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自らに付けた性被害のハッシュタグ【前編】

引きこもらざるを得ない時間を経て、徐々に、性について発信するようになった卜沢彩子さん。被害者の立場から、誰もが持ちうる加害性にも鋭く言及する。性暴力による被害者とLGBT。どちらも、社会が暗黙に求める形にはまらず、こぼれ落ちてしまうことが、苦しみや生きづらさを生んでいるのではないかと、両者に共通する問題を提起する。

2019/05/24/Fri
Photo : Mayumi Suzuki  Text : Rei Suzuki
卜沢 彩子 / Ayako Urasawa

1987年、埼玉県生まれ。2009年から実名・顔出しで性暴力サバイバーとしての経験を発信。A-live connectを設立し、多様性に関する相談や講演活動、居場所づくり、SEX and the LIVE!!プロジェクトの運営などを行っている。英才教育オタクとして漫画批評などにもそのセンスを遺憾なく発揮している。

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INDEX
01 それは、ハッシュタグのようなもの
02 求められる「被害者像」への反発
03 「落ち度探し」はやめよう
04 「英才教育オタク」誕生
05 自由を求めて、外へ飛び出す
==================(後編)========================
06 息苦しさへの反抗と、居場所探しと
07 「意識高い系」から、引きこもりに
08 自分を殺そうとしていた結婚生活
09 オープンマリッジという処方箋
10 たくさんのハッシュタグ付きの私

