミナー講師用の台本なども作っていましたし、原稿作成をお手伝いしましょうということになったんです」

細田さんの原稿が手元に届いた。

赤入れをしようとペンを持ち、原稿を読み始めたが、当初の目的を忘れて一気に読んでしまった。

その原稿には、細田さんの生い立ちが書かれていた。

思春期の悩みや葛藤、母親へのカミングアウト。

「私にとっては、衝撃的な内容でした」

「お手伝いする上で、トランスジェンダーについて、きちんと調べなきゃいけないと感じたんです」

思春期の子どもたちへ

トランスジェンダーの人は、どんなことに困っているんだろう?
日本でのパーセンテージはどのくらい?

仕事や家庭生活は?

「世間ではLGBTって、テレビに出ているタレントさんや、夜の商売をしている方のイメージが強いですよね」

「でも、実際には一般社会で普通に生活している当事者の方が、圧倒的に多いんです」

そういった人たちのロールモデルとして、細田さんが表に立つことは、意義があるのではないか。

このままの自分でいいと知ることで、セクシュアリティに悩む思春期の子どもたちは、どんなに楽になるだろう。

家族と学校だけが世界のすべてになりがちな10代。

その先に、もっと開けた世界があるのに、殻に閉じこもって先へ進めなくなってしまうのはもったいない。

「LGBTの当事者の中にも、素敵な方たちがいっぱいいるじゃないですか」

「思春期の子たちには、そういった方たちのことを、もっと知ってもらいたいんです」

07 LGBTの支援団体

タブー視される性の話題

LGBTについて知ってもらいたい人たちは、セクシュアリティに悩む10代ばかりではない。

彼らを受け入れる同世代にも知ってもらうことで、相互理解が深まるはず。

そんな希望も込めて、2017年にLGBTの支援団体「MateRio」を立ち上げた。

「MateRioとは、 “血縁をこえて ” という意味です」

「LGBTの当事者に向けて、あるいは彼らを受け入れる周囲に向けて、“血縁をこえた素敵な” 出会いを提供していきたいと考えています」

希望を高く掲げても、実際には、思惑通りにいかないと感じることのほうが多い。

最近も、こんなことがあった。

「友だち親子に会ったとき、『LGBTの支援団体を作ったんだよ』って伝えたんです」

「そうしたら、友だちに、『うちの子にはまだそういうのを教えてないから、言わないで』って牽制されてしまいました」

「友だちの娘さんは、高校生なんですよ」

「もう十分にLGBTを理解できる年だと思うんだけど・・・・・・」

性の話題とお金の話題に関して、日本はタブー視する傾向がある。

それゆえに、誤った認識も生まれやすい。

「LGBTの支援団体を始めて感じるのは、LGBT=性教育の話題と捉えている方が非常に多いことです」

「“性” を話すっていう感覚があるから、『この子にはまだ早い』みたいなことになってしまうんだと思います」

10代の当事者に参加を呼びかけたい

今年の7月に市の施設で、細田さんや聴覚障がいの当事者議員をスピーカーに迎えて、セミナーを開催した。

周りからは、参加者を集めるのは難しいと、事前に言われていた。

「当日は、70人弱の参加者に来場いただきました」

「でも、後日アンケートを見てみたら、参加してくださったのは、ほぼ市外の方だったんですよ」

市内にだって、自分のセクシュアリティに悩んでいる10代や20代の子たちがいるはず。

本当は、そういった若い当事者や、その親に参加してもらいたいと思っていたが、皆無だった。

「宣伝が足りなかったというのも原因の一つでしょう」

「でもやっぱり、LGBTの講演=性の話題、という認識が影響していると思うんです」

08多様さの弊害

世代による認識のギャップ

LGBTに対する認識は、世代によって異なると感じる。

50代の捉え方と、20代の捉え方とでは、大きく違う人もいる。

「50代の中には、LGBTという言葉を知らない方もいます」

「その一方で、若い世代は、セクシュアリティの多様さを、難なく受け入れている方が多い」

「ところが、間違った方向に受け入れてしまっているケースも目立つんです」

LGBT=同性愛というイメージを持っている人。

LGBまでは知っているけれど、TやQは知らない人。

自分も、最近までは同じだった。

「いろいろな情報が飛び交っているからこそ、偏った情報に触れてしまうと、イメージが固定化されてしまう気がします」

「だからこそ、細田さんのような方が、もっと前面に出てきてほしいんです」

メディアの影響

細田さんと初めて出会った人は、「あれ? 普通なんですね」と言うことが多い。

「どんな人だと思ったんですか? って聞くと、『テレビに出ているタレントさんのような人』ってみんな答えるんです」

「LGBTは、オネエ口調の人ばかりだと思っているんですよね」

そういうシーンに出くわすと、トランスジェンダー女性やゲイ、女装家などがごちゃまぜに認識されていると痛感する。

「トランスジェンダーっていうのはね・・・・・・っていうところから話を始めないといけないんです」

当事者間でも、すれ違いは起きている。

支援団体として、LGBTについて発信すると、LGBの当事者から「Tの人と一緒にしないでほしい」と言われることがあるのだ。

もちろん、その逆も。

「難しいところだなと思いますね」

09ハレの日を記憶に残す

LGBTのブライダルサポート

20年以上にわたって、ブライダル事業に携わってきた。

その経験を活かし、現在では出会いやブライダルの面でも、LGBTをサポートしている。

