02 4人暮らしの日々
03 声の仕事との出会い
04 舞台の裏側
05 プロの仕事
==================(後編)========================
06 FTMの議員候補との出会い
07 LGBTの支援団体
08 多様さの弊害
09 ハレの日を記憶に残す
10 負の状況があなたの価値になる
06 FTMの議員候補との出会い
トランスジェンダーの出馬者
子どもの頃、姉の友人のゲイやレズビアンの人たちと知り合った。
そのおかげで、多様な性を難なく受け入れることができた。
しかし、トランスジェンダーという性については、ほんの数年前まで知らなかった。
「最初に知ったのは、地元の市議会議員選挙に、FTMの細田智也さんの出馬が決まったときでした」
ほかの候補者のウグイス嬢として関わっていたため、最初は遠巻きに眺めることしかなかった。
「その頃は、性と心が一致してないってどういうことだろうとか、そこまで想像が及びませんでした」
人は、ベースとなる知識がなければ、視界に入っていても、焦点を合わせることができず見過ごしてしまう。
その後、他の選挙を通じて細田さんとお会いする機会が増え、LGBTの現状について話を聞くようになった。
「細田さんと接点を持つようになり、ようやくLGBTに焦点が合うようになりました」
「ほかのLGBTの当事者とも引き合わせてもらってから、今まで見えていなかった世界が見えてくるようになったんです」
細田さんの原稿
ある日、細田さんから、人権フォーラムで1時間ほど登壇することになったと聞いた。
「皆さんって、何の話を聞きたいんですかね? って聞かれたんですよ(笑)」
「私は、セミナー講師用の台本なども作っていましたし、原稿作成をお手伝いしましょうということになったんです」
細田さんの原稿が手元に届いた。
赤入れをしようとペンを持ち、原稿を読み始めたが、当初の目的を忘れて一気に読んでしまった。
その原稿には、細田さんの生い立ちが書かれていた。
思春期の悩みや葛藤、母親へのカミングアウト。
「私にとっては、衝撃的な内容でした」
「お手伝いする上で、トランスジェンダーについて、きちんと調べなきゃいけないと感じたんです」
思春期の子どもたちへ
トランスジェンダーの人は、どんなことに困っているんだろう?
日本でのパーセンテージはどのくらい?
仕事や家庭生活は?
「世間ではLGBTって、テレビに出ているタレントさんや、夜の商売をしている方のイメージが強いですよね」
「でも、実際には一般社会で普通に生活している当事者の方が、圧倒的に多いんです」
そういった人たちのロールモデルとして、細田さんが表に立つことは、意義があるのではないか。
このままの自分でいいと知ることで、セクシュアリティに悩む思春期の子どもたちは、どんなに楽になるだろう。
家族と学校だけが世界のすべてになりがちな10代。
その先に、もっと開けた世界があるのに、殻に閉じこもって先へ進めなくなってしまうのはもったいない。
「LGBTの当事者の中にも、素敵な方たちがいっぱいいるじゃないですか」
「思春期の子たちには、そういった方たちのことを、もっと知ってもらいたいんです」
07 LGBTの支援団体
タブー視される性の話題
LGBTについて知ってもらいたい人たちは、セクシュアリティに悩む10代ばかりではない。
彼らを受け入れる同世代にも知ってもらうことで、相互理解が深まるはず。
そんな希望も込めて、2017年にLGBTの支援団体「MateRio」を立ち上げた。
「MateRioとは、 “血縁をこえて ” という意味です」
「LGBTの当事者に向けて、あるいは彼らを受け入れる周囲に向けて、“血縁をこえた素敵な” 出会いを提供していきたいと考えています」
希望を高く掲げても、実際には、思惑通りにいかないと感じることのほうが多い。
最近も、こんなことがあった。
「友だち親子に会ったとき、『LGBTの支援団体を作ったんだよ』って伝えたんです」