01それは、ハッシュタグのようなもの

性暴力の啓発活動、その「旗」を振って

性。

そのありようは、人の生き方やアイデンティティに根ざしている。
だから性暴力は、人の尊厳を奪い去る。まごうことなき、加害行為だ。

「性暴力被害の当事者であることは、本来、不名誉なことなんです・・・・・・」

それでも、いや、それだからこそ、発言や提言を続けてきた。
自分の顔と名前を出し、社会に向けて、自分の言葉を紡いできた。

性暴力が、この世からなくなればいい。
でも、この世界にはまだ性暴力がある。それが現実だ。

「性被害という言葉は『旗』ですね。『目印』として名前がついているけど、本当は名前も存在もなくなるのが一番いい。なんでもそうですよね」

この目印を、最近は「ハッシュタグ」と呼んでいる。
SNSに欠かせないハッシュタグ。話題を共有するための仕掛けだ。

「#性被害者」と自らにタグ付けし、『旗』としての役割を引き受けてきた。

「目印って、困っている人にはすごく役に立つんです」

「LGBTもカテゴリ分けばかりが注目されるけど、本質はそこじゃない。でも今はまだハッシュタグは、目印として必要なのかなって思うんです」

「普通」から離れることが、人を悩ませている

この10年ほどで、性を語るアクティビストとしての領域が少しずつ広がった。

性の問題を抱える若者へ、相談やカウンセリングも行う。

「普通から外れること、についての相談が多いかもしれません」

たとえば、不倫をしてしまったといった、人には言いにくい悩み。

不倫に対する、世間の拒否反応はすさまじく強い。
「不倫こそ性暴力」「そんな相談にのるなんて」と非難されることもある。

「でも、結果的に不倫という状況なだけだから、カウンセリングの中でそこを責めてもしょうがないですよね」

「世の中では『だめ』でも、相談者と同じところに立たないと何も始まらないんです」

たとえば、人に言われたことに傷ついて悲しかった、という相談。
相手の意図を間違えて受け取ったことで悲しく感じてしまうときもある。

「でも、たとえ認知が歪んでいたとしても、その人の気持ちは本当なんです。だから、そこは責めたくないんです」

その人の悲しみは、その人にとって真実だ。
その感情を、決して否定しない。

まず「そうだよね」と寄り添うことで、苦しむ人の支えになってきた。

若者の抱えるいろいろな悩み。
その多くは、突き詰めると「自己肯定感」の問題なのではないか。

そう感じている。

「普通と違うところにこぼれ落ちちゃうと『自分がおかしいんじゃないか』って、みんな思ってしまうんです」

02求められる「被害者像」への反発

性被害のPTSD

あどけない幼年期、通りかかった見知らぬ男性に体を触られた。
最初の性被害だった。

埼京線で通学した高校時代。
満員電車に巣食う痴漢の標的になり、それは大学時代も続いた。卑劣な集団痴漢の標的になったこともある。

ショックが強すぎて、対人恐怖を抱えた。
初対面男性に性行為を強要される強制わいせつの被害にも遭った。

そんな度重なる性被害が、心身を深く傷つけていく。
フラッシュバックに苦しみ、いつもの自然な行動ができなくなる。

屈託のない自分でいられない。
かつての私を、奪われてしまったかのように。
性被害のPTSDは、普通の大学生活を困難なものにしてしまった。

「電車、人口密度の高い密室がダメになって・・・・・・。大学の大教室は、もうアウトなんです」

「人が後ろにうわっといる感覚がだめで倒れてしまって、授業も受けられなくなってしまって」

大学の保健センターに運ばれて、ひどい対応をされる。

「すごく怒られてしまったんです。授業が中断されるから、あなたのせいでみんな迷惑している、学校に来るのはやめなさい、って」

助けを求める者の手を振り払う、あり得ない、冷酷な仕打ち。
セカンドハラスメントにも等しい。

「でも、そう言われてしまうと、迷惑をかけているのは事実だから、もう学校に行くことができなくなってしまいました」

外に出たくてたまらなかった。でも体調も悪く、自宅にひきこもるしか、選択肢がないように思えた。

「消極的なひきこもり、でした」

いつもスカートを履いている理由

最初から、アクティビストだったわけではない。
引きこもらざるを得ない時間を経て、徐々に、発信するようになった。

性被害はしばしば、「魂の殺人」という言葉で表現されることがある。
でも、そのレトリックは、当事者にとっては違和感がある。

なぜなら私の魂は、殺されてはいなかったから。
私は、生きている。死んではいない。

尊厳を奪われ、生きることがとても困難になったけれど、それは一時的なもので、自分の中には力がある。

私はなにも、奪われてはいなかったのだ。

性被害と、LGBT。共通点があると感じている。

「枠に当てはめられる、ということなのかな。こうあらねばならない、といった偏見や固定観念があって、そこから外れると、急に生きにくくなる」

性被害の啓発活動においても、暗黙のうちに「被害者らしさ」を求められていたことに気づいた。

逆に言えばそれは、被害者の「落ち度探し」と表裏一体だ。
そんな服を着ていたから。そんな時間にそこにいたから。

なにそれ?