「LGBTの結婚って、本来はニュースに取りあげられるようなものじゃないですよね」

「そんなの当たり前だよね、っていえる社会になっていけばいいと思うんです」

結婚式は、両親や支えてくれた周りの人に、感謝を贈る日だ。

「これまでありがとう。これからもよろしくお願いします」と伝える権利は、誰にでもある。

「受け入れてくれる式場がないからとか、お金がないからとか、そういった理由で諦めないでほしいんです」

「後悔しないように、伝えられるチャンスを逃さないで」

人生で一番嫌な日

声が通るせいか、「いつも明るいわね」とよく言われる。

だけどもちろん、45年間の人生の中で、胸が潰れるような思いもたくさん味わってきた。

父の最期に立ち会えなかったのも、その一つだ。

「父が家を出て行った後も、父のお姉さんとは、ずっと交流がありました」

「結婚式の司会の仕事が入り、その方に、着物の着付けをお願いしに行ったんです」

「そうしたら、『あなたのお父さん、倒れちゃったのよ』って言われて・・・・・・」

父が家を出て行ってから、一度も会ったことはなかった。

しかし、「じゃあ、お見舞いに行くよ」という言葉がとっさに口から出た。

「でもそのときに、『会いに行かないで』って言われたんです」

脳梗塞で寝たきりの姿を見せたくない。

元気なころを覚えていてほしい。

それが、会いに行っては行けない理由だった。

「でも、当時4~5歳だった私は、そんな姿すら覚えてないんですよ」

「それなら、倒れたことも言わなきゃいいじゃない、って正直思いました」

会いたいからと何度もお願いしたものの、結局、病院を教えてもらえなかった。

「自分の父親なのに、誰かに『いいよ』って言ってもらえないと、会いに行けない」

「それが、とても悔しくて、悲しかったですね」

「せめて、何か一つでも父との思い出があったら良かったのに・・・・・・」

ハレの日しか言えない言葉

二度と会えない人がいることを、あの時知った。

自分の意思だけでは、どうにもならないことがあることも。

だからこそ、せめてハレの日には、みんなで集まって幸せを祝ってほしいと願う。

「ハレの日にしか言えない本音って、あると思うんですよ」

「親との関係がこじれてしまっていても、結婚式がその糸を解きほぐすきっかけになるかもしれません」

格式張った、豪勢な結婚式を挙げる必要はない。

行きつけの小さなお店で、ささやかな披露宴をしてもいい。
カジュアルなティーパーティーを催すのもいい。

「そういった1日があるかどうかで、人生は変わっていくと思うんです」

10負の状況があなたの価値になる

受け入れる強さ

LGBTの支援団体を作ったいま、当事者に何より伝えたいのは、「自分を受け入れて、好きになってほしい」ということだ。

「このままでいいんだよって、自分のことを愛してほしいですね」

「わざわざ、さげすむ必要はないと思うんです」

そう言えるのは、当事者ではないからだ。
そういう意見もあるだろう。

「でもね、幸せそうに見える人でも、必ず閉ざしたいものの1つや2つはあるんですよ」

以前、ブライダル司会を担当したカップルから、退場時に悲しい音楽を流したいと相談を受けたことがある。

理由を聞くと「結婚式の日が、弟が自殺した命日なんです」と言われた。

あえてその日を選んだのだろう。

苦しさを受け入れて、前に進んでいく、人間の強さを感じた。

私は愛されている

自分を愛することは、自分を甘やかすこととは違う。

「私の周りには、聴覚障がいを持った知り合いが多いんです」

「そういった方の中には、『私は耳が聴こえないんだからしょうがないじゃない』という方もいます」

「でも、耳が聴こえないからこそ、できることがあると思うんです」

「耳が聴こえないから感じられることを、発信していってほしい」

司会業を始めるまで、「自分なんて」と強く思っていた。

しかし、司会業を始めたことで、自分の仕事に喜んでくれる人がいることを知った。

イベントで、たくさんの人に「ありがとう」と声を掛けられたことがある。

結婚式で「川瀬さんに司会をやってもらって良かった」と言われたことも。

「そういうお言葉をいただけることで、自信が持てるようになってきたんです」

「私は愛されてるんだ、って」

マイナスに思える状況だからこそ、得られたことがある

ゲイやトランスジェンダーとして生まれたことは、決してマイナスではない。

そうした性的指向・性自認だからこそ、得られたこともあると知ってほしい。

「父が家を出て行った後、私たち家族はしばらく、お風呂のない家に住んでました」

毎日、夕方になると銭湯に通う。

近所の人からは、貧乏な家族という目で見られていたかもしれない。

「寒い日は、銭湯からの帰り道、みんなで手をつなぎながら歩きました」

「それってきっと、貧乏だったから味わえたものなんですよ」

「月明かりのほの明るい感じとか、いまだに覚えてるんです」

あとがき
「誰かの心に花が咲いたら・・・本当にうれしい」と、華のある[笑顔]をずっと向けてくれた富美子さん。たどってきた道のりを振り返って、涙が頬を伝うときも[笑声]のまま。そして、どの時代のエピソードにもぬくもりがある■富美子さんが見る風景は、出会いによってさらに鮮明になった。知ることは変わること。知ることで、“知らなかった” と気づくことができる。毎日、ホントは初めてのことだらけ。初心に戻れる世界に生きている。(編集部)

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