「そうしたら、友だちに、『うちの子にはまだそういうのを教えてないから、言わないで』って牽制されてしまいました」
「友だちの娘さんは、高校生なんですよ」
「もう十分にLGBTを理解できる年だと思うんだけど・・・・・・」
性の話題とお金の話題に関して、日本はタブー視する傾向がある。
それゆえに、誤った認識も生まれやすい。
「LGBTの支援団体を始めて感じるのは、LGBT=性教育の話題と捉えている方が非常に多いことです」
「“性” を話すっていう感覚があるから、『この子にはまだ早い』みたいなことになってしまうんだと思います」
10代の当事者に参加を呼びかけたい
今年の7月に市の施設で、細田さんや聴覚障がいの当事者議員をスピーカーに迎えて、セミナーを開催した。
周りからは、参加者を集めるのは難しいと、事前に言われていた。
「当日は、70人弱の参加者に来場いただきました」
「でも、後日アンケートを見てみたら、参加してくださったのは、ほぼ市外の方だったんですよ」
市内にだって、自分のセクシュアリティに悩んでいる10代や20代の子たちがいるはず。
本当は、そういった若い当事者や、その親に参加してもらいたいと思っていたが、皆無だった。
「宣伝が足りなかったというのも原因の一つでしょう」
「でもやっぱり、LGBTの講演=性の話題、という認識が影響していると思うんです」
08多様さの弊害
世代による認識のギャップ
LGBTに対する認識は、世代によって異なると感じる。
50代の捉え方と、20代の捉え方とでは、大きく違う人もいる。
「50代の中には、LGBTという言葉を知らない方もいます」
「その一方で、若い世代は、セクシュアリティの多様さを、難なく受け入れている方が多い」
「ところが、間違った方向に受け入れてしまっているケースも目立つんです」
LGBT=同性愛というイメージを持っている人。
LGBまでは知っているけれど、TやQは知らない人。
自分も、最近までは同じだった。
「いろいろな情報が飛び交っているからこそ、偏った情報に触れてしまうと、イメージが固定化されてしまう気がします」
「だからこそ、細田さんのような方が、もっと前面に出てきてほしいんです」
メディアの影響
細田さんと初めて出会った人は、「あれ? 普通なんですね」と言うことが多い。
「どんな人だと思ったんですか? って聞くと、『テレビに出ているタレントさんのような人』ってみんな答えるんです」
「LGBTは、オネエ口調の人ばかりだと思っているんですよね」
そういうシーンに出くわすと、トランスジェンダー女性やゲイ、女装家などがごちゃまぜに認識されていると痛感する。
「トランスジェンダーっていうのはね・・・・・・っていうところから話を始めないといけないんです」
当事者間でも、すれ違いは起きている。
支援団体として、LGBTについて発信すると、LGBの当事者から「Tの人と一緒にしないでほしい」と言われることがあるのだ。
もちろん、その逆も。
「難しいところだなと思いますね」
09ハレの日を記憶に残す
LGBTのブライダルサポート
20年以上にわたって、ブライダル事業に携わってきた。
その経験を活かし、現在では出会いやブライダルの面でも、LGBTをサポートしている。
「LGBTの結婚って、本来はニュースに取りあげられるようなものじゃないですよね」
「そんなの当たり前だよね、っていえる社会になっていけばいいと思うんです」
結婚式は、両親や支えてくれた周りの人に、感謝を贈る日だ。
「これまでありがとう。これからもよろしくお願いします」と伝える権利は、誰にでもある。
「受け入れてくれる式場がないからとか、お金がないからとか、そういった理由で諦めないでほしいんです」
「後悔しないように、伝えられるチャンスを逃さないで」
人生で一番嫌な日
声が通るせいか、「いつも明るいわね」とよく言われる。
だけどもちろん、45年間の人生の中で、胸が潰れるような思いもたくさん味わってきた。
父の最期に立ち会えなかったのも、その一つだ。
「父が家を出て行った後も、父のお姉さんとは、ずっと交流がありました」
「結婚式の司会の仕事が入り、その方に、着物の着付けをお願いしに行ったんです」
「そうしたら、『あなたのお父さん、倒れちゃったのよ』って言われて・・・・・・」
父が家を出て行ってから、一度も会ったことはなかった。
しかし、「じゃあ、お見舞いに行くよ」という言葉がとっさに口から出た。
「でもそのときに、『会いに行かないで』って言われたんです」
脳梗塞で寝たきりの姿を見せたくない。
元気なころを覚えていてほしい。
それが、会いに行っては行けない理由だった。
「でも、当時4~5歳だった私は、そんな姿すら覚えてないんですよ」
「それなら、倒れたことも言わなきゃいいじゃない、って正直思いました」
会いたいからと何度もお願いしたものの、結局、病院を教えてもらえなかった。
「自分の父親なのに、誰かに『いいよ』って言ってもらえないと、会いに行けない」
「それが、とても悔しくて、悲しかったですね」
「せめて、何か一つでも父との思い出があったら良かったのに・・・・・・」
ハレの日しか言えない言葉
二度と会えない人がいることを、あの時知った。
自分の意思だけでは、どうにもならないことがあることも。
だからこそ、せめてハレの日には、みんなで集まって幸せを祝ってほしいと願う。
「ハレの日にしか言えない本音って、あると思うんですよ」
「親との関係がこじれてしまっていても、結婚式がその糸を解きほぐすきっかけになるかもしれません」
格式張った、豪勢な結婚式を挙げる必要はない。
行きつけの小さなお店で、ささやかな披露宴をしてもいい。
カジュアルなティーパーティーを催すのもいい。
「そういった1日があるかどうかで、人生は変わっていくと思うんです」
10負の状況があなたの価値になる
受け入れる強さ
LGBTの支援団体を作ったいま、当事者に何より伝えたいのは、「自分を受け入れて、好きになってほしい」ということだ。
「このままでいいんだよって、自分のことを愛してほしいですね」
「わざわざ、さげすむ必要はないと思うんです」
そう言えるのは、当事者ではないからだ。
そういう意見もあるだろう。
「でもね、幸せそうに見える人でも、必ず閉ざしたいものの1つや2つはあるんですよ」
以前、ブライダル司会を担当したカップルから、退場時に悲しい音楽を流したいと相談を受けたことがある。
理由を聞くと「結婚式の日が、弟が自殺した命日なんです」と言われた。
あえてその日を選んだのだろう。
苦しさを受け入れて、前に進んでいく、人間の強さを感じた。
私は愛されている
自分を愛することは、自分を甘やかすこととは違う。
「私の周りには、聴覚障がいを持った知り合いが多いんです」
「そういった方の中には、『私は耳が聴こえないんだからしょうがないじゃない』という方もいます」
「でも、耳が聴こえないからこそ、できることがあると思うんです」
「耳が聴こえないから感じられることを、発信していってほしい」
司会業を始めるまで、「自分なんて」と強く思っていた。
しかし、司会業を始めたことで、自分の仕事に喜んでくれる人がいることを知った。
イベントで、たくさんの人に「ありがとう」と声を掛けられたことがある。
結婚式で「川瀬さんに司会をやってもらって良かった」と言われたことも。
「そういうお言葉をいただけることで、自信が持てるようになってきたんです」
「私は愛されてるんだ、って」
マイナスに思える状況だからこそ、得られたことがある
ゲイやトランスジェンダーとして生まれたことは、決してマイナスではない。
そうした性的指向・性自認だからこそ、得られたこともあると知ってほしい。
「父が家を出て行った後、私たち家族はしばらく、お風呂のない家に住んでました」
毎日、夕方になると銭湯に通う。
近所の人からは、貧乏な家族という目で見られていたかもしれない。
「寒い日は、銭湯からの帰り道、みんなで手をつなぎながら歩きました」
「それってきっと、貧乏だったから味わえたものなんですよ」
「月明かりのほの明るい感じとか、いまだに覚えてるんです」