世間ではあたかも、被害者に落ち度があるかのような言説が、まかり通る。
いや、被害者らしくしていないと、声も聞いてもらえない。

「清廉潔白な被害者像を求められることが多かったので、そうじゃなきゃいけないんだって。でも、なんか違うなって、ずっと思っていました」

女性らしい服装が好きだ。

スカート、ぴったりした美しいシルエット。
ラグジュアリー感のある、透ける素材やレースの美しさに魅了される。

「でも、そういった服を着ているから被害に遭うんだって言われたこともあります」

自分の好きなように女性らしく装っていたことが、「求められる被害者像」から、ずれていたとでもいうのか。

「それはないだろうと思って、意地もあって、好きな服を着ようと。だから、いつもスカート履いています(笑)」

「自分のなかでの、表明でもあるんです」
「私は死んでいない、生きている人間なんだって」

03「落ち度探し」はやめよう

アドバイスが、落ち度探しにならないように

LGBTと社会の関係においても、「明るく生きているLGBTならOK」みたいな、上から目線な世間の空気感を、敏感に感じ取ってしまう。

「明るく生きている以前に、その人は、ここにいるじゃないですか」

うるさいことを言わないといった「物分かりのよさ」を求めてくる。
条件付きでないと受け入れようとしない、世間の圧を肌で感じてきた。

「たぶん、LGBTのことも、生きづらさを心配するあまり、良かれと思って、エンパワーしたくて、みんないろいろ言っちゃうんだとは思います」

「ああしたほうがいい、こうしたほうがいい、それはダメ、とアドバイスしちゃうんですけど、それが落ち度探しになってはいけない」

「それよりも、その人の存在、その人のやってきたことを認めることのほうが、ずっと大事だと思っています」

性被害、セカンドレイプに傷ついた人へ

アドバイスをするより先に、その人の生き方や考え方をちゃんと受け取り、それを認めることのほうが、いかに大事か。

身をもって感じている。

身近な人が性被害に遭った時、なんて声をかけていいのか戸惑うときくことがある。

「私は、あなたが傷つくのがいやなんだ、と伝えています。あなたを大事にしたいんだって。大変な状況の中で頑張ってきたこと。それはあなたの強さなんだと」

そんな自分も、自分を再び大切にすることができたから、今がある。

苦しかった大学時代、そして愛する人との結婚生活を経て、ゆっくりと自分を取り戻していった。

だから、私も、あなたを大切にしたい。
あなたは、怒ってもいいんだよ。

「LGBTでもそうですが、こうやって生きている人もいる。自分だけじゃないんだな。そういうことが、救いになるんだって思うんです」

04「英才教育オタク」誕生

漫画と本に囲まれて育つ

先祖代々、地元の校長先生を務めたという教育一家に生まれた。

おじいちゃんは、理科の先生。植物に詳しかった。
お父さんは国語の先生で、学者肌。

映画もよく一緒に観にいったけど、父には敬語で話す。そんな家風だった。

お母さんは小学校の先生を経て、専業主婦をしていた。
そして、2人の兄。

父の集めた、おびただしい蔵書に囲まれて育つ。

「父は漫画もすごく好き。兄もいたから漫画やゲームも、いわゆる男性向けのものを与えられていましたね」

『ジャンプ』など少年誌は一通り。さらに『スピリッツ』など青年誌も。
遊びや勉強は、兄たちの真似をするようにして覚えた。

まさに、いつのまにかのオタク英才教育だった。

「少女漫画はぜんぜん読まなくて、ミニ四駆とかで遊んでました」

田んぼに囲まれた、緑豊かな環境で、のびのび育った。

「自然のなかで遊ぶのも好き。近所の子も男の子ばかりで、一緒に秘密基地作ったり、ポケモンしたり、漫画の話をしたり。楽しかったですね」

勉強するのも大好きだった。

「知らないことを学ぶのが、楽しかったんです。負けず嫌いだったし」

末っ子の一人娘としての「モヤモヤ」

小学校高学年になると、女の子と遊ぶ時間が増えてきた。

「ファッションの話とか、ドラマの話とか、だらだらおしゃべり。それはそれで、楽しいんですよね」

母は、花道、ピアノの心得があったが、自分は母のように、女らしく育ったとは思っていない。

「私はガサツなところが多くて、雑だったり、だらしなかったり、母にはちょこちょこお小言を言われましたね」

「女の子なんだから、家のお手伝いをしなさいって」

母が、兄たちには決して言わない、娘である自分にだけに言う言葉に、ちょっとモヤモヤを感じていた。

「すごく優しいお母さん。しっかりしていて、可愛らしい人。基本的には仲がいいんですよ」

でも、母はいつも、少し疲れているように見えた。

「田舎の広い家を、ひとりで守ってるみたいな。祖父と祖母の介護もしていたし。だから、お母さんはたいへんだなって感じていました」

「あと、父も母も、どちらかというと社交的とは言えなくて、内向き。私だけ外向きの性格だから、外に行きたがるのをたしなめられていた気がしますね、何をやるのも」

05自由を求めて、外へ飛び出す

中学で美容に目覚める

学級委員長なども務める、いわゆる優等生だった小学生時代。
一方で、人間関係を器用に泳いでいけるタイプだとは、思っていなかった。

「学級委員もやったけど、ただ真面目なだけで、その人望はなかった(笑)」

振り返ると、少し複雑な気持ちになる。

「あまり人間関係が得意じゃなくて。少し地味だったし、あとダサくてブサイクだったせいもあって、自己肯定感がそれほど強い子ではなかった」

そんな中、おしゃれな女子と友だちになり、地元の中学校に進学して美容に目覚めた。

ティーン誌を読み、眉の形を整え、顔の筋トレに励んだ。

「お顔の手入れや化粧を覚えました。わかってくると、顔が変わってくるから、楽しいなって」

当時はガングロブーム。それをよそ目に、肌の美しい女優たちに憧れた。
日焼け止めを欠かさず、美白ケアもこの頃に始めた。

はっきりとした初恋も、中学生の頃だった。

班別行動の副班長としてお台場に遠足に行った時、風邪をおしてテキパキがんばる自分に、そっと「大丈夫?」と声をかけてくれた人を、好きになった。

その心遣いに、感動したのだ。

「見た目で人を好きになることは、あまりないです。『一目惚れ』みたいなことは、どっちかっていうとその人の『性格』によって、おきますね」

楽になりたくて、共学の私立高校へ

中学で入った吹奏楽部。やがて窮屈に感じるようになった。

「女子ばかりで辛いなと感じて。スカートの丈をすぐ指摘されるとか、先輩が服装についてあれこれいうのが、苦手で」

女子だけの環境には、行かない方がよさそうだと思った。

自分に合いそうな、都内の私立高校を探し、志望校とした。
大学付属の高校だった。そして、合格。

「田舎の閉塞的な感じが、少ししんどかったんです。人の知らないところに行きたいって」

人生を、自分のものにしていく過程を、しっかりと歩んでいた。

この数年後、度重なる性被害で心と体が参ってしまうまでは・・・・・・。

 

<<<後編 2019/05/26/Sun>>>
INDEX

06 息苦しさへの反抗と、居場所探しと
07 「意識高い系」から、引きこもりに
08 自分を殺そうとしていた結婚生活
09 オープンマリッジという処方箋
10 たくさんのハッシュタグ付きの私